まずい!このままではフリーダが離乳食にされてしまう。私はいまだくすぶる焚火の炎を消す間もなく、飛び上がってラプトルを追いかける。今も変わる景色に順応して色を変え続けている表皮は見えづらいことこの上ないが、フリーダが叫び続けてくれているおかげで見失う心配はない。むしろ他の幻生生物に見つからないかが不安だが、今はまずあれを止めるのが最優先だ。
走り出して、すぐにわかることがあった。それはラプトルが私の数倍は素早いということ。私がつくった筋力ポーションはあくまで初級。これだけでラストダンジョンの幻生生物に追いつこうという方が無理があるのだ。だけどなにも準備をしていなかったわけじゃない。
公園の中の探索にもこの一週間の間に進展があった。霜アロエ。エンチャントポーションをつくる上で必須の素材。これにアメハナクサとイチャの実、ヨロイビルを使って調合することで、筋力エンチャントポーションを作ることができる。飲むのではなく振りかけることで効果を発揮する、一時的で局所的な強化。その分強力な効果を持つこれなら、カメレオンラプトルくらいには追いつけるはずだ。
私は瓶のふたを開けて、両足に中身を振りかけた。霜アロエがなかなか採取できなかったために四本しかないとっておきだが、出し惜しみはできない。
ジンジンとした痛み。だけど即効性を前提としてつくられたポーションに、飲み薬ほどの痛み――行動不能時間はない。フリーダの声を頼りに、再び走り出した。
ラプトルはフリーダを抱えているとは思えないほどのスピードで森を駆け抜けていく。走ってみた感じ、速さは――五分。同じくらいだ。だけど彼我の距離は縮まらないどころか、少しずつ引き離されていくようだった。
その理由は明白。森の凸凹した地形を走るときの慣れだ。ラプトルは完璧な体重移動と素早い身のこなしで木の根も幹もまるで気にせずに駆けていく。槍を投げることも考えたが、私は決して運動神経がいいわけじゃない。外す可能性は高いし、そうなったらかなりのタイムロスを強いられることになる。ラプトルは隠密性能の塊で、あまり防御力が高くないので攻撃さえできれば何とかなるのだが、私は攻撃が届かないし、フリーダもフリーダで、口でぶんぶんと思いっきり揺られながら運ばれているのでナイフを取り出す暇もなさそうだ。
一人で冒険するエリクシア主人公がラプトルに捕まると道中がカットされてロードが終わったころには巣の中にいる。一切の抵抗ができないのはゲーム的なお約束だが、現実にも反映することないだろうに。
何か、対策はないか。このままラプトルが子供や、他の親もいる巣にたどり着いたら確実に死ぬ。残りの距離がどれだけあるかもわからないが、とにかくそれまでに止めなければならない。もう一か八か槍を投げるしかないのか、と考えた時、ふと思い出したことがあった。
いつだったか友達と遊んだ対戦型のパーティーゲーム。二頭身マスコットみたいなキャラを操作して、槍を投げて相手を倒したら勝ち。体力制で、助走をつければつけるほど槍の威力が上がるが、小回りが利かなくなって躱されやすくなるジレンマが楽しいゲームだった。
このゲームには体力を削り切る以外にも相手を倒す方法が一つだけある。それはあらゆるゲームでおなじみの、場外だ。フィールドの外が奈落になっていて、落ちると体力を全損する。加速すると小回りが利かなくなる仕様も合わさって慣れてないとすぐに場外に飛んでいくのだが、これを意図的に起こす手段が用意されている。本来有利に働くはずのスピードを相手に付与することで場外を狙うための、投げて使うスピードアップアイテムがあるのだ。これを使われると一瞬で10倍速くらいになって気が付いたら奈落にいる。
エンチャントポーションは、四本。フリーダと私で半分こしているので、私のカバンにもう一本入っている。液体なら、多少狙いが甘くても当てられる。
わたしはそれを取り出してコルクを外し、そのまま前方に向けて投げた。ちょうど木々がいい感じにはけて、まっすぐラプトルの背中が見えたタイミング。思いつくのが一歩遅かったらこんなチャンスは来なかったかもしれない。
果たしてその瓶は放物線を描き、回転しながらラプトルを捉えた。ラプトルが左足を踏み、順調に加速。次にポーションのかかった右足を踏み出した瞬間、ラプトルの体幹が見てわかるほどにぶれた。この森に場外なんかない。だけれど、そこかしこに所狭しと生えている樹木は、当然ながら当たると痛い。
バランスを崩して思わぬ方向に超加速したラプトルが勢い余って太い木の幹に衝突したのを見て、私はそのまま接近。背中から槍を取り出して、思い切り突き刺した。
ラプトルの体がびくりと跳ねて、バタバタと暴れ始める。しかしその最後の抵抗も、血が流れるにしたがって弱くなって、やがて息を引き取った。
「う、痛い、気持ち悪い。」
フリーダはゆっくりと立ち上がると、ラプトルと一緒に木の幹に打ち付けた肩をさすって立ち上がった。大きなけがはなさそう。ラプトルは服にかみついて運んでいたようだ。
「ごめん、ちょっと無茶だった。けがは大丈夫?」
「うん、……だいじょぶ。このまま連れてかれたらラプトルの巣でしょ。それよかまし。」
彼女もⅡはうろ覚えなんて言っていたが、ラプトルのことだけは忘れていないらしい。いやな意味で有名だもんなぁ。
「助けてくれてありがとね。さっさと必要部位だけ解体して戻ろ。」
たしかに。ゲームでは気にしていなかったが、血の匂いに他の奴が寄ってくるのは定番というか、よく聞く気がする。フリーダの言う通り、私たちは速やかにカメレオンラプトルの解体を始めた。
[カメレオンラプトル]
周囲の景色に溶け込む擬態生物。リアルタイムで背後の景色と同じ体表の色になりながら高速で駆けまわることができる。また足の裏にやわらかいクッションがあり、走行時にほとんど音がしない。圧倒的な隠密性能を誇るトリックスター。一度に生む卵は4つ。オスとメスが交互に狩りに出で、もう片方が巣を守っている。