フリーダのいるところに歩いていけば、彼女は自分の掌を慎重に開いて中を見せてくれた。そこにはダンゴムシを平べったく伸ばしたみたいな、甲殻を持った芋虫みたいな虫がいる。グローワーム、というのがこっちでの蛍の呼び方で、光りながら飛ぶような種はいないらしい。
だけどこのウキボタルは翅がなくても飛べる。その虫のおしりが淡く光りだしたかと思えば、ふわりと波に乗るようにして体を浮かせた。フリーダは慌ててそれを追いかけるように手を閉じて、かろうじて逃げられずに済んだ。さすがに一匹では素材として足りないので、もう少し探すことにする。このあたりにいると分かっただけでずいぶんと気が楽になった。
日が傾いていく焦りを飲み込んで、葉の裏にまで目を向ける。彼らはいつも光っているわけじゃない。今だってフリーダに捕まった刺激があったからああやって光をだしただけ。地味な虫を探すのは難しかったが、それでも根気強く探し続ければしばらくして十分量が集まった。ようやく魔道具の作成が始められる。
まず、ウキボタルの発行体とエシャクソウを混ぜてすり鉢でペースト状にしていく。それと同時に、フリーダにはドロノゾキの泥をたくさんの塊に取り分けてもらい、細かく切り分けた魔力炉を包んでいってもらう。これがこの魔道具の核。あとは余っている泥を先ほどのペーストと混合して、核の周りにまとわせるようにして一回り大きい泥団子にしていく。形を丸く整えたら、完成だ。
合計8個の光る泥団子が完成した。手の中で強い光を放ち続けるその泥団子は、今は私たち人間に反応して光っている。拠点から少し離れたところに設置すればこの光も収まって、外敵の近づいてきたときに光ってくれるはずだ。水辺はまた変な奴が近寄ってくるかもしれないので、少し離れたところに移動して拠点を設営することにした。
もう夕暮れ。時刻で言ったら21時頃だろうか。沈んでいく夕日を眺めることは木々にさえぎられてできないが、視界はすでに半分夜の闇に滲んでいる。今から木を切ったり枝を集めたりして拠点をつくるのは現実的じゃない。こんな時のために持ってきていたハンモックを幹に結んで、同じようにその上に雨避けの布を張る。これがテントの代わり。昼に使った焚火の火だねを持ってきて再び燃やす。
食料は一週間分持ってきているが、フリーダがわくわくとした表情でカメレオンラプトルの肉を串にさしては焚火のそばの地面に突き立てた。塩と胡椒を振りかけて、じっと眺めている様子は、ご飯を待ちきれない子供みたいだった。ナイフとフォークを両手に握ってテーブルの上に立てて、ぺろりと舌を出したデフォルメフリーダを幻視する。それを横目に、拠点を囲むようにして光る泥団子を設置。エリクシアの簡易拠点セットが完成した。
深い森の闇の中、目の前の焚火の光だけがある。炎が踊るのに合わせて明暗と位置がひらりひらりと変わる、原始的な光。
あ、かえりたい。
それは、その感情は、何の前触れもなく浮き上がった。日常の希求。興奮と使命と目の前の新しいものに目を奪われて、――いやもしかしたらそれに没頭することで無理やり忘れて――そうやって心の奥底にしまい込んだ感情。今の自分の状況が、命が危険にさらされ続けている緊張が、どうしようもなく不安定な心の置き場所が、浮き上がってきたその感情を捉えて離さない。
ふと私の顔を見たフリーダの楽しそうだった顔が気遣うような、悲しい表情になったのが、とても申し訳なく思った。
「泣いてるの?」
「……ごめん、そんな、じゃなくて。」
ただ、帰りたかった。日本に、何事もなく日々が過ぎるあの日常に。それはきっともう、手に入らない。たとえ今すぐ日本に帰ることができても、そこは私がよく知る、別の世界だ。
「ねえ、フリーダ。……私があの時メールを無視してたら、こんなことにならなかったのかな。」
彼女に聞いたってわかるわけがない。こんな質問をしてしまった自分自身が嫌になった。
だけどそれを聞いた彼女がふっと笑ったのが、気配で分かった。焚火から顔をあげると、そこには予想通りの優しい顔で笑うフリーダがいる。まるで姉が妹に向けるような、そんな表情だった。
「正直わかんないけどさ。そんな気に病むことはないよ。」
夜は深く、遠くで風が吹いた。
「たとえそのメールが本物だったとしてもさ、悪気はなかったんでしょ?それに私だってそんなの見たら押しちゃってると思うし。だから、大丈夫だよ。シアンは、わるくないよ。」
この言葉に、許されたと思ってしまいそうだった。
「もし私たちが過去に戻って、おんなじことを繰り返すことになったらさ。今度はわたしも一緒にボタン押してあげるから。」
変な、人だ。少しだけ笑ってしまう。
「そこは押さないようにしたいかな。」
「ふふ、たしかに。」
怖い夜だった。心細い夜だった。ざわざわと揺れる木々も、響くなにかの鳴き声も、すべてが私たちの心を削る。だけど、それでも私たちは笑った。
ふ、と突然視界の端に光がちらつく。私は泥団子が光ったのかと思って警戒態勢を取ろうとするが、その光がふらと揺れたのを見て自分の勘違いに気が付いた。
「蛍だ。」
私のつぶやきを待たず、辺りが無数の光で満たされた。穏やかな風に揺られるようにして、無数のウキボタルが示し合わせたように光り始める。ゆらゆらと空中を舞う淡い蛍火は、まるで水中に光の粒をちりばめたかのように見えた。
「これは、元の世界じゃ見られなかった景色だね。」
フリーダのその言葉に、私は返す言葉を見つけられなかった。ただ、目の中に薄く残った涙の名残が、きらきらと光に遊ばれていた。
[ウキボタル]
浮遊する蛍。オスもメスも基本的に翅はなく、不思議な力で浮遊する。発光は交尾のアピールの意味合いが強く、長く飛びながら強い光を出す個体が好まれる傾向にある。