錬金少女は蒼に埋める   作:水面廻

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第2話 世界創傷 1/2

 小説はそこそこ面白かった。初めての空の旅に一抹の不安――ないとはわかっていても事故を想像して不安になっていた気を紛らわそうと選んだその小説。冒頭、主人公の乗っている旅客機が墜落して無人島の地面に穴をあけたときは著者を呪ったが、それ以外はおおむね満足した。そんな私の杞憂もむなしく、私の乗っていた旅客機は無事にヒースロー空港に降り立った。人の流れに従って飛行機から出る。なんか貴族っぽい服装のおじさんが手を広げて歓迎している写真と、Welcomeの文字を横目に私は空港の出口に向かった。

 

 さて、肝心のイベントは二日後なので、今日は空港を出たらホテルにチェックインして休むだけ。明日一日は観光に回して、その翌日の夜までにイベント会場に向かえばいい。空港の近くのホテルまで私は街並みを眺めながら歩くことにした。異国情緒という言葉はよく聞くけれど、実際に歩いてみると確かに感じるものがある。道の造り、横断歩道とか信号機、看板も建物の建築様式も、どこをとっても見慣れない。少しの疎外感とそれに勝る感動が、確かにそこにあった。

 

 ◎

 

 私のスマホの写真フォルダは着実に膨れて、あっという間に時間は過ぎた。でかい時計台やら中途半端な数字のプラットホーム、あといい感じのカフェでのクリームティーなどを嗜んだのが主なラインナップ。怒涛の観光に疲れ果てて眠り、夢も見ないで目を覚ませば、イギリス3日目がやってきた。いよいよエリクシアシリーズのイベントが開催される当日だ。

 

 ちなみにこのイベントがイギリスで行われる理由はよくわかっていない。しかしエリクシアの舞台がイギリスモチーフだと考察されていることもあり、今回の大規模イベントのことを「公式による強制的聖地巡礼」などと揶揄《からか》うコメントが掲示板にあふれかえっていた。

 

 そのイベントだが、開催地はロンドンのど真ん中だ。大都市ロンドンにはしかし、その喧騒に穴をあけるような広大な公園がいくつもあり、今回の会場もその一つ。会場にはロンドンのホテルから徒歩で行ける。緩やかなカーブを描くヨーロッパらしい造形の建物を横目に歩いていけば、黒いフェンスが見えてきた。GPSを確認すれば、目的地はすぐそこだ。鉄柵の門をぬけて、公園の中に。その公園は国の首都ど真ん中にあるとは信じられないくらいに広々として、入ってすぐに背の高い木々と芝の広場が目に入ってきた。

 

 募らせた緊張は、会場に近づくにつれてだんだんと楽しみに置き換わってくる。イベント会場にはほかの新作ゲームの発表も見かけられたが、あくまで主役はエリクシアシリーズ。会場に入ってからも人の流れは奥にある野外劇場に向かってほとんど散らない。私も特によそ見はせず、その野外劇場――今回のメインイベントの会場に向けて歩いた。開始時間よりもずいぶんと早く着いたつもりだったが、すでに席は大人数で埋め尽くされていて、ざわめきが満ちている。この騒音のすべてに、国籍もばらばらなたくさんの観客の期待と熱気が込められていると思うと、なぜか自分のことのようにうれしい。

 

 そうして、ファンが長く心待ちにしていたイベントが幕を開ける。座れなかった人が周囲にあふれかえるような熱狂の中、舞台の左右の茂みをかき分けて躍り出たのは大きな怪物の模型だ。野外劇場ならではの演出で姿を現したあれらはゲーム内で幻生生物《モンスター》と呼ばれる敵キャラ、その中でも飛び切りのラスボスたち。精霊王、龍鯨、タラスクだ。

 

 左から出てきた模型はエリクシアⅡのボスである精霊王。豪奢な衣装と性別のわからない整った顔、そこから繰り出される圧倒的で無慈悲な即死魔法の数々が何人ものプレイヤーをいろんな意味で圧倒してきた曰くつきである。

 

 右から出てきたのはⅢのボスである龍鯨。大きく湾曲した角が生えた鯨の見た目をしている。水中というプレイヤーからしたら身動きのとりづらいステージでその巨体を高速で躍らせ物理攻撃と魔法攻撃を絶え間なく繰り出してくる上、最終奥義みたいな技まで搭載していらっしゃる。

 

 そして中央の垂れ幕にでかでかとその姿を映すのは初代のボス、破壊龍タラスクである。カメに似た甲羅を持つ龍で、海の向こうからタラスクが渡ってきてすべてを蹂躙していく様が当時の子供たちのトラウマになってるとかなってないとか。こいつに関しては高すぎる防御力を生かしてフィジカルですべてをなぎ倒してくる。魔法は使わないがとにかく物理全体攻撃がやばい。一人で戦うようなゲームで全体攻撃におびえるとは何事かと思うかもしれないが、自分が戦ってるうちに村とか町が雑草抜くみたいなテンションでポンポン滅んでいくのだ。うん。トラウマにもなる。

 

 やがてラスボスたちの集結した舞台に、一人の人間が入ってくる。彼は深く一礼を済ませると、高らかな声で宣言した。

「皆様大変お待たせいたしました!!これよりエリクシアシリーズ特別イベントおよび、新作――エリクシア・ラストピースの発表を行いたいと思いますッ!!」

 

 その瞬間爆発するように会場が声援で包まれる。

 

「Ⅳ(4)じゃなくてラストピース!?最後ってことかな」

 

「いや、それはわかんないだろ」

 

「すげえ、楽しみ!!」

 

 ざわざわと会場に動揺と歓喜があふれかえる中、ぶぶ、とスマホのバイブレーションがポケットで揺れた。一瞬慌てるが、この舞台は別に電子機器の使用を制限していない。それになんなら写真撮ってもいいとか言われてる。なんでこんなに緩いのかはよくわからないが、通知に気を取られたまま観劇というのも嫌なのでスマホを取り出す。どうでもいい通知なら電源を落としてしまおうかと思ってその画面を見れば、ホーム画面に一通メールの着信があった。件名は、――『世界の姿を変えるか』

 

 差出人は、エリクシア運営だった。確認してみれば、このイベントへの招待が来た時と同じメールアドレスで間違いない。何かしらのイベントを盛り上げる演出かなだろうか?表示された画面には簡潔な文面と、大きくエリクシアのシンボルがあった。曰く、

 

「世界を変えたくば、己の力を示せ。その一歩を踏み出すならしかるべき時に以下のシンボルをタップせよ。」

 

 舞台では以前司会者がしゃべり続けている。

 

「新作が気になるところですが、まずは今回のイベントのために準備された舞台劇をご覧ください!」

 

 しかるべき時とはいつだろう。このイベント中にその時が訪れるのだろうか。見れば、舞台上の幕が上がり向こう側にあったセットが、背景としてその姿を現す。それと同時に瞬くようなライティングが主人公を明確に指し示した。

 

 最初は鍛冶師がタラスクに立ち向かってその鱗を持ち帰る。次に開拓者が道を切り開き、秘境の奥底に眠る世界樹を見つける。そして大工が水中に宮殿を造り、海の宝を目指して龍鯨と相対する。どれもエリクシアシリーズの展開を踏襲しながら、主人公の職業を固定してわかりやすく順番に演出していくものだった。

 

 そして、最後に錬金術師が舞台に上がる。サンゴとあぶくの描かれた背景が撤収していき、新しいセットが運び込まれる。そこは王宮の謁見室だった。豪華絢爛な大広間にて錬金術師は王に宣言する。

 

「私が必ずや、かの霊薬の製法を明らかにして見せましょう。」

 

 カシャン、と音がして照明が消える。ここからの物語は誰も知らない。なぜなら原作の展開を先ほどすべてたどり終えたから。炎のような赤い照明が下から支えるように玉座を照らし、野心にまみれた王がセリフを続ける。

 

「今でなければならない。今こそあの霊薬をこの世に復活させ、不滅の王国を築くのだ。この私が支配者として君臨する私のための世界が、今始まる。」

 

 王が立ち上がる。

 

「さあ諸君、己の力を示すがいい。」

 

 ――ここだ。きっとあのメールは、このタイミングのことを言っていたのだ。スマホを取り出して開けば、先ほどのメールとエリクシアシリーズのシンボルが映し出される。そのシンボルはあからさまに虹色に光り、今すぐ押せと言わんばかりにエフェクトをまき散らしている。私はそれに親指を近づけて、タップした。

 

 ――今でも考えるのだ。あの時違う選択をしていたのなら、また未来は変わっていたのだろうか、と。そうやって意味のない思考を巡らせては、結局は自己嫌悪の渦に飲み込まれていく。私の罪は何だったか。そんなことはわかりきっている。しかるべき時にしかるべき決断が、できなかったことだ。

 

 世界を、赤が撫でていく。

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