錬金少女は蒼に埋める   作:水面廻

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第29話 羊じゃなくてもなる木

 鳥の鳴き声を頼りにして私たちがたどり着いた場所は、森の中で不自然なほどに木のないちょっとした広場のような場所だった。下草をかき分けてその広場に踏み入った瞬間、目の前に現れたのは、小さな小鳥、の頭部がびっしりと実った低木だった。それぞれの重みに垂れ下がった枝の先から、ぴいぴいと鳥の頭が鳴き声を発し続けている。

 

 目の前で、その鳴き声につられるようにして一羽の小鳥が舞い込んだ。空から降りてきたその鳥が再び空に飛び立つことは二度となかった。木の幹から伸びた鞭のようにしなる茎が、その先端の口をがばりと開いて鳥を食らったから。

 

 バロメッツ。エリクシアシリーズにおけるこの植物は、食べた動物の特徴を再現して同種をおびき寄せる食獣植物だ。ゲーム本編ではランダムにいろんな幻生生物を再現したバロメッツが画面にでかでかと映し出され、子供たちを泣かせてきた。特に一番怖いのは人間を食べたバロメッツだ。詳細は語るまでもない。ちなみにコンプラ的にアウトになって、Ⅱ以降に人間を食べたバロメッツは登場しないので安心してほしい。

 

 今は小鳥、比較的小さな獲物を食べた影響でたくさんの実を実らせているみたいだけど、ゲームでは大型の生物を再現していることが多く、もっと少ない数だけ実っていた。もちろん羊を食べたバロメッツがいれば、伝説の通り羊の生る木が誕生するわけだ。

 

 捕食葉と呼ばれるあの口による攻撃は素早く、かつ防御ポーションを服用した人間をたやすくかみ砕くほどの力がある。だけど本体が動けない分、先に気づいて遠距離攻撃を仕掛ければ今の私たちでも時間はかかるが倒せる。素材は一級品なので、これを狙わない手はないのだ。

 

「うげぇ、でたよ。本物は一段とグロいなぁ。」

 

 いやそうに顔をしかめるフリーダだけど、彼女の魔法が今回の一番火力の出る攻撃だ。がんばってほしい。

 

「むう、やるかー。」

 

 けだるげな声とともに、彼女は自分が背負っていた木製のかごを下す。そしてゴミ袋と同じ要領で籠の中から布の袋を引き出して中身をすべて取り出すと、地面に籠を設置。側面のレバーを下におろせば杭が飛び出して地面に突き刺さる。

 

「携帯式杖塔、展開するよ!」

 

 固定が済んだら次は塔の展開。箱の底面に設置された皿に魔力のもとであるイチャノ実を放り込んで、そのまま中心から引きあげる。ガシャコ、という金属と木の機構が動く音がして、2メートルほどの杖が立ち上がった。同時に皿の上のイチャの実がつぶされて、魔力をあたりにまき散らす構造になっている。

 

 魔法使いは基本固定砲台。だけど建造物を動かすことができれば、その限りではなくなる。私は周囲の警戒に回り、フリーダは魔法の構築に集中する。バロメッツもこちらの意図には気づいているようでその捕食葉を振り回すが、端から射程外だ。

 

 やがてフリーダの思い通りに、空中に浮かぶ水が形成される。だけど今回のそれは今までのようなただ押し流すだけの魔法じゃない。その水球はだんだんと潰れて平べったくなり、回転はじめる。極限まで薄く、限界まで速く。額に汗を浮かべたフリーダが目を開けて前を見据えた時、それは丸鋸といって差し支えない鋭利な武器に昇華されていた。

 

「根元からいこうか。」

 

 フリーダが、杖を持っていない方の手を前に。それを合図にして、水の刃が走った。

 

 今にもはじけ飛びそうなジィィという音を鳴らしながら、刃の形を保ち続ける水が、バロメッツの根元を襲う。硬い幹をいくばくか削り取ってはじけ飛び、近くの地面に着弾して爆発のような轟音とともに土をまき散らした。木になっている小鳥たちがぎゃあぎゃあと騒ぎ出す。

 

「もう一発ッ!」

 

 フリーダは何度も何度もその水の刃をバロメッツにぶつけ続けた。やがて汗まみれになって、私もフリーダも飛び散ってきた土と水で泥まみれになったころ、ようやくバロメッツの幹がその体を支えきれなくなって倒れた。ばさりと倒れた衝撃で実った鳥の頭が怪我をして血が流れる。そう。あれらは遺伝子レベルで精巧に再現されているいわばクローンなのだ。本当に気味の悪い生態をしている。

 

 私はバロメッツが動かなくなったのを確認してから、近づいて採取を始める。

 

 素材になるのは捕食葉と蕾。捕食葉をひらりと開けてみれば、中には内向きにずらりと並んだ鋭い歯が見えた。これを茎の根元から切り落とす。少しだけ切り取ろうと持ち上げた時に歯が刺さってけがをしたが、こいつは別に毒なんか持ってないので問題なし。次は蕾を探す。すでに実をつけた部分は小鳥と同じなので特に素材にはならない。まだ実る前の蕾を、枝をかき分けるようにして摘み取った。

 

「ちょっとこっち来て。」

 

 横から聞こえた声に、振り向く。

 

「はいー、今行くよ。」

 

 返事を返して、フリーダが歩き出す。ワンテンポ遅れて、さっき聞こえた声が自分の声だったことに気が付いた。

 

 焦りから、唐突に自分の体温が感じられなくなる。引き延ばされた時間の中、フリーダの困惑した横顔、そしてその目線の先にある私の顔が、見えた。

 

 ――もう一本あった?なんで私が?疑問がものすごい勢いで脳内を駆け巡り、気が付けば私はフリーダの方へと飛び出していた。強化された全身をフルに使って、思い切り飛び出してフリーダを突き飛ばす。

 

 フリーダがいた場所、今は私の右腕があるその空間に、捕食葉が食らいついた。




[バロメッツ]
 食獣植物。捕食葉と呼ばれる器官を用いて獣を捉え、栄養にする木。とらえた生物の情報を読み取り、それを精巧に再現して疑似餌をつくる習性を持つ。この疑似餌を『実』その実がなる前の器官を『蕾』と呼ぶことがあるが、生殖器としての花や蕾は別にある。
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