錬金少女は蒼に埋める   作:水面廻

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第30話 急襲

 捕食葉には内向きの歯がびっしりと並んでいる。私の腕にはそれが深々と食い込んで、万力のような力で締め上げられている。痛みという言葉が生ぬるいほどの熱が何本も何本も私の腕を貫いていた。ぐ、と引き寄せられる。振り回されるようにして顔を向けた先には、何本もの捕食葉がうごめいていた。

 

 このままじゃ引きずられて終わりだ。これを切り離さないと。

 

「フリーダッ!助けて!」

 

「――ッ!わかった。」

 

 それだけ。相談する暇なんかなかった。だけど私もフリーダも、ここから私が生還する方法が一つしかないことを理解していた。魔法は間に合わない。大きな解体用のナイフをとっさにふるう。その切っ先は、私の腕に向いていた。

 

 バロメッツは堅い。ラストダンジョンの幻生生物なのだから当然だ。それを一瞬で切り離すための最善。もっとも柔らかいのは私の腕だった。ひじの関節に吸い込まれたナイフが、少しの抵抗を経て振りぬかれる。私は中途半端に捕食葉の力から解放されて、その場に倒れた。休んでいる暇はない。フリーダに引きずられるように立ち上がって、すぐにバロメッツの射程圏内から離脱する。

 

「――ぁぐ、ッ痛……。」

 

 痛い痛い痛い。

 

 右手が、なくなった。

 

 ぞっとするような事実が、否定しようのない欠落を私に押し付けている。

 

 右手がなくなった!

 

 すぐそこまで迫ってきていた捕食葉がぴたりと止まる。ここが茎の長さの限界ぎりぎり。私は自分のカバンから止血薬を取り出す。左手だけでは心もとなくて、フリーダに手伝ってもらいながら患部にそれを塗った。動脈のリズムに合わせて噴出していた血が、止まる。だけど傷が治るわけでも、痛みが治まるわけでもない。あまりの痛みと喪失感に気持ち悪さを覚える。

 

 後ろを確認すれば、悔しそうにこちらをねらうバロメッツの捕食葉の奥、何体かのバロメッツが群生しているのが見えた。そのうちの一体が私の顔を実らせて、私の右腕を咀嚼している。バロメッツは食べた個体を再現する植物だ。最初の一体が死んだと思ったのがまず間違いだった。植物は心臓が止まったら死、なんてことがない。まだ本体は生きていて、かろうじてつながった幹から別の個体に私の情報を送っていたのだ。だとしたら彼らは地下でつながっていて、群生しているすべての個体が同じ遺伝子のクローンみたいなものなのかもしれない。

 

「シアン、さすがに撤退しよう。」

 

 フリーダが言う。その決断は正しい。だらだらと額から流れる汗。うまく呼吸ができず、加速していくパニックを押し殺して頷く。頷こうとした。

 

「ウヤユクイアヨク、トゥメフレクタテフ。」

 

 声が聞こえた。すぐ近く、だけど私たちよりずっと高みから。

 

「錬金術師、と呼ぶのだったか。警戒に越したことはないと様子を見ていたが、今殺しておくのが一番よさそうだ。」

 

 深く響く、それでいて透明な声。威厳と神聖さと、カリスマを備えた声だった。男性とも女性ともつかない顔、陶磁器のような透きとおった肌。頭髪の代わりにツタが伸び、体のあちこちを鎧のように樹皮が覆っている。ドレスのリボンのようにも、燕尾のスーツのようにも見える艶やかな葉を後ろに流して意のままに操った樹木の上に立っている。

 

 見間違えるはずもない。あれは――

 

「精霊王……。」

 

 このタイミングで!わざわざ自分の根城を離れて私たちが負傷するのを待ってまで狩りにきたというのか。

 

 あまりにも合理的だ。あまりにも合理的で、ゲームらしくない行動。ラスボスが徘徊して怪我した瞬間を狙って攻撃を仕掛けてくるゲームなんてやってられない。だけどこれが現実だと、私は誰よりも知ってしまっている。覆しようのない絶望が、目の前にある。

 

「われらの緑が世界に光を還そう。」

 

「レーザー来る!」

 

 残った左腕で目をかばいながら走れば、ちょうど目の位置で腕に熱が感じられる。この高精度射撃はゲーム通りだ。熱がなくなるのを待って目を開けると、フリーダもしっかりと回避行動をとれている様子。

 

「ほう。余の行動を先読みしたのか。妙な。」

 

 言いつつも、精霊王に動揺は見られない。

 

「では次だ。」

 

 精霊王の近くの木々が意志を持ってしなる。それらが運んできたのは、鉢植えだった。

 

「次マンドラゴラ!」

 

 とっさに耳をふさぐ。精霊王はいくつも並べられた鉢植えの中からその茎をつかみ上げて引き抜いた。土にまみれた人形のような姿があらわになりその口が歪んだかと思えば、とたん辺りに絶叫がこだまする。耳をふさいだその上から脳を揺らすその声に気を失いそうになるが、何とかこらえた。まともに聞いたら死ぬ。あれはマンドラゴラの絶叫だ。

 

 フリーダも含め、何とかこらえた。だがそれは死んでいない、気絶していないというだけの話であり、絶叫のさなか自由に逃げ続けられたわけじゃない。気が付けば私の体は鞭のように蠢く枝にとらわれて、宙に浮いていた。もがいてもその拘束からは逃れられない。右手が残っていてもその結果は変わらなかっただろう。

 

「やはり目が見えていると耳をふさがれてしまうな。それともすべて知っていたのか?まあいい。捕まえたついでだ。マンドラゴラの叫びを聞かせるのは後にして、その頭を覗いてもらおうか。」

 

 花が咲く。

 

 私を捕まえている枝の先からつぼみが膨らんで、タイムラプス動画のように早送りになって花が咲く。それは赤に見えた。すべてを燃やして消し去る赤。それは青に見えた。すべてを受け入れて押しつぶす青。いや、やっぱり黒か。そして、自分がなぜこんなどうでもいいことを考えているのか、とふと思う。すでに私の意識が現実にないからだった。




[マンドラゴラ]
 根で人体構造を再現する奇特な植物。その叫び声をまともに聞くと人間は死ぬ。同種の中でも特に構造が人体に酷似していて、内臓の形まで再現している特殊な個体のことをマンドラゴラと呼び、それ以外をマンドレイクと呼んで区別する。マンドレイクの中でも強力なものは叫び声をあげるが、マンドラゴラほどの効果はない。ポーションや魔道具の素材としても、マンドラゴラが一番優秀。一説によると彼らは、自分の頭に人間らしからぬ茎と葉が生えていることに絶望して叫び声をあげているとかいないとか。
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