「この空間に余の体の形まで再現するか。謎の先読みといい、本当に妙なやつだ。」
声が聞こえた。精霊王の声だ。
だんだんと、意識が浮上していく。だけどここが現実でないことだけはなんとなく理解している。どちらかというと、今も私の意識は沈んでいっているのかもしれなかった。
そうだ。私は精霊王に捕まった。そしてそのあと精霊王が繰り出してくるのはもちろん数ある即死攻撃のうちの一つだ。心当たりはある。
樹化侵蝕。ある特定のアイテムを持っていない状態でこの攻撃を食らうと、主人公は樹になる。そして植物としての生命活動を始める。実質的な動物としての死をもたらす攻撃。発動前の精霊王の言葉から、精神攻撃的な側面があるのではないかと考察されていたのを覚えている。
きっと、目の前に広がっている光景がそれだ。目の前には道路が伸びていて、その地下に交差するようにして川が流れている。桜の木が満開にその花びらを咲かせて、風にあおられた花びらが川面を揺れて下っていく。私のよく知る光景。日本の、故郷の、なんでもない街。もう見ることができないかもしれない、私の完璧な記憶。過去。
「問おう。お前は何のために生きている?」
気が付けば、精霊王がいた。不思議と警戒心を抱くことができない。ただ精霊がそこにあるだけ。それは当たり前のことだった。
「私は、自分のしたことの責任を取らなきゃいけない。私のために犠牲になった人がいるから……。」
「ではなぜ思い出さない?」
え、なにを――
「お前に投げかけられた非難の言葉を、なぜ思い出さない?」
……。
「これだけの記憶力があるのだ。聞き取れなかった単語も、音としてすべてお前の脳は記憶している。今ならゴーレムにいいようにやられたあの日にお前を罵った声も、世界の変動がお前のせいだと分かったあの日の怒号も、すべて理解できるはずだろう。」
布一枚。私が自分の目を欺くために心にかけておいたそれが、暴かれようとしている。
「もう一度聞くぞ。なぜ思い出そうとしない?責任を取るとその口では言いながら、自らの過去から逃げ続けているのはなぜだ?」
布をはがされて、私の裸をかすめていく風が、刃のように冷たい。顔をそむけようとも、身を縮めようとも、もはや無駄だった。
「こいつが殺したんじゃないのか!?ゴーレムから逃げるために囮に使ったんだろう!」
「でしゃばってけが人を増やしただけじゃないか。どちらにせよ俺はこんな奴と一緒にいたくないね。」
「あの赤い風に巻き込まれて高所作業をしていた息子は……!あなたのせいなら責任を取りなさいよ。」
「家族と連絡がつかない。もうどこにいるかもわからない……!死体に会うことすら二度とできないんだぞ!?」
「お前のせいだ。」
私の――
精霊王の顔が、いつの間にか目の前に迫っていた。
「お前への声が、いわれない罵倒だと思ったか?現実逃避の戯言だと思ったか?お前は正しくて、彼らが間違っていて。わかりやすい三文小説の主人公にでもなったと思ったか?違う。あれは嘆きだった。生存のための恐怖だった。お前に殺された者たちのやむことのない怨嗟だった。」
足が、すくんだ。ぐらぐらと脳が揺れている。ずる、と皮膚の下を何かがうごめいて、右腕の切断面から柔らかな新芽が芽吹いていた。
「お前が今から何をしたところで、失われたものは決して戻らない。」
皮膚が引きつる感触。見れば樹皮と化して固まった皮膚がある。動かそうとすればバキリと割れて痛みが走った。
「その上お前はどんなことが起きてもまず自分のせいか、と気にしていた。相手の心配より先に、自分の正当性が守られているかどうかを気にしていた。」
いつの間にか目の前には、私自身がいた。
「では改めて答えるがいい。――お前は何のために生きている?」
私は、……。
「答えられないなら、お前は樹になるべきだ。」
「……そうだ。私は、樹になるべきだ。」
体中あちこちが固まって樹になっていく。節々から芽が出て、伸び、木質化――木のように固くなって枝分かれしていく。そうしてついに枝にしか見えなくなった左手を、
「だけど、死ぬのは全部終わった後だ。」
――私は強く握った。
ゲームにおいて、この魔法を受けて生存する方法は一つ。習作木盾、習作ポーションなど、習作〇〇と名のついた弟子NPCのつくったアイテムを持っていること。この場面以外で役に立たないアイテムが、主人公の心の支えとなって精神汚染をはじく。私の場合何かを持っている必要はない。これまでに受け取ったすべてを、私は全部まるごと覚えているのだから。
握りこんだ左手には、いつの間にか鉄槍が握られている。フェンスだったもののなれの果て。私の迂闊な行為に一人の犠牲を出した、あの記憶。
私はそれを目の前の自分に刺した。あの時私を助けてくれた人と全く同じ場所に刺した。
「お前は自らの傷で私を殺すのか。その先はいばらの道だぞ。」
「周りに流されてるのもわかってる。自分のやったこともわかってる。きっと私は中途半端なんだと思う。ここで消えてなくなるのは、幸せなのかもしれない。だけど。」
槍を引き抜く。目の前の私が、空間ごとばらばらになって消えていく。
「私はこの傷だらけの現実世界の、エンディングを見に行く。私みたいな下手くそなゲーマーの特権は、
世界がほどけていく。最後に一言、精霊王の声が響く。
「種はお前の中にある。お前が自らの過ちに耐えられなくなった時が楽しみだ。」