プラズマドラゴンの二対《につい》目の翼を見た直後、私の視界は光に塗りつぶされた。それがノーモーションで繰り出された雷撃であることに、一瞬遅れて気が付く。
そこで疑問が浮かぶ。なんで私は一瞬遅れてそのことに気づけたのか?その時にはもう、私は死んでいるはずだったのに――
「ちょっとしたサービスだ。一秒だけプレゼントしたぞ。」
精霊王の声。フラッシュからかろうじて復帰した視界のなかで、幾本もの雷の残像が私たちの目の前で直角に折れ曲がり、地面に吸い込まれているのを確認した。そのすでに過ぎ去ろうとしている一秒に、ケンジーが前に出ていた。ほとんど見えないはずの視界。直前の位置関係だけを頼りにして走り抜けたケンジーが、何かを放り投げた。
「私らしくもないッ!一か八かだ!」
遅れて気が付く。あれは、私が切り落としたプラズマドラゴンの電極糸だ。それが大きく回転しながらドラゴンの方へ飛んでいき、その体に絡まるようにして命中した。そして、そのままバチバチと跳ねる電流を受けて焼き切れる。ドラゴンはそのただ体を叩いただけの電極糸に、苦しそうなうめき声をあげてのけぞる。
「やはりな。お前の体は、左がプラスで右がマイナス、またはその逆なんだろう。そこが繋がれば、プラスとマイナスで打ち消しあって電圧はゼロになる。電極糸が足に巻き付いたときにやけに暴れたのは、せっかく作った電気が流れて消費されてしまうのを嫌がっていたのだろう。」
私の番だ。意識するより先に、私は走り出している。宣言通り、ケンジーは私を守った。精霊王のつくった1秒を、10秒に伸ばした。正真正銘、このタイミングを逃したら私たちは全滅する。
だからッ――全身全霊を賭して走れ!
景色が流れる、怒りに染まったドラゴンの眼と私の目がかち合う。疾走の勢いをそのままに、渾身の力を込めて逆手に持った槍を突き放つ。目がくらんでいても関係ない。記憶力はケンジーよりも私の専売特許だ。かすむ視界の中の淡いシルエットからでも、私はさっき刺した傷の場所を正確に導き出せる。鱗の堅い感触はしない。すでに砕けているから。ただ肉を貫いて、私の槍はドラゴンの命に届いた。
かすれたような声ともつかない息を吐き出して、ドラゴンが頽《くずお》れる。最後の断末魔も、暴れる気力さえも残ってはいない。このドラゴンも限界ギリギリで戦っていたんだ。巨体が砂埃を巻き上げて、私たちの戦いに幕を下ろした。
急激に自分の体中の疲労が押し寄せ、右腕のすさまじい痛みがぶり返す。たまらずに膝から折れて、私はうずくまった。動きすぎたからか、止血薬の下から血が滲んでいる。
「フリーダが無事か、確認を――」
駆け寄ってくるケンジーに声を掛けようとして、私は朦朧とした意識をつなぎ留めきれず、気を失った。
・ ・ ・
ぼんやりと意識が浮上する。まず私が認識したのはこちらを覗き込む誰かの顔と、その向こうの空。そしてその空を縦に割るように悠然と伸びる世界樹だった。その管は、あまりにも太い。数秒経って、私は自分が世界樹の根元にいるのだと理解した。
「起きたみたいだね。君が最後だ。」
ぼやけた輪郭から聞こえてくるのは精霊王の声だった。私が最後、……ということは皆はもう目覚めたのだろうか。ケンジーはそもそも気絶してないか。思考がうまくまとまらない。
右手を支えに体を起こそうとして、失敗する。深い絶望がやってきて、私はその間何も動けなかった。ようやく無理やりにその感情を嚥下して、左手で身を起こす。私はどこか、ベンチの上に寝かされているようだった。
「余が治療をする分には外の方が都合かいい。硬いベッドだが我慢しろ。と言ってももう治療は終わっているけど。」
それは、私の右腕が治らなかったことを意味する。再生ポーションをつくることができれば、時間のたった傷でも治せるだろうか。ゲームの知識だけでは何とも言えないのがもどかしい。そこでようやく、私は意識を再び自分以外に向けた。
「フリーダとケンジーは、どうなりましたか。」
「二人とも無事だよ。無傷とはいかないけど。」
ゆっくりと立ち上がる。頭がくらくらして足元がおぼつかないが、歩くことはできそうだった。今は日の傾き具合から、だいたい夕方の17:00くらいか。精霊王に聞く限り、目覚めたら数日たっていたなんてことにはなっていないらしい。案内に従って歩けば、道の先にきれいなバラ園が見えてきた。そういえばここは森とはまた違った様子だ。植物の種類も数も公園とは比にならないほど多いが、そこには確かに人の手が入って手入れされた雰囲気がある。おそらくはここが、ジャクリーンが予想していた通りキュー王立植物園なのだろう。
「またせたね。」
精霊王が声を掛けた先には、ケンジーとフリーダがいた。二人ともボロボロだが、少なくとも四肢を失ったりはしていないしちゃんと一人で立っている。
「シアン!大丈夫!?もう動いていいの?」
「うん。なんとか。」
「無理はしないでくれ。いつでも支えになる。」
「ケンジーもしんどいでしょ。」
「それでもだ。」
押し切られてしまった。いったん頷いておく。
「さて、みんなそろったことだし、君たちの要件を聞こう。ただ散歩がしたくて森に踏み入ったわけじゃないんだろう?」
「私が話そう。」
ケンジーが言うので、私は隣で黙っておくことにした。交渉事は大人の方が向いているだろう。
「まず、君のことは何と呼んだらいい。」
「余の名か。最近はユグと呼ばれている。」
「……呼ばれているか、なるほど。」
ケンジーは頷いたのち、
「三つだな。三つ、考えてほしい案件がある。」
そういって三本、指をたてた。
[プラズマドラゴン]
雷のエレメントドラゴン。ドラゴンには大きく分けてエレメントドラゴンとグランドドラゴンがいて、前者は発動する自然現象の名前、後者は身にまとう鉱物や宝石の名前で呼ばれる。
ドラゴンは肉体の強度筋力ともにすさまじく、その鱗は頑強。そのフィジカルスペックだけでたいていの生物を圧倒するが、そのうえで自然現象を操る異能を持つ。プラズマドラゴンは非常に好戦的かつ気性が荒く、腹がすいていると見境なく周囲の生き物を襲う。その名の通り体内で発電ができ、雷による攻撃をつかう。時間が経つとプラズマドラゴンは『励起状態』に移行。周囲の環境を掌握し、任意の位置にプラズマを発生させることができるようになる。こうなるとそこは死の領域と化し、さらにノーモーションで感電攻撃を放てるようになる。その暴君に支配された空間では何者も生き残ることはできない。これを超える究極の化け物を除いては。