「優先度順に話せ。」
精霊王はそういってケンジーを促した。
「……まず一つ目は、この森の拡大についてだ。このままでは私たちの拠点まで森に飲まれる。ドラゴンがうろつくような森で寝る趣味はない。これを止めることはできないか。」
「君たちは東の方から来たんだったな。わかった。森の拡大は止《と》めておこう。」
あまりにさらっとした答えだが、精霊王――ユグと名乗ったこの存在なら可能だろう。そもそも精霊王が森を広げていた可能性も高い。
でもドラゴンと言えば、私たちが倒したプラズマドラゴンはどうなったのだろう。聞いてみると、どうやらその場に精霊王が防護壁を張って、置いてきたとのこと。この植物園はロンドンの中心――拠点にしている公園からはかなり離れているので、素材を持ち帰る都合上その方がいい。私たちは森をかなり歩いたが、実際にはほんの入り口でしかなかった。いや、なんで入り口でラスボスに襲われないといけないんだ。いまだに解せないけど。
「次は生存者についてだ。先ほどのユグの口ぶりからしても、ここにはほかに人がいるんじゃないか。ぜひとも会って話がしたい。」
「それも可能だな。案内しよう。」
「最後に、世界樹だ。」
一瞬、空気が張り詰める。精霊王の周りに冷たい風が渦巻いたような錯覚があった。ゲームでも精霊王は世界樹の守り手として描かれる。世界樹の素材を採取するのは精霊王にとって認められることじゃない。
「世界樹の朝露がほしい。採取を許してくれないか。」
それでも、ここまで来て何も言わずに引き下がるわけにもいかない。ケンジーだって精霊王の圧は感じているはずだが、ひるむことはなかった。精霊王は口を開く。
「え、それだけ?」
「……いいのか。」
「ああ、悪いね。世界樹はこの世界の円環をつかさどる。悪いことをしようと思えばいくらでもできる。それを警戒していたのだけど、そうか、錬金術師が欲しいのは素材か。」
拍子抜け、だった。精霊王も私たちも、不必要にお互いを警戒しすぎていたらしい。ゲームでの精霊王はやけに攻撃的だったが、これも現実とゲームの差異なのだろうか。
「でも、世界樹の朝露か。持って行ってもらって構わないけど、これが何かをしっているのかい。」
「詳しくは知らない。だが、エリクシア――不死の霊薬をつくるために必要な素材だと踏んでいる。」
「へえ。君たちは不死になりたいのか。」
「ちがう。」
そう言ったのは、私だった。自分でも意識しないまま、声を放っていた。
「何が違う?」
「私はこれ以上、私のせいで人が死ぬのを止めたいだけ。」
精霊王の瞳が私を上から伺う。私の心の中を覗き込んでくるような、気味の悪い視線だった。
「そうだったな。君はそうだった。せいぜいその運命の行き着く先を見せてもらおう。」
愉快そうな声。それきり追及はなかった。
「朝露とはよく言ったもので、あれは朝でないと採取できない。明日の朝根元に向かうとしよう。それで、ここにいる人間と会いたいんだったね。」
私たちは案内に従う。といっても向かう先はそう遠い場所ではなく、さっきから会話している間にも横目に見えていた施設。バラ園のそばのガラス張りの温室だった。それも普通に中でサッカーができそうな広さの巨大な温室。中に生存者がいるのだろう。そのドアを押し開けると、声が聞こえてきた。
「ふおおッ!なんだこの植物は!最初は見た目からパリソタ・バーテリーだと同定していたが刺激を与えただけで実がしぼんだぞ!しかも密閉した箱の中で衝撃を与えたのに質量が変化しているッ!!新種だ!新種の植物だ!!いや何なら物理学の根底から疑うべきかもしれんッ!世界ぶっ壊れてて最高!ファンタジー万歳!」
目が合った。
「……。」
「……。ぉお!生存者がいたのか!こんなことになってしまってスマホも使えないものだから心細かったのd
「もう無理だと思います。」
目の前にいるのはラフな格好の眼鏡をかけたおじさんだ。それが半狂乱になって植物の入った箱を掲げ、わめき散らかしていた。普通に怖い。最後になんか普通っぽいことを言っていたがどう考えても手遅れだ。
「先生何してるんですか!」
すると奥から、別の人がやってくる。長髪の黒髪をした女性で、いかにも真面目そうな雰囲気がする。正直この半狂乱おじさんと話すのは嫌だったからよかった……。
「早く来てください!あっちで今バロメッツの複製能力が死体にも適用されるかどうかの実験が佳境を迎えて――」
「……。」
「……。ょかった!私たち以外にも生存してる人がいたんですね!!外がどうなってるのか心配で心配でッ!!」
「あんたもかッ!」
*この小説はフィクションです。実在の施設の名前を借りていますが、登場する人物は完全に創作であり、現実の人物や団体に言及する意図はありません。