錬金少女は蒼に埋める   作:水面廻

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第3話 世界創傷 2/2

 それは破裂音、だったように思う。ばちんと何かがはじけるような、壊れるようなそんな音。あとから聞いてみても誰もそんな音は聞いていないというが、私は確かにその時そんな音を聞いたような気がしたのだ。

 

 その直後だった。赤い風が吹いたのは。

 

 すべてが赤く染まる。まるで単語帳の赤いシートで目の前を覆われたような、そんな視界。すべてが一律に、例外なく赤に。

 

 その光景は一瞬で元に戻った。だけど、元の色味に戻った視界がとらえた世界は、その直前とは異なっていて。端的に言えば、壊れていた。舞台が、スピーカーが、照明が、観客席が、座っている椅子が!直後響き渡る轟音とともに砕けては弾け、その残骸をあたりに散らしてはぶつかり合っていた。それら破片が陽光を反射する景色を、仰向けに姿勢が崩れた視界でとらえて。遠くから連鎖的に響く轟音を聞きながら、私の意識は暗転した。

 

 ◎

 

「おい、大丈夫か!?」

 

「何が起きたんだ!?」

 

「とにかく動ける奴は救助に回ってくれ!」

 

 声が聞こえる。英語でしゃべっているので何を話しているのかはわからないが、それでも彼らが焦り、戸惑っている様子は伝わってくる。薄く目を開けて、手を握りこむ。じゃり、と砂をつかむ音がして自分が倒れていることを自覚する。体が重い。頭にじくじくとした痛みがある。それでも何とか周囲を把握しようとして、私は上体をおこした。

 

 まず、自分自身。けがをしていないか、しているとしたらどの程度か。恐る恐る痛みの先を目で確認すれば、幸いなことに軽傷のようだった。うでと頬に破片によるものであろう切り傷があるだけ。転んだ拍子に腰も打ち付けたみたいで打撲している。だけどそれだけ。逆に椅子が壊れただけで気を失っていたことに疑問を抱くべきかもしれない。

 

 見渡して被害の度合いを確認する。原型をとどめてはいるものの、あらゆる機材とそこら中の設備がばらばらになっていた。と、視線が回って、後ろを振り向いた時。私は絶句した。それは崩壊だった。舞台からだんだんと後方に行くにつれて高くなるようにつくられている客席、それが崩壊してすべて平らに均されていた。最前席にいた私はしりもちをつく程度で済んだが、後ろの人はそうはいかない。半ば生き埋めになってうめいている人がいれば、赤い液体が瓦礫からしみだしてくるような場所もあった。

 

 ――何が起きた?いったい何が起きたら、こんな大規模な破壊が起きる?客席が壊れたことによる衝撃は感じたが、その直前に地震があったわけでもないし、ましてや何かが爆発した様子もない。心当たりがあるのはあの赤い視界だけで、それがただただ物を破壊して過ぎ去っていった、みたいな。

 

 それがどれだけ非現実的なことか、自分で考えていて嫌になってくる。それなのにそれ以外の説明がつかない。くらりと、平衡感覚が失われるような不安感に支配されて、しかし世界は、それを待ってはくれない。私の思考をかき消したのは、誰かの焦った声だった。それは英語で、普通のリスニングも満足にできない私がその切羽詰まった声を聞き取れるはずもなくて。だけれどその声の主が何が言いたいのかは、すぐに分かった。なぜならその声を挙げた人も含めて何人もの人がそちらを向いて、耳を澄ませていたから。私にも同じように、その音が聞こえたから。断続的に響き渡る破壊音。地響きのような振動。それが何を意味するのか、ここにいる誰もが現状の悲惨な破壊跡を前例として、察してしまっていた。

 

「ふざけんなよ。」

 

 英語だとしても聞き覚えのある暴言を耳がとらえる。それを皮切りにして、皆が一斉にスマートフォンを取り出した。後から考えたら、私も同じようにすればよかった。遠い地球の裏側だったとしても、家族がこの異変に巻き込まれている可能性は0ではなかったし、この一瞬までなら、電子機器を使うことができたかもしれないのだから。

 

「何が起きてるんだ!?充電が切れてるなんて、今朝満タンにしてきたはずなのに!」

 

「俺もだ!スマホが機能しない。」

 

 広がる困惑の声に、一つの静かな声がやけに響いた。

 

「ちがう。これ、壊れてる。」

 

 それは、文明が壊れたことを私たちに否応なく知らせるための、一つ目の出来事だった。

 

 一連の出来事に混乱をきたしながら、集まった人々のとった行動はそれぞれ違っていた。かなりの人数が舞台のある公園から走り去り、そのうちの半分は轟音の発生源を確かめることが目的で、もう半分は自分たちの家族や友人の安否を確かめるつもりだった。残った人は呆然として何もできなくなっている人もいれば、積極的に瓦礫の中の人を救助しようとする人もいた。

 

 私は一度救助活動に参加しようとしたが、体格のいい外国人たちが動き回る中で邪魔にしかならないとわかってしまった。それならと、周囲の状況把握に努めるべくして公園の外を目指すことに。先行する人たちに一拍遅れて、私は野外劇場を後にした。とはいえ、彼らとの合流は案外あっけなく果たすことができる。なぜなら彼らは立ち止まって呆けていたから。遠くのほうを見つめては、立ちすくんでいたから。

 

 木々の合間、かろうじて見えるそれは、ただの鉄の棒だった。ただの鉄の棒が、遥か向こうに高くそびえたって、陽光を反射している。

 

「なんだよこれ。」

 

 呆然としたつぶやきが聞こえてきて、私はようやくその鉄の棒が何なのかを理解した。

 

 ――あれは鉄筋だ。ビルの柱を支えていたコンクリートの中の鉄筋が、むき出しになってその役目を失って呆然と佇んでいるのだ。

 

 ここに来るまでにも、道のアスファルトがめくれあがってボロボロになっていた。違和感が積み重なって、嫌な予感になる。さっきの赤いなにかが、この結果を生み出しているように思えるが、それ以外の何もわからないというのが現状だった。

 

 誰かが声をあげて、思い出したように皆がまた外を目指す。外の様子を確認しようとしているのだろうその人波に私もついていく。悪路になんどか転びそうになりながら急ぐが、少し先で私たちは崩壊して渡れなくなった橋を目にする。池、もしくは川。確証はないが歩いて渡れないほどではない。ここで無理して向こう側に行くべきだろうか。きっと私以外も、そう考えていたのだと思う。

 

 その逡巡の間隙をついて、はた、と冷たい感触が肌を打った。ふと見上げれば、空は淡い灰色に染まっていた。太陽の光をかろうじて感じさせるその遥かな上空から、水滴がしとしとと降りてくる。あっという間に視界が悪くなった霧の向こうでばしゃ、と水音が鳴った。それは鳥や小動物がたてるにはあまりにも大きな音で、しかしこの場の誰一人として水に入ってはいない。だったら――?ぱっと目を向けるのは向こう岸。影が見える。まだ水に沈んで体が見えなくなる前の、何かの群れ。人間と同じくらいの体躯、人間と同じ長さの四肢。だけど少しだけずんぐりとしていて、動きもぎこちないように思えた。

 

 それがばしゃばしゃと川をわたり、こちら側に近づいてくる。やがてその皮膚がざらざらとした茶色であるとかろうじてわかるようになる。そして同時に、きっと皮膚だけでなく体そのものが土でできているのだろうと察する。ゴーレム、という単語が頭をよぎって、一瞬思考が止まるのと、私の横をかすめて吹き飛ばされた人間が転がっていくのが、ほぼ同時だった。

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