「2日経ったら攻略の途中で一時帰還する予定だったはずです!ジャクリーン、そろそろ確認のために人を出すべきです。彼らが遭難している可能性も高い。」
緊迫した声をあげたのは、島崎。シアンが英語を話せなかった時期に翻訳係として働いていた男だった。
そこは彼らが重要な会議をするときに使っている、いつもの野外劇場。彼とジャクリーン以外にも、何人か集まっている。ジャクリーンの補佐として働いている人や、それぞれでパーティーをつくって冒険している人たちの中から、ジャクリーンの方針に協力的な人、そして恋も、シアンのことが心配で会議に参加している。いたって普通の様子で。
「そうだね、さすがに帰りが遅い。ケンジーも向かったから、ある程度の敵なら何とかなると思うんだけど。」
そこにおずおずと声を掛ける男がいた。彼はジャクリーンの傍らで雑事の処理――いわゆる秘書のようなことをしている。
「あの、申し上げにくいのですが……。最初の時点でお二人が、あの、死んでしまったという可能性もあります。そこにケンジーさんがおひとりで向かわれた、となれば、最悪全滅もありうるかと。」
場の空気が凍り付く。だけれどこれは、誰かが言わなければならないことだった。そうでないと議論が進まない。ジャクリーンもそれがわかっていて、おっかなびっくりでも発言をしてくれる彼のことを重用している。
「そうだね。もしそうなら、私たちが救援に行ったところで無駄だろう。撤退すべきだ。」
それは世界樹の森から逃げるために、現在の拠点を手放すことを意味している。三日前から侵食は止まっているが、いつまた広がるともわからない世界樹の森におびえながらでは暮らしていけない。侵食が止まったのがシアンたちのおかげなのでは、と希望を抱きたくなるが、それにしては攻略が早すぎる。
「そんな!……私、ついていけばよかった。シアン様に嫌われてでもついていけば……。」
恋の悲痛な声。誰もが最悪を想像した。もし彼らが準備も整わないうちにワイバーンにでも襲われたら?いや、もしかしたらトレントですら、人を殺すのは簡単なのかもしれない。
「ともかく、ここで考えていても仕方がない。まずはゲームの世界樹の森について覚えていることを各自リストアップして、原因になりそうな敵を整理する。出発前にもやったが見落としがあるかもしれないからね。そのあと具体的な対策を立てて、少数の偵察を……。」
ジャクリーンが発言を止めたのは、目の前にいる島崎が見るからに集中を欠いているからだった。口をぽかんと開けて、どこか上の空だ。その視線は文字通り、上を向いて空を見上げていた。
「どうした?」
島崎は答えない。それどころかその目を大きく見開いて、表情がだんだんと驚愕に歪んでいく。たまらずジャクリーンも後ろを振り返った。その先にあったのは、なにか強大な力で上空に打ち上げられた、巨大な生物。大きな翼とすべてをかみ殺さんと言わんばかりの凶悪な顎《あぎと》は、間違いない。ドラゴンだ。
しかしそのドラゴンは力なく落下し、そのまま近くの空き地に地鳴りのような轟音を鳴らしながら落下した。
はじかれたように立ち上がって、会議していたほぼすべての人が落下地点を目指す。すでに人だかりのできたその場所にたどり着いたとき、呆然とする人々をよそに楽し気な話し声が聞こえた。
「なんでこうなるの!?吹っ飛ばすことないよね!?」
「シアンが風魔法で運べたら楽なのにな、とか言い出したんでしょ!?人のせいにしないでっ!」
「え、これ私が悪いんだ……。」
「わたしもっと弱めの魔法にするつもりだったもん。隠しておいて皆を驚かせようと思ったのにな……。」
「安心しろ。驚かせることは十分すぎるくらい成功している。ほら、観客がたくさんいるぞ。今回の公演は大成功だな。」
額を抑えながら、ジャクリーンは声を掛けた。
「……あー。えっと。これはなにかな。」
「あ、ジャクリーン!ただいま。これはプラズマドラゴンだよ。」
「ケンジー、君が説明してくれ。」
・ ・ ・
ドラゴンは猟が好きだったという男性に指揮をとってもらって解体することになった。
「俺、ドラゴンなんか捌いたことねぇですぜ!?」
と元気いっぱいだったので、任せておけば何とかなると思う。帰りに倒したカメレオンラプトルも一緒に解体してもらって、その手順を教えてもらう予定だ。ドラゴンは素材の宝庫。精霊王が「ドラゴン好きでしょ?」とか言っていたが、悔しいけど事実である。魔力炉も魔石も発電器官も鱗も骨も、電極糸も翼もその血に至るまで全部最高の素材。今から何をつくるか楽しみだ。
「とりあえず事情は理解したよ。精霊王が会話に応じてくれたのは幸いだったね。」
今私たちは、パーティーメンバ―とジャクリーンだけでとあるショッピングモールだった建物の一室にいた。ジャクリーン曰く、広くて入り組んでいるからちょうどいい、とのこと。
「メインディッシュだ。手に入ったんだろう?」
私は懐から瓶を取り出す。そこには宝石のごとく輝く液体。世界樹の朝露が入っている。
「素晴らしい。これで一歩、悲願に近づいた。」
ジャクリーンは恭しく瓶を受け取ると、割れた窓から差し込む陽光に照らしてそれを眺めた。
「あと、みっつ。」
――私たちは、確実に不死の霊薬に近づいていた。その先になにが待っているのか、知りもせずに。