廻天公開前にかっこいいまどかが見たかった
白い月が顔を出し、冷たい風が都市に巣食う瘴気を巻き上げる。それを見下ろす一人の少女。
かつて、世界を染め上げんばかりに輝いていた桃色はそのままに、世界の毒を知った少女、鹿目まどかである。
彼女がこうも心を沈めているのには理由がある。ワルプルギスの夜が見滝原を消し飛ばしてから2年、鹿目まどかはすっかりベテランになっていた。縄張りを有し、競合他者との奪い合い。
そんな弱肉強食の世界でも、彼女の圧倒的な魔力は猛威を振るっていた。
才能が九割の魔法少女の世界で、インキュベーターに神にも届くと評された才能は伊達ではない。彼女はたった一人でこの見滝原跡地を支配する大魔法少女であった。
だからこそ、彼女にも弟子が出来た。弱く、夢と希望を持った輝かしい目をした少女が目の前にいて、見てみぬふりなんてできなかった。
偶然にも、かつての巴マミと同じように。
固有魔法の特性から、一緒に戦い方を考えて、二人で魔女を倒した時ことは彼女の人生において一二を争う記憶になった。
「遅かれ早かれ、彼女の才能には限界があった。むしろ、ここまで長生き出来たことは奇跡的だ。まどか、君の教育能力の高さの証明とも言えるよ。」
そんな、褒めているのか皮肉なのか、そもそもそんな感情があるのかわからない生命体、インキュベーター。
この生命体との関係もかれこれ2年、慣れては来ても許しは出来ない。会話はしても雑談はしない。そんな、ビジネスライクな関係に収まっていた彼が、なぜ今になってやってきたのか。
「おや?まどか…泣いているのかい?」
高所を流れる気流にさらわれ、煌めく涙は空へと還る。
「けど…。」
幻想的な風景に、割って入るような平坦な声でインキュベーターは続ける。
「君のソウルジェムは濁らないね。例え友人が亡くなっても、信じていた相手に裏切られても、唯一できた愛弟子が自分のいないところで死んだとしても、君のソウルジェムは濁らない。その原因が君の願いにあるのか、それとも———「その話はもういいでしょ?」…やれやれ。」
お前の感情は偽物だ。そう言われている気がしてならない。
悲しみも体裁だけで、心の底から湧き出るものではない。そんな化け物じみた精神をしているからお前の魂は濁らないんだ。
もちろん、それはあくまで憶測で真実はまだわからない。けど、その可能性があるだけでまどかは自分を責め続ける。
その輝きを保ったままに。
街灯すら整備されていない瓦礫の山に、一筋の桃色の光が煌めいた。
◇◇◇
見滝原市。
かつては大規模な開発計画のあったニュータウン。近未来的な建造物とシステムが売りになるはずだった地方都市。
もっとも、瓦礫になれば建物のテーマ性なんてわかりもしないが。
2年前の大災害。ワルプルギスの夜の襲来は街とそこに住む人間たちの人生を丸ごと吹き飛ばした。
確かに、この街にいた魔法少女たちは善戦した。共同戦線を張り、街を守ろうと奮起した。しかし、相手は古より存在する超弩級の大物魔女、とても相手にならはしない。
鹿目まどかが願いによって退けなければ、全ての人間が焼き払われていただろう。
討伐ではなく撃退。それが、鹿目まどかが魔女にならず、街の被害を最小限に止める最適解であった。
その決断をしたのが、ワルプルギスが街の大部分を吹き飛ばした後でなければ完璧な解だった。
ベテランの魔法少女たちは戦死し、イレギュラーの少女は消息を断ち、街には鹿目まどかだけが残された。そこまではまだよかったのだ。生きている。それだけでやり直せたはずだった。
しかし…
ある日突然全てを失って、納得できる人は存在しない。
さらに言えば、そこから一発逆転できる…例えばどんな願いでも叶うと言われて飛びつかない人はいない。
ワルプルギスの夜襲来から一年は、本当に地獄のようだった。
大量に生まれた魔法少女たち。もちろん、見滝原にそんな数の魔法少女を支えるだけのリソースなど存在しない。
弱肉強食で潰しあったのが一ヶ月。大量発生した魔女が大暴れしたのが三ヶ月。それでも生き残った実力者たちの膠着状態が続いて五ヶ月。
最初は魔女が増えると喜んでいた魔法少女も、その数に押し潰されてしまった。協力コミュニティを作った少女もいたが、集まるのは一人で生きられない弱小ばかり。最期には内輪揉めで崩壊した。
そして今現在も、魔女たちは瓦礫の街に潜み続けている。当然、復興など進むわけがない。災害支援に入った人たちは皆帰らなかった呪いの廃墟。
継続的な支援もあり、郊外は人の住める仮住まいが設置されてきてはいるが、中心部は未だ魔境。それが、今の見滝原市跡地である。
そんな地獄に残った唯一のセーフヘイブン。それこそが鹿目まどかの勢力圏であり、見滝原最大の魔女の温床である中心部である。
まどかを囲うように広がったベテランたちの縄張り。そこを命からがら抜けた先にある本当の魔境。
まどかがやって来るまで生き残ることが出来れば、匿ってもらうことが出来る。
そんな噂は誰が流したのか、多くの新人はベテランに追い返されるか魔女のエサにされる。それにも関わらずその希望を、ワンチャンを狙って禁足地を目指して死に続ける。
ベテランの領域から逃げ出した魔女。
それもベテランすら危険と判断してスルーした強大な魔女は、人の命を求め見滝原の外へ移動する。その魔女は外縁に住む弱小魔法少女たちが、唯一のグリーフシードの入手先として、数人の犠牲の末に討伐する。
もちろん、市外に逃れた魔法少女も数多くいた。しかし、弱肉強食、それも蠱毒のような形で行われた惨劇は、見滝原の外にも同然轟いており、そんなところの出身者を受け入れてくれるところなど存在しない。
魔女が、魔法少女が人を殺し、さらに契約者が増加する。むしろ、見滝原に行けば願いが叶うと云う都市伝説まで生まれる始末。希望が呪いを呼び寄せ、一度入ったら出られない蟻地獄。
だからこそまどかは、その地を離れられない。大量の魔女を抑えられるのは自分だけということ以上に、希望が絶望に変わるところを見たくないから。
◇◇◇
「……」
砂の大地で目覚めた少女がいた。長く艶のある黒髪と、ただ一人を守るための小さな盾。空一面に広がる星の明かりが、彼女の目を開かせた。
咄嗟に右手確認する。そこには、菫色に輝く宝石。
ソウルジェムである。
この石が輝いているということは、彼女はまだ生きているらしい。
記憶を探り、状況を確認する。
波の音が響く砂浜に、寝込んでいたようだった。陸地の方には明かりが淡く見える。人は確かにいるらしい。ただ、記憶は曖昧だ。
自分の目的は覚えている。決して忘れない。けれど、なぜ今ここにいるのか、何をしていたのか、その辺りはさっぱり覚えていない。
立ち上がり、腕を見た時気がついた。ソウルジェムは点滅し、近くにいる魔力の波動を感知する。
「…これは、魔女の…?」
そんなことはありえない。あってはならない。だってそれは、彼女にとって…暁美ほむらにとってたった一人の友達の願いの否定であったから。
◇◇◇
「まどか、君は外宇宙…言うなれば並行世界について知っているかい?」
「…」
返事をしない。それがこの生物に対する唯一の対処法である。
一向に魔女にならない。ソウルジェムが濁らないというのは、彼らにとって致命的にはなりえないものの、調べる価値のある異常個体であった。
精神を揺さぶり、ソウルジェムの穢れを観測しようとしていた。
最近ではそれすら辞めて、まどかが魔女になることで得られる宇宙全体のメリットについて語り出す始末。その目的の為にこうやって、『世界』とは何かと言った大局的な話をしている。
「並行世界からの侵入者…いや、法則と言った方が正確かな。この世界を塗り替えようと入り込む力が存在している。」
そんな話を右から左に流す。まどかは小さな庭で、トマトを収穫し続けながら、今日の夕飯について考えていた。肉など手に入らないから、今日も野菜のスープかな…と。
「けど、最近になってパタリと止まったんだ。世界そのものに弾き出されたと言ってもいい。そして、僕たちの観測の結果、その要因が君だと云う推測が立った。」
「…わたしが?」
並行世界から入り込む異物。そんなものを止められる自信なんてないし、そんな推測がなぜ立ったのか理解できない。
けれど、そんな大宇宙的な話に自分が登場したことに、まどかは興味を示した。
「なぜ君がそのような現象を引き起こしたのかはわからない。けど、君と反発するようにその力はどこかへ行ってしまった。君の存在そのものが、宇宙の秩序に貢献したんだ。」
「…そっか。」
また、いつもの論法で宇宙の為に魔女になれという結論が見えたので、まどかは会話を断ち切った。
◇◇◇
「はっ……はっ……!」
魔力の波動を目指して走り続けて約5分。時間停止を持っていた頃ならいざ知らず、砂時計の砂は落ち切って、もはやただの装飾品に成り果てた盾を持っての全力疾走。
初めての砂浜で足を取られるのもあるが、それ以上に気持ちの整理がつかなかった。
これまでのことが夢だったのかもしれない。まどかとまた会えるのかもしれない。そんな期待と魔女への疑念がその足取りを無意識的に遅らせる。
「あった…っ!」
木に張り付いた不気味の紋章。間違いなく魔女の結界への入り口である。しかも、この波動…中で誰かが戦っている。
行くべきか…。しかし、無為なトラブルは避けたい。
獲物を横取りされるということを、魔法少女たちは極端に嫌う。それが生存に直結しているというのもあるし、そういうルールの中で育ってきたから余計に敏感であるというのもある。
とどのつまり、舐められたら終わりなのだ。
だから縄張りや同盟なんて言い合って自分の存在を主張する。
この地域でのルールがわからない以上、迂闊に入り込むのはリスクが大きい。
そんな思考を巡らせている間にソウルジェムの光は激しくなる。魔女の魔力が大きくなる。
どうやら、魔法少女が劣勢であるようだった。
その魔法少女を見たこともないけれど、美樹さやかのような持久力でもない限りきっと死ぬだろう。
魔女に殺されて、死体すら残らず。
"まどかならどうするかな"
そんなもの、考えるまでもなく決まっている。
黒くうねった魔力の奔流。形成される漆黒の弓。
この世界ではない、別の世界のインキュベーターに"驚いた"と言わしめるほどの魔力係数。
そこから引き絞られ放たれる矢が、暴れ狂う魔女を撃ち抜いた。
◇◇◇
「いやぁ〜ほんと助かりました!」
魔女の結界が朧げになって、
PSYCHO-PASSの常守朱的な強さを持ってて欲しいという願望の産物。後悔はない。
(続きは)ないです。