□2043年8月11日 【武士】ハズレ・スターリング
「―――ハズレ!!いるか!!いるなら返事せい!!」
夜が明け、太陽が半分ほど顔を見せた頃。
ハズレが子供達と共に羽宮の屋敷で眠っていた部屋の襖が勢いよく開かれ、剣幕と共に信姫が押し入ってきた。
彼女は大層苛立った様子で、身に纏う服は普段と比べ異様に少なく、薄汚れていた。
「朝からどうなさったんですか、信姫様。それにそのご恰好は……」
「そんなことはどうでも良い。ハズレ、貴様に話がある。ついて来い――それと、そこの童。起き抜けで悪いが、他の童も起こし、身支度を整えて待っておれ」
信姫はそれだけ言い残して部屋を後にした。
その言葉の意味を考えていると、ハズレの隣で寝ていた子供のひとり……白髪に小麦肌という特別目立つ見た目をした子が敷布団を押しのけ、起き上がっていた。
「――アウ。もしかして、起こしちゃったか?ごめんな、こんな朝早くから…」
「オレは別にいいよ。いつもこんくらいには起きてっから。……それより兄ちゃん、信姫様のとこ行かなくていいのかよ」
十代そこらの、子供たちの中でも比較的年齢の高いその子―――アウは身体を伸ばしながら信姫が後にした方を指さした。
「……それもそうだな。それじゃあ、他の子達のことは頼んだよ。トラかツルを起こしてから事情を説明すれば、だいたい何とかなると思うから……」
「はいはい、もういいから、はよ行けって」
アウに身体を押されて、ハズレは強制的に部屋から追い出された。
仕方がない、と信姫が消えていった方に歩いていくと、いくつかの廊下を渡った先にある大部屋で、信姫は苛立たしげに書物を開いていた。
「む。遅いわタワケ!儂が着いてこいと言ったのだからもっと早く来んか!!」
「すみません、アウに子供たちを頼んでたら遅れてしまい……えぇと、それで、何かあったのでしょうか」
お叱りを受けつつ、早速本題を切り出すと、信姫はその辺に置かれていた台の上に膝を置き、真剣な面持ちで語り出した。
「落ち着いて聞くが良い。端的に言うとだな――このままじゃと、童らがみな死ぬ。一人とて残らずな」
「……は、あ?」
意識せず、珍妙な声が喉から漏れ出た。
何を言っているのだろうか、この女傑は。
何かの比喩表現か、あるいはタチの悪い冗談だろうか。短い付き合いだが、この人はまぁ、そういう所があるということをハズレは知っていた。
「気持ちはわかるがの、残念じゃが事実だ。というか、なんなら儂も含めて羽宮家全滅じゃがの。……時間が惜しい、面倒な問答はしとうない。必要なことのみ話す」
「まず初めに、我が羽宮家と四大大名家である南朱門家は、ここ暫く領土を奪い合っての小競り合いを続けておった。しかし、これまでは互いに大きな戦力差もなく、儂や兄上、父上の奮戦によって拮抗しておった」
「…しかし、奴らはついに本腰を入れ始めてきおった上に、<ますたぁ>の数も増加の一途を辿っておる。恐らく彼奴等は<ますたぁ>を積極的に取り入れることじゃろう。となると、父上と兄上が<ますたぁ>を忌避している以上、ただでさえある戦力差が拡大していくことは想像に容易い」
「……このままでは、羽宮家は南朱門家に取り込まれてしまうことだろう。無論、徹底抗戦を続ければ、儂らや、忠義に厚い家臣らも殺されるだろうな」
「そこで、父上と兄上は焦りに焦り……無謀な策を打ち立ておった」
「父君と兄君が打ち立てた策、ですか。それは、どのようなものなのでしょうか」
「……うむ。問題はそれなのだ。連中め、完全に正気を失っておる。―――<修羅の奈落>という、神造ダンジョンを知っておるか?」
言われて、ここ一週間で信姫に与えられた、天地に関することやこの<Infinite Dendrogram>の世界についてを記した書物の記載を思い出した。
<修羅の奈落>――天地にある唯一の神造ダンジョンであり、【憤怒魔王】就職用のダンジョン。
死者を食らうとされ、天地にて息絶えた生命の影法師を造りだして配するらしく、かつて黒城時貞が攻略し、【憤怒魔王】に就いて以降、攻略難易度が遥かに上がり一度も攻略されておらず、難攻不落となっていたはずだ。
「あの"だんじょん”に少数戦力で乗り込み、突破する……童らにその露払いをさせようと言うのが、父上と兄上の企みじゃ。要は、捨て駒と言ったとこじゃな」
言いながら、信姫は目を伏せた。
あの快活で豪胆な彼女のその姿が、事の深刻さをハズレに直視させる。
「…ッそんな、あの子たちは、まだ子供です!!一番歳が上のトラですら、15に満たないというのに、そんな……!!」
「なんとか、っなんとかできないんですか!!信姫様なら、そんな無茶苦茶な話をどうにかできないのですか!!」
この国、この世界でいえば立派な大人なのかもしれない。
家のために命を捨てろと言われて、叱るべきなのかもしれない。
それでも、叫ばずにはいられなかった。
そんなハズレに、しかし信姫は首を振る。
「うむ……儂もお主の願いに応えてやりたいが、すまん、無理じゃ。父上と兄上が既に決定を下した以上、最早覆ることはない。如何に二人の判断が愚かであろうと、な。」
大きく、ため息をついた。
「事実として、我が領は危機に瀕しておる」
とん、と畳を指先で突いた。
「であるからこそ、なんとしてでも今すぐに、力を得ねばならん、というわけじゃ」
黒い長髪が畳に広がり、顔を覆い隠す前髪から覗く瞳がハズレを映す。
「…もし童らの一人でも深層にたどり着ければ、それもよし。たとえたどり着けぬでも、兄上か、最悪儂や他の我が家の者がたどり着ければ良い。そういう話じゃ」
その瞳に映るハズレは、正しく怒りを宿していた。
「――間違ってる!あの子達が、そんな大人の都合で、簡単に死んでいいはずがない!!」
信姫にとっては始めてみる、ハズレが取り乱し、感情を顕にしている様。
けれども、現実は変わらず――何より、その間違いは正さねばならない。
トン、と畳を突いた。先程よりも、強く。
異様なくらい、音が響いた。
「――死んだとて然程変わらん。それに彼奴等とて武士の子ぞ」
続けざまに聞こえた言葉に、ハズレは自らの耳を疑った。
ハズレの息を飲む音が、信姫の耳にまで届く。
「……は、」
不自然に息が漏れた。信姫を見つめるハズレの瞳が、次第に異様な鋭さと熱を帯び始める。
「なんだ。儂が童らの死を惜しむとでも思ったのか?…彼奴等はもとよりこの家に仕える身じゃ。この家のために死ぬのは、彼奴等にとっても本望じゃろう。結局は、死ぬのが早いか遅いかの違いでしかないしのう」
ハズレの拳からミシミシと嫌な音が鳴った。顔を伏せ、歯を噛み締め、怒りと不条理への絶望が全身を染めていく。
――まただ。また、救えずに、ただ理不尽に奪われていくのか。
かつての惨劇の記憶が脳裏を焼き打つ。そんなハズレの頭上から、信姫の声が降り注いだ。
「――とはいえ、儂も思うところはある」
声を聞いて、ハズレは弾かれたように顔を上げた。
怒りで血が滲む程に握りしめていた拳が、困惑と期待に白く緩む。
「信姫様…」
「ふん。父上と兄上の言い分も、わからんでもない。事実として我が家は窮地に立たされており、一刻も早く強大な力を欲しておるのは確かなのだからな。」
信姫は鼻で笑い、吐き捨てるように言葉を継いだ。
「――だが、犠牲を童らにばかり押し付け、己らは安全に甘い汁を吸おうなど……我が血縁ながら、誇り高き羽宮の武士がすることではないわ。そもそも、ろくにレベル上限に達してすらおらん童らを使い潰すなど、資源としてもったいないにも程がある」
「……だったら!」
「落ち着け。儂とて、こんな胸糞悪い策に大人しく付き合ってやるほど殊勝な気質はしておらん。……じゃが、決定が下った以上、童らの突貫を力ずくで止めることは不可能だ」
信姫は冷ややかな目をハズレに向け、残酷な事実を口にした。
「仮に、だ。儂が裏で手を回して童らを奈落から逃がしたとしよう。……だが目的も果たせず、ただ生きて逃げ帰ってきたとなれば、父上らは『敵前逃亡の咎』として童らを一族郎党諸共、処刑するであろうな。無論、羽宮から逃れようとしても、じゃ」
「――ッ」
逃げ場はない。ただ指示に従って奈落で死ぬか、拒絶して処刑されるか。 詰み切った状況にハズレが絶句していると、信姫は静かに問いかけた。
「どうにかしてやりたい気持ちは山々じゃが……童らが生き残る道はただ一つ。『奈落の試練を突破し、実績を作って生還する』ことのみ。……さて、どうする?」
尋ねる声は、されどもたった一つの答えだけを求めている。
そして信姫は知っていた。目の前のこの男は、必ず答えから逃げ出さないということを。
「……僕が、同行します」
息を吸い込み、ハズレははっきりと答えた。
「僕も一緒に奈落へ行きます。―――あの子たちを、一人だって死なせません」
「……ほう。貴様ならそう言うと思っておったが……口で言うほど易しくはないぞ? 肝心の<エンブリオ>すら目覚めておらず、レベルも三桁に満たない貴様が増えたところで、何かが変わるわけではない。……かえって足を引っ張るだけではないのか?」
信姫の言葉には冷徹な品定めと、同時にかすかな期待が入り混じっていた。
「それでも、です」
ハズレはまっすぐ信姫の瞳を見つめ返し、言葉を紡いだ。
「レベルも、力も足りないかもしれない。でも、僕はあの子たちを置いて自分だけ安全な場所にいるなんて選択肢を選べない。……それに、信姫様が態々僕にこんな話をしてくれたのは、僕に期待してくださってくれているから、ですよね。だからこそ、こんな話をしてくれた」
手の甲に触れる。未だ硬く閉ざされた、卵形の宝石。
未だ孵らない、ハズレだけが持つ可能性。
「僕がこの世界に来た理由は『新しい体験がしたかったから』です。でも……大事な人たちを見殺しにして手に入れる体験なんて、ひとつも要らない。―――たとえ、可能性が小数点の彼方にしかないのだとしても。僕は、それを掴み寄せてみせる」
その覚悟と誓いの重さは、言葉を聞かずともその目を見れば即座に理解できた。
信姫は一瞬目を見張り、次の瞬間には今までで一番の愉快そうな笑みを浮かべた。
「くはっ……くはははは!よくぞ吠えた!それでこそ、拾った甲斐があったというものよ!!」
信姫は豪快にハズレの肩を叩くと、指輪型のアイテムボックスから、一本の刀を取り出し、差し出した。
「よかろう! 貴様のその青臭い覚悟、この信姫が見届けてやる! 奈落への出発は明朝。それまでに、せいぜい腹を括っておくが良い!」
「……はい!」
外を伺えば、太陽は完全に目覚め、子供たちの騒がしい声が廊下まで届き始めた。
―――あの子達とも、ちゃんと話さなければ。
与えられた刀を腰に差して、信姫と共に、ハズレは喧騒の元へと足を進めた。
To be continued.
どこかの姫様の独り言
「……そうは言ったがのう、ハズレ。……お主が思うほど、この世界は甘くは無いのだ。マスターであれば、もしやがあるやもしれんが―――主なら、せめて、童らを看取ってやってやれるだろう」