ドパガキダンジョン 作:匿名
俺は一人で管理室にいた。
一枚の水晶板では、勇者が次の一匹を救っている。
もう一枚には、街の店が映っていた。
青いリボンの帽子をかぶった秘書が、窓際の席で俺を待っている。
向かいの席に荷物を置こうとした店員へ、首を振っている。
誰が来るのか聞かれたらしい。帽子のつばで口元を隠した。
その店まで、歩いて五分もかからない。
冒険者、勇者、魔王。
欲しいものは、全て手に入った。
勇者は救助をやめられず、魔王は自分から秘書の椅子へ戻った。
救助待ちは自動で追加され、魔王は勝つ手順を探して何度でもやり直す。
俺が管理室を離れても、数字は勝手に伸びる。
「勝利だ。これで全て手に入れたドパ」
虹色のサングラスを外し、机へ置いた。
もう演技を続ける相手はいない。
滞在魔力、継続率、同時接続数。全て過去最高。
改善が必要な項目は、一つもない。
空席になった秘書の机には、前の幅広帽子だけが残されている。
報告書も、食事を置く皿もない。
数字を読み上げても、難しい言葉へ首を傾げる相手はいなかった。
黒い通信水晶が光った。
『待ち合わせの時間です』
続けて、もう一度光る。
『店に着きました。果実水を二つ注文しておきます』
『あなたの分は、甘い方です』
前に買ってもらった時、俺が先に飲み干した方だ。
そんなことまで覚えていたらしい。
俺は『今から行く』と送り返した。
管理室の左には出口。
右には、ダンジョンコアと新機能の追加画面。
立ち上がり、出口へ向かう。
今日は何を話そう。
異世界の話なら、まだいくらでもある。俺が散々金を使ったゲームの話をしたら、また「あれが山ほど」と食いつくだろうか。
水晶板の端で、赤い数字が光った。
足を止める。
今日まで積み上げた最高記録が、途切れてしまう。
修正に必要な時間は三十秒。走って行けば、大して待たせずに済む。
食事の間は水晶を置くと約束した。だから、出る前に済ませておけばいい。
はずれた客に、次の一周は報酬が二倍になる券を配る。
出口へ向かっていた三人が引き返した。
リピート率が戻った。
赤が消え、緑の『過去最高!』が光る。
「ほら、三十秒もかからなかったドパ」
誰に言うでもなく、笑っていた。
今度は平均滞在時間が〇・一%落ちる。
二倍の報酬を受け取り、それで帰ろうとしている客がいた。
「せっかく戻してやったのに、それで満足するドパ?」
もう一周すれば、次は報酬三倍の金の券。
その表示を出せば、引き留められる。
魔力水晶を一つ、ダンジョンコアへ押し込む。
客が振り返った。金の文字を見上げ、また走り出す。
「そう! そう来なくちゃドパ!」
椅子を引き寄せ、座り直した。
これを別の通路にも入れれば、もっと伸びる。
『演出、長えよ。飛ばせねえの?』
「脳汁を出すところまで飛ばすドパ!?」
文句を言いながら、倍速と演出スキップを追加した。
周回の合間には、十五秒の攻略動画。終われば次が勝手に流れる。
客はもう当たった景品も見ず、次の入口へ走っていた。
黒い通信水晶が光った。
『果実水がぬるくなります』
返事を打ちかけ、新機能の実行ボタンを押した。
もう少し良い数字にしてから見せれば、あいつも喜ぶ。
二人で世界を支配すると決めたのだ。そのために働いている。
『あとどれくらいですか?』
時計を見る。三十分経っていた。
そんなにかかったはずはない。券を二種類と、便利な機能を少し足しただけだ。
『もう少し。先に食べていてくれ』
向こうの水晶板で、秘書が店員を呼んだ。
メニューを開きかけ、向かいの椅子を見る。結局、飲み物だけを頼んだ。
返事を待つ間に、黒い水晶でゲームを開く。
『一緒に食べる約束です』
俺は実行ボタンから手を離した。
そうだった。
世界征服が終わっても、一緒にいたいと言ってくれた。
あいつが待っているのは、新機能の報告ではない。
画面を閉じる。
隠れた途端、さっきの数字が気になった。
券を増やしすぎて、魔力収支が落ちていないか。確認だけなら一瞬だ。
もう一度、開いた。
「ほら、やっぱり! 見ておいてよかったドパ!」
配る確率を少し下げる。
収支が戻る。今度はリピート率が落ちる。
間にあるはずだ。両方が一番高くなる、ちょうどいい数字が。
外は暗くなった。
黒い通信水晶の光が消える。
店員が空いた椅子を片づけようとした。秘書が何か言って止める。
椅子は、元の位置へ戻された。
『約束を破ったら、どうすると言いましたか?』
顔を上げた。
秘書の手の中で、黒い光が膨らんでいる。
「待て。今、行く。今度こそ、本当に」
通信水晶を取ろうとした時、彼女が卓上へ目を落とした。
開いたままのゲームで、同盟国が裏切っていた。
黒い光が消えた。
彼女は駒を戻し、進軍先を変える。
『……あと一ターンだけ、待ちます』
助かった。
それなら、この調整を終わらせられる。
数字を一つ変えてから、俺は自分の手を見た。
何をやっているんだ。
今、許してもらったのに。
水晶板では、店員が頭を下げている。
秘書は硬貨を積み、待っていた。二人分の食器が下げられても、向かいの椅子だけは空けたまま。
ゲームを巻き戻す手が止まらない。
俺がそう作った。
負けたままでは、閉じられないように。
俺の画面でも、赤い数字が一つ残っていた。
「ドパ?」
これを緑にしたら、立つ。
すぐそこだ。あと〇・一%だけ。
——あと一周で、倍にして戻せば。
誰の声だったか、考える前に指が動いた。
「違う。これは演技のはずドパ!」
サングラスは、机の上にある。
見ている客も、相槌を打つ秘書もいない。
「やめられる。俺が作ったダンジョンだぞ。いつでもやめられるドパ」
全部の数字が緑になった。
今だ。閉じればいい。
もう一度、押した。
「ちがうドパ!!!!!」
水晶板の向こうで、勇者が次の一匹へ走る。
青いリボンの帽子をかぶった魔王が、次の国へ駒を進める。
「ああ……そういうことドパね」
以上で完結ドパ。
よければ高評価もよろしくドパ!
お読みいただきありがとうございましたドパ!