アチャおじウマ娘   作:灯火011

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鋼の錬成(チャーハン)、或いは美浦寮の熱き夜

 深夜の美浦寮。シンと静まり返った廊下を歩いていた寮長・ヒシアマゾンは、厨房の方から聞こえてくる異音に足を止めた。

 

 カコーン!カンッ、シャコシャコシャコ!

 

 ―――シュゴォォォォォォ!!

 

「……なんだい、この音は。誰か鉄鍋でも持ち込んでるのかい? 消灯時間過ぎてるってのに誰だい……」

 

 不審に思い、足音を忍ばせて厨房を覗き込んだ彼女は、そこで信じられない光景を目にした。

 

 薄暗い厨房の中、轟々と燃え盛るコンロの炎に照らされながら、真紅のジャージを着たウマ娘が、凄まじい形相で中華鍋を振るっていたのだ。

 

 本日のフェブラリーステークスで圧倒的1番人気を背負いながら、他者を助けるために己の勝利を捨てた、あのアーチャーである。

 

(アーチャー……!)

 

 ヒシアマゾンは息を呑んだ。

 

 なぜならば、アーチャーの目が異常な輝きを湛えていたからだ。彼女の目は、鍋の中を舞う米粒の一つ一つを射抜くように鋭く、その背中からは鬼気迫るオーラが放たれている。まるで、親の仇でも討つかのように、彼女は無心で鍋を振り続けていた。

 

 ヒシアマゾンの胸が、ギュッと締め付けられた。

 

(そうだよな。悔しくないはずがない)

 

 誰よりも速く走り、誰よりも勝利に近かったのだ。他者を助けたとはいえ、G1のタイトルを逃したのだ。そのやり場のない怒りと悲しみを、彼女は今、こうして一人で料理にぶつけることで昇華しようとしているのだ。

 

(なんて不器用で、強い子なんだい……っ。一人で抱え込んで、涙の代わりに鍋を振るなんて……!)

 

 ヒシアマゾンの目から、ホロリと熱いものがこぼれ落ちる。彼女は決意を込めて、厨房へと足を踏み入れた。

 

 

(――『投影(トレース)』、開始(オン)。対象の構造を解析。材質、黒皮鉄板。形状、北京鍋。付加概念『老舗中華料理店の三十年モノ』)

 

 脳内の魔術回路がショート寸前の熱を帯びる。俺は今、究極のチャーハンを作るために全神経を集中させていた。エミヤとしての、アーチャーとしての心象風景は道具すらも憑依経験させるとはいえ、流石にキツイところはある。

 

 ……いやね、今日のレース、ダート(砂)だったもんで、思いのほかカロリーを消費したんですよ。現場仕事の後の炭水化物は必須。安全管理の観点からも、空腹による睡眠の質の低下は、翌日のトレーニングにおける怪我(ヒヤリハット)に直結する。

 

 つまり、これから作る深夜のチャーハンは『義務』なのである。

 

「シッ……!」

 

 呼気と共に、魔力による『強化』を施した右腕で中華鍋を煽る。

 

 ふむ、我ながら完璧だ。投影した中華包丁で均等な3ミリ角に切り揃えた自家製チャーシューとネギ。そこへ、溶き卵を投入した直後に白米をダイブさせる。

 

 ここからは時間との勝負だ。家庭用のコンロの火力では、本来パラパラのチャーハンは作れない。だが、ここはトレセン学園の寮のキッチン。小腹と言う名の大腹をすかせたウマ娘達の腹を満たすように、でっけぇガスコンロが鎮座している。そして、魔力でもって局所的に火力を底上げしている今の俺に死角はない。

 

(米粒一つ一つの表面を、卵のコーティングで包み込む……!構造把握(ストラクチャー・スキャン)、完了! 今だッ!)

 

 カンッ!

 

 ―――カコココンッ!

 

 リズミカルに鍋を振り、空中に舞い上がる米粒に均等に熱を通していく。

 

 あぁ、最高だ。この鍋肌で醤油が焦げる匂い。たまらん。前世では医者に塩分を止められていたから、ウマ娘の頑強な肉体に転生して一番嬉しいのは、こういうジャンクな夜食を罪悪感なく食えることかもしれない。

 

「――アーチャー」

 

「おわぁっ!?」

 

 完璧なフィニッシュを決めようとした瞬間、背後から唐突にドスの効いた声で呼ばれ、俺は危うく鍋をひっくり返しそうになった。振り返ると、美浦寮の寮長であるヒシアマゾンが、なぜか腕を組み、目を真っ赤に潤ませて立っていた。

 

「りょ、寮長。お疲れ様ッス……って、どうしたんですかその目。花粉症?」

「誤魔化さなくていい」

 

 ヒシアマゾンは、ズカズカと歩み寄ってくると、俺の肩にポンと力強く手を置いた。

 

「辛かったら、泣いてもいいんだよ」

「はい?」

「……お前の気持ち、アタシには痛いほどわかるよ。昼間のレース、誰よりも速かった。誰よりも、一番似合ってた。それなのに……」

 

 ヒシアマゾンは言葉を詰まらせ、グッと唇を噛み締めた。え、何? 何の話? もしかして、夜中に勝手に厨房使ってガス代無駄にしてるの怒られてる?

 

「あー、いや、その。すんません。ちょっと小腹が空きまして」

「わかってる! 言わなくていい!」

 

 ビシッ! と指を突きつけられる。

 

「言葉にできないその悔しさ、鍋にぶつけてたんだろ!? アタシが見たアンタの背中、泣いてたよ……。一人で全部背負い込んで、バカ野郎……!」

「えぇ……(困惑)」

 

 いやいや違う違う。俺はただ、米粒のコーティング具合を極限まで見極めようと目を血走らせていただけだ。背中が泣いていたのは、換気扇の吸い込みが弱くてネギの匂いが目に染みたからである。

 

「よし! アタシも手伝う! 二人で最高のチャーハンを作って、今日の悔しさを全部食っちまおうじゃないか!」

「お、おう……。じゃあ、そっちの皿に盛り付けてもらっていいスか?」

 

 なんかよくわからんが、現場監督時代、こういう「熱血タイプの若手」の扱いは慣れている。とりあえず話を合わせて作業(タスク)を振っておくのが一番丸く収まるのだ。

 

 

 深夜の食堂。二つの皿にこんもりと盛られた、黄金色に輝くチャーハン。立ち昇る湯気からは、食欲を暴力的に刺激するラードと焦がし醤油の香りが漂っている。

 

「「いただきます」」

 

 ヒシアマゾンはレンゲで一口掬い、口に運んだ。

 

 ――瞬間、彼女の全身に衝撃が走った。

 

(なんだ……これは!?)

 

 パラパラでありながら、米の一粒一粒がふっくらとしている。チャーシューの旨味、ネギの香ばしさ、それらを卵が見事にまとめ上げている。ただの寮の余り物で作ったとは到底思えない、まるで長年鍋を振り続けた老舗の料理人が作ったような、完璧な味。

 

「……しょっぱいな」

 

 ヒシアマゾンは、ポツリとこぼした。味付けが濃いのではない。彼女の頬を伝った涙が、チャーハンに落ちたのだ。

 

「こんな……こんなに優しい味のチャーハンを作るヤツが、勝負に負けていいはずがないじゃないか……っ」

「ん? あぁ、ちょっと塩コショウ強すぎましたかね? 俺、現場上がり……いや、汗かいた後は味濃いめが好きでして」

「ちがう! お前の『心』が……優しすぎるんだよ! だからあんなところで、自分の勝利を捨てて人助けなんかしちまうんだ!」

 

 ヒシアマゾンは、レンゲを持つ手を震わせながら、目の前でモグモグとチャーハンを頬張るアーチャーを睨みつけた。

 

「……悔しくないのかい? アタシは悔しいよ。お前が勝つところ、見たかった」

 

 その真っ直ぐな言葉に、アーチャーはレンゲを止め、少しだけ困ったように眉を下げた。

 

「悔しい、ですか。……そうですね」

 

 アーチャーは視線を落とし、空になった自分の中華鍋を見つめた。

 

「最後に、(アマさんに声をかけられて)少し焦ったんですわ。あそこでもう少し(中華鍋を)引きつけていれば、もっと完璧に(チャーハンが)仕上がったはずなんやけど。……まだまだ、私も(料理と魔術の腕が)未熟やね」

 

(あぁ……!)

 

 ヒシアマゾンは悟った。アーチャーは、レース最終盤での自身の判断――人助けを選んだが故にロスしたタイムのことを言っているのだ、と。

 

 彼女は決して、自分の決断を後悔してはいない。だが、それでも「もっと上手くやれたのではないか」「勝利と人助け、両方を掴めたのではないか」と、己の未熟さを責めているのだ。

 

 なんて気高く、悲しいウマ娘なのだろうか。

 

「……次は、勝とうな。アタシも、全力でお前をサポートする。だから、もう一人で抱え込むな」

「へ? あ、はい。次はもっと完璧に(チャーハンを)仕上げますさかいに。その時はまた味見頼みますわ」

「っ……ああ! もちろんだ! 納得行くまで練習に何度でも付き合ってやるさ!」

 

 ヒシアマゾンは豪快に笑い、涙混じりのチャーハンを一気にかき込んだ。

 

 一方のアーチャー(おっちゃん)は、麦茶をズズッとすすりながら、内心で首を傾げていた。

 

(なんでこの人、チャーハン食いながらこんなに泣いてるんやろ……。まあええか、美味いみたいやし。ご安全に、ご安全に)

 

 深夜の美浦寮。

 

 二人の心は全く違う場所にあったが、チャーハンが美味かったことだけは、唯一の共通の真実であった。

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