その日は、あのやかましい城ヶ峰の奴も、小動物のような印堂の奴も連れずに。セーラの奴が一人で《グーニーズ》に来ていた。俺の見る限り、三人の中で最も勇者向きでないセーラだが、《メダリオン》——正式名称《七つのメダリオン》——に興味を持ち、デッキを組んでくるあたりは見どころがある。
そう。俺たちは《メダリオン》で対戦中だった。
最初は相談があるとかなんとか言っていたが、どうせこいつらの相談は試験だのについての話で、問題を抱えてるのは残りの二人も一緒だろうから「相談に乗るならまとめて受ける。乗るならな」と俺は答えた。その方が一人あたりに割く時間は少なく済む。
それでそのまま帰るのは、と始まったセーラとの《メダリオン》での対戦は、いま三回戦目が終わったところだ。
三回とも勝ったのはセーラだったが、これは俺が弱いとかそういうことではない。負けてやった。胸を貸してやった。そういう戦いだっただけだ。
なにごとにも成功体験は必要だ。特にセーラの様な奴は。くそ。
なぜか、譲られた勝利にあまり感激した風ではないセーラを見ながら、何か、負け惜しみにならない皮肉でも言ってやろうと俺は思う。勇者なんてやめろ。向いてない。まだプロカードゲーマーの方が向いている。《アカデミー》を辞めた後でも《メダリオン》の師匠なら続けてやる。
最後の一言は考えるまではしたが。実際にはそんなことは無いので、結局まとめて言葉を飲み込んだ。折角《アカデミー》を辞めたのなら、好き好んで勇者なんて人殺しに関わるべきでない。
セーラの場合はそれでも父親が——と考えかけたところで。青白い顔をした女の白い手が伸びてくるのを俺の目が捉えた。正確にはその手に持たれたビールジョッキを。
「おかわりです」
「遅いぞ、新人バイト」
俺は一口だけ残っていた手持ちのビールを飲み干すと、グーニーズの新人バイト——元《嵐の柩》卿へと空のジョッキを突き出した。
「真面目に仕事しろ。折角、社会復帰の機会を恵んでやってんだ」
今日は、というか今日もと言うべきか。店主であるエド・サイラスのやつは店を空けていた。多分、客商売を舐めているか、俺を舐めているか。後者だと腹が立つので前者だと考えることにした。なので店員は新人バイト一人。偶然、他の客もいない。
そこで普段は気づかないことに俺は気づいた。俺から空のジョッキを受け取ろうとした新人バイトの指先。いつもならばジョッキの持ち手を握って回収するから隠れて分からなかったが、その爪は妙にツヤツヤと輝いていた。
「それ、ヤスリがけでもしてるのか?」
「いまなんと?」
「爪だよ、爪。妙に光ってる」
いつもの無表情に、若干の不機嫌さが混じった顔で聞き返してきた新人バイト。客相手になんてやつだと俺のほうが不機嫌な気分になった。ただ元魔王であるこいつを相手にして、俺がご機嫌になることはないので、いちいち苦情は出さない。ある意味で得をしている女である。
「えっ、もしかしてセンセイ、爪の形を整えるとかじゃないくて、ヤスリでツヤを出してるとか思ってたわけ?」
「おう」
セーラが口を挟んできたので、答える。たまたま目にした模型か何かの動画で見たことがあるし、木の家具に細かいヤスリで仕上げをするのも知っている。
「あのさぁ。センセイ」
心底から呆れ果てたという調子でセーラが言った。
「ネイルに決まってるじゃん。ジェルネイルだよそれ」
「ああ、マニキュアか」
笑える光景が思い浮かんで俺は唇を吊り上げて言った。
「この間まで関東一帯を支配してた魔王陛下が、爪を塗ってふーふー息を吹きかけてるワケか。惨めだな」
嘲笑う俺。だが折角の追撃の機会にセーラは乗ってこなかった。だからこいつは勇者に向いてない、と俺は思っていたが。何やら呆れ顔を更に強くしている。
「そんなワケないじゃんさ、センセイ。それにマニキュアって……オッサンの言い方」
結構本気でカチンとくることを口走るセーラ。目を細めている。どうやら新人バイトの爪——ネイルを観察しているらしい。
こういうときのセーラは威嚇をする犬(ただしチワワかコーギーのような小型犬)めいた表情をしていて、損なやつだと可哀想に思う。本当に威嚇をしてるわけではないだろう。タイミング的におかしい。
「ベースコートを塗って、LEDライトで硬化して。それから、薄い桃色かな? 目立たないくらいにベースカラー塗って、また硬めて。それからトップコート塗って。最後も硬める。最低でもこれくらい。——結構手間かかるんだよな。セルフでやると」
言われて新人バイトは。ごく自然に見えると本人は思っているのだろう動きで、セーラの視線から隠すように手を動かした。だが、俺の位置からはネイルがはっきり見えている。間抜けなやつだ。だから負ける。
この哀れな元魔王に、痛恨の一撃を食わてやろうと、俺は記憶を遡った。
思い返すのは、過去の戦いの場面だ。爪の長さは覚えている。短かった。これは間違いない。オレは師であるから鷹宮清人から、爪を狙う攻撃と、爪を武器に使った攻撃についても学んでいた。
例えば、相手の指を掴み際、爪も一枚剥いでいくとか。
《E3》を用いない路上の喧嘩では相手の戦意を喪失させる有効な手だ。酷く痛い割に、相手は骨折のような「明らかな傷害」よりは警察に言いにくい。チンピラをあしらうのに丁度いい。
逆にこちらの爪を使った攻撃で言えば、殴ったときについでに親指の爪で相手の目だとか瞼だとかを切り裂く。視界を奪うのに有効だ。
しかし《E3》——正式名称エーテル・エフェクト・エンハンサー——によって強化された身体は、そういった小さい傷はすぐに治してしまうために、魔王相手には使うことの無い小技だ。
ともあれ、爪が戦力構成要素のひとつであることは間違いない。魔王の中には虚仮威しのためだとか、自分のエーテル知覚の特性だとかで、爪を長く鋭くしているやつもいる。だが、その色にまでは対して気を配っていなかった。
しかし記憶の引き出しをもう少しばかり深く漁ってみて、俺は思い出した。笑って言う。
「そういえば前は、紫にしてたな。せっかく綺麗にしても、洗い物と掃除ですぐボロボロになっちまうんだ。可哀想にな」
屈辱に顔を歪めるとか、嫌そうな顔をするとか。新人バイトから、そういう分かりやすい反応はなかった。だが、しばし無表情をこちらに向けた後に、スタスタと歩み去り、空のビールジョッキを洗い始めた。
確実に、俺の嘲笑は効いている。
勝ち誇るように並々とビールが注がれたジョッキを掲げると、俺は祝杯気分で一口飲んだ。かなり美味く感じた。
「またネイルしてたら笑ってやろうぜ。なあセーラ?」
「センセイは、さ……」
本当に、救いようのない奴を見る目で、セーラ・カシワギ・ペンドラゴンがこちらを見ていた。
だから、俺は気づいた。
ビールを飲んだ時に口に泡がついたままだった。多少の気恥ずかしさを感じて。俺は口元を拭った。
『勇者のクズ』のアニメOPを見た時、慄きました。「お前それ、その位置が許されるのヒロインだけだろ」な《初代》イシノオ? それも面白かったですが。
「《嵐の柩》卿の爪が、紫!」
僕は生まれたての子鹿のようにガクガクと。膝を震わせることしかできませんでした。
爪が勝手に紫になることはありません。——魔王の身体改造の結果とか無粋なことは言わないでおきましょう。
爪が勝手に紫になることはありません。つまり、「《嵐の柩》卿はネイルをしている」!
これは確定です。確定ということにします。すると、次の疑問が湧いてきます。
「セルフか?眷属とかにやらせてるのか?」
《嵐の柩》卿がせこせこと自分で爪を塗るよりも、魔王ムーヴの一環として、眷属に塗らせるほうがらしい。その時の僕は7:3で眷属:セルフでした。愚かでした。
我ら幼き人類に、大人になれよと放たれた『勇者のクズ』3巻(特に《グーニーズ》でヤシロと新人バイトが二人きりになるシチュ)が。一気に眷属:セルフを0:10にしました。理由を5つ挙げます
①「眷属」にそういうことをやらせて悦に入るタイプでない
②カラーイラストのめちゃちゅるんネイル感
③カワイイ女がセルフネイルやってるとカワイイ
④《嵐の柩》卿はカワイイ
⑤《嵐の柩》卿はとてもとてもカワイイ
⑥セルフネイルは自意識と美意識の象徴であり、現代ラブコメはもっとヒロインにセルフネイルさせるべき。男はもっと女の子のネイル見ろ
理由が6つもあれば完璧です。《嵐の柩》卿はセルフネイルしてます。
すると見えてきます。それは危険なほどに見えてきます。
毎回、《死神》ヤシロへと招待状を送る《嵐の柩》卿。彼女はそれから、私室にこもり、丁寧に、丁寧にネイルをします。もしかしたらば、次はヤシロが来てくれるかも知れないと。自分の手元を見て——綺麗だと、思うかもしれないと。毎回、毎回、招待状を出すたびに。セルフネイルをする《嵐の柩》卿。LEDライトの青い光に照らされる、彼女の口元の陰影はどのような形か。
その光景は三人称視点でないと見れません。EXとか本編未書籍化部分で三人称はあります。しかし、『勇者のクズ』や『勇者刑に処す』の醍醐味のひとつは歪んだ人格の男による信頼できない一人称です。
どうにか、ヤシロ視点で《嵐の柩》卿のセルフネイルしてる姿を浮かび上がらせたい——アイツが、いる。
セーラ・カシワギ・ペンドラゴン。
あまりにも、普通の女の子な女。——行ける。
ありがとう!セーラ・カシワギ・ペンドラゴン!私とキミとならば必ずやこの二次創作SSを完成させられる!どうだろう!私と組んでくれないか!そうか!やってくれるか!ならばいこう!善は急げ!そして勇者である私達は善だ!行こうセーラ・カシワギ・ペンドラゴン!どうしたセーラ?あっ!急に馴れ馴れしいと!?しかしセーラ!わたしたちはともに使命に(以下略