※原作から試合展開・勝敗・生死などを大きく改変しています。
※独自設定・独自解釈を含みます。
神々の黄昏――ラグナロク。
神と人。
互いの存亡を懸けた十三番勝負。
その第一回戦が、今まさに始まろうとしていた。
◇ ◇ ◇
「さあああああああああッ!!」
ヘイムダルの声が、ヴァルハラ闘技場全体を震わせる。
「ついに始まるぞォォォォォ!! 神と人類、その存亡を懸けた最終闘争――ラグナロク第一回戦ッ!!」
神々の歓声と、人類のざわめきが入り混じる。
無数の視線が、闘技場中央へと注がれていた。
「まずは神側代表!!」
ヘイムダルが神側の入場口を指し示す。
その奥から、一柱の神が姿を現した。
赤い髪。
圧倒的な威圧感。
そして、その手に携えられているのは、あまりにも巨大な槌。
「北欧最強の戦神!!」
「雷神――トォォォォォォルッ!!」
神々の歓声が爆発した。
「トール様だ!」
「終わったな!」
「最初からあれを出すのか!」
「人間が勝てるわけがない!」
神々にとって、それは当然の反応だった。
雷神トール。
神々の中でも屈指の戦闘力を誇る存在。
人類が誰を送り出そうと、勝敗など最初から決まっている。
誰もがそう思っていた。
「そしてぇぇぇぇぇ!!」
ヘイムダルが反対側を指す。
「人類側代表!!」
ゆっくりと、一人の男が歩いてくる。
肩に担ぐのは巨大な方天画戟。
そしてその顔には、これから神と殺し合うとは思えないほど楽しげな笑みが浮かんでいた。
「中華最強の武人!」
「生前、最強でありすぎたが故に、真の敵を求め続けた男!!」
「その名は――!」
「呂!! 布!! 奉!! 先んんんんんッ!!」
今度は人類側から大歓声が上がる。
その姿を見ながら、観客席のゲルはごくりと唾を飲み込んだ。
「お、お姉様……」
「何です?」
隣に立つブリュンヒルデは、腕を組んだまま闘技場を見つめている。
「あの神……めちゃくちゃ強そうなんスけど……」
「当然です」
ブリュンヒルデは平然と答えた。
「雷神トール。北欧神話において最高峰の戦神。まともに戦えば、人間が相手になる存在ではありません」
「ええええええ!?」
ゲルが青ざめる。
「じゃ、じゃあなんで呂布を出したんスか!?」
「だからですよ」
「……え?」
ブリュンヒルデの口元が、わずかに吊り上がる。
「まともな人間では相手にならない。だから、人類史上最強の怪物をぶつけるんです」
その言葉とほぼ同時に、闘技場の中央でトールと呂布が向かい合った。
「…………」
「…………」
言葉はない。
だが、互いに理解していた。
目の前の相手は、強い。
自分の全力をぶつけても、簡単には壊れない。
長い間、求め続けていた相手が、今ここにいる。
呂布が笑う。
トールもまた、ほんのわずかに目を細めた。
「それでは!!」
ヘイムダルが角笛を構える。
「ラグナロク第一回戦――試合開始ィィィィィィィッ!!」
◇ ◇ ◇
開始と同時に、地面が砕けた。
「うおおおおおおおおおッ!!」
呂布が一気に距離を詰め、方天画戟を振るう。
トールはミョルニルで真正面から受け止めた。
激突。
凄まじい轟音とともに爆風が広がり、観客席まで震える。
「なっ!?」
ゲルが目を見開いた。
神々の側からも、驚きの声が上がる。
「受けた……?」
「人間が?」
「トール様の一撃を!?」
呂布は笑っていた。
「いいな」
方天画戟にさらに力を込める。
「お前、最高だ」
次の瞬間、トールのミョルニルが振るわれた。
呂布は咄嗟に跳ぶ。
巨大な槌が地面を叩き、大地が爆ぜる。
「うわああああっ!?」
砕けた石が舞い、観客席から悲鳴が上がった。
その上空から、呂布が笑いながら落下してくる。
「ははッ!」
方天画戟が振り下ろされる。
トールが受ける。
再び、凄まじい衝撃。
両者とも、一歩も引かない。
本来なら決して並び立つことのない神と人が、今は同じ場所で、同じように戦いを楽しんでいた。
◇ ◇ ◇
戦いは、時間が経つほど激しさを増していった。
トールの一撃が呂布を吹き飛ばす。
呂布は地面を転がりながらも、すぐに立ち上がった。
「まだだ」
口元の血を拭う。
「もっと来い」
トールもまた、無言のままミョルニルを握り直す。
その目には、ほんのわずかな喜びがあった。
一方、神々の観客席。
「ほっほ」
ゼウスが楽しげに笑う。
「なかなかやるではないか、人間」
「爺さん」
隣のシヴァが腕を組みながら言った。
「なかなかどころじゃねぇだろ。あの人間、トール相手にまだ立ってやがるぞ」
「そうじゃな」
ゼウスは笑みを深めた。
「面白い。実に面白い」
人類側では、ゲルが祈るように両手を握っている。
「い、いけるんスか……?」
「…………」
「お姉様?」
「見ていなさい」
ブリュンヒルデは、一瞬たりとも視線を逸らさない。
「ここからです」
◇ ◇ ◇
やがて、ミョルニルが脈打った。
まるで巨大な心臓が目覚めたかのように。
会場の空気が一変する。
「な……」
ゲルが震えた。
「何なんスか……あれ……」
巨大な槌が、まるで生き物のように蠢いている。
トールは覚醒したミョルニルを握り、そして投げ放った。
巨大な槌が回転しながら飛んでいく。
呂布は身をかわす。
「外した!?」
神々の間から声が上がる。
だが。
「違う……!」
ブリュンヒルデが気づいた。
ミョルニルは大きく弧を描き、再びトールの手へと戻ってくる。
その勢いを受け止め、トールが大きく身体を回転させた。
呂布は、それを見て笑った。
「そうか」
方天画戟を構える。
「それが、お前の全力か」
身体はすでに傷だらけ。
限界も近い。
だが、そんなものはどうでもよかった。
目の前にいる。
生涯求め続けた、自分の全力を受け止めてくれる敵が。
「なら」
呂布は方天画戟を強く握り締める。
「俺も、全部くれてやる」
空を喰らう。
人類最強の一撃。
――天喰。
対するトール。
覚醒したミョルニルを振り下ろす。
――ゲイルロズ・トールハンマー。
神の全力。
人の全力。
二つの一撃が、真正面からぶつかった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
呂布の咆哮。
トールの一撃。
激突。
次の瞬間、世界が白く染まった。
◇ ◇ ◇
音が消えた。
「…………」
誰も何も言えない。
闘技場の中央は抉れ、濃い煙に覆われている。
「ど……」
ヘイムダルが目を凝らした。
「どっちだ……?」
やがて、煙が少しずつ晴れていく。
一つの影が見えた。
「おお……!」
神側から歓声が上がりかける。
トール。
立っている。
ミョルニルを握ったまま。
だが。
その反対側にも。
一人。
呂布が立っていた。
方天画戟を握ったまま。
「な……」
ゲルが息を呑む。
「両方……?」
ブリュンヒルデは黙って目を細める。
その時だった。
トールの身体が、わずかに揺れた。
「…………」
膝をつく。
「トール様!?」
神々の間に動揺が走る。
同時に。
呂布も、ふらりと揺れた。
「……は」
それでも、満足そうに笑っていた。
「楽しかったぜ」
そのまま、仰向けに倒れる。
「呂布ゥゥゥゥ!?」
人類側から悲鳴が上がった。
そして。
トールもまた、ゆっくりと前へ倒れた。
轟音。
「…………」
静寂。
「…………え?」
ヘイムダルが角笛を下ろす。
右を見る。
トールは動かない。
左を見る。
呂布も動かない。
「え?」
もう一度。
「え?」
◇ ◇ ◇
すぐに双方の救護班が闘技場へ飛び込んだ。
「トール様!」
「反応を確認しろ!」
「呂布!」
「意識は!?」
脈。
呼吸。
身体の状態。
慌ただしく確認が行われる。
やがて神側の救護担当者が叫んだ。
「トール様、生存!」
神々から大歓声が上がる。
続いて人類側。
「呂布も生存!」
今度は人類側から歓声。
だが、喜びは長く続かなかった。
「しかし、戦闘続行は不可能!」
「こちらもだ! 呂布も完全に意識を失っている!」
「少なくとも、すぐに戦える状態ではない!」
「…………」
ヘイムダルが固まった。
観客たちも、次々に同じ疑問へ辿り着く。
これは。
どちらの勝ちなのだ?
◇ ◇ ◇
「……お姉様」
「…………」
「これ、どうなるんスか?」
ゲルが恐る恐る尋ねる。
ブリュンヒルデは答えない。
「お姉様?」
「…………」
「まさか」
ゲルの顔が青ざめる。
「分からないんスか?」
しばらくして。
ブリュンヒルデは少しだけ視線を逸らした。
「……ラグナロクに」
「はい」
「引き分けという規定はありません」
「ええええええええええええええええええ!?」
ゲルの絶叫が響き渡る。
「ないんスか!?」
「ありません」
「じゃあどうするんスか!?」
「知りません」
「お姉様ぁぁぁぁぁ!?」
◇ ◇ ◇
困っていたのは、人類側だけではなかった。
神々の席でも。
「…………」
何とも言えない沈黙が流れていた。
「これ」
シヴァが眉をひそめる。
「どうすんだ?」
「ほっほ」
ゼウスは笑っている。
「爺さん」
「なんじゃ?」
「笑って誤魔化すなよ」
「ほっほっほ」
「だから誤魔化すな!」
アレスが慌てて口を挟む。
「再戦では!?」
「無理じゃろ」
ヘルメスが静かに告げる。
「双方とも、完全な戦闘不能です」
「では無効試合!」
「ラグナロクに無効試合という規定もありません」
「なぜ何も決めていないんだ!?」
アレスの叫びは、もっともだった。
そもそも誰も考えていなかったのだ。
神と人類の代表が完全な相打ちとなり。
しかも両者とも生存したまま、同時に戦闘不能となる。
そんな事態が起こるなど。
「ふむ」
ゼウスが顎に手を置く。
「なら」
ゆっくりと立ち上がった。
「第一回戦は、引き分けでよいじゃろ」
「え?」
アレスが目を丸くする。
「いいんですか!?」
「他にどうする?」
「それは……」
「なら決まりじゃ」
ゼウスは楽しげに笑った。
「珍しいものが見られた。それでよい」
◇ ◇ ◇
しばらく後。
ヘイムダルが再び闘技場中央へ戻ってきた。
その表情は、ひどく困っていた。
「えー……」
角笛を持ち直す。
「ただいま、神々側、人類側双方による協議の結果……」
会場全体が静まり返る。
「ラグナロク第一回戦……」
ヘイムダルは一瞬だけ言葉に詰まった。
そして。
「勝者――なし!!」
「第一回戦!」
「引き分けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
一瞬の沈黙。
直後。
「はあああああああああああああああああ!?」
神。
人。
双方から、まったく同じ声が上がった。
◇ ◇ ◇
その日。
ラグナロクの公式記録に、初めて奇妙な結果が刻まれた。
第一回戦。
神側代表――トール。
人類側代表――呂布奉先。
結果。
引き分け。
戦績。
神――零勝。
人類――零勝。
引き分け――一。
「…………」
ブリュンヒルデは、表示された戦績を黙って見上げていた。
隣では、ゲルがまだ少し混乱しながらも、どこか嬉しそうにしている。
「す、すごいっス……」
「何がです?」
「だって!」
ゲルは戦績を指さした。
「人間がトール様と引き分けたんスよ!? これなら……悪くないですよね?」
「…………」
ブリュンヒルデは、もう一度表示を見る。
零。
零。
一。
やがて。
「ええ」
小さく答え、背を向けた。
「悪くありません」
第一回戦。
引き分け。
ただ、それだけのこと。
互いの力があまりにも拮抗していた。
だから、たまたま同時に倒れた。
神々も。
人類も。
そう考えた。
当然だった。
この時点で、誰が想像できただろう。
これは偶然などではない。
ましてや。
一度きりでもない。
この日。
ラグナロクの歴史に初めて刻まれた、その文字。
引き分け。
それが。
十三度。
並ぶことになるなど。
この時はまだ。
誰一人として、知る由もなかった。