無個性の私と、幼馴染のかっちゃん   作:千遇万歩

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初投稿です。
第一部「幼稚園編」は、まとめて投稿しています。
よろしくお願いします。


第一部 幼稚園編
第一章 泣き虫のヒーロー


 

人の約八割が"個性"を持つ時代。

 

生まれた瞬間から、人はそれぞれ違う力を授かる。

 

炎を操る者。

 

空を飛ぶ者。

 

鋼の身体を持つ者。

 

その力は、人々の暮らしを支え、ときには街を守る"ヒーロー"を生み出した。

 

子どもたちは皆、一度は夢を見る。

 

――いつか、自分も誰かを助けるヒーローになりたい、と。

 

そんな時代の、ある春の日。

 

桜の花びらが風に舞い、柔らかな陽射しが街を包んでいた。

 

双葉幼稚園。

 

園庭には子どもたちの笑い声が響き、先生たちは慌ただしく駆け回っている。

 

滑り台の上では歓声が上がり、砂場では山づくりに夢中な子どもたち。

 

その賑やかな輪から少し離れた場所で、一人の女の子がしゃがみ込んでいた。

 

「……。」

 

小さな指先が、地面をゆっくりとなぞる。

 

その視線の先では、何匹ものアリが列を作り、せっせと歩いていた。

 

「いち、に、さん……。」

 

楽しそうに数える声。

 

列の先頭が向きを変えると、後ろのアリたちも迷うことなく続いていく。

 

「すごい……。」

 

思わず笑みがこぼれる。

 

その様子を見つけた保育士が、優しく声をかけた。

 

「出久ちゃん。」

 

女の子はぱっと顔を上げる。

 

丸い瞳がきらりと輝いた。

 

「あ、せんせい。」

 

「何を見ていたの?」

 

「アリさん!」

 

嬉しそうに指を差す。

 

「みんな、おんなじところに行くの。」

 

保育士は隣にしゃがみ込み、小さな列をのぞき込んだ。

 

「ほんとだ。」

 

「でもね。」

 

出久は身を乗り出す。

 

「いちばん前の子が止まったら、みんな止まるんだよ。」

 

保育士は少し驚く。

 

他の子どもたちが遊具へ走っていく中、この子はこんな小さな世界を夢中で見つめている。

 

「出久ちゃんは、本当によく見てるね。」

 

「えへへ。」

 

照れくさそうに笑う。

 

その笑顔は、春の日差しのように穏やかだった。

 

そのときだった。

 

「おーい!」

 

園庭の反対側から元気な声が響く。

 

「見ろよ!」

 

「すげー!」

 

何人もの子どもたちが集まり、小さな歓声が上がっていた。

 

出久もつられてそちらを見る。

 

けれど、何が起きているのか分からない。

 

少しだけ首をかしげると、またアリたちへ視線を戻した。

 

「……。」

 

やっぱり、こっちの方が気になる。

 

今日も列はきれいに並んで歩いている。

 

そんな穏やかな時間は、不意に途切れた。

 

「おい。」

 

後ろから声が飛ぶ。

 

振り向くと、少し体格のいい男の子が二人立っていた。

 

「また虫見てる。」

 

「へんなやつ。」

 

一人が、出久の帽子をひょいと持ち上げる。

 

「あっ。」

 

「かえして。」

 

小さく手を伸ばす。

 

けれど帽子は、ひらりと避けられた。

 

「やーだ。」

 

ぽん、と軽く放られた帽子が砂場へ落ちる。

 

白い帽子に、細かな砂がぱらりとかかった。

 

「……。」

 

出久は帽子と男の子たちを交互に見る。

 

「かえして……。」

 

声は少し震えていた。

 

周りの子どもたちは足を止める。

 

誰もが様子をうかがっている。

 

でも、誰も動けなかった。

 

出久の目には、じわりと涙が浮かんでいた。

 

帽子を取り返したい。

 

でも、足が動かない。

 

「返して……。」

 

震える声は、風に溶けるように小さかった。

 

そのとき。

 

「おい。」

 

園庭に、少し低い声が響いた。

 

男の子たちが振り返る。

 

そこに立っていたのは、一人の少年だった。

 

少し跳ねた金色の髪。

 

まっすぐ相手を見据える赤い瞳。

 

まだ幼いはずなのに、その瞳には妙な力強さがあった。

 

「……返せ。」

 

短い一言。

 

男の子たちは顔を見合わせる。

 

「なんだよ。」

 

「関係ないだろ。」

 

少年は一歩だけ前へ出た。

 

「嫌がってんだろ。」

 

「返せ。」

 

声を荒げたわけでもない。

 

怒鳴ったわけでもない。

 

それでも、その言葉には不思議と逆らいにくい空気があった。

 

帽子を持っていた男の子が、少したじろぐ。

 

「……。」

 

気まずそうに帽子を見る。

 

そして、小さく舌打ちすると、そのまま砂の上へ放り投げた。

 

「ほらよ。」

 

二人はそのまま走って逃げていく。

 

しばらくすると、また園庭には子どもたちの笑い声が戻ってきた。

 

少年は何も言わず、砂の上に落ちた帽子を拾う。

 

両手で軽くはたき、付いた砂を丁寧に払った。

 

それから、出久の前へ差し出す。

 

「ほら。」

 

「……ありがとう。」

 

出久は帽子を受け取る。

 

まだ少し涙声だった。

 

少年は照れくさそうに鼻を鳴らす。

 

「泣くな。」

 

ぶっきらぼうな言い方。

 

なのに、不思議と温かかった。

 

出久は目元をごしごしとこすり、小さくうなずく。

 

「うん。」

 

少しだけ笑う。

 

その笑顔を見て、少年もほんの少しだけ口元を緩めた。

 

「わたし……。」

 

出久は胸の前で帽子を抱えながら言う。

 

「緑谷出久。」

 

「いずく?」

 

「うん。」

 

少年は一度だけうなずいた。

 

「俺は爆豪勝己。」

 

そう言って、小さな手を差し出す。

 

出久は少しだけ戸惑う。

 

握っていいのかな。

 

そんなふうに考えながら、おそるおそる手を伸ばした。

 

ふわり。

 

小さな手と、小さな手が重なる。

 

勝己の手は少しだけ温かかった。

 

その瞬間。

 

「勝己くーん!」

 

遠くから保育士の声が響く。

 

「また一人でどこ行ってたのー?」

 

「別に。」

 

勝己はぶっきらぼうに返事をする。

 

その様子がおかしくて、出久は思わずくすっと笑った。

 

「じゃ。」

 

勝己は手を離し、振り返る。

 

二、三歩歩いたところで、ふと足を止めた。

 

「また泣くなよ。」

 

振り返らないまま、それだけ言う。

 

出久は帽子を胸に抱えたまま、大きくうなずいた。

 

「うん!」

 

その返事に安心したように、勝己は小さく手を振って走っていく。

 

出久はその背中が見えなくなるまで、ずっと見送っていた。

 

春風が吹く。

 

桜の花びらが二人の間をゆっくりと舞い落ちる。

 

まだ何者でもない二人。

 

けれど、この出会いは。

 

いつか多くの人の運命を変えていくことになる。

 

――これは、幼なじみ二人が歩む、もうひとつの物語の始まり。

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