無個性の私と、幼馴染のかっちゃん   作:千遇万歩

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第十章 さくらの卒園式

 

季節は巡り。

 

暖かな春が、もう一度双葉幼稚園へやって来た。

 

園庭の桜は満開に咲き誇り、淡い花びらが春風に乗ってゆっくりと舞っている。

 

今日はいよいよ、卒園式だった。

 

「出久。」

 

引子は真新しい服に身を包んだ娘の髪を、優しく整える。

 

「大きくなったね。」

 

出久は少し照れくさそうに笑った。

 

「えへへ。」

 

「あっという間だったね。」

 

引子はそう言いながら、胸がいっぱいになる。

 

泣き虫だった娘。

 

初めて友達ができた日。

 

初めてケンカをした日。

 

初めて夢を見つけた日。

 

そして、初めて大きな涙を流した日。

 

その一つひとつが、昨日のことのように思い出された。

 

「行こうか。」

 

「うん!」

 

二人は手をつなぎ、双葉幼稚園へ向かった。

 

---

 

園庭には、たくさんの親子が集まっていた。

 

「あっ!」

 

「かっちゃん!」

 

出久が手を振る。

 

勝己もすぐに気付き、小さく手を上げた。

 

「おう。」

 

二人は自然と隣に並ぶ。

 

引子はその様子を見て、優しく微笑んだ。

 

「ふふっ。」

 

「あの頃から、ずっと一緒ね。」

 

勝己は少し照れくさそうに鼻を鳴らす。

 

「別に。」

 

出久は嬉しそうに笑った。

 

「えへへ。」

 

先生が子どもたちを呼ぶ。

 

「みんな、そろそろ始まるよ。」

 

「はーい!」

 

元気な返事が園庭へ響いた。

 

---

 

卒園式が始まる。

 

先生が一人ずつ名前を呼んでいく。

 

「緑谷出久さん。」

 

「はい!」

 

少し緊張しながらも、出久はまっすぐ前へ歩く。

 

卒園証書を受け取る。

 

「おめでとう。」

 

先生は優しく微笑んだ。

 

「出久ちゃん。」

 

「小学校へ行っても、出久ちゃんらしく頑張ってね。」

 

「先生は、ずっと応援してるよ。」

 

出久は少し目を丸くしたあと、大きくうなずく。

 

「はい!」

 

その返事は、以前より少しだけ力強かった。

 

席へ戻ると、勝己も呼ばれる。

 

「爆豪勝己くん。」

 

「はい。」

 

堂々と歩く姿は、少しだけ頼もしく見えた。

 

卒園証書を受け取ると、先生が思わず笑う。

 

「勝己くん。」

 

「元気いっぱいなのは、そのままでいてね。」

 

勝己は少し照れくさそうに笑う。

 

「おう。」

 

その一言に、会場から小さな笑いが広がった。

 

卒園式は、温かな拍手の中で幕を閉じた。

 

---

 

式が終わると、園庭には再び子どもたちの笑い声が戻ってきた。

 

「写真撮ろー!」

 

「先生ー!」

 

「あそぼ!」

 

子どもたちは卒園の寂しさよりも、新しい春への期待でいっぱいだった。

 

出久は卒園証書を大切そうに抱えながら、園舎を振り返った。

 

「かっちゃん。」

 

「ん?」

 

「最後にね。」

 

少し照れくさそうに笑う。

 

「秘密基地、行こ。」

 

勝己はにやりと笑った。

 

「あぁ。」

 

「行こうぜ。」

 

二人は園庭の奥へ駆け出した。

 

---

 

見慣れた木立。

 

何度も通った小さな道。

 

そして、大きな一本の木。

 

木漏れ日が優しく降り注ぎ、あの日と変わらない景色がそこにあった。

 

「懐かしいね。」

 

出久は木の幹へそっと手を当てる。

 

「うん。」

 

勝己も軽く幹を叩いた。

 

「秘密基地。」

 

「ちゃんと残ってる。」

 

二人は顔を見合わせて笑う。

 

そのとき。

 

木の根元で、小さなものがゆっくりと動いた。

 

「あっ。」

 

出久がしゃがみ込む。

 

「かっちゃん。」

 

「ダンゴムシさん。」

 

勝己ものぞき込む。

 

「ほんとだ。」

 

小さなダンゴムシが、春の陽だまりの中をゆっくり歩いている。

 

出久は嬉しそうに微笑んだ。

 

「まだいたね。」

 

勝己も小さく笑う。

 

「あぁ。」

 

「元気そうだ。」

 

二人はしばらく何も話さず、その小さな命を見つめていた。

 

最初に出会った日も。

 

約束した日も。

 

ケンカした日も。

 

秘密を作った日も。

 

勇気を知った日も。

 

夢を見つけた日も。

 

涙を流した日も。

 

いつも、この場所が二人を迎えてくれていた。

 

春風が静かに吹き抜ける。

 

出久は少しだけ空を見上げた。

 

「かっちゃん。」

 

「ん?」

 

「小学校へ行ったら。」

 

「お勉強も難しくなるかな。」

 

「なるだろ。」

 

「友達もいっぱいできるかな。」

 

「できる。」

 

勝己は迷わず答える。

 

出久は少しだけうつむく。

 

「でも……。」

 

その先の言葉が出てこない。

 

勝己は出久の顔を見つめる。

 

その不安そうな表情を見て、小さく笑った。

 

「何心配してんだ。」

 

出久は少し困ったように笑う。

 

「だって……。」

 

「わたし。」

 

「無個性だから。」

 

春風が二人の間を通り抜ける。

 

勝己は少しだけ考えた。

 

そして、ぶっきらぼうに言う。

 

「約束しただろ。」

 

出久は顔を上げる。

 

勝己は真っすぐ出久を見つめていた。

 

「一緒にヒーローになるって。」

 

その一言だった。

 

出久の目が大きく開く。

 

胸の奥に、小さな灯がともる。

 

あの日。

 

教室で笑い合ったこと。

 

一緒に夢を見つけたこと。

 

全部、思い出した。

 

出久は少しだけ涙ぐみながら笑う。

 

「……うん。」

 

「約束した。」

 

勝己は照れくさそうに鼻を鳴らす。

 

「だから。」

 

「小学校でも、隣な。」

 

出久は嬉しそうに何度もうなずいた。

 

「うん!」

 

「ずっと隣!」

 

二人は笑い合う。

 

その笑顔は、初めて出会った日よりも、少しだけ大人びて見えた。

 

---

 

帰り道。

 

桜の花びらが、二人の前をゆっくりと舞っていく。

 

引子は少し後ろから、その背中を見つめていた。

 

最初は泣き虫だった娘。

 

たくさん笑って。

 

たくさん泣いて。

 

そして、大切な友達と出会った。

 

無個性という現実は、これからも変わらない。

 

それでも。

 

一人ではない。

 

そのことが、引子には何よりも嬉しかった。

 

---

 

春風が優しく吹き抜ける。

 

桜の花びらは、新しい季節を祝福するように舞い続けていた。

 

幼い日に交わした約束。

 

それはまだ、小さな種だった。

 

けれど、その種は確かに二人の心へ根を張り始めていた。

 

いつか大きく花開く、その日を信じて。

 

二人は、新しい春へ歩き出す。

 

――第一部 幼稚園編・完




第一部「幼稚園編」はここまでです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
次回から、第二部「小学生編」が始まります。
出久と勝己、二人の物語を引き続き楽しんでいただければ幸いです。
感想などいただけると、とても嬉しいです。
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