第一章 新しい春
春。
真新しいランドセルが、小さな背中で少しだけ揺れていた。
「出久。」
引子は娘の肩へそっと手を添える。
「似合ってるよ。」
出久は少し照れくさそうに笑った。
「えへへ。」
まだ少し大きなランドセル。
歩くたび、身体と一緒にゆらゆら揺れる。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい。」
玄関を飛び出した出久を、引子は優しく見送った。
その背中を眺めながら、小さく微笑む。
「大きくなったね。」
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待ち合わせ場所には、もう一人の小さな姿があった。
「おはよう!」
出久が駆け寄る。
勝己は振り返り、小さく手を上げた。
「おう。」
勝己も真新しいランドセルを背負っている。
「ランドセル、似合ってるね。」
出久が笑う。
勝己は少し照れくさそうに鼻を鳴らした。
「お前もな。」
その一言だけで、出久は嬉しそうに笑った。
二人は並んで歩き始める。
桜並木を抜けると、新しい小学校が見えてきた。
「大きいね。」
出久は思わず見上げる。
「幼稚園より、ずっと大きい。」
勝己も校舎を見つめる。
「迷いそうだな。」
出久は思わず吹き出した。
「かっちゃんでも?」
「うるせぇ。」
二人は顔を見合わせ、笑い合う。
新しい春が始まった。
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入学式が終わると、教室には少し緊張した空気が流れていた。
新しい机。
新しい椅子。
知らない友達。
先生は優しく微笑む。
「今日からみんな、一年生です。」
「いっぱい勉強して、いっぱい遊びましょうね。」
「はーい!」
元気な返事が教室いっぱいに響いた。
出久は隣を見る。
そこには勝己が座っていた。
目が合う。
勝己が小さくうなずく。
その仕草だけで、不思議と安心できた。
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放課後。
校庭には元気な笑い声が響いていた。
「鬼ごっこしよう!」
「いいね!」
子どもたちはランドセルを置き、一斉に走り出す。
出久も楽しそうに輪へ加わる。
そのとき、一人の男の子が嬉しそうに声を上げた。
「見て!」
手を伸ばすと、一枚の葉っぱがふわりと浮かび上がる。
「すごーい!」
「個性だ!」
子どもたちは歓声を上げた。
出久も笑顔で拍手を送る。
「すごいね!」
そう笑ったあと。
そっと、自分の胸へ手を当てた。
その小さな仕草を、勝己だけが見ていた。
何も言わない。
ただ一歩前へ出る。
「鬼ごっこの続きだ。」
「今度は俺が鬼。」
「やったー!」
「逃げろー!」
子どもたちはすぐに走り出した。
出久も笑いながら、その後を追いかける。
その背中を見届けると、勝己は小さく息をついた。
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夕焼けに染まる帰り道。
ランドセルを揺らしながら、二人は並んで歩いていた。
「小学生になったね。」
出久が空を見上げる。
「だな。」
勝己が短く答える。
「なんか、不思議。」
「幼稚園が昨日みたい。」
勝己は少し笑う。
「昨日じゃねぇよ。」
「卒園しただろ。」
「えへへ。」
出久は照れくさそうに笑った。
少し歩いてから、勝己を見る。
「明日も、一緒に帰ろうね。」
勝己は前を向いたまま答える。
「当たり前だ。」
その返事に、出久は嬉しそうに笑った。
春風が二人の間を吹き抜ける。
新しいランドセル。
新しい教室。
新しい毎日。
景色は少しずつ変わっていく。
それでも。
隣を歩く人は変わらない。
そのことが、出久には何よりも嬉しかった。
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家へ帰った出久は、ランドセルを机の横へ置いた。
ふと、机の上へ目を向ける。
一冊の真っ白なノート。
出久は静かに手を伸ばし、そっと表紙を開いた。
真っ白なページ。
まだ何も書かれていない。
しばらく見つめたあと、静かにノートを閉じる。
その瞳は、どこか期待に満ちていた。
春の陽射しが、真っ白な表紙を優しく照らしていた。