無個性の私と、幼馴染のかっちゃん   作:千遇万歩

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第三章 勝己

 

初夏の風が、校庭の木々を優しく揺らしていた。

 

小学校へ入学してから、季節は少しずつ進んでいる。

 

教室では、先生が子どもたちへ笑いかけた。

 

「今日はね。」

 

「みんなの夢を聞かせてほしいな。」

 

教室が一気に賑やかになる。

 

「ぼく、サッカー選手!」

 

「わたし、お花屋さん!」

 

「ぼくはヒーロー!」

 

元気な声が次々と響いていく。

 

先生は微笑みながらうなずいた。

 

「出久ちゃんは?」

 

名前を呼ばれた出久は、少しだけ照れながら立ち上がる。

 

「わたしも……。」

 

小さく息を吸う。

 

「ヒーローになりたいです。」

 

教室が静かになる。

 

先生は優しく笑った。

 

「どうして?」

 

出久は迷わず答えた。

 

「困ってる人を。」

 

「助けたいからです。」

 

その言葉に、先生は嬉しそうにうなずいた。

 

「素敵な夢だね。」

 

教室からも小さな拍手が起こる。

 

けれど、その中で一人の男の子が首をかしげた。

 

「でも。」

 

「出久ちゃんって、無個性だよね?」

 

教室がしんと静まり返る。

 

悪気はなかった。

 

ただ、不思議に思っただけだった。

 

出久も、そのことは分かっている。

 

だから怒ることもできない。

 

「……うん。」

 

小さく笑ってうなずく。

 

「そうだよ。」

 

先生は慌てて話題を変えた。

 

「さあ、それじゃあ次のお友達!」

 

教室には再び笑い声が戻る。

 

でも。

 

出久の胸の中だけが、少しだけ静かだった。

 

---

 

放課後。

 

子どもたちは元気よく校庭へ飛び出していく。

 

出久は一人、校門の前で空を見上げていた。

 

「何してんだ。」

 

聞き慣れた声がする。

 

振り向くと、ランドセルを背負った勝己が立っていた。

 

「帰るぞ。」

 

いつもと変わらない一言。

 

出久は小さく笑う。

 

「うん。」

 

二人は並んで歩き始めた。

 

しばらくは、いつものように学校の話をしていた。

 

図工のこと。

 

給食のこと。

 

休み時間のこと。

 

けれど、出久は少しずつ口数が減っていく。

 

勝己は横目でその様子を見ていた。

 

「なんかあったか。」

 

出久は少し驚いたように顔を上げる。

 

「え?」

 

「今日。」

 

「元気ねぇ。」

 

勝己はぶっきらぼうに言った。

 

出久は少し困ったように笑う。

 

「そんなこと……。」

 

「ある。」

 

勝己は短く言い切った。

 

しばらく沈黙が続く。

 

やがて、出久がぽつりと口を開いた。

 

「今日ね。」

 

「学校で。」

 

「無個性だよねって言われたの。」

 

勝己は何も言わない。

 

出久は続ける。

 

「悪い子じゃないの。」

 

「ただ、それが不思議だっただけ。」

 

そう言って笑う。

 

でも、その笑顔は少し寂しかった。

 

「わたしね。」

 

「ヒーローになりたい。」

 

「その気持ちは、今も変わらないの。」

 

出久は空を見上げる。

 

青い空には、白い雲がゆっくり流れていた。

 

「でも。」

 

「かっちゃんみたいには、なれない。」

 

勝己は立ち止まった。

 

「ううん。」

 

「違う。」

 

出久は首を横に振る。

 

少し照れくさそうに笑う。

 

「わたしね。」

 

「かっちゃんの隣に立てる人になりたい。」

 

その言葉を聞いた勝己は、少しだけ目を丸くした。

 

思ってもいなかった言葉だった。

 

しばらく何も言えない。

 

やがて、小さく息を吐く。

 

「だったら。」

 

出久が顔を上げる。

 

勝己は少し照れくさそうに目をそらした。

 

「そんな顔してんじゃねぇ。」

 

「前向け。」

 

そのぶっきらぼうな言葉に、出久は思わず笑ってしまう。

 

胸の中の重たいものが、少しだけ軽くなった。

 

「……うん。」

 

その返事と一緒に、自然と言葉がこぼれる。

 

「ありがとう。」

 

少し間が空く。

 

「勝己。」

 

その瞬間。

 

二人とも足を止めた。

 

出久は目を大きく見開く。

 

「あっ……。」

 

頬がみるみる赤くなる。

 

「ご、ごめん!」

 

「その……。」

 

「違うの!」

 

慌てて言い直そうとする出久。

 

勝己はしばらく黙っていた。

 

そして、照れくさそうに鼻を鳴らす。

 

「……別に。」

 

勝己は前を向いたまま、小さく笑った。

 

「好きに呼べ。」

 

その一言だった。

 

出久の顔いっぱいに笑顔が広がる。

 

「……うん!」

 

少しだけ照れながら。

 

でも、とても嬉しそうに。

 

「ありがとう。」

 

「勝己。」

 

その呼び方は、幼い頃とは少し違う響きを持っていた。

 

春の日から続いてきた二人の時間。

 

その積み重ねが、この小さな変化を生んだ。

 

そして二人は、また並んで歩き始める。

 

今までと同じように。

 

けれど、少しだけ新しい関係で。

 

翌朝。

 

「行ってきます!」

 

「行ってらっしゃい。」

 

出久はランドセルを背負い、いつもの待ち合わせ場所へ向かった。

 

春から初夏へ。

 

少しずつ季節は移り変わり、朝の風もどこか心地よい。

 

「あっ。」

 

見慣れた後ろ姿が目に入る。

 

「おはよう!」

 

出久はいつものように駆け寄った。

 

勝己が振り返る。

 

「おう。」

 

二人は並んで歩き始める。

 

少し歩いたところで、出久は小さく息を吸った。

 

「……勝己。」

 

その一言に、自分でも少し驚く。

 

昨日は思わず口をついて出た呼び方。

 

今日は、自分の意思で呼んだ。

 

勝己は一瞬だけ出久を見る。

 

そして、いつものように答えた。

 

「なんだ。」

 

それだけだった。

 

特別なことは何もない。

 

昨日までと同じ朝。

 

同じ通学路。

 

でも、出久の胸は少しだけ温かくなった。

 

「えへへ。」

 

思わず笑みがこぼれる。

 

「なんだよ。」

 

「なんでもない。」

 

二人は顔を見合わせて笑った。

 

---

 

教室では、休み時間になると子どもたちが元気よく遊び回っていた。

 

出久は机に向かい、ヒーローノートを開く。

 

昨日のページを眺めながら、鉛筆を握る。

 

「何描いてるの?」

 

近くの女の子がのぞき込む。

 

出久は少し照れながら答えた。

 

「ヒーローノート。」

 

「昨日ね、新しいヒーローをテレビで見たの。」

 

「だから忘れないように描こうと思って。」

 

女の子は目を輝かせる。

 

「すごーい!」

 

「いっぱい描くの?」

 

「うん!」

 

「いっぱい描く!」

 

その返事には迷いがなかった。

 

少し離れた席から、その様子を勝己が見ている。

 

出久が楽しそうに笑っている。

 

その姿を見て、勝己も小さく口元を緩めた。

 

---

 

放課後。

 

いつもの帰り道。

 

出久はランドセルを揺らしながら歩いていた。

 

「勝己。」

 

「ん?」

 

「昨日ね。」

 

「ありがとう。」

 

勝己は少し照れくさそうに鼻を鳴らす。

 

「昨日も言ってた。」

 

「えへへ。」

 

出久は笑った。

 

「でも、もう一回言いたかったの。」

 

勝己は少しだけ空を見上げる。

 

「変なやつ。」

 

「そうかな。」

 

「そうだ。」

 

二人は笑い合う。

 

しばらく歩いたあと、出久がふと口を開く。

 

「勝己。」

 

「わたしね。」

 

「ヒーローノート、いっぱい描く。」

 

「いっぱい勉強して。」

 

「いっぱい考えて。」

 

「いつか。」

 

少しだけ立ち止まり、勝己を見つめる。

 

「勝己の隣に立てる人になる。」

 

その瞳には、もう迷いはなかった。

 

勝己は照れくさそうに目をそらす。

 

「だったら。」

 

「負けんなよ。」

 

短い言葉だった。

 

けれど、それは勝己なりの応援だった。

 

出久は力強くうなずく。

 

「うん!」

 

「負けない!」

 

夏へ向かう風が、二人の間を優しく吹き抜ける。

 

幼い日に交わした約束は、今も少しずつ育ち続けている。

 

「一緒にヒーローになる。」

 

その約束は変わらない。

 

ただ一つ変わったことがある。

 

幼い頃の「かっちゃん」は、

 

今では、胸を張って呼べる「勝己」になっていた。

 

二人は並んで歩き続ける。

 

これからも。

 

同じ夢を見つめながら。

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