季節は、少しずつ巡っていった。
春に大きく見えたランドセルも、今では少しだけ背中になじんでいる。
小学校の教室にも、通学路にも、放課後の帰り道にも。
出久は、もうすっかり慣れていた。
「勝己!」
校門の前で、出久が手を振る。
勝己は振り返り、いつものように短く返した。
「おう。」
二人は並んで歩き出す。
それはもう、特別なことではなかった。
新しい春から始まった毎日は、いつの間にか二人にとって当たり前の日常になっていた。
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帰り道。
二人は、幼稚園の近くを通りかかった。
懐かしい園庭。
小さな門。
そして、少し奥に見える木立。
出久はふと足を止める。
「ねぇ、勝己。」
「ん?」
「あそこ。」
指差した先には、昔よく通った場所がある。
秘密基地だった、大きな木。
「懐かしいね。」
「幼稚園の頃、いっぱい遊んだね。」
勝己もそちらを見る。
「あぁ。」
「ダンゴムシ見てたな。」
出久は嬉しそうに笑う。
「うん。」
「あと、テントウムシも。」
「ケンカもした。」
「したね。」
二人は顔を見合わせて笑った。
泣いた日も。
笑った日も。
約束した日も。
全部、そこに残っている気がした。
でも、二人はもう幼稚園児ではない。
ランドセルを背負って、少しだけ背も伸びて。
それでも。
隣を歩く相手だけは、変わらなかった。
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そのときだった。
「あっ!」
少し先で、小さな子どもが転んだ。
まだ幼稚園くらいの男の子だった。
手をついた拍子に驚いたのか、目に涙を浮かべている。
出久は考えるより先に駆け出していた。
「大丈夫?」
男の子の前へしゃがみ込む。
「痛かった?」
男の子は小さくうなずく。
出久はそっとハンカチを取り出し、膝についた砂を払った。
「大丈夫。」
「ゆっくり立とうね。」
男の子は出久の手を握り、少しずつ立ち上がる。
涙はまだ残っていたけれど、出久が優しく笑うと、男の子も少しだけ笑った。
「ありがとう……。」
小さな声。
出久は嬉しそうに笑う。
「うん!」
「気をつけてね。」
男の子は何度もうなずき、近くにいた母親のもとへ走っていった。
出久はその背中を見送り、ほっと息をつく。
「よかった。」
少し離れた場所で、勝己がその様子を見ていた。
「勝己?」
出久が振り返る。
勝己は少しだけ黙って歩き出す。
そして、照れくさそうに口を開いた。
「……お前らしいな。」
それだけだった。
でも、その一言が出久にはとても嬉しかった。
「えへへ。」
春風が、二人の間を優しく通り抜けていく。
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その夜。
出久は机に向かい、ヒーローノートを開いた。
ページは、いつの間にかたくさん埋まっていた。
ヒーローの絵。
テレビで見た救助の場面。
「たすける。」
「えがお。」
「もっと がんばる。」
幼い文字が、少しずつ並んでいる。
出久は新しいページを開く。
鉛筆を握り、少し考える。
そして、ゆっくりと書いた。
『きょう、こまっている子をたすけた。』
少し迷ってから、もう一行。
『わらってくれた。』
それだけだった。
けれど、その一文を見つめる出久の顔は、どこか誇らしそうだった。
「出久。」
部屋の入口から、引子の声がした。
「そろそろ寝る時間よ。」
「あ、お母さん。」
出久はノートを見せる。
「見て。」
「今日ね、転んだ子を助けたの。」
引子はそっとノートをのぞき込む。
そこに書かれた、小さな文字。
そして、少し照れくさそうに笑う娘の顔。
引子は胸が温かくなるのを感じた。
「すごいね。」
「出久らしいね。」
その言葉に、出久は嬉しそうに笑う。
「うん!」
引子は机の端に置かれたノートへ目を向けた。
ずいぶんページが埋まっている。
「たくさん書いたね。」
「うん。」
「まだまだ書きたいこと、いっぱいあるの。」
引子は少し考え、棚から真新しいノートを一冊取り出した。
「じゃあ。」
「これ、次に使う?」
出久の目がぱっと輝く。
「いいの?」
「もちろん。」
「続きを書こうね。」
出久は新しいノートを両手で受け取る。
真っ白な表紙。
真っ白なページ。
初めてヒーローノートを開いた日のことを、少しだけ思い出した。
「ありがとう、お母さん!」
引子は優しく微笑む。
「どういたしまして。」
出久は一冊目のノートと、新しいノートを並べる。
夢は、まだ遠い。
けれど、少しずつページは増えていく。
少しずつ、できることも増えていく。
それは、ほんの小さな歩みだった。
でも。
小さな歩みを積み重ねることが、未来へ続く道になる。
出久は新しいノートを胸に抱きしめ、静かに笑った。
窓の外では、季節の風が優しく吹いている。
変わっていくものがある。
背が伸びること。
教室が変わること。
季節が巡ること。
でも。
変わらないものもある。
困っている人を助けたいという気持ち。
隣を歩く、大切な人。
そして、いつかヒーローになるという夢。
新しいノートの最初のページは、まだ真っ白だった。
その一ページ目に、どんな未来が描かれるのか。
それは、まだ誰も知らない。
第二部「小学生編」はここまでです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
幼い頃に交わした約束を胸に、少しずつ成長していく出久と勝己。
二人の夢は、まだ始まったばかりです。
次回から、第三部へ続きます。
引き続き、二人の物語を楽しんでいただければ幸いです。