無個性の私と、幼馴染のかっちゃん   作:千遇万歩

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第二章 夢への距離

春の風が、新緑の並木道を優しく揺らしていた。

 

中学校へ入学してから、一か月ほどが過ぎた。

 

新しい教室にも。

 

新しい授業にも。

 

二人は少しずつ慣れ始めていた。

 

放課後。

 

「じゃあ、また後で。」

 

校門を出たところで、出久が笑顔を向ける。

 

勝己は短く答えた。

 

「ああ。」

 

向かう先は違う。

 

けれど、目指している場所は同じだった。

 

市立図書館。

 

静かな館内で、出久は一冊の本を開いていた。

 

『災害時の避難誘導』

 

『応急処置入門』

 

『救助活動の基本』

 

机の上には何冊もの本が積まれている。

 

ノートには、小さな文字がびっしりと並んでいた。

 

『慌てている人には、短く分かりやすく声をかける。』

 

『救助するときは、自分の安全も確認する。』

 

『ヒーローは戦うだけじゃない。』

 

出久はその一文を、丁寧にノートへ書き写した。

 

「戦うだけじゃない……。」

 

小さくつぶやく。

 

その言葉を胸の中でゆっくりと繰り返す。

 

(いつか、この知識も、誰かを助ける力になる。)

 

そう信じながら、出久は静かに次のページをめくった。

 

新しいことを知るたび、瞳が輝いていた。

 

幼い頃から変わらない表情だった。

 

その頃。

 

河川敷。

 

乾いた爆発音が青空へ響く。

 

「ッ!」

 

ドンッ!!

 

勝己は地面を蹴り、爆発の反動で一気に前へ飛ぶ。

 

着地。

 

すぐに向きを変える。

 

もう一度。

 

ドンッ!!

 

額から汗が流れ落ちる。

 

何度も。

 

何度も。

 

同じ動きを繰り返す。

 

「……まだだ。」

 

誰に言われたわけでもない。

 

自分自身が、一番厳しい。

 

爆風の向き。

 

踏み込み。

 

着地。

 

ほんの少しのずれも見逃さない。

 

再び飛び出した、その瞬間。

 

「チッ。」

 

着地がわずかに流れた。

 

勝己はその場で足を止める。

 

「違う。」

 

短くつぶやき、自分の足元を見つめる。

 

踏み込みの位置を確かめる。

 

掌を見つめる。

 

そして、もう一度だけ静かに息を吐いた。

 

「もう一回。」

 

再び爆発音が河川敷へ響いた。

 

夕方。

 

図書館を出た出久は、小走りで河川敷へ向かっていた。

 

遠くから聞こえる爆発音。

 

「あっ。」

 

少し先で、勝己の姿を見つける。

 

「まだやってたんだ。」

 

勝己は息を整えながら振り返る。

 

「終わってねぇ。」

 

出久は笑う。

 

「今日も頑張ってるね。」

 

「当たり前だ。」

 

その返事に、出久は少しだけ照れくさそうに笑った。

 

「わたしも頑張らなきゃ。」

 

勝己は出久の持っているノートへ目を向ける。

 

「今日も図書館か。」

 

「うん。」

 

「いっぱい勉強してきた。」

 

そう言って、ノートを少しだけ開いて見せる。

 

勝己は一瞬だけ目を通す。

 

「……細けぇ。」

 

「えへへ。」

 

「忘れちゃうから。」

 

勝己は鼻を鳴らした。

 

「それ、お前らしいな。」

 

その一言が、出久には嬉しかった。

 

勝己はポケットからストップウォッチを取り出した。

 

少し考えてから、それを出久へ放る。

 

「測れ。」

 

「え?」

 

「タイム。」

 

出久は慌てて受け取る。

 

「わ、分かった!」

 

勝己はスタート位置へ向かう。

 

「いいか?」

 

「うん!」

 

出久はストップウォッチを構えた。

 

「よーい……スタート!」

 

その瞬間。

 

ドンッ!!

 

爆発と同時に勝己が飛び出す。

 

一直線に駆け抜ける。

 

爆風を利用した加速。

 

着地。

 

方向転換。

 

再加速。

 

「ストップ!」

 

勝己が戻ってくる。

 

「どうだ。」

 

出久は数字を見つめた。

 

「三十七秒四!」

 

勝己は腕を組む。

 

「遅ぇ。」

 

出久は少し笑う。

 

「でも。」

 

「最後の着地、前よりぶれなかったよ。」

 

勝己が眉を上げる。

 

「本当か。」

 

「うん。」

 

出久は思い出すように身振りを交えながら話す。

 

「二回目の着地だけ、少し左に流れてた。」

 

「爆風が少しだけ横へ逃げたのかもしれない。」

 

「でも、その後は真っすぐ走れてたから、そこだけ直したらもっと速くなると思う。」

 

勝己は黙って聞いている。

 

少しの沈黙。

 

やがて向きを変えた。

 

「もう一本。」

 

「え?」

 

「今の試す。」

 

「うん!」

 

出久は嬉しそうにうなずく。

 

もう一度。

 

スタート。

 

爆発。

 

加速。

 

着地。

 

今度は身体がほとんどぶれない。

 

「ストップ!」

 

勝己が戻ってくる。

 

「三十六秒八!」

 

出久は目を輝かせた。

 

「速くなってる!」

 

勝己は数字を見つめ、小さく息を吐く。

 

「……なるほど。」

 

その一言だけだった。

 

けれど、それは出久の分析を認めた言葉だった。

 

帰り道。

 

夕焼けが二人の影を長く伸ばしている。

 

「分析。」

 

勝己が前を向いたまま言う。

 

「役に立つな。」

 

出久は少し驚いて振り向く。

 

「え?」

 

「続けろ。」

 

短い言葉。

 

それだけだった。

 

でも、出久は嬉しそうに笑った。

 

「うん!」

 

「もっと勉強する!」

 

勝己も少しだけ口元を緩める。

 

「俺も。」

 

「もっと鍛える。」

 

二人は顔を見合わせて笑った。

 

努力の形は違う。

 

けれど。

 

目指す未来は同じだった。

 

その夜。

 

出久は机に向かい、ヒーローノートを開く。

 

今日学んだことを、一つひとつ書き留めていく。

 

『避難誘導』

 

『応急処置』

 

『救助活動』

 

ページの端には、小さく書き添えた。

 

『勝己 着地が前より安定していた。』

 

そして最後に、一行。

 

『知ることは、人を助ける力になる。』

 

書き終えると、出久は静かにノートを閉じる。

 

知ること。

 

考えること。

 

積み重ねること。

 

そのすべてが、誰かを助ける力になる。

 

そう信じながら、出久は明日もまた前へ進んでいく。

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