無個性の私と、幼馴染のかっちゃん   作:千遇万歩

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第四章 ヒーローになる日

 

季節は巡る。

 

放課後になれば、出久は図書館へ向かった。

 

人を助けるための知識を学び。

 

河川敷では勝己と汗を流す。

 

それは、中学校へ入学した日から変わらない日課だった。

 

最初は息が切れていたランニングも。

 

腕が震えていた筋力トレーニングも。

 

今では以前より大きな負荷を、当たり前のようにこなせるようになっていた。

 

ヒーローノートのページも、一枚、また一枚と増えていく。

 

努力は劇的に人を変えるものではない。

 

けれど。

 

積み重ねた時間は、気付かないうちに昨日の自分を追い越していた。

 

そして――。

 

春。

 

二人は中学三年生になっていた。

 

---

 

放課後。

 

夕陽に照らされた河川敷。

 

「はぁっ!」

 

出久は呼吸を整えながら最後の一本を走り切る。

 

「よし。」

 

勝己も軽く息を吐いた。

 

二人とも制服ではなく、動きやすい服へ着替えている。

 

汗が額を伝う。

 

「今日も疲れたぁ。」

 

出久は笑いながら首に掛けたタオルで汗を拭く。

 

勝己はスポーツドリンクを一口飲む。

 

「前より余裕あるな。」

 

「ほんと?」

 

「ああ。」

 

短い言葉だった。

 

けれど、その一言が出久には何より嬉しかった。

 

「えへへ。」

 

勝己も少しだけ口元を緩める。

 

「帰るぞ。」

 

「うん!」

 

二人は荷物をまとめ、河川敷を後にした。

 

---

 

帰り道。

 

「そういえば。」

 

出久が思い出したように口を開く。

 

「お母さんにおつかい頼まれてたんだ。」

 

「田等院商店街?」

 

「うん!」

 

「晩ご飯の材料買ってきてって。」

 

勝己は小さくうなずく。

 

「俺も。」

 

「買い物頼まれてる。」

 

出久は思わず笑った。

 

「じゃあ、一緒だね。」

 

「おう。」

 

二人は並んで商店街へ向かう。

 

夕方の田等院商店街は、多くの買い物客で賑わっていた。

 

八百屋の威勢のいい声。

 

商店の呼び込み。

 

学校帰りの学生。

 

買い物袋を提げた家族連れ。

 

どこにでもある、平和な日常。

 

出久は買い物メモを取り出した。

 

「えっと……。」

 

「じゃがいも。」

 

「にんじん。」

 

「玉ねぎ……。」

 

勝己は少し呆れたように笑う。

 

「忘れんなよ。」

 

「大丈夫、大丈夫。」

 

そう言って笑った、その時だった。

 

――ドォンッ!!

 

地面が大きく揺れた。

 

商店街の空気が、一瞬で凍りつく。

 

「きゃあああっ!」

 

悲鳴が響く。

 

マンホールが勢いよく吹き飛び、黒い泥のようなものが噴き上がった。

 

「ヴィランだ!!」

 

誰かの叫び声と同時に、人々が一斉に逃げ始める。

 

平和だった商店街は、一瞬で混乱に包まれた。

 

出久と勝己は、同時に前を見据える。

 

二人の表情から笑顔が消える。

 

積み重ねてきた二年間。

 

その努力が、今まさに試されようとしていた。

 

---

 

黒い泥が、商店街の真ん中で大きくうねる。

 

「ヴィランだ!!」

 

誰かの叫び声とともに、人々が一斉に逃げ始めた。

 

悲鳴。

 

倒れる自転車。

 

転がる買い物袋。

 

平和だった夕方の商店街は、一瞬で混乱に包まれる。

 

その時だった。

 

「ッ!」

 

ヘドロヴィランが勢いよく飛び上がる。

 

「勝己!」

 

黒い泥が勝己へ襲いかかった。

 

「チッ!」

 

勝己は反射的に爆破を放つ。

 

ドォンッ!!

 

爆風で泥を吹き飛ばす。

 

しかし、ヘドロはすぐに形を戻した。

 

「しつけぇ!」

 

再び爆破。

 

勝己は飲み込まれることなく、距離を取りながら戦い続ける。

 

近くを巡回していたプロヒーローたちも駆けつけた。

 

「相手は液状だ!」

 

「近づくな!」

 

「包囲しろ!」

 

それでも決定打はない。

 

爆発しても。

 

捕縛しても。

 

すぐに再生してしまう。

 

勝己は歯を食いしばる。

 

「まだ終わらねぇ!」

 

爆炎が商店街へ響いた。

 

---

 

一方。

 

出久は戦いへ飛び込まなかった。

 

視線を素早く周囲へ向ける。

 

(落ち着いて。)

 

(まずは周り。)

 

二年間。

 

ヒーローノートへ書き続けてきた言葉が頭をよぎる。

 

『慌てている人には、短く分かりやすく。』

 

『避難は安全な方向へ。』

 

『自分の安全も確認する。』

 

「こちらです!」

 

出久は大きな声を張った。

 

「押さないでください!」

 

「順番に避難しましょう!」

 

驚いた人々が、その声へ振り向く。

 

「小さい子からお願いします!」

 

「お年寄りの方はこちらへ!」

 

落ち着いた声は、不思議と人を安心させた。

 

近くにいたヒーローも叫ぶ。

 

「その子の誘導に従って!」

 

避難の流れが少しずつ整っていく。

 

その時。

 

「うぅ……。」

 

転んだ女性が足を押さえていた。

 

買い物袋が散らばっている。

 

「大丈夫ですか!」

 

出久は駆け寄る。

 

「立てますか?」

 

「ありがとう……。」

 

肩を貸し、安全な場所まで誘導する。

 

さらに近くでは、小さな女の子が泣いていた。

 

「ママ……!」

 

出久はしゃがみ込み、目線を合わせる。

 

「大丈夫。」

 

「お母さんもすぐ来るから。」

 

女の子は涙をぬぐい、小さくうなずいた。

 

抱きかかえて、安全な場所まで避難させる。

 

「ありがとう……。」

 

その笑顔を見届けた瞬間だった。

 

---

 

叫び声。

 

ヘドロが大きく膨らみ、勝己へ覆いかぶさる。

 

「ッ!」

 

爆破。

 

しかし押し返しきれない。

 

(このままじゃ……!)

 

出久は周囲を見回した。

 

足元。

 

散らばった買い物袋。

 

その一つから、白い粉がこぼれている。

 

「……小麦粉?」

 

袋には、まだ中身が残っていた。

 

出久は迷わず袋を拾う。

 

(粉……。)

 

(液体に混ざれば――。)

 

考えるより先に身体が動いた。

 

「勝己!」

 

出久は力いっぱい袋を投げる。

 

袋はヘドロヴィランへぶつかり、大きく破れた。

 

白い粉が一気に舞い上がる。

 

ヘドロの身体へまとわりつく。

 

「!?」

 

動きが一瞬だけ鈍った。

 

粘り気が増し、形を変えにくくなる。

 

その僅かな隙。

 

出久は迷わず叫んだ。

 

「今だ!!」

 

勝己の目が鋭く光る。

 

「任せろォ!!」

 

掌が大きく開く。

 

渾身の爆破。

 

ドォォォンッ!!

 

これまでで最大の爆炎がヘドロを吹き飛ばした。

 

泥が大きくのけ反る。

 

一瞬だけ、核が露出した。

 

その瞬間。

 

「もう大丈夫!!」

 

力強い声が商店街へ響き渡る。

 

突風。

 

圧倒的な存在感。

 

一つの影が空から舞い降りる。

 

「私が来た!!」

 

オールマイト。

 

拳が大きく振り抜かれる。

 

衝撃波が街を駆け抜けた。

 

ヘドロヴィランは吹き飛び、そのまま地面へ叩きつけられる。

 

静寂。

 

少し遅れて、大きな歓声が上がった。

 

「助かった……!」

 

「オールマイトだ!」

 

「すごい……!」

 

出久はその場へ座り込む。

 

大きく息を吐いた。

 

勝己も肩で息をしながら立っている。

 

目が合う。

 

勝己は照れ隠しのように鼻を鳴らした。

 

「悪くねぇ。」

 

短い一言だった。

 

出久は思わず笑う。

 

「えへへ。」

 

二人の視線の先では、オールマイトが静かにこちらを見つめていた。

 

戦い続けた少年。

 

人々を守り続けた少女。

 

二人の姿は、その瞳へしっかりと焼き付いていた。

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