季節は巡る。
放課後になれば、出久は図書館へ向かった。
人を助けるための知識を学び。
河川敷では勝己と汗を流す。
それは、中学校へ入学した日から変わらない日課だった。
最初は息が切れていたランニングも。
腕が震えていた筋力トレーニングも。
今では以前より大きな負荷を、当たり前のようにこなせるようになっていた。
ヒーローノートのページも、一枚、また一枚と増えていく。
努力は劇的に人を変えるものではない。
けれど。
積み重ねた時間は、気付かないうちに昨日の自分を追い越していた。
そして――。
春。
二人は中学三年生になっていた。
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放課後。
夕陽に照らされた河川敷。
「はぁっ!」
出久は呼吸を整えながら最後の一本を走り切る。
「よし。」
勝己も軽く息を吐いた。
二人とも制服ではなく、動きやすい服へ着替えている。
汗が額を伝う。
「今日も疲れたぁ。」
出久は笑いながら首に掛けたタオルで汗を拭く。
勝己はスポーツドリンクを一口飲む。
「前より余裕あるな。」
「ほんと?」
「ああ。」
短い言葉だった。
けれど、その一言が出久には何より嬉しかった。
「えへへ。」
勝己も少しだけ口元を緩める。
「帰るぞ。」
「うん!」
二人は荷物をまとめ、河川敷を後にした。
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帰り道。
「そういえば。」
出久が思い出したように口を開く。
「お母さんにおつかい頼まれてたんだ。」
「田等院商店街?」
「うん!」
「晩ご飯の材料買ってきてって。」
勝己は小さくうなずく。
「俺も。」
「買い物頼まれてる。」
出久は思わず笑った。
「じゃあ、一緒だね。」
「おう。」
二人は並んで商店街へ向かう。
夕方の田等院商店街は、多くの買い物客で賑わっていた。
八百屋の威勢のいい声。
商店の呼び込み。
学校帰りの学生。
買い物袋を提げた家族連れ。
どこにでもある、平和な日常。
出久は買い物メモを取り出した。
「えっと……。」
「じゃがいも。」
「にんじん。」
「玉ねぎ……。」
勝己は少し呆れたように笑う。
「忘れんなよ。」
「大丈夫、大丈夫。」
そう言って笑った、その時だった。
――ドォンッ!!
地面が大きく揺れた。
商店街の空気が、一瞬で凍りつく。
「きゃあああっ!」
悲鳴が響く。
マンホールが勢いよく吹き飛び、黒い泥のようなものが噴き上がった。
「ヴィランだ!!」
誰かの叫び声と同時に、人々が一斉に逃げ始める。
平和だった商店街は、一瞬で混乱に包まれた。
出久と勝己は、同時に前を見据える。
二人の表情から笑顔が消える。
積み重ねてきた二年間。
その努力が、今まさに試されようとしていた。
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黒い泥が、商店街の真ん中で大きくうねる。
「ヴィランだ!!」
誰かの叫び声とともに、人々が一斉に逃げ始めた。
悲鳴。
倒れる自転車。
転がる買い物袋。
平和だった夕方の商店街は、一瞬で混乱に包まれる。
その時だった。
「ッ!」
ヘドロヴィランが勢いよく飛び上がる。
「勝己!」
黒い泥が勝己へ襲いかかった。
「チッ!」
勝己は反射的に爆破を放つ。
ドォンッ!!
爆風で泥を吹き飛ばす。
しかし、ヘドロはすぐに形を戻した。
「しつけぇ!」
再び爆破。
勝己は飲み込まれることなく、距離を取りながら戦い続ける。
近くを巡回していたプロヒーローたちも駆けつけた。
「相手は液状だ!」
「近づくな!」
「包囲しろ!」
それでも決定打はない。
爆発しても。
捕縛しても。
すぐに再生してしまう。
勝己は歯を食いしばる。
「まだ終わらねぇ!」
爆炎が商店街へ響いた。
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一方。
出久は戦いへ飛び込まなかった。
視線を素早く周囲へ向ける。
(落ち着いて。)
(まずは周り。)
二年間。
ヒーローノートへ書き続けてきた言葉が頭をよぎる。
『慌てている人には、短く分かりやすく。』
『避難は安全な方向へ。』
『自分の安全も確認する。』
「こちらです!」
出久は大きな声を張った。
「押さないでください!」
「順番に避難しましょう!」
驚いた人々が、その声へ振り向く。
「小さい子からお願いします!」
「お年寄りの方はこちらへ!」
落ち着いた声は、不思議と人を安心させた。
近くにいたヒーローも叫ぶ。
「その子の誘導に従って!」
避難の流れが少しずつ整っていく。
その時。
「うぅ……。」
転んだ女性が足を押さえていた。
買い物袋が散らばっている。
「大丈夫ですか!」
出久は駆け寄る。
「立てますか?」
「ありがとう……。」
肩を貸し、安全な場所まで誘導する。
さらに近くでは、小さな女の子が泣いていた。
「ママ……!」
出久はしゃがみ込み、目線を合わせる。
「大丈夫。」
「お母さんもすぐ来るから。」
女の子は涙をぬぐい、小さくうなずいた。
抱きかかえて、安全な場所まで避難させる。
「ありがとう……。」
その笑顔を見届けた瞬間だった。
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叫び声。
ヘドロが大きく膨らみ、勝己へ覆いかぶさる。
「ッ!」
爆破。
しかし押し返しきれない。
(このままじゃ……!)
出久は周囲を見回した。
足元。
散らばった買い物袋。
その一つから、白い粉がこぼれている。
「……小麦粉?」
袋には、まだ中身が残っていた。
出久は迷わず袋を拾う。
(粉……。)
(液体に混ざれば――。)
考えるより先に身体が動いた。
「勝己!」
出久は力いっぱい袋を投げる。
袋はヘドロヴィランへぶつかり、大きく破れた。
白い粉が一気に舞い上がる。
ヘドロの身体へまとわりつく。
「!?」
動きが一瞬だけ鈍った。
粘り気が増し、形を変えにくくなる。
その僅かな隙。
出久は迷わず叫んだ。
「今だ!!」
勝己の目が鋭く光る。
「任せろォ!!」
掌が大きく開く。
渾身の爆破。
ドォォォンッ!!
これまでで最大の爆炎がヘドロを吹き飛ばした。
泥が大きくのけ反る。
一瞬だけ、核が露出した。
その瞬間。
「もう大丈夫!!」
力強い声が商店街へ響き渡る。
突風。
圧倒的な存在感。
一つの影が空から舞い降りる。
「私が来た!!」
オールマイト。
拳が大きく振り抜かれる。
衝撃波が街を駆け抜けた。
ヘドロヴィランは吹き飛び、そのまま地面へ叩きつけられる。
静寂。
少し遅れて、大きな歓声が上がった。
「助かった……!」
「オールマイトだ!」
「すごい……!」
出久はその場へ座り込む。
大きく息を吐いた。
勝己も肩で息をしながら立っている。
目が合う。
勝己は照れ隠しのように鼻を鳴らした。
「悪くねぇ。」
短い一言だった。
出久は思わず笑う。
「えへへ。」
二人の視線の先では、オールマイトが静かにこちらを見つめていた。
戦い続けた少年。
人々を守り続けた少女。
二人の姿は、その瞳へしっかりと焼き付いていた。