翌日。
双葉幼稚園の門をくぐると、出久はきょろきょろと辺りを見回した。
「……。」
小さな胸が、なんだかそわそわする。
昨日出会った男の子。
「爆豪勝己。」
その名前だけが、頭の中を何度もぐるぐる回っていた。
「あ。」
園庭の隅で、一人しゃがみ込んでいる姿が目に入る。
少し跳ねた金色の髪。
間違いない。
「かっちゃん!」
出久はぱたぱたと駆け寄った。
勝己は振り向き、不思議そうに辺りを見回す。
「……。」
「俺か?」
出久は嬉しそうにこくんとうなずいた。
「うん!」
「かつき、だから、かっちゃん!」
勝己は少しだけ目を丸くする。
そんな呼ばれ方をしたのは初めてだった。
「……好きに呼べ。」
少し照れ隠しのようにぶっきらぼうに言う。
「うん!」
出久は満面の笑みになる。
「わたしは、いずくだよ!」
「知ってる。」
「昨日聞いた。」
「あ、そっか。」
照れくさそうに笑う出久。
その様子に、勝己も思わず小さく笑った。
「何してるの?」
出久は勝己の隣へしゃがみ込む。
「ダンゴムシ。」
見ると、小さなダンゴムシが丸くなったり、ゆっくり歩いたりしている。
「かわいい。」
「……お前もそう思うのか。」
勝己は少し意外そうだった。
「みんな、虫なんか嫌いって言う。」
「アリさんも好き。」
「ダンゴムシも好き。」
「テントウムシも。」
出久は指折り数え始める。
勝己は少しだけ目を丸くした。
「変わってんな。」
「そうかな?」
「まぁ。」
勝己は肩をすくめる。
「俺は嫌いじゃねぇ。」
その一言だけで、出久の顔がぱっと明るくなった。
「ほんと?」
「あぁ。」
「やった!」
嬉しそうに笑う出久。
その笑顔を見ていると、不思議と勝己まで笑いそうになる。
そのときだった。
「勝己くーん!」
園児の一人が駆け寄ってくる。
「鬼ごっこやろうぜ!」
「おう。」
勝己は立ち上がった。
「行く。」
「うん!」
出久も立ち上がる。
「お前じゃねぇ。」
勝己はきょとんとした顔の出久を見る。
「足、遅ぇだろ。」
「えっ。」
出久はしゅんと肩を落とした。
その表情を見た勝己は、少しだけ困った顔になる。
「……。」
数秒考えてから、ぽりぽりと頭をかいた。
「まぁ。」
「ついて来るくらいなら勝手にしろ。」
「いいの?」
「別に。」
その言葉だけで十分だった。
出久は満面の笑みになる。
「うん!」
そうして、小さな二人は園庭を駆け出した。
一人は前を。
もう一人は、その少し後ろを。
まだ歩幅は違う。
でも、その距離は昨日より少しだけ近くなっていた。
「つかまえた!」
「きゃー!」
園庭に笑い声が広がる。
鬼ごっこは、子どもたちが入り乱れて大騒ぎになっていた。
勝己は誰よりも速く駆ける。
逃げる子も、追う子も、あっという間に追いついてしまう。
「はやーい!」
「ずるーい!」
そんな声が飛ぶたび、勝己は少しだけ得意そうに笑った。
その少し後ろを、出久は一生懸命走っていた。
「ま、まってぇ……。」
息を切らしながらも、懸命についていく。
「いずくー!」
保育士が思わず声をかける。
「無理しなくていいよー!」
「だいじょうぶ!」
そう返事はするものの、次の瞬間。
「わっ!」
小さな石につまずき、ぺたん、と芝生の上へ転んでしまった。
「いたた……。」
膝についた土を見つめる。
泣きそうになる。
そのときだった。
「何やってんだ。」
勝己が戻ってきていた。
鬼ごっこなんて、とっくに続いている。
それでも戻ってきた。
「ほら。」
勝己は出久へ手を差し出す。
昨日とは逆だった。
昨日は、帽子を渡した手。
今日は、立ち上がるための手。
出久は少しだけ目を丸くする。
それから、嬉しそうにその手を握った。
「ありがと。」
「……。」
勝己は何も言わない。
ぐいっと引っ張る。
出久は立ち上がった。
「また泣くかと思った。」
「もう泣かないもん。」
出久は胸を張る。
勝己はふっと笑う。
「少しだけ強くなったな。」
その一言が、出久はたまらなく嬉しかった。
午後。
自由遊びの時間。
園児たちは思い思いに遊び始める。
勝己は砂場で山を作っていた。
その隣へ、何も言わずに出久が座る。
「……。」
「……。」
しばらく無言。
でも、不思議と気まずくない。
出久は小さなスコップで山を高くする。
勝己はその横に道を作る。
「こっち、お城にしよう。」
「じゃあ、こっちは橋。」
自然に言葉が重なっていく。
保育士は少し離れたところから、その様子を見ていた。
「昨日まで、一人だったのにね。」
隣にいた先生が微笑む。
「勝己くんも、あんなふうに誰かと遊ぶんだ。」
二人とも、どこか一人で遊ぶことの多い子だった。
だからこそ。
隣に誰かがいることが、少しだけ新鮮だった。
帰りの時間。
保護者が迎えに来る中、出久は靴を履きながら何度も後ろを振り返る。
「また明日ね!」
勝己は靴箱の前で振り返る。
「おう。」
それだけ言って歩き出す。
少し歩いてから、また止まる。
「いずく。」
「なあに?」
「明日。」
「ダンゴムシの続き見るぞ。」
出久の顔がぱっと明るくなる。
「うん!」
「やくそくだね!」
「忘れねぇよ。」
勝己は少し照れくさそうに鼻を鳴らした。
出久は何度も手を振る。
勝己も、小さく一度だけ手を上げる。
夕焼けに染まる幼稚園。
まだ出会って二日。
それでも二人は、もう知っていた。
明日も会えることが楽しみだという気持ちを。
それは、小さな約束。
けれど、二人にとっては何より大切な約束だった。