無個性の私と、幼馴染のかっちゃん   作:千遇万歩

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第七章 体育祭へ

 

USJでの襲撃から。

 

雄英高校には、少しずつ日常が戻り始めていた。

 

もちろん、何もなかったことになったわけではない。

 

教師たちの警戒は以前より明らかに強くなっている。

 

校内を歩く職員の数も増えた。

 

それでも。

 

生徒たちは、いつまでも立ち止まってはいなかった。

 

教室には、いつもの声が戻っている。

 

「じゃあ、今日はここまでだ」

 

教壇に立つ相澤が言った。

 

「次の予定について話す」

 

教室が少しざわつく。

 

相澤は気にせず続けた。

 

「雄英体育祭を、予定通り開催する」

 

「体育祭!」

 

「やっぱりやるんだ!」

 

教室に一気に声が広がった。

 

出久も顔を上げる。

 

雄英体育祭。

 

ヒーローを目指す者なら、誰もが知っている大きな行事だ。

 

毎年、多くの観客が訪れ、全国から注目される。

 

そして今年は――。

 

「……USJでの件があったのに?」

 

誰かが尋ねた。

 

相澤は頷く。

 

「だからこそだ」

 

教室が静かになる。

 

「雄英が襲撃を受けた」

 

「それ自体は事実だ」

 

相澤は淡々と続ける。

 

「だが、だからといって学校そのものを止めれば、世間に余計な不安を与える」

 

「雄英は通常通り機能している」

 

「生徒も教師も、ヒーローを目指すという目的を変えていない」

 

「それを示す意味でも、体育祭は予定通り行う」

 

出久は黙って聞いていた。

 

確かに。

 

USJで怖い思いをした。

 

先生たちも傷ついた。

 

それでも。

 

自分たちは、雄英を辞めるわけではない。

 

ヒーローになるという夢を、諦めるわけでもない。

 

「もちろん、警備は強化する」

 

相澤が続ける。

 

「お前らを危険に晒すつもりはない」

 

「その点は心配するな」

 

そして。

 

「だから、お前らはいつも通りやれ」

 

その言葉に。

 

出久は小さく頷いた。

 

いつも通り。

 

それなら。

 

自分たちがやることは、決まっている。

 

休み時間。

 

体育祭の話題で、教室は持ちきりだった。

 

「やっぱプロヒーローもいっぱい来るんだよな!」

 

切島が興奮気味に話す。

 

「そりゃそうでしょ!」

 

芦戸も楽しそうだ。

 

「体育祭で活躍したら、事務所から声かかるかもしれないんだよね!」

 

「インターンにも繋がるって話だしな」

 

そんな声が飛び交う。

 

出久は話を聞きながら、少し考えていた。

 

確かに。

 

そういう意味もあるのだろう。

 

雄英体育祭が大きな舞台であることは知っている。

 

プロヒーローたちに自分の力を見てもらえる。

 

それは、確かに大切なことだ。

 

「出久ちゃんは?」

 

麗日が聞いてきた。

 

「え?」

 

「どこの事務所に入りたいとか、あるの?」

 

「うーん……」

 

出久は少し悩んでから、

 

「まだ、そこまでは考えてないかな」

 

「そうなんだ」

 

「うん」

 

出久は笑った。

 

「まずは、ちゃんとヒーローになるために必要なことを覚えたいから」

 

その言葉を聞いていた勝己が、

 

「……そうだな」

 

と呟いた。

 

「勝己は?」

 

「興味ねぇ」

 

「即答!?」

 

麗日が驚く。

 

「俺は俺の力を伸ばすだけだ」

 

勝己はそれだけ言った。

 

「体育祭だろうが何だろうが、やることは変わらねぇ」

 

出久は、その言葉に笑う。

 

「うん」

 

二人にとって。

 

体育祭は特別な何かではない。

 

もちろん、勝つつもりだ。

 

全力で挑む。

 

でも。

 

それは――。

 

ヒーローになるという夢の途中にある、一つの舞台。

 

それ以上でも、それ以下でもなかった。

 

放課後。

 

訓練場には、出久と勝己だけではなく、何人もの生徒が集まっていた。

 

「じゃあ、次どうする?」

 

出久が聞く。

 

「俺、今度は爆豪側やってみたい!」

 

切島が手を上げる。

 

「いいよ」

 

「じゃあ、私は出久ちゃんと組む」

 

麗日が言った。

 

「了解」

 

蛙吹も続く。

 

「私も緑谷ちゃん側にしようかしら」

 

「じゃあ、次は四人でやってみようか」

 

「おう!」

 

今日の訓練は、実戦形式。

 

多人数で、一人を制圧する。

 

あるいは。

 

一人で多人数を相手にする。

 

その組み合わせを変えながら、何度も繰り返していた。

 

次の組み合わせは――。

 

出久と切島。

 

対するのは、勝己。

 

「開始!」

 

切島が一気に前へ出る。

 

「うおおっ!」

 

勝己が爆発を放つ。

 

「来るぞ!」

 

切島が腕を硬化させる。

 

爆風を真正面から受け止める。

 

その隙に。

 

出久が横へ回り込んだ。

 

「今!」

 

ロープが飛ぶ。

 

勝己が身体を捻る。

 

「遅ぇ!」

 

ロープが空を切った。

 

「しまった!」

 

勝己はそのまま爆発の反動で距離を取る。

 

「切島くん!」

 

「任せろ!」

 

切島が追う。

 

勝己が振り返る。

 

「甘ぇ!」

 

爆発。

 

切島が吹き飛ばされる。

 

「ぐっ!」

 

その瞬間。

 

出久が再び距離を詰めた。

 

「今度こそ!」

 

ロープが伸びる。

 

勝己が腕で弾く。

 

「まだだ!」

 

「くっ……!」

 

数秒後。

 

勝己が二人の間を抜ける。

 

「終了!」

 

「くそー!」

 

切島が悔しそうに声を上げる。

 

出久も息を整えながら笑った。

 

「今のは、私がもう少し早く動けたら捕まえられたね」

 

「俺がもっと爆豪を抑えられればな!」

 

勝己は肩を回す。

 

「悪くねぇ」

 

二人が顔を上げる。

 

「けど、次はもっと速く来い」

 

「うん!」

 

「おう!」

 

その次の組み合わせ。

 

今度は――。

 

出久と麗日。

 

対する勝己。

 

「よろしくね、爆豪くん!」

 

「ああ」

 

開始。

 

麗日が足元の瓦礫に手を触れる。

 

「浮かせる!」

 

足元の瓦礫が宙に浮く。

 

勝己が舌打ちする。

 

「チッ!」

 

飛んできた瓦礫を爆発で吹き飛ばす。

 

その瞬間。

 

出久が走った。

 

「今!」

 

ロープ。

 

しかし。

 

勝己は爆発の反動で上空へ逃れる。

 

「えっ!?」

 

「上だ!」

 

出久が見上げる。

 

勝己は空中で身体を捻り、そのまま麗日の背後へ着地する。

 

「遅ぇ」

 

「うわっ!」

 

麗日が振り返る。

 

「しまった!」

 

「終了!」

 

またしても勝己の勝ち。

 

「今のは緑谷さんのロープに合わせて動けたら、もっと上手くいったと思う!」

 

麗日が笑う。

 

「じゃあ、次は蛙吹さんと代わろうか」

 

出久が言う。

 

「ケロ。いいわよ」

 

組み合わせは、何度も変わった。

 

出久と蛙吹。

 

切島と麗日。

 

蛙吹と切島。

 

勝己と蛙吹。

 

そのたびに。

 

誰かが失敗し。

 

誰かが新しい方法を思いつき。

 

また次の訓練へ進んでいく。

 

「今の、よかった!」

 

「次はもっと早く!」

 

「右じゃなくて、正面から!」

 

「了解!」

 

訓練場には、そんな声が飛び交っていた。

 

その様子を見ていた切島が、ふと口を開く。

 

「なあ」

 

「ん?」

 

「お前ら、体育祭前なのにこんなにオープンにやってていいのか?」

 

出久が首を傾げる。

 

「オープン?」

 

「いや、だってよ」

 

切島が周囲を見る。

 

「体育祭って、プロも見に来るんだろ?」

 

「うん」

 

「だったら、自分の技とか手の内を隠したりしねぇの?」

 

出久は少し考えた。

 

「……そういう考え方もあるんだね」

 

勝己が口を挟む。

 

「別に隠す必要ねぇだろ」

 

「え?」

 

「対策されたなら、その上から叩き潰せばいい」

 

「お、おう……」

 

切島が苦笑する。

 

「やっぱ爆豪らしいわ」

 

出久も頷いた。

 

「私も同じかな」

 

「緑谷も?」

 

「うん」

 

出久は周囲を見る。

 

一緒に訓練しているクラスメイトたち。

 

「みんなと練習した方が、私も知らないことを学べるし」

 

そして。

 

「一緒に強くなれた方がいいと思うから」

 

切島が笑った。

 

「……お前ら、本当に変わんねぇな」

 

「そう?」

 

「そうだよ」

 

切島は拳を握る。

 

「でも、そういうの嫌いじゃねぇぜ!」

 

「じゃあ、もう一回やろう!」

 

「おう!」

 

勝己も構える。

 

「次は捕まんねぇぞ」

 

「うん!」

 

出久もロープを握り直した。

 

「じゃあ、今度こそ!」

 

翌日。

 

昼休み。

 

A組の教室に、数人の生徒が入ってきた。

 

「……誰?」

 

誰かが呟く。

 

「1年B組だ」

 

その一言で。

 

教室の空気が少し変わった。

 

「A組って、随分と有名になったじゃん」

 

一人が言う。

 

「USJで襲撃されたんだって?」

 

「体育祭でも、さぞ目立つんだろうな」

 

嫌味。

 

明らかに煽っている。

 

A組の生徒たちが反応する。

 

「なんだよ」

 

「喧嘩売ってんのか?」

 

そんな声が飛び交う。

 

その中で。

 

出久は、少し困ったように相手を見ていた。

 

「……あの」

 

「なんだ?」

 

「USJのことと、体育祭って……関係あるの?」

 

「は?」

 

B組の生徒が固まる。

 

出久は続けた。

 

「私たちは、あのとき誰かに注目してもらおうと思って戦ったわけじゃないし」

 

「体育祭も、同じだと思うけど」

 

「……」

 

今度は別の生徒が口を開く。

 

「いや、そういうことじゃなくて!」

 

「A組が注目されてるから、俺たちが――」

 

「だから何だ」

 

低い声。

 

勝己だった。

 

「俺はB組だろうが、A組だろうが関係ねぇ」

 

勝己が前に出る。

 

「出てきた奴は全員倒す」

 

B組の生徒が睨む。

 

「それ、結局俺たちを見下してるってことだろ!」

 

「違ぇよ」

 

勝己は即答した。

 

「誰が相手でも同じだって言ってんだ」

 

「…………」

 

完全に。

 

話が噛み合っていない。

 

切島が小声で、

 

「……あいつら、煽る相手間違えてねぇか?」

 

と呟いた。

 

麗日も、

 

「うん……なんか、二人とも全然違うところ見てるよね」

 

出久は困ったように笑った。

 

「だって……」

 

B組の生徒を見る。

 

「私たちは、ヒーローになるためにここにいるから」

 

その言葉に。

 

B組は何も返せなかった。

 

B組が帰った後。

 

教室には、妙な空気が残っていた。

 

「……なんか、不思議な感じだったね」

 

麗日が言う。

 

「体育祭なんだから、勝ちたいって思うのは普通だと思うけど」

 

「それは俺も思うぞ」

 

切島が言った。

 

「でも、お前らはなんつーか……」

 

少し考えて。

 

「体育祭を目的にしてないんだな」

 

「うん」

 

出久は頷く。

 

「体育祭で勝つことは大事だよ」

 

「でも、それがヒーローになることじゃないから」

 

勝己も、

 

「当たり前だ」

 

と続ける。

 

「俺らはヒーローになる」

 

「そのために強くなる」

 

「体育祭だろうが訓練だろうが、同じだ」

 

出久が笑う。

 

「うん」

 

二人は顔を見合わせる。

 

いつものように。

 

そして。

 

体育祭前日。

 

放課後の訓練を終えた二人は、いつもの道を歩いていた。

 

夕暮れ。

 

並んだ影が、長く伸びている。

 

「……明日だね」

 

出久が言う。

 

「何が」

 

「体育祭」

 

「……ああ」

 

少しだけ間が空く。

 

「楽しみだね」

 

出久が笑った。

 

勝己は前を向いたまま、

 

「……負けんなよ」

 

と言う。

 

「勝己こそ」

 

「当然だ」

 

二人は、それ以上何も言わなかった。

 

体育祭のために。

 

特別なことをする必要はない。

 

今日まで積み重ねてきたものを。

 

明日、出せばいい。

 

二人にとって。

 

雄英体育祭は、夢への近道ではない。

 

誰かに認めてもらうためだけの舞台でもない。

 

ヒーローになる。

 

そのために必要なものを、一つずつ積み重ねていく。

 

その先に――。

 

未来がある。

 

「行こう、勝己」

 

「ああ」

 

二人は、いつものように並んで歩き出した。

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