USJでの襲撃から。
雄英高校には、少しずつ日常が戻り始めていた。
もちろん、何もなかったことになったわけではない。
教師たちの警戒は以前より明らかに強くなっている。
校内を歩く職員の数も増えた。
それでも。
生徒たちは、いつまでも立ち止まってはいなかった。
教室には、いつもの声が戻っている。
「じゃあ、今日はここまでだ」
教壇に立つ相澤が言った。
「次の予定について話す」
教室が少しざわつく。
相澤は気にせず続けた。
「雄英体育祭を、予定通り開催する」
「体育祭!」
「やっぱりやるんだ!」
教室に一気に声が広がった。
出久も顔を上げる。
雄英体育祭。
ヒーローを目指す者なら、誰もが知っている大きな行事だ。
毎年、多くの観客が訪れ、全国から注目される。
そして今年は――。
「……USJでの件があったのに?」
誰かが尋ねた。
相澤は頷く。
「だからこそだ」
教室が静かになる。
「雄英が襲撃を受けた」
「それ自体は事実だ」
相澤は淡々と続ける。
「だが、だからといって学校そのものを止めれば、世間に余計な不安を与える」
「雄英は通常通り機能している」
「生徒も教師も、ヒーローを目指すという目的を変えていない」
「それを示す意味でも、体育祭は予定通り行う」
出久は黙って聞いていた。
確かに。
USJで怖い思いをした。
先生たちも傷ついた。
それでも。
自分たちは、雄英を辞めるわけではない。
ヒーローになるという夢を、諦めるわけでもない。
「もちろん、警備は強化する」
相澤が続ける。
「お前らを危険に晒すつもりはない」
「その点は心配するな」
そして。
「だから、お前らはいつも通りやれ」
その言葉に。
出久は小さく頷いた。
いつも通り。
それなら。
自分たちがやることは、決まっている。
休み時間。
体育祭の話題で、教室は持ちきりだった。
「やっぱプロヒーローもいっぱい来るんだよな!」
切島が興奮気味に話す。
「そりゃそうでしょ!」
芦戸も楽しそうだ。
「体育祭で活躍したら、事務所から声かかるかもしれないんだよね!」
「インターンにも繋がるって話だしな」
そんな声が飛び交う。
出久は話を聞きながら、少し考えていた。
確かに。
そういう意味もあるのだろう。
雄英体育祭が大きな舞台であることは知っている。
プロヒーローたちに自分の力を見てもらえる。
それは、確かに大切なことだ。
「出久ちゃんは?」
麗日が聞いてきた。
「え?」
「どこの事務所に入りたいとか、あるの?」
「うーん……」
出久は少し悩んでから、
「まだ、そこまでは考えてないかな」
「そうなんだ」
「うん」
出久は笑った。
「まずは、ちゃんとヒーローになるために必要なことを覚えたいから」
その言葉を聞いていた勝己が、
「……そうだな」
と呟いた。
「勝己は?」
「興味ねぇ」
「即答!?」
麗日が驚く。
「俺は俺の力を伸ばすだけだ」
勝己はそれだけ言った。
「体育祭だろうが何だろうが、やることは変わらねぇ」
出久は、その言葉に笑う。
「うん」
二人にとって。
体育祭は特別な何かではない。
もちろん、勝つつもりだ。
全力で挑む。
でも。
それは――。
ヒーローになるという夢の途中にある、一つの舞台。
それ以上でも、それ以下でもなかった。
放課後。
訓練場には、出久と勝己だけではなく、何人もの生徒が集まっていた。
「じゃあ、次どうする?」
出久が聞く。
「俺、今度は爆豪側やってみたい!」
切島が手を上げる。
「いいよ」
「じゃあ、私は出久ちゃんと組む」
麗日が言った。
「了解」
蛙吹も続く。
「私も緑谷ちゃん側にしようかしら」
「じゃあ、次は四人でやってみようか」
「おう!」
今日の訓練は、実戦形式。
多人数で、一人を制圧する。
あるいは。
一人で多人数を相手にする。
その組み合わせを変えながら、何度も繰り返していた。
次の組み合わせは――。
出久と切島。
対するのは、勝己。
「開始!」
切島が一気に前へ出る。
「うおおっ!」
勝己が爆発を放つ。
「来るぞ!」
切島が腕を硬化させる。
爆風を真正面から受け止める。
その隙に。
出久が横へ回り込んだ。
「今!」
ロープが飛ぶ。
勝己が身体を捻る。
「遅ぇ!」
ロープが空を切った。
「しまった!」
勝己はそのまま爆発の反動で距離を取る。
「切島くん!」
「任せろ!」
切島が追う。
勝己が振り返る。
「甘ぇ!」
爆発。
切島が吹き飛ばされる。
「ぐっ!」
その瞬間。
出久が再び距離を詰めた。
「今度こそ!」
ロープが伸びる。
勝己が腕で弾く。
「まだだ!」
「くっ……!」
数秒後。
勝己が二人の間を抜ける。
「終了!」
「くそー!」
切島が悔しそうに声を上げる。
出久も息を整えながら笑った。
「今のは、私がもう少し早く動けたら捕まえられたね」
「俺がもっと爆豪を抑えられればな!」
勝己は肩を回す。
「悪くねぇ」
二人が顔を上げる。
「けど、次はもっと速く来い」
「うん!」
「おう!」
その次の組み合わせ。
今度は――。
出久と麗日。
対する勝己。
「よろしくね、爆豪くん!」
「ああ」
開始。
麗日が足元の瓦礫に手を触れる。
「浮かせる!」
足元の瓦礫が宙に浮く。
勝己が舌打ちする。
「チッ!」
飛んできた瓦礫を爆発で吹き飛ばす。
その瞬間。
出久が走った。
「今!」
ロープ。
しかし。
勝己は爆発の反動で上空へ逃れる。
「えっ!?」
「上だ!」
出久が見上げる。
勝己は空中で身体を捻り、そのまま麗日の背後へ着地する。
「遅ぇ」
「うわっ!」
麗日が振り返る。
「しまった!」
「終了!」
またしても勝己の勝ち。
「今のは緑谷さんのロープに合わせて動けたら、もっと上手くいったと思う!」
麗日が笑う。
「じゃあ、次は蛙吹さんと代わろうか」
出久が言う。
「ケロ。いいわよ」
組み合わせは、何度も変わった。
出久と蛙吹。
切島と麗日。
蛙吹と切島。
勝己と蛙吹。
そのたびに。
誰かが失敗し。
誰かが新しい方法を思いつき。
また次の訓練へ進んでいく。
「今の、よかった!」
「次はもっと早く!」
「右じゃなくて、正面から!」
「了解!」
訓練場には、そんな声が飛び交っていた。
その様子を見ていた切島が、ふと口を開く。
「なあ」
「ん?」
「お前ら、体育祭前なのにこんなにオープンにやってていいのか?」
出久が首を傾げる。
「オープン?」
「いや、だってよ」
切島が周囲を見る。
「体育祭って、プロも見に来るんだろ?」
「うん」
「だったら、自分の技とか手の内を隠したりしねぇの?」
出久は少し考えた。
「……そういう考え方もあるんだね」
勝己が口を挟む。
「別に隠す必要ねぇだろ」
「え?」
「対策されたなら、その上から叩き潰せばいい」
「お、おう……」
切島が苦笑する。
「やっぱ爆豪らしいわ」
出久も頷いた。
「私も同じかな」
「緑谷も?」
「うん」
出久は周囲を見る。
一緒に訓練しているクラスメイトたち。
「みんなと練習した方が、私も知らないことを学べるし」
そして。
「一緒に強くなれた方がいいと思うから」
切島が笑った。
「……お前ら、本当に変わんねぇな」
「そう?」
「そうだよ」
切島は拳を握る。
「でも、そういうの嫌いじゃねぇぜ!」
「じゃあ、もう一回やろう!」
「おう!」
勝己も構える。
「次は捕まんねぇぞ」
「うん!」
出久もロープを握り直した。
「じゃあ、今度こそ!」
翌日。
昼休み。
A組の教室に、数人の生徒が入ってきた。
「……誰?」
誰かが呟く。
「1年B組だ」
その一言で。
教室の空気が少し変わった。
「A組って、随分と有名になったじゃん」
一人が言う。
「USJで襲撃されたんだって?」
「体育祭でも、さぞ目立つんだろうな」
嫌味。
明らかに煽っている。
A組の生徒たちが反応する。
「なんだよ」
「喧嘩売ってんのか?」
そんな声が飛び交う。
その中で。
出久は、少し困ったように相手を見ていた。
「……あの」
「なんだ?」
「USJのことと、体育祭って……関係あるの?」
「は?」
B組の生徒が固まる。
出久は続けた。
「私たちは、あのとき誰かに注目してもらおうと思って戦ったわけじゃないし」
「体育祭も、同じだと思うけど」
「……」
今度は別の生徒が口を開く。
「いや、そういうことじゃなくて!」
「A組が注目されてるから、俺たちが――」
「だから何だ」
低い声。
勝己だった。
「俺はB組だろうが、A組だろうが関係ねぇ」
勝己が前に出る。
「出てきた奴は全員倒す」
B組の生徒が睨む。
「それ、結局俺たちを見下してるってことだろ!」
「違ぇよ」
勝己は即答した。
「誰が相手でも同じだって言ってんだ」
「…………」
完全に。
話が噛み合っていない。
切島が小声で、
「……あいつら、煽る相手間違えてねぇか?」
と呟いた。
麗日も、
「うん……なんか、二人とも全然違うところ見てるよね」
出久は困ったように笑った。
「だって……」
B組の生徒を見る。
「私たちは、ヒーローになるためにここにいるから」
その言葉に。
B組は何も返せなかった。
B組が帰った後。
教室には、妙な空気が残っていた。
「……なんか、不思議な感じだったね」
麗日が言う。
「体育祭なんだから、勝ちたいって思うのは普通だと思うけど」
「それは俺も思うぞ」
切島が言った。
「でも、お前らはなんつーか……」
少し考えて。
「体育祭を目的にしてないんだな」
「うん」
出久は頷く。
「体育祭で勝つことは大事だよ」
「でも、それがヒーローになることじゃないから」
勝己も、
「当たり前だ」
と続ける。
「俺らはヒーローになる」
「そのために強くなる」
「体育祭だろうが訓練だろうが、同じだ」
出久が笑う。
「うん」
二人は顔を見合わせる。
いつものように。
そして。
体育祭前日。
放課後の訓練を終えた二人は、いつもの道を歩いていた。
夕暮れ。
並んだ影が、長く伸びている。
「……明日だね」
出久が言う。
「何が」
「体育祭」
「……ああ」
少しだけ間が空く。
「楽しみだね」
出久が笑った。
勝己は前を向いたまま、
「……負けんなよ」
と言う。
「勝己こそ」
「当然だ」
二人は、それ以上何も言わなかった。
体育祭のために。
特別なことをする必要はない。
今日まで積み重ねてきたものを。
明日、出せばいい。
二人にとって。
雄英体育祭は、夢への近道ではない。
誰かに認めてもらうためだけの舞台でもない。
ヒーローになる。
そのために必要なものを、一つずつ積み重ねていく。
その先に――。
未来がある。
「行こう、勝己」
「ああ」
二人は、いつものように並んで歩き出した。