第一章 選手宣誓
雄英高校体育祭。
その日。
雄英高校のスタジアムには、これまでとは比べものにならないほどの人が集まっていた。
観客席を埋め尽くす、大勢の観客。
会場の至るところに設置されたカメラ。
そして。
全国から集まったプロヒーローたち。
誰もが。
これから始まる戦いを見ようとしている。
その中心に。
雄英高校一年A組の生徒たちが立っていた。
出久の隣には、いつものように勝己がいた。
「……緊張してんな」
「え?」
出久が隣を見る。
「顔に出てる」
「そんなに?」
「少しな」
「……そっか」
出久は、小さく息を吐いた。
もう一度。
目の前に広がる景色を見る。
これだけ大勢の人に見られるのは、初めてだった。
テレビカメラも。
プロヒーローも。
観客も。
みんなが、自分たちを見ている。
少しだけ。
胸が高鳴った。
けれど。
「……でも、楽しみ」
出久は、笑った。
「ならいい」
勝己は、それだけ言った。
やがて。
開会式が始まる。
司会を務める教師が、体育祭の開催を宣言する。
会場が、大きな歓声に包まれた。
その歓声が少しずつ落ち着いていく。
そして。
「それでは――選手宣誓!」
その言葉と同時に。
A組の生徒たちが、ざわめいた。
「……あれ?」
「爆豪くんじゃないの?」
「確か、予定では……」
何人かの視線が、勝己へ集まる。
勝己は、特に気にした様子もなく答えた。
「変更になった」
「変更?」
「じゃあ、誰がやるの?」
勝己は、隣を見る。
「……出久」
「え?」
出久が、少しだけ目を丸くする。
けれど。
これは突然決まったことではない。
数日前。
体育祭について説明された日の放課後。
教室に残っていた二人は、選手宣誓について話していた。
「本当に私でいいの?」
「ああ」
「勝己がやる予定だったんでしょ?」
「ああ」
「じゃあ、どうして?」
勝己は、少しだけ黙った。
そして。
「……お前が言った方が、届く」
「届く?」
「何が?」
「……自分で考えろ」
「えぇ……」
出久は、困ったように眉を下げる。
少し考える。
そして。
「でも……」
勝己を見る。
「分かった」
「何がだ」
「ちゃんと、私の言葉で話す」
「……ああ」
――そして。
今。
出久は、一歩前へ出た。
大勢の観客が見ている。
無数のカメラが向けられている。
それでも。
出久は、逃げなかった。
マイクの前に立つ。
一度だけ。
深く息を吸った。
そして。
「宣誓」
声が、スタジアムへ響く。
「私たち選手一同は、正々堂々と競技に挑み、これまで積み重ねてきた力を出し切ることを誓います」
一度。
言葉を切る。
ここまでは。
普通の選手宣誓だった。
けれど。
出久には。
どうしても伝えたいことがあった。
「……最後に」
出久は、観客席を見る。
「私は、一つだけ伝えたいことがあります」
会場が静かになる。
出久は、ゆっくりと口を開いた。
「私は――無個性です」
ざわ。
その一言が。
広いスタジアムへ広がった。
「無個性……?」
「本当に?」
「雄英に無個性の生徒が?」
驚きの声。
戸惑いの声。
いくつもの声が、観客席から漏れる。
けれど。
出久は、その声に飲まれなかった。
「私も、昔は……」
ほんの少し。
言葉が止まる。
「自分には無理なんじゃないかって、思っていました」
無個性。
それだけで。
夢を諦める理由になる。
そう思っていた時期が、確かにあった。
けれど。
「それでも、私はここまで来ました」
出久は、前を向く。
「雄英に入って」
「仲間と出会って」
「もっと強くなりたいと思って」
「今日、この場所に立っています」
一つ。
一つ。
自分の言葉で。
ここまで歩いてきた道を。
出久は、ゆっくりと言葉にしていく。
そして。
「だから」
出久は、マイクを握り直した。
「もし、今」
「自分には無理だと思っている人がいるなら」
「諦めないでほしい」
静かな声だった。
けれど。
その言葉は、はっきりと届いた。
「無個性でも」
「自分の個性に悩んでいても」
出久は、観客席を見る。
「それだけで、夢を諦める理由にはならないと思います」
会場が静かだった。
誰も。
出久の言葉を遮らない。
出久は、一度だけ目を閉じる。
そして。
「私は――」
目を開く。
「これからも、ヒーローを目指します」
迷いはなかった。
「だから、見ていてください」
真っ直ぐに。
前を向く。
「無個性の私でも、ここまで来られるってことを」
そして。
「そして――」
ほんの少しだけ。
出久は笑った。
「私が、どんなヒーローになるのかを」
その言葉が。
静かな会場へ響いた。
数秒。
誰も動かなかった。
誰も。
何も言わなかった。
ただ。
出久の言葉を受け止めるように。
静寂が続いた。
そして。
パチ。
どこかから。
小さな拍手が聞こえた。
一つ。
また一つ。
拍手が増えていく。
やがて。
大きな拍手が、スタジアム全体へ広がっていった。
出久は、その場に立ったまま。
静かに頭を下げる。
そして。
選手たちの列へ戻った。
隣には。
いつものように勝己がいる。
「……お疲れ」
「うん」
出久は、勝己を見る。
「どうだった?」
「よかった」
「本当?」
「ああ」
「……ありがとう」
「……ああ」
それだけ。
けれど。
出久には、それで十分だった。
自分の言葉を。
自分の声で。
大勢の人へ届けることができた。
そして。
ここからが、本番だ。
司会の声が。
再びスタジアムへ響き渡る。
「さあ、それでは早速いきましょう!」
観客席から、再び大歓声が上がる。
「雄英高校体育祭――!」
出久は、前を向く。
勝己も、前を向く。
「第一種目――!」
スタジアム全体が、熱気に包まれる。
「障害物競走!!」
歓声が爆発した。
体育祭が。
今、始まる。