無個性の私と、幼馴染のかっちゃん   作:千遇万歩

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第四章 はじめてのケンカ

 

朝。

 

双葉幼稚園の園庭は、今日も子どもたちの元気な声であふれていた。

 

「かっちゃん!」

 

門をくぐるなり、出久は嬉しそうに手を振る。

 

少し離れた場所で靴を履き替えていた勝己は、その声に振り向いた。

 

「おう。」

 

短い返事。

 

それでも出久は満面の笑みになる。

 

二人は自然と並んで園庭を歩き始めた。

 

もう、それが当たり前になりつつあった。

 

「今日は何見る?」

 

出久が尋ねる。

 

勝己は少し考えてから答えた。

 

「昨日とは違う場所。」

 

「なんかいるかもしれねぇ。」

 

「うん!」

 

出久も元気よくうなずく。

 

二人は園庭の奥、小さな木立の方へ向かった。

 

そこは、普段あまり子どもたちが来ない静かな場所だった。

 

落ち葉をめくり、小枝をどかし、土をそっとのぞき込む。

 

「いた!」

 

勝己が声を上げる。

 

木の根元を、小さな黒い虫がゆっくり歩いていた。

 

「何だろ?」

 

出久が首をかしげる。

 

勝己は少し目を輝かせる。

 

「捕まえてみよう。」

 

そう言って、そっと両手を伸ばした。

 

その瞬間。

 

「だめ!」

 

出久が思わず声を上げた。

 

勝己の手が止まる。

 

「……なんで?」

 

出久は虫を見つめながら言った。

 

「びっくりしちゃう。」

 

「かわいそう。」

 

勝己は眉をひそめる。

 

「捕まえるだけだ。」

 

「すぐ離す。」

 

「でも……。」

 

出久は首を横に振る。

 

「いや。」

 

「逃げたいかもしれない。」

 

勝己は少しだけむっとした顔になる。

 

「そんなの分かんねぇだろ。」

 

「分かるもん。」

 

「分かんねぇ。」

 

「分かる!」

 

二人の声が、少しだけ大きくなった。

 

しばらく見つめ合う。

 

昨日までの穏やかな空気とは、少し違う。

 

勝己は腕を組んだ。

 

「じゃあ、見てるだけか?」

 

「うん。」

 

出久は迷わずうなずく。

 

「見るだけでいい。」

 

「……。」

 

勝己は何も言わない。

 

少しだけ口を尖らせる。

 

「つまんねぇ。」

 

ぽつりとつぶやく。

 

出久は思わず目を見開いた

 

その一言が、出久の胸に小さく刺さった。

 

「つまんなくない。」

 

「楽しいもん。」

 

「俺は楽しくねぇ。」

 

勝己はくるりと背を向けた。

 

「もういい。」

 

そう言って、一人で歩き出す。

 

「かっちゃん!」

 

出久が呼ぶ。

 

でも勝己は振り返らなかった。

 

その背中を見送りながら、出久は小さく唇を結ぶ。

 

胸の奥が、少しだけ痛かった。

 

昨日まで当たり前だった「隣」が、

 

今日は少しだけ遠く感じた。

 

勝己が行ってしまったあとも、出久はその場に立ち尽くしていた。

 

さっきまで歩いていた虫は、もう落ち葉の陰へ隠れてしまっている。

 

「……。」

 

胸の中が、もやもやする。

 

「いずくちゃん?」

 

保育士が近づいてきた。

 

「どうしたの?」

 

出久は小さく首を振る。

 

「なんでもない。」

 

そう答えたものの、いつもの笑顔はなかった。

 

---

 

一方その頃。

 

勝己は園庭の反対側で、一人ブランコに座っていた。

 

ぎい。

 

ぎい。

 

ゆっくり揺れる。

 

「……。」

 

なんだか面白くない。

 

虫を捕まえて、一緒に見たかっただけだ。

 

泣かせるつもりも、困らせるつもりもなかった。

 

なのに。

 

「……。」

 

出久の「だめ」という声が、頭から離れなかった。

 

---

 

昼食の時間。

 

いつもなら自然と隣に座る二人だった。

 

今日は違う。

 

出久は窓際。

 

勝己は反対側。

 

どちらも、ちらちらと相手を見てしまう。

 

でも、目が合う前に逸らしてしまう。

 

保育士は、その様子を少し不思議そうに見つめていた。

 

---

 

午後。

 

自由遊び。

 

勝己は何となく木陰の方へ歩いていく。

 

昨日、ダンゴムシを見た場所。

 

そして今日も。

 

そこには、小さな背中があった。

 

出久だった。

 

しゃがみ込んで、葉っぱの下をのぞいている。

 

勝己は少しだけ立ち止まる。

 

「……。」

 

何と言えばいいのか分からない。

 

謝るのも違う気がする。

 

でも、このまま帰るのも違う。

 

しばらく黙っていたあと、

 

勝己は足元を指差した。

 

「いずく。」

 

出久が振り向く。

 

「ん?」

 

「ほら。」

 

見ると、小さなテントウムシが葉っぱの上を歩いていた。

 

出久の表情がぱっと明るくなる。

 

「かわいい!」

 

思わず笑顔になる。

 

勝己も、その顔を見て少しだけ笑った。

 

「今日は捕まえねぇ。」

 

ぶっきらぼうに言う。

 

「見るだけ。」

 

出久は少し目を丸くした。

 

それから、ゆっくりとうなずく。

 

「うん。」

 

「ありがとう。」

 

勝己は照れくさそうに鼻を鳴らした。

 

「別に。」

 

今度は出久が少し考える。

 

そして、小さく言った。

 

「……でもね。」

 

「かっちゃんが捕まえたい気持ちも、ちょっと分かった。」

 

勝己は驚いたように出久を見る。

 

「ちゃんと見たかったんだよね。」

 

「……まぁ。」

 

「そう。」

 

二人は顔を見合わせる。

 

そして、どちらからともなく笑った。

 

その笑顔は、朝より少しだけ優しかった。

 

夕方。

 

帰る時間。

 

園庭を出る前、出久がぽつりと言う。

 

「ケンカしちゃったね。」

 

勝己は少しだけ考え、

 

「したな。」

 

と答えた。

 

「でも。」

 

出久は続ける。

 

「また明日、一緒に遊ぼう?」

 

勝己は迷わなかった。

 

「あぁ。」

 

「また明日。」

 

二人は並んで手を振る。

 

春風が、二人の間を通り抜けていく。

 

友達になれば、ずっと同じ気持ちでいられるわけじゃない。

 

考え方が違う日もある。

 

ぶつかる日もある。

 

それでも、

 

もう一度隣に座りたいと思えるなら。

 

その気持ちはきっと、

 

昨日より少しだけ強い"友達"になれた証だった。

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