「それにしても、緑谷すげぇな!」
切島が、フィールドを見ながら声を上げる。
「格闘技やってるって聞いてたけど、あそこまで強いとは思わなかったぜ!」
「ロープのやつも凄かったよね!」
芦戸も続く。
「普通の綱渡りじゃなかったし!」
「ロープブリッジ渡過ね」
蛙吹が言う。
「消防隊なんかが使う技術だって、相澤先生も言ってたわ」
「へぇ……」
瀬呂が感心したように出久を見る。
「緑谷って、いつの間にあんなの覚えたんだよ」
「爆豪くんは知ってた?」
麗日が尋ねる。
勝己は、特に驚く様子もなく答えた。
「必要だから覚えただけだ」
「独学?」
「ああ」
「……マジかよ」
「それに」
「昔から鍛えてるからな」
「格闘技なら、半端な奴じゃ敵わねぇ」
切島が苦笑する。
「相変わらずすげぇな、緑谷」
「緑谷さんの次は、爆豪くんと常闇くんだよね?」
麗日が言う。
「ああ」
勝己が答える。
「でも、相性よくね?」
瀬呂がフィールドを見る。
「爆豪の爆発って、常闇にはかなりキツいだろ」
「確かに!」
芦戸が頷く。
「光と爆発だもんね!」
勝己は。
何も言わなかった。
ただ。
フィールドを見ていた。
そこには。
出久の姿があった。
そして。
その時。
「さあ――!」
プレゼント・マイクの声が、スタジアムへ響き渡る。
「続いては、準決勝第一試合だァァァ!!」
観客席が沸く。
---
その頃。
全国では。
テレビ。
スマートフォン。
パソコン。
様々な場所で。
彼女の姿を見ている人たちがいた。
「……凄いな」
誰かが呟く。
「無個性なんだろ?」
「それなのに……」
画面の中で。
緑谷出久は。
個性を持つ生徒たちと戦っていた。
逃げているわけではない。
怯えているわけでもない。
真正面から。
自分の力で。
戦っている。
「……あんな個性の中で」
「引けを取ってない」
別の場所で。
誰かが呟いた。
「私……」
「昔から、個性のことで馬鹿にされてきたけど」
画面には。
フィールドを走る彼女の姿があった。
「なんか……」
「自分たちの代わりに、戦ってくれてるみたい」
別の場所。
職場で。
学校で。
家で。
それぞれの日常を送っている人たちが。
彼女を見ていた。
個性の強さ。
社会の中での立場。
周囲からの評価。
それらに。
少しずつ差を感じながら生きている人たち。
そんな人たちにとって。
彼女の姿は。
どこか特別だった。
「……一発くらい」
「世の中に、お見舞いしてほしいよな」
そんな。
少しだけ危うい言葉も。
どこかから聞こえた。
でも。
誰もが。
分かっていた。
彼女は。
誰かを恨んでいるわけではなかった。
復讐しようとしているわけでもない。
ただ。
自分の力で。
正々堂々と。
目の前の相手と戦っている。
その姿を見て。
「……違うな」
誰かが呟く。
「自分が、なりたいもののために戦ってるんだ」
だからこそ。
尊敬できた。
だからこそ。
応援したくなった。
だからこそ。
彼女が勝つところを。
見届けたくなった。
そして。
その彼女の前に。
立ちはだかるのは。
轟焦凍。
強力な個性を持つ。
誰が見ても。
圧倒的な強者。
「……次は轟か」
「さすがに無理だろ」
「勝てるはずがない」
そんな声が。
あちこちから聞こえる。
無個性。
対する相手は。
圧倒的な個性を持つ。
勝てる確率なんて。
殆どない。
そう思われていた。
それでも。
誰もが。
画面から目を離せなかった。
「……でも」
「彼女なら」
「何かしてくれるかもしれない」
そう思わせる何かが。
緑谷出久にはあった。
そして。
スタジアムでは。
二人が。
フィールド中央で向かい合っていた。
---
「――始め!」
その瞬間。
轟の足元から。
巨大な氷が走った。
「……!」
出久が横へ飛ぶ。
氷が。
すぐ脇を通り抜ける。
さらに。
もう一度。
氷が伸びる。
出久は走る。
横へ。
前へ。
斜めへ。
次々と迫る氷を。
紙一重で避けていく。
轟は。
止まらない。
氷。
また氷。
さらに氷。
フィールドそのものが。
少しずつ白く染まっていく。
出久の足元へ。
氷が迫る。
「……っ!」
跳ぶ。
着地。
その瞬間。
足首に。
氷が触れた。
「……くっ」
出久は。
そのまま走る。
けれど。
完全には避けきれない。
腕。
肩。
脚。
少しずつ。
氷が掠めていく。
「……やっぱり」
観客席から。
声が漏れる。
「無理なんじゃないか?」
「轟の攻撃、止まらないぞ」
「近づけてすらない」
画面の前でも。
同じような声が上がる。
「さすがに……」
「これじゃ勝てないだろ」
轟は。
さらに氷を放つ。
出久は。
避ける。
走る。
また避ける。
けれど。
そのたびに。
小さな傷が増えていく。
制服の一部も凍りつき。
冷気が肌に刺さる。
それでも。
出久は。
倒れなかった。
一歩。
また一歩。
動き続ける。
轟が。
腕を振る。
巨大な氷が。
再び地面を走る。
出久が跳ぶ。
そのまま。
空中で身体を捻る。
着地。
走る。
「……まだ」
小さく。
出久が呟いた。
轟は。
それを聞いていない。
また。
氷を放つ。
その繰り返し。
何度も。
何度も。
フィールドを。
氷が更に覆っていく。
そして。
少しずつ。
変化が現れ始めた。
「……?」
観客席の誰かが。
違和感に気づいた。
轟の動きが。
ほんの少しだけ。
遅くなっている。
腕を振る。
氷が出る。
その間に。
わずかな間がある。
呼吸も。
少し荒そうに見える。
出久は。
それを見ていた。
攻撃を避けながら。
ずっと。
見ていた。
相手の動き。
呼吸。
足の運び。
氷を生み出す間隔。
氷を生み出す時間。
一つ。
また一つ。
出久は。
情報を積み重ねていた。
そして。
出久の目が。
鋭くなる。
解説席。
相澤も。
フィールドを見つめていた。
そして。
気づく。
「……違う」
プレゼント・マイクが振り向く。
「何がだ!?」
相澤は。
静かに答えた。
「緑谷は、ただ避けてるんじゃない」
「……!」
「待ってるんだ」
出久は。
走っている。
逃げているようにも見える。
けれど。
違う。
轟の攻撃を。
全部。
見ている。
そして。
その瞬間を。
待っている。
轟が。
また腕を振った。
氷が走る。
出久が。
横へ避ける。
そして。
轟の動きが。
一瞬。
鈍くなった。
「――今」
出久が。
地面を蹴った。
一気に。
距離を詰める。
「なっ――!」
轟が。
反応する。
けれど。
遅い。
出久が。
轟の身体へ飛び込む。
「――っ!」
両腕で。
身体を抱え込み。
そのまま。
勢いを殺さず。
身体を回す。
轟の身体が。
浮いた。
タックルからの。
担ぎ上げ。
「な――!」
次の瞬間。
轟の身体が。
地面へ叩きつけられた。
ドンッ!
轟の側頭部が。
地面へ叩き付けられる。
「ぐっ……!」
観客席から。
悲鳴が上がった。
出久は。
止まらない。
そのまま。
轟の上へ乗る。
馬乗りの態勢。
左肘で。
轟の頭部を押さえる。
逃げようとする動きを。
封じる。
そして。
右拳を握った。
一発目
ドゴッ!
拳が。
轟の顔へ入る。
人を殴る鈍い音が響く。
「ぐっ……!」
二発目
ドゴッ!
再び。
拳が振り下ろされる。
地面へも。
轟の頭部が。
叩き付けられる。
三発目
ドゴッ!
鈍い音が響く。
「うおおおおおっ!!」
プレゼント・マイクが叫ぶ。
「緑谷選手、まさかのマウントポジションからの猛攻ォォォ!!」
しかし。
「……これ以上は!」
轟は。
力任せに。
上体を起こす。
出久の身体が。
揺れる。
そのまま。
轟が。
身体を捻った。
「――っ!」
出久が。
振り落とされる。
轟は。
荒い呼吸をしながら。
上体を起こした。
その瞬間。
出久は。
轟の背後へ。
回り込んだ。
そして。
背中から。
腕を回す。
首へ。
片腕を深く差し込む。
もう片方の腕で。
その腕を固定する。
身体を密着させ。
完全に。
背後を取った。
裸締め。
轟の頸動脈や気管が悲鳴をあげる。
「……!」
轟が。
腕を掴む。
引き剥がそうとする。
けれど。
出久は離さない。
プレゼント・マイクが叫ぶ。
「緑谷選手、バックチョークだァァァ!!」
「お手本のようなチョークだな。」
相澤も評価する。
轟の。
呼吸が。
少しずつ。
苦しくなる。
動きが。
鈍くなる。
「……くっ」
轟が。
必死に。
身体を動かす。
けれど。
出久は。
さらに力を込める。
轟の意識が。
少しずつ。
遠くなる。
「……っ、ぐ……」
その瞬間。
出久の身体が。
凍り始めた。
「――!?」
冷気が。
一気に広がる。
出久の腕。
肩。
背中。
脚。
身体全体へ。
氷が。
一気に張り付いていく。
「緑谷ァ!」
誰かが叫ぶ。
「危ない!」
観客席が。
騒然となる。
ミッドナイトも。
一歩前へ出る。
止めなければならない。
けれど。
その瞬間。
出久の声が。
「……逃さないよ」
静かに響いた。
氷に覆われながら。
それでも。
腕を離さない。
轟の首を。
締め続ける。
「……!」
轟の意識が。
さらに遠くなる。
視界が。
暗くなる。
身体が。
動かない。
このままでは。
本当に。
意識を失う。
その瞬間。
轟の半身から。
炎が噴き出した。
無意識下での。
生存本能。
「――!」
赤い炎が。
轟の身体を包む。
凍り付いた出久の身体を。
一気に溶かしていく。
氷が。
溶ける。
水滴となって。
落ちていく。
そして。
白い水蒸気が。
二人を包み込んだ。
炎の光が。
残った氷へ反射する。
水滴を含んだ氷が。
光を受け。
まるで。
宝石のように輝く。
白い蒸気。
赤い炎。
青白い氷。
その中心で。
二人の姿が。
ぼんやりと浮かんでいた。
まるで。
神話の一場面のような。
神々しさを感じさせる。
---
やがて。
炎が消える。
水蒸気が。
少しずつ晴れていく。
その中から。
姿を現したのは。
倒れている轟。
そして。
荒い呼吸を繰り返す。
出久だった。
身体には。
氷の跡。
傷。
疲労。
そして。
熱影響を受けた。
赤い皮膚。
もう。
姿勢を保つことすら。
苦しい。
それでも。
出久は。
残った力を振り絞る。
片手だけを。
ゆっくりと。
天へ伸ばした。
「――!」
ミッドナイトが。
出久を見る。
そして。
轟を見る。
「……戦闘不能!」
一瞬。
会場が静まり返る。
そして。
「勝者――!」
プレゼント・マイクが。
声を張り上げた。
「緑谷出久ゥゥゥ!!」
爆発するような。
大歓声。
今日。
このスタジアムで。
一番大きな歓声だった。
出久は。
その声を聞きながら。
ゆっくりと。
観客席を見る。
そして。
探す。
いつもの場所。
いつもの人。
――いた。
勝己。
視線が。
重なる。
出久の顔に。
小さな笑顔が浮かんだ。
そして。
その直後。
出久の身体から。
ゆっくりと。
力が抜けた。
その場へ。
崩れ落ちる。
「……!」
勝己が。
誰よりも早く。
動いた。
観客席から。
飛び出す。
そして。
フィールドへ向かって。
全力で駆けた。