目を覚ました。
白い天井が見える。
「……?」
出久は、ぼんやりと目を開けた。
ここは。
どこだろう。
身体を動かそうとする。
けれど。
全身が重い。
「……っ」
そこで。
少しずつ記憶が戻ってくる。
体育祭。
準決勝。
轟くんとの戦い。
氷。
炎。
そして――。
「……そうか」
出久は、小さく呟いた。
「私……試合のあと、運ばれたんだ」
その声に。
近くで作業していた人物が気づく。
「気がついたかい」
出久が顔を向ける。
そこには、小柄な老女が立っていた。
雄英高校の看護教諭。
リカバリーガールこと、修善寺治与。
彼女の個性「癒し」は、対象者自身が持つ治癒力を一時的に大きく活性化させるもの。
傷を瞬く間に治すこともできる。
ただし。
それには、治癒される本人の体力が必要になる。
つまり。
どんな傷でも、無条件に治せるわけではない。
「ずいぶん無茶したね」
「……修善寺先生」
出久は、苦笑する。
「すみません」
「謝るくらいなら、最初から無茶をするんじゃないよ」
そう言いながら。
リカバリーガールは、出久の身体を見る。
「全身にあれだけ炎を浴びたんだ」
「氷がなかったら、大火傷だけじゃ済まなかっただろうね」
「……」
「幸い、私の個性で傷はほとんど残らないところまで治してある」
「親御さんに感謝するんだね」
「丈夫な身体に産んでもらったことをさ」
「……はい」
「ありがとうございます」
そこで。
少しだけ。
間が空く。
リカバリーガールの表情が。
少しだけ曇った。
「……それでね」
「はい?」
言いにくそうに。
口を開く。
「あんたの身体には、もうほとんど体力が残ってない」
「……」
「私の個性で治療することはできても、体力そのものを作り出すことはできない」
そして。
はっきりと。
「だから、これ以上の試合を今日続けることは認められないよ」
出久は。
黙った。
「……ということは」
少しだけ。
声が震える。
「決勝には……出られない」
「そういうことだね」
「……」
「残念だろうけど」
リカバリーガールは、優しく言う。
「今は受け止めな」
「……そうですか」
それ以上。
出久は何も言わなかった。
リカバリーガールは。
その様子を見て。
これ以上は何も言わず、席を立つ。
「じゃあ、私は――」
「……あの!」
出久が声を上げた。
「ん?」
「他の準決勝は、どうなりましたか?」
「準決勝かい?」
「はい」
リカバリーガールは少し考える。
「ああ」
そして。
「あの爆発の個性の子が勝ってたよ」
「爆豪くんですよね」
「そう」
「さっきまで、ここにいたんだけどね」
「試合に呼ばれて出ていって」
「すぐに勝ってたよ」
「……そうなんだ」
出久が少し笑う。
「もう少ししたら、また来るんじゃないかね」
そのとき。
コンコンコン。
扉が叩かれた。
「失礼します」
扉が開く。
「……あ」
「……あ」
二人の声が重なった。
勝己だった。
リカバリーガールは二人を見比べる。
そして。
「何かあったら呼びな」
そう言って。
医務室を出ていった。
扉が閉まる。
二人きり。
勝己が。
ゆっくりと出久のところまで歩いてくる。
「……準決勝、勝ったんだね」
「ああ」
「……よかった」
出久が笑う。
けれど。
勝己は。
何も言わない。
ただ。
出久を見ている。
「……心配したぞ」
「……」
「目ぇ覚ましてよかった」
出久の笑顔が。
少しだけ揺れる。
「……心配かけて、ごめん」
「……」
しばらく。
二人の間に。
何も言葉がなかった。
そして。
出久が。
小さく口を開く。
「……あのね」
「ん」
「私」
少しだけ。
息を吸う。
「決勝、出られないって」
「ああ」
「聞いてる」
「常闇も出られそうにないから」
「轟とやることになった」
「……そっか」
出久は。
天井を見る。
「何だかなぁ……」
少しだけ。
明るい声を作る。
「私って、いつもこうだよね」
「大事なときに、動けなくなる」
「……」
「かっちゃんと」
そこで。
言葉が止まる。
しばらく。
沈黙。
そして。
「……決勝、出たかったな」
涙が。
ぽろぽろと。
こぼれた。
「かっちゃんと……決勝に出たかった」
「せっかく、ここまで来れたのに」
「やっと私も……」
声が。
震える。
出久は。
布団で顔を覆った。
「……ごめんね」
「決勝前なのに」
勝己は。
何も言わなかった。
ただ。
しばらく。
出久の声を聞いていた。
そして。
そっと。
出久の頭へ手を置く。
「気にすんな」
「……」
「出久は、よくやったよ」
布団の中から。
小さな声。
「……ほんと?」
「ああ」
勝己は。
静かに言う。
「誰も咎めやしねぇ」
「……そんな奴がいたら」
「俺がぶっ飛ばす」
出久は。
何も言わない。
勝己の手だけが。
頭の上にある。
「俺ら、二人でヒーローだろ」
「……」
「お前の分も、戦ってくる」
勝己が。
ゆっくり手を離す。
「ちゃんと」
一歩。
出口へ向かう。
「見とけよ」
扉へ。
手を伸ばす。
そのとき。
「……かっちゃん」
布団から顔を出さないまま。
出久が呼ぶ。
勝己が。
振り返る。
「ん」
少しだけ。
間があって。
「……頑張ってね」
勝己は。
一瞬だけ。
出久を見る。
そして。
「……ああ」
扉を開ける。
「行ってくる」
扉が閉まる。
医務室に。
静けさが戻った。
出久は。
布団の中で。
静かに涙を拭った。
その頃。
勝己は。
決勝の舞台へ向かっていた。
胸の中に。
まだ。
言葉にならない感情を抱えたまま。