無個性の私と、幼馴染のかっちゃん   作:千遇万歩

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第七部 インターン編
第一章 体育祭の、その先


 

雄英体育祭が終わって、数日。

 

あれほど大きな歓声に包まれていた雄英高校にも、少しずついつもの日常が戻り始めていた。

 

生徒たちは授業を受け、放課後にはそれぞれの訓練へ向かう。

 

体育祭で注目を集めたことも、少しずつ過去の出来事になりつつある。

 

――ただ。

 

雄英高校の職員室には、まだ体育祭の余韻が残っていた。

 

机の上には、体育祭に関する資料。

 

そして、その横には――普段なら見ることのないほどの数の封筒が積まれている。

 

「いやぁ……まさか、ここまでとはねぇ」

 

根津校長が、積み上げられた封筒を眺めながら呟いた。

 

「……そんなことが……」

 

資料に目を通していたオールマイトが、思わず声を漏らす。

 

「緑谷少女の言葉が、これほど多くの人々に届いていたとは……」

 

「そうなんだよねぇ」

 

根津は、一番上にある封筒を手に取った。

 

「体育祭が終わってから、雄英に届く便りがかなり増えている」

 

「……これほどの数が?」

 

オールマイトが、机の上を見る。

 

「うん」

 

根津は頷いた。

 

「もちろん、雄英高校そのものに対するものもある。でもねぇ――」

 

根津は別にまとめられていた封筒の束を取り出した。

 

「かなりの数が、緑谷さん宛てなんだ」

 

「緑谷少女に……」

 

オールマイトが、改めて封筒を見る。

 

「無個性を公表したことが、やはり大きかったのでしょうか」

 

「それもあるだろうねぇ」

 

根津が頷く。

 

「でも、それだけじゃないと思うよ」

 

相澤が資料から顔を上げた。

 

「……体育祭での結果、ですか」

 

「そう」

 

根津は笑った。

 

「体育祭で勝ち上がったことも、もちろん大きい。でも、それだけじゃないんだよねぇ」

 

根津は、手紙の束へ視線を向ける。

 

「無個性であることを隠さず、それでもヒーローを目指すと言った」

 

「そして、自分と同じように個性に悩んでいる人たちにも、自分の言葉を届けた」

 

一度、言葉を切る。

 

「そのうえで――実際に、結果で示してみせた」

 

オールマイトが静かに頷く。

 

「……言葉だけでは、ここまでにはならなかったでしょうね」

 

「うん」

 

根津は楽しそうに笑った。

 

「言葉と、行動。その両方があったからこそ、なんじゃないかな」

 

「……」

 

オールマイトは、一通の手紙を手に取った。

 

表には、少しだけ不慣れな文字で。

 

『緑谷出久さんへ』と書かれている。

 

「……彼女が、誰かの背中を押した」

 

オールマイトが、静かに呟いた。

 

「そういうこと、なのでしょうか」

 

「僕は、そう思っているよ」

 

根津は手紙の束を見ながら答えた。

 

「それからねぇ。もう一つ、少し気になる変化がある」

 

「気になる変化?」

 

根津が別の資料を取り出す。

 

「体育祭の前後で、いくつかの地域の犯罪発生率が、ほんの僅かだけど下がっている」

 

相澤が資料へ目を向ける。

 

「……誤差の範囲じゃないんですか」

 

「もちろん、その可能性もある」

 

根津はあっさり答えた。

 

「体育祭と犯罪発生率に直接の因果関係がある、なんて言うつもりはないよ。まだ材料が足りないからねぇ」

 

「なら、騒ぐほどのことでもないでしょう」

 

「そうだねぇ」

 

根津は頷く。

 

「ただ――同じ時期に、もう一つ気になることがある」

 

根津が資料を一枚めくる。

 

「ヒーロー殺し。ステインについてだ」

 

職員室の空気が、わずかに変わった。

 

「……ステイン」

 

オールマイトが、その名を繰り返す。

 

「体育祭の前後にはねぇ、彼が動く可能性もあるんじゃないかと、少し警戒していたんだけどねぇ」

 

根津は資料をめくる。

 

「ところが、今のところ新たな事件は起きていない」

 

「……」

 

相澤は資料へ目を落とす。

 

「まだ、情報が足りません」

 

「うん」

 

「動いていないと決めるべきでもないでしょう」

 

「そうだねぇ」

 

根津は頷く。

 

「まあ、僕としては少し気になっている。けれど――」

 

相澤が続ける。

 

「警戒を続ける。それでいいと思います」

 

根津は少しだけ笑った。

 

「うん。その通りだねぇ」

 

それだけ言って、根津はステインの資料を閉じた。

 

そして、再び机の上の手紙へ目を向ける。

 

「さて――」

 

「……警戒すべきことがある一方で」

 

「体育祭の後には、良い変化も起きている」

 

相澤が黙って根津を見る。

 

「緑谷さんのことだよ」

 

「……」

 

「オールマイトが、力によって人々に安心を与える『平和の象徴』だとすれば――」

 

少しだけ間を置く。

 

「緑谷さんは、別の形で人々の心を動かしているのかもしれないねぇ」

 

「心を……」

 

オールマイトが、その言葉を繰り返す。

 

「極端な言い方だけどね」

 

根津はいつもの柔らかな笑みを浮かべる。

 

「彼らの心の拠り所になる――『心のヒーロー』が現れた」

 

「そう考えてもいいのかもしれないねぇ」

 

「……心のヒーロー」

 

オールマイトは、その言葉を繰り返した。

 

「ですが――」

 

相澤が口を開く。

 

「本人は、そんなことを考えていないでしょう」

 

「うん」

 

根津は即答した。

 

「僕もそう思うよ」

 

「なら、なおさら慎重にした方がいい」

 

相澤は続ける。

 

「本人が望んでいないことを、周囲が勝手に背負わせるべきじゃない」

 

「その通りだねぇ」

 

根津は頷いた。

 

「だから、僕たちが決めることではない」

 

机の上の手紙を見る。

 

「ただ――」

 

「せっかく生まれたこの変化を、本人の知らないところで終わらせてしまうのも、少しもったいないと思わないかい?」

 

相澤が少し考える。

 

「……本人に選ばせるなら」

 

「うん」

 

根津は笑う。

 

「これからどうしていくのかも含めて、緑谷さん自身に決めてもらおう」

 

「それなら――」

 

相澤が立ち上がる。

 

「俺から話します」

 

「頼んだよ」

 

その時、オールマイトが静かに口を開いた。

 

「……緑谷少女が、何を選ぶのか」

 

二人がオールマイトを見る。

 

「私も、見守りたいと思います」

 

根津は微笑んだ。

 

「うん。それが一番だねぇ」

 

放課後。

 

雄英高校の廊下。

 

「緑谷」

 

「はい?」

 

出久が振り返る。

 

「少し話がある」

 

「はい」

 

相澤に呼ばれ、出久は職員室へ向かった。

 

「失礼します」

 

「座れ」

 

「はい」

 

出久が椅子に座る。

 

相澤は、机の横に置いていたものを彼女の前へ置いた。

 

ドサッ。

 

「……?」

 

出久が目を丸くする。

 

「これ……何ですか?」

 

「お前宛ての手紙だ」

 

「私に……?」

 

「ああ」

 

出久は、束になった封筒を見る。

 

「こんなに……?」

 

「体育祭が終わってから、かなり届いている」

 

「……」

 

出久は一通の封筒を手に取った。

 

「全部、私宛てですか?」

 

「全部じゃない。学校宛てのものもある」

 

相澤は淡々と続ける。

 

「これは学校で内容を確認したものだ。お前に渡して問題ないと判断したものだけだ」

 

「……ありがとうございます」

 

「全部読めとは言わない」

 

「はい」

 

相澤は少しだけ間を置いた。

 

「ただ――」

 

出久を見る。

 

「これからヒーローとして、どうしていきたいのか」

 

「……」

 

「それも含めて、お前がどうするかは――お前が考えろ」

 

出久は、手紙の束を見つめた。

 

「……はい」

 

「話はそれだけだ」

 

「はい」

 

出久は立ち上がる。

 

「失礼します」

 

「ああ」

 

---

 

「ただいまー」

 

「おかえり、出久」

 

玄関から顔を出した引子が、娘の姿を見て微笑む。

 

「今日は遅かったわね」

 

「うん。先生と話があって」

 

出久は鞄を置く。

 

その横には、あの手紙の束。

 

「……あら?」

 

引子が目を向ける。

 

「それ、何?」

 

「これ?」

 

出久は束を持ち上げる。

 

「今日、雄英でもらったの」

 

「そんなに?」

 

「うん」

 

「何の手紙なの?」

 

「私宛てなんだって」

 

「……出久に?」

 

「うん」

 

引子は驚いたように手紙を見る。

 

「体育祭の後から、たくさん届いたんだって」

 

「そう……」

 

引子はしばらく黙っていた。

 

そして、優しく笑う。

 

「嬉しいね」

 

「うん」

 

出久も笑った。

 

「それでね」

 

「まだあるの?」

 

「うん」

 

出久は、今日相澤から言われたことを話した。

 

「先生と話をしたんだけどね」

 

「うん」

 

「これからヒーローとして、どうしていきたいのかも含めて、自分で考えろって」

 

「そうなのね」

 

「だから……」

 

出久は、手紙を見る。

 

「ちょっと、考えてみようと思ってる」

 

引子は頷く。

 

「うん。それがいいと思うわ」

 

--- 

 

出久の部屋。

 

机の上には、今日もらった手紙が並べられていた。

 

一通。

 

また一通。

 

封筒を開けていく。

 

短いものもあった。

 

『体育祭、見ました』

 

『すごかったです』

 

『これからも頑張ってください』

 

そんな言葉に、出久は小さく笑う。

 

「……ありがとう」

 

誰に聞かせるでもなく、呟く。

 

次の手紙。

 

そこには、少し違った言葉が綴られていた。

 

『私は、自分の個性が好きになれません』

 

『周りの人は、みんな私よりすごく見えて』

 

『何をやっても、自分には無理なんだと思っていました』

 

出久の目が、ゆっくりと文字を追っていく。

 

そして、また一通。

 

『でも、体育祭で緑谷さんを見ました』

 

『無個性なのに、諦めていなかった』

 

『私も、もう少しだけ頑張ってみようと思いました』

 

「……」

 

出久の手が止まる。

 

自分が体育祭で言った言葉。

 

自分が戦った姿。

 

それを見て、知らない誰かが何かを感じてくれた。

 

そのことが、少しだけ不思議だった。

 

嬉しい。

 

もちろん、嬉しい。

 

けれど――。

 

それだけではなかった。

 

出久は、机の上に残った手紙を見る。

 

まだ、読んでいないものがある。

 

一通。

 

また一通。

 

「……こんなに、たくさん」

 

自分の知らないところで。

 

自分の言葉を受け取ってくれた人がいる。

 

そう思うと、胸の奥が少しだけ温かくなった。

 

それからも、出久は手紙を読み続けた。

 

短い手紙。

 

長い手紙。

 

励ましの言葉。

 

自分自身の悩みを綴った言葉。

 

一通。

 

また一通。

 

時間を忘れるように、出久は一枚一枚に目を通していった。

 

気がつけば、机の上に積まれていた手紙も、残りわずかになっていた。

 

そして――。

 

最後に手に取った一通。

 

出久は、ゆっくりと封を開けた。

 

中には、一枚の便箋。

 

そこには、少し震えた文字が並んでいた。

 

『体育祭を見ました』

 

『私も、無個性です』

 

『でも、緑谷さんを見て――』

 

「……」

 

出久は、ゆっくりと続きを読み進めた

 

そして――。

 

出久は、便箋を胸元へそっと寄せた。

 

「……私も」

 

小さく息を吐く。

 

「ちゃんと、ありがとうって伝えたいな」

 

窓の外では、夜の街に明かりが灯り始めていた。

 

体育祭は、もう終わった。

 

けれど――。

 

出久の中では。

 

新しい一歩が、始まろうとしていた。

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