雄英高校。
放課後。
普段の授業では使われていない一室に、カメラが設置されていた。
その前に座っているのは、緑谷出久。
そして、その隣には――。
「改めて、今日はよろしくね。緑谷さん」
「よろしくお願いします、ミッドナイト先生」
ミッドナイトが笑顔を向ける。
「そんなに固くならなくても大丈夫よ」
「は、はい」
出久は少しだけ肩に力が入っていた。
それを見たミッドナイトは、柔らかく笑う。
「今日は緑谷さんが話したいことを、ゆっくり聞かせてもらうから」
「はい」
カメラの向こう。
生配信が始まる。
「それでは――」
ミッドナイトがカメラへ向き直る。
「雄英高校一年生、緑谷出久さんへのインタビューを始めます」
配信開始。
最初に表示された視聴者数は、まだ僅かなものだった。
「まずは、体育祭お疲れ様でした」
「ありがとうございます」
「体育祭では、勝ち上がりましたね」
「はい」
「……ありがとうございます」
出久は少し照れたように笑う。
「緊張は、していましたか?」
「はい。たくさんの人が見ていましたから」
「でも、始まってからは?」
「今までやってきたことを出すことに集中していました」
「なるほど」
ミッドナイトは頷く。
「今までやってきたこと、というのは――やっぱり、ヒーローになるための訓練?」
「はい」
「緑谷さんは、無個性ですよね」
「はい」
「それでも、ずっとヒーローを目指してきた」
「はい」
「どうして、そこまでヒーローになりたいと思ったの?」
出久は少し考える。
「……憧れていたからです」
「憧れ?」
「はい」
出久は頷いた。
「誰かが困っていたら助けに行って、怖がっている人がいたら安心させてくれる」
「そういうヒーローに、ずっと憧れていました」
「無個性だと分かってからも?」
「はい」
即答だった。
「今も、その気持ちは変わらない?」
「変わりません」
出久は真っ直ぐに答えた。
カメラから少し離れた場所。
相澤とプレゼント・マイクが、モニターを見ている。
「……上手いな」
プレゼント・マイクが、声を落として呟く。
「何がだ」
相澤も小声で返す。
「ミッドナイトだよ。ちゃんと緑谷の答えを拾って、次に繋げてる」
「……たしかにな」
「緊張もほぐしてるしな」
二人とも、声量には気をつけていた。
マイクに拾われれば、そのまま配信に乗ってしまう。
だから、普段よりもずっと小さな声だ。
「この調子なら、大丈夫そうだな」
「まだ始まったばかりだ」
相澤はモニターから目を離さない。
配信を見ている人間は、まだ多くない。
しかし。
SNSに一つの投稿が流れた。
『雄英の緑谷出久がインタビュー受けてる』
『あの体育祭の子?』
『無個性の子だよね』
『ちょっと見てみるか』
一人。
また一人。
少しずつ、視聴者が増えていく。
「緑谷さん自身は、無個性であることについて、どう思っていますか?」
「……昔は、悔しかったです」
出久は正直に答える。
「周りのみんなは個性を持っていて、自分だけ持っていなくて」
「できないことも、たくさんありました」
ミッドナイトは、口を挟まずに聞いている。
「でも」
出久が顔を上げた。
「無個性だからって、何もできないわけじゃないと思うようになりました」
「何か、きっかけがあったの?」
「……色々あります」
出久は少し笑う。
「家族や、友達がいてくれたことも大きかったです」
「友達?」
「はい」
「一緒にヒーローを目指している?」
「はい」
「体育祭にも出ていた――」
ミッドナイトが少し考える。
「爆豪くん?」
「はい」
出久は頷いた。
「勝己です」
「なるほどね」
ミッドナイトは笑う。
「ずっと一緒だったのね」
「はい」
「幼馴染です」
出久は、少し嬉しそうに笑った。
「昔から、ずっと一緒です」
視聴者数が増えていく。
一万。
二万。
三万。
SNSにも、少しずつ反応が増えていった。
『この子、ちゃんと自分の言葉で話してる』
『無個性なのに、っていう感じじゃないのが凄い』
『体育祭の時とはまた印象違うな』
『なんか応援したくなる』
そして。
配信を見た人間が、さらに別の人間へ伝えていく。
「では――」
ミッドナイトが次の質問へ進む。
「これから、どんなヒーローになりたいですか?」
出久の表情が変わった。
少しだけ考える。
そして。
ゆっくりと口を開いた。
「……私は」
「誰かの悩みに寄り添えるヒーローになりたいです」
「悩みに?」
「はい」
出久は頷く。
「無個性であることに悩んでいる人もいます」
「でも、個性がある人だって、その個性で悩むことがあります」
「自分の個性が怖い人」
「上手く使えなくて苦しんでいる人」
「周りから理解してもらえない人」
一つ一つ。
言葉を選びながら話す。
「そういう人たちの話を聞ける人が、もっと必要なんじゃないかなって」
「専門的には……」
少し考える。
「カウンセリングっていうのかな」
ミッドナイトが頷く。
「もちろん、私一人で全部できるとは思っていません」
「でも」
出久は真っ直ぐ前を見る。
「そういう人たちの力になれるようになりたいです」
「もちろん、専門的なことは専門家の人たちに教えてもらわないといけないと思います」
「だから、これから勉強していきたいです」
ミッドナイトは頷く。
「なるほどね」
「それに」
「ヴィランになってしまった人についても」
「悪いことをしたなら、止めなきゃいけないと思います」
「けど」
「その人が、どうしてそこまで追い詰められたのか」
「何に苦しんでいたのか」
「それを知ることまで、諦めたくないです」
ミッドナイトの表情が少し変わる。
「もし、その人がやり直せるなら」
「いつか誰かを助ける側になれるなら」
「私は、そういう人達とも一緒に何かできるようなヒーローになりたいです」
「……素敵な考えね」
「ありがとうございます」
「簡単な道ではなさそうだけど」
「はい」
出久は苦笑する。
「だから、これから勉強していきたいです」
視聴者数。
十万。
二十万。
三十万。
五十万。
数字が、止まらない。
SNSにも次々と反応が流れていく。
『無個性の子ってだけじゃないんだな』
『個性で悩んでる人のことまで考えてるのか』
『ヴィランの話までしてる』
『この子、本当に一年生?』
『なんか……応援したくなる』
さらに。
ヒーローを目指す学生。
プロヒーロー。
カウンセリング関係者。
様々な人間が、この配信へ目を向け始めていた。
「……相澤」
小さな声。
プレゼント・マイクが呟く。
「何だ」
「今、何人だ?」
「……五十万」
「五十万?」
「声を落とせ」
「分かってるって」
プレゼント・マイクはモニターを見る。
出久は、何も知らずに話し続けている。
「……まだ増えてるぞ」
「……ああ」
「これ、想定してたか?」
「してない」
相澤は即答した。
「無告知で始めたってのにな」
「信じられねぇ」
「……」
二人は黙って画面を見る。
ミッドナイトは上手かった。
出久の答えを遮らない。
必要なところで次の質問へ繋げる。
そして、出久自身の言葉を引き出している。
「……インタビューとしては、完璧だな」
プレゼント・マイクが呟く。
「問題は、人数だ」
相澤が答えた。
視聴者数。
八十万。
九十万。
そして――。
「……100万」
プレゼント・マイクが呟いた。
相澤がモニターを見る。
「……」
「100万突破だぞ」
「……ああ」
「相澤」
「何だ」
「これ……止めるか?」
一瞬。
相澤は答えなかった。
画面の中では、出久が話している。
緊張はしている。
それでも。
一つ一つ、自分の言葉で話している。
「……何も失敗しちゃいない」
相澤が言った。
「え?」
「ここまで、問題は起きてない」
「……まあ、そうだな」
「質問も想定内だ」
「緑谷自身も落ち着いてる」
相澤はモニターを見る。
「今、ここで切る理由はない」
「……」
「続けるぞ」
プレゼント・マイクは少しだけ息を吐いた。
「……了解」
それでも。
二人の視線は、画面から離れなかった。
100万人。
それだけの人間が、今。
一人の雄英生徒の言葉を聞いている。
頼む。
このまま、無事に終わってくれ。
二人とも。
同じことを考えていた。
「では、最後に――」
ミッドナイトが、資料を確認する。
「緑谷さん自身が、これから一番大切にしたいことは?」
「……一人でも多くの人に」
出久は答えた。
「諦めなくていいって、伝えることです」
「無個性でも」
「個性に悩んでいても」
「自分のことで苦しんでいても」
「それだけで、夢を諦める理由にはならないと思います」
「だから私は――」
出久は少しだけ笑った。
「私自身が、まず諦めないヒーローになります」
ミッドナイトが微笑む。
「素敵ね」
「ありがとうございます」
「今日は、とてもいい話を聞かせてもらったわ」
「こちらこそ、ありがとうございました」
出久が頭を下げる。
「そして、応援してくださった皆さんにも――」
顔を上げる。
「本当に、ありがとうございました」
「これからも、頑張ります」
配信開始から、かなりの時間が経っていた。
視聴者数は。
すでに100万人を大きく超えている。
それでも。
予定していたインタビュー内容は、無事に終了した。
相澤はモニターを見つめる。
「……終わったな」
「……ああ」
プレゼント・マイクも息を吐いた。
「無事、完走だ」
「よくやったな、緑谷」
「これなら問題ねぇ」
二人の肩から、ようやく力が抜ける。
視聴者数は、まだ増えていた。
それでも。
終わった。
そう思った。
その時――。
「……あ」
ミッドナイトが、何かを思い出したように声を漏らした。
「そういえば、一つだけ聞いてもいいかしら?」
「はい?」
出久が首を傾げる。
ミッドナイトは、少しだけ楽しそうに笑った。
「爆豪くんとは付き合ってるの?」
「……」
出久は、少しだけ考えた。
そして――。
「付き合ってません。でも、結婚するとは思います」
「勝己はどう?」
出久が画面外に目を向ける。
「ああ」
「そうだな」
画面外から勝己の声が響いた。