無個性の私と、幼馴染のかっちゃん   作:千遇万歩

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第五章 動き始めた世界

 

雄英高校、ヒーロー科1年A組。

 

昼休み。

 

「……なあ」

 

上鳴がスマートフォンを眺めながら呟いた。

 

「昨日の配信見た?」

 

「ん?」

 

瀬呂が横から覗き込む。

 

画面には、昨日行われた雄英高校の生配信。

 

その切り抜き動画が映っていた。

 

『もし、その人がやり直せるなら』

 

『いつか誰かを助ける側になれるなら』

 

『私は、そういう人達とも一緒に何かできるようなヒーローになりたいです』

 

「……すげぇよな」

 

切島が後ろから画面を覗く。

 

「これ、昨日リアルタイムで見てたけどよ」

 

「改めて見ると、やっぱすげぇわ」

 

芦戸も横から顔を出した。

 

「本当にそう」

 

「緑谷ちゃん、あんなこと言うんだもん」

 

「しかも、めっちゃ自然に」

 

耳郎は腕を組みながら苦笑する。

 

「普通、あんな大勢の前でヴィランの更生まで言わないでしょ」

 

「まあ……」

 

八百万が静かに頷いた。

 

「緑谷さんらしいとは思います」

 

「自分が無個性であることも含めて、他者の悩みに向き合っている」

 

「簡単なことではありませんわ」

 

「だよなぁ」

 

上鳴がスマートフォンを操作する。

 

「でもさ」

 

「それだけじゃないんだよ」

 

画面を切り替える。

 

そこには別の動画。

 

体育祭の映像だった。

 

ロープブリッジ渡過。

 

そして、無個性でありながら、個性を持つ生徒たちと競い合う出久の姿。

 

「昨日の配信と、体育祭の映像」

 

「この二つがセットで拡散されてる」

 

「そうなのか」

 

切島が目を見開く。

 

「『無個性なのに雄英体育祭で戦ってた奴』って?」

 

「そうそう」

 

耳郎がスマートフォンを覗き込む。

 

「……ほんとだ」

 

「結構な勢いだね」

 

その時。

 

「ん?」

 

「どうしたの?」

 

出久が教室へ戻ってきた。

 

勝己もその後ろにいる。

 

「緑谷ちゃん!」

 

芦戸が振り返る。

 

「昨日の配信!」

 

「ああ」

 

「あれね」

 

出久は頷く。

 

「切り抜き、家でも見たよ」

 

「自分で?」

 

「うん」

 

「どうだった?」

 

出久は少し考える。

 

「うーん……」

 

「……ちょっと恥ずかしかったかな」

 

「自分が映ってるのを見るのは」

 

「そこ!?」

 

芦戸が机を叩く。

 

「もっと他にあるでしょ!」

 

「え?」

 

「めちゃくちゃバズってんだけど!」

 

「……バズってる?」

 

出久が首を傾げる。

 

上鳴がスマートフォンを見せる。

 

「これ」

 

「昨日の配信」

 

「今朝からずっと回ってる」

 

出久は画面を見る。

 

「……本当だね」

 

「何か、変な感じ」

 

勝己が横から画面を覗く。

 

「気にすんな」

 

「え?」

 

「数字なんざどうでもいいだろ」

 

勝己は出久を見る。

 

「出久が言いてぇこと言った」

 

「それだけだ」

 

出久は目をキョトンとする。

 

そして。

 

「……うん」

 

小さく笑った。

 

「そうだね」

 

「そういえばさ」

 

芦戸が思い出したように口を開く。

 

「昨日の配信で、緑谷ちゃんと爆豪って」

 

「何だよ」

 

勝己が顔を上げる。

 

「付き合ってないんだよね?」

 

「うん」

 

出久が頷く。

 

「付き合ってないよ」

 

「でも、結婚するんでしょ?」

 

「うん」

 

「すると思うよ」

 

一瞬。

 

教室が静かになった。

 

「そこ、即答なんだ……」

 

耳郎が呟く。

 

「だって」

 

出久は不思議そうに首を傾げる。

 

「勝己とは、ずっと一緒にいるから」

 

「付き合うっていうのは、お互いを知るための時間だと思うんだけど」

 

「私たちは、もう昔から一緒にいるし」

 

「だから、わざわざ付き合う必要はないかなって」

 

「いやいやいや」

 

芦戸が両手を振る。

 

「それで結婚するの!?」

 

「うん」

 

「一緒にいたいし」

 

「爆豪も?」

 

芦戸が勝己を見る。

 

「……ああ」

 

「マジかよ……」

 

上鳴が頭を抱える。

 

「俺、恋愛ってもっと段階踏むもんだと思ってたわ」

 

「俺も」

 

瀬呂が頷く。

 

「幼馴染って、すげぇな……」

 

「そうかな」

 

出久が首を傾げる。

 

「知らねぇよ」

 

勝己はそう言いながら、またスマートフォンへ視線を戻した。

 

「俺と出久は一緒にいる」

 

「それでいいだろ」

 

「……うん」

 

出久が笑う。

 

「私も」

 

「…………」

 

耳郎が二人を見る。

 

「やっぱ、この二人ちょっと変」

 

「分かるわ」

 

瀬呂が頷いた。

 

その日の放課後。

 

雄英高校の外。

 

駅へ向かう人々の中にも、昨日の配信について話す声があった。

 

「見た?」

 

「雄英の無個性の子」

 

「体育祭に出てた子だろ?」

 

「そうそう」

 

「昨日の発言、結構すごかったよな」

 

「ヴィランの更生まで考えてるって」

 

「しかも、個性に悩んでる人への支援も考えてるらしい」

 

一人。

 

また一人。

 

出久の名前が知られていく。

 

そして。

 

それはインターネットの世界でも同じだった。

 

『緑谷出久』

 

『無個性』

 

『雄英体育祭』

 

『ヴィラン更生』

 

『個性に悩む人への支援』

 

様々な言葉と共に、その名前が広がっていく。

 

その中には。

 

『この子、どこの事務所に行くんだろう?』

 

そんな声もあった。

 

『大手が放っておかないだろ』

 

『体育祭であれだけ注目されたんだし』

 

『インターンなら有名事務所に行くべきじゃない?』

 

『将来プロになるなら、人脈作った方がいい』

 

『今のうちに名前を売るのも大事』

 

そんな意見が、次々と流れていく。

 

それは、決して間違った考えではなかった。

 

雄英高校。

 

ヒーロー科。

 

そこへ入学した生徒たちにとって、インターンは将来を考える上で重要な機会だ。

 

実績のあるプロヒーロー。

 

大手事務所。

 

多くの事件を経験している現場。

 

そこで経験を積むことには、明確な意味がある。

 

だからこそ。

 

「大手から誘われるなら、行った方がいい」

 

そんな考えが、自然と生まれる。

 

そして。

 

緑谷出久にも。

 

すでに、いくつもの声が届き始めていた。

 

数日後。

 

ホームルーム。

 

相澤が教壇の前に立つ。

 

「もうすぐインターンが始まる」

 

その言葉に、教室の空気が少し変わった。

 

「知ってると思うが、改めて確認しておく」

 

相澤は黒板へ簡単に説明を書いていく。

 

「インターンは、プロヒーローの事務所に一定期間所属して実際の現場を経験する制度だ」

 

「学校の授業とは違う」

 

「実際の仕事を間近で見ることになる」

 

生徒たちは静かに聞いている。

 

「もちろん、誰でも好きな事務所へ行けるわけじゃない」

 

「体育祭などで得た評価をもとに、プロから指名が来る」

 

「そういった過程を経て、受け入れ先が決まる」

 

「指名のなかった者は、予めこちらからオファーした事務所」

 

「この中から選んでもらう」

 

相澤は教室を見渡した。

 

「ただ」

 

「目的は就職先を決めることじゃない」

 

「現場を知ること」

 

「自分に何ができて、何が足りないのかを知ることだ」

 

出久の目が僅かに動いた。

 

――自分に何ができるのか。

 

――何が足りないのか。

 

その言葉が、妙に胸へ残った。

 

「先生」

 

切島が手を挙げる。

 

「やっぱ、有名な事務所の方が経験できることも多いんすか?」

 

「一概には言えないな」

 

相澤は答える。

 

「事務所によって仕事の内容も違う」

 

「救助を重視するところもあれば、戦闘を重視するところもある」

 

「調査や護衛を中心にしているところもある」

 

「だから、自分が何を学びたいのか考えて選べ」

 

「ウス、わかりました」

 

切島が頷く。

 

放課後。

 

「緑谷には、もう結構来てるんだろ?」

 

教室中の視線が出久へ集まる。

 

「え?」

 

「インターンの誘い」

 

「……うん」

 

出久は困ったように笑う。

 

「たくさん来てる」

 

「マジか!」

 

上鳴が叫ぶ。

 

「大手も?」

 

芦戸が聞く。

 

「うん」

 

「結構有名なところも」

 

「やっぱりなぁ」

 

瀬呂が頷く。

 

「体育祭に昨日の配信だろ?」

 

「そりゃ声かかるわ」

 

「緑谷ちゃん、どこ行くか決めた?」

 

芦戸が尋ねる。

 

出久は少し黙った。

 

「……まだ決めてない」

 

「意外」

 

耳郎が言う。

 

「大手から声かかってるなら、そこに行くのかと思った」

 

「へへへ」

 

出久は少しだけ笑う。

 

「ありがたいんだよ」

 

「本当に」

 

「声をかけてもらえるのは嬉しいし」

 

「でも……」

 

言葉を探す。

 

「なんとなく」

 

「違う気がするんだ」

 

「何が?」

 

「私は」

 

出久は自分の手を見る。

 

「私は、名前を売りたいわけじゃないから」

 

静かな声だった。

 

「もちろん、プロになるなら知ってもらうことも大切だと思うけど」

 

「でも」

 

顔を上げる。

 

「今の私は」

 

「もっと、自分にできることを増やしたい」

 

教室が静かになる。

 

「体育祭でも」

 

「自分に足りないものが、いっぱい見えたし」

 

勝己が黙って聞いている。

 

出久は続ける。

 

「だから」

 

「有名だから、って理由だけで決めるのは」

 

「ちょっと違うかなって思ってる」

 

誰も笑わなかった。

 

むしろ。

 

切島が小さく笑う。

 

「……緑谷らしいな」

 

「確かに」

 

耳郎も頷いた。

 

その頃。

 

警察庁。

 

一人の男が、動画を見ていた。

 

そこには。

 

緑谷出久の体育祭の軌跡が映っていた。

 

「……無個性、か」

 

「なのに、ここまで動ける」

 

特に目を留めたのは。

 

相手との距離。

 

身体の向き。

 

足運び。

 

そして。

 

格闘術。

 

「ヒーロー社会になってから……」

 

「こんなに純粋な格闘術を」

 

「お目に掛かる機会があるとは」

 

「……」

 

「我々の技術が役に立つかもしれないな」

 

別の場所。

 

消防庁。

 

そこでも。

 

一つの映像が再生されていた。

 

雄英体育祭。

 

ロープブリッジ渡過。

 

無個性の少女が。

 

足場の悪い状況を見極め。

 

身体を安定させ。

 

一手ずつ前へ進んでいく。

 

「……なるほどな」

 

一人の男が映像を止める。

 

「独学だろうが」

 

「研鑽した姿が見える」

 

「……」

 

しばらく映像を見る。

 

そして。

 

「無個性でも、ここまでできる……か」

 

「だったら」

 

男は静かに笑った。

 

「うちの技術を教えたら、もっとできるんじゃないか?」

 

また別の場所。

 

カウンセリング団体。

 

そこでは。

 

昨日の生配信の映像が流れていた。

 

『その人が、どうしてそこまで追い詰められたのか』

 

『何に苦しんでいたのか』

 

『それを知ることまで、諦めたくないです』

 

職員たちは黙って映像を見ていた。

 

「……こういうことを」

 

一人の職員が呟く。

 

「雄英の生徒が、ここまで公の場で言ってくれるとはな」

 

「しかも」

 

別の職員が続ける。

 

「個性に悩んでいる人間のことを考えている」

 

静かな沈黙。

 

そして。

 

「ヴィランから更生した人の感謝の声も多いらしいですよ」

 

「風当たりが、少し変わったと」

 

職員達は小さく笑う。

 

「凄い子だな」

 

「……」

 

カウンセリングという仕事は。

 

華やかな世界ではない。

 

それでも。

 

誰かの人生を立て直すために必要な仕事だ。

 

そこへ。

 

一人のヒーロー志望の少女が、光を当ててくれた。

 

「業界全体が恩恵を受けている……」

 

「私たちが」

 

「この機会を逃してはいけないな」

 

そして。

 

サポートアイテムメーカー。

 

研究室。

 

大型モニターには、体育祭の映像が映っている。

 

無個性の少女。

 

映像の中。

 

出久が個性持ちの生徒と渡り合っている。

 

「……」

 

「眩しいな」

 

「ええ」

 

研究員達が呟く。

 

「ヒーローになりたかった」

 

「でも」

 

「無理だと諦めてしまった」

 

「……」

 

「それでも」

 

「出来ることがある筈だと」

 

「この道を選んだ」

 

研究員が画面を見る。

 

「こんなにも」

 

「誰かの為に技術を発揮したいと思ったのは初めてです」

 

「同感だな」

 

「……」

 

「上に掛け合ってみよう」

 

「ここで動かなければ」

 

「一生後悔する」

 

四つの場所。

 

それぞれ違う世界。

 

それぞれ違う仕事。

 

それぞれ違う理由。

 

けれど。

 

見ていたものは同じだった。

 

無個性でありながら。

 

懸命にヒーローを目指す少女。

 

そんな。

 

「緑谷出久に貢献したい」

 

そんな思いが。

 

少しずつ。

 

確かに動き始めていた。

 

そのことを。

 

当の本人は、まだ知らない。

 

雄英高校。

 

夕方。

 

出久と勝己と帰り道を歩いていた。

 

「……インターン」

 

出久が呟く。

 

「どうしようかな」

 

勝己は前を向いたまま答えない。

 

しばらく歩く。

 

やがて。

 

「出久」

 

勝己が口を開く。

 

「何を伸ばしたい……」

 

出久は足を止める。

 

「……できること」

 

「全部かな」

 

勝己も足を止める。

 

「だったら遠慮するな」

 

「周りに合わせる必要なんてねぇ」

 

出久は勝己を見る。

 

そして。

 

少しだけ笑った。

 

「……ありがとう」

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