雄英高校、ヒーロー科1年A組。
昼休み。
「……なあ」
上鳴がスマートフォンを眺めながら呟いた。
「昨日の配信見た?」
「ん?」
瀬呂が横から覗き込む。
画面には、昨日行われた雄英高校の生配信。
その切り抜き動画が映っていた。
『もし、その人がやり直せるなら』
『いつか誰かを助ける側になれるなら』
『私は、そういう人達とも一緒に何かできるようなヒーローになりたいです』
「……すげぇよな」
切島が後ろから画面を覗く。
「これ、昨日リアルタイムで見てたけどよ」
「改めて見ると、やっぱすげぇわ」
芦戸も横から顔を出した。
「本当にそう」
「緑谷ちゃん、あんなこと言うんだもん」
「しかも、めっちゃ自然に」
耳郎は腕を組みながら苦笑する。
「普通、あんな大勢の前でヴィランの更生まで言わないでしょ」
「まあ……」
八百万が静かに頷いた。
「緑谷さんらしいとは思います」
「自分が無個性であることも含めて、他者の悩みに向き合っている」
「簡単なことではありませんわ」
「だよなぁ」
上鳴がスマートフォンを操作する。
「でもさ」
「それだけじゃないんだよ」
画面を切り替える。
そこには別の動画。
体育祭の映像だった。
ロープブリッジ渡過。
そして、無個性でありながら、個性を持つ生徒たちと競い合う出久の姿。
「昨日の配信と、体育祭の映像」
「この二つがセットで拡散されてる」
「そうなのか」
切島が目を見開く。
「『無個性なのに雄英体育祭で戦ってた奴』って?」
「そうそう」
耳郎がスマートフォンを覗き込む。
「……ほんとだ」
「結構な勢いだね」
その時。
「ん?」
「どうしたの?」
出久が教室へ戻ってきた。
勝己もその後ろにいる。
「緑谷ちゃん!」
芦戸が振り返る。
「昨日の配信!」
「ああ」
「あれね」
出久は頷く。
「切り抜き、家でも見たよ」
「自分で?」
「うん」
「どうだった?」
出久は少し考える。
「うーん……」
「……ちょっと恥ずかしかったかな」
「自分が映ってるのを見るのは」
「そこ!?」
芦戸が机を叩く。
「もっと他にあるでしょ!」
「え?」
「めちゃくちゃバズってんだけど!」
「……バズってる?」
出久が首を傾げる。
上鳴がスマートフォンを見せる。
「これ」
「昨日の配信」
「今朝からずっと回ってる」
出久は画面を見る。
「……本当だね」
「何か、変な感じ」
勝己が横から画面を覗く。
「気にすんな」
「え?」
「数字なんざどうでもいいだろ」
勝己は出久を見る。
「出久が言いてぇこと言った」
「それだけだ」
出久は目をキョトンとする。
そして。
「……うん」
小さく笑った。
「そうだね」
「そういえばさ」
芦戸が思い出したように口を開く。
「昨日の配信で、緑谷ちゃんと爆豪って」
「何だよ」
勝己が顔を上げる。
「付き合ってないんだよね?」
「うん」
出久が頷く。
「付き合ってないよ」
「でも、結婚するんでしょ?」
「うん」
「すると思うよ」
一瞬。
教室が静かになった。
「そこ、即答なんだ……」
耳郎が呟く。
「だって」
出久は不思議そうに首を傾げる。
「勝己とは、ずっと一緒にいるから」
「付き合うっていうのは、お互いを知るための時間だと思うんだけど」
「私たちは、もう昔から一緒にいるし」
「だから、わざわざ付き合う必要はないかなって」
「いやいやいや」
芦戸が両手を振る。
「それで結婚するの!?」
「うん」
「一緒にいたいし」
「爆豪も?」
芦戸が勝己を見る。
「……ああ」
「マジかよ……」
上鳴が頭を抱える。
「俺、恋愛ってもっと段階踏むもんだと思ってたわ」
「俺も」
瀬呂が頷く。
「幼馴染って、すげぇな……」
「そうかな」
出久が首を傾げる。
「知らねぇよ」
勝己はそう言いながら、またスマートフォンへ視線を戻した。
「俺と出久は一緒にいる」
「それでいいだろ」
「……うん」
出久が笑う。
「私も」
「…………」
耳郎が二人を見る。
「やっぱ、この二人ちょっと変」
「分かるわ」
瀬呂が頷いた。
その日の放課後。
雄英高校の外。
駅へ向かう人々の中にも、昨日の配信について話す声があった。
「見た?」
「雄英の無個性の子」
「体育祭に出てた子だろ?」
「そうそう」
「昨日の発言、結構すごかったよな」
「ヴィランの更生まで考えてるって」
「しかも、個性に悩んでる人への支援も考えてるらしい」
一人。
また一人。
出久の名前が知られていく。
そして。
それはインターネットの世界でも同じだった。
『緑谷出久』
『無個性』
『雄英体育祭』
『ヴィラン更生』
『個性に悩む人への支援』
様々な言葉と共に、その名前が広がっていく。
その中には。
『この子、どこの事務所に行くんだろう?』
そんな声もあった。
『大手が放っておかないだろ』
『体育祭であれだけ注目されたんだし』
『インターンなら有名事務所に行くべきじゃない?』
『将来プロになるなら、人脈作った方がいい』
『今のうちに名前を売るのも大事』
そんな意見が、次々と流れていく。
それは、決して間違った考えではなかった。
雄英高校。
ヒーロー科。
そこへ入学した生徒たちにとって、インターンは将来を考える上で重要な機会だ。
実績のあるプロヒーロー。
大手事務所。
多くの事件を経験している現場。
そこで経験を積むことには、明確な意味がある。
だからこそ。
「大手から誘われるなら、行った方がいい」
そんな考えが、自然と生まれる。
そして。
緑谷出久にも。
すでに、いくつもの声が届き始めていた。
数日後。
ホームルーム。
相澤が教壇の前に立つ。
「もうすぐインターンが始まる」
その言葉に、教室の空気が少し変わった。
「知ってると思うが、改めて確認しておく」
相澤は黒板へ簡単に説明を書いていく。
「インターンは、プロヒーローの事務所に一定期間所属して実際の現場を経験する制度だ」
「学校の授業とは違う」
「実際の仕事を間近で見ることになる」
生徒たちは静かに聞いている。
「もちろん、誰でも好きな事務所へ行けるわけじゃない」
「体育祭などで得た評価をもとに、プロから指名が来る」
「そういった過程を経て、受け入れ先が決まる」
「指名のなかった者は、予めこちらからオファーした事務所」
「この中から選んでもらう」
相澤は教室を見渡した。
「ただ」
「目的は就職先を決めることじゃない」
「現場を知ること」
「自分に何ができて、何が足りないのかを知ることだ」
出久の目が僅かに動いた。
――自分に何ができるのか。
――何が足りないのか。
その言葉が、妙に胸へ残った。
「先生」
切島が手を挙げる。
「やっぱ、有名な事務所の方が経験できることも多いんすか?」
「一概には言えないな」
相澤は答える。
「事務所によって仕事の内容も違う」
「救助を重視するところもあれば、戦闘を重視するところもある」
「調査や護衛を中心にしているところもある」
「だから、自分が何を学びたいのか考えて選べ」
「ウス、わかりました」
切島が頷く。
放課後。
「緑谷には、もう結構来てるんだろ?」
教室中の視線が出久へ集まる。
「え?」
「インターンの誘い」
「……うん」
出久は困ったように笑う。
「たくさん来てる」
「マジか!」
上鳴が叫ぶ。
「大手も?」
芦戸が聞く。
「うん」
「結構有名なところも」
「やっぱりなぁ」
瀬呂が頷く。
「体育祭に昨日の配信だろ?」
「そりゃ声かかるわ」
「緑谷ちゃん、どこ行くか決めた?」
芦戸が尋ねる。
出久は少し黙った。
「……まだ決めてない」
「意外」
耳郎が言う。
「大手から声かかってるなら、そこに行くのかと思った」
「へへへ」
出久は少しだけ笑う。
「ありがたいんだよ」
「本当に」
「声をかけてもらえるのは嬉しいし」
「でも……」
言葉を探す。
「なんとなく」
「違う気がするんだ」
「何が?」
「私は」
出久は自分の手を見る。
「私は、名前を売りたいわけじゃないから」
静かな声だった。
「もちろん、プロになるなら知ってもらうことも大切だと思うけど」
「でも」
顔を上げる。
「今の私は」
「もっと、自分にできることを増やしたい」
教室が静かになる。
「体育祭でも」
「自分に足りないものが、いっぱい見えたし」
勝己が黙って聞いている。
出久は続ける。
「だから」
「有名だから、って理由だけで決めるのは」
「ちょっと違うかなって思ってる」
誰も笑わなかった。
むしろ。
切島が小さく笑う。
「……緑谷らしいな」
「確かに」
耳郎も頷いた。
その頃。
警察庁。
一人の男が、動画を見ていた。
そこには。
緑谷出久の体育祭の軌跡が映っていた。
「……無個性、か」
「なのに、ここまで動ける」
特に目を留めたのは。
相手との距離。
身体の向き。
足運び。
そして。
格闘術。
「ヒーロー社会になってから……」
「こんなに純粋な格闘術を」
「お目に掛かる機会があるとは」
「……」
「我々の技術が役に立つかもしれないな」
別の場所。
消防庁。
そこでも。
一つの映像が再生されていた。
雄英体育祭。
ロープブリッジ渡過。
無個性の少女が。
足場の悪い状況を見極め。
身体を安定させ。
一手ずつ前へ進んでいく。
「……なるほどな」
一人の男が映像を止める。
「独学だろうが」
「研鑽した姿が見える」
「……」
しばらく映像を見る。
そして。
「無個性でも、ここまでできる……か」
「だったら」
男は静かに笑った。
「うちの技術を教えたら、もっとできるんじゃないか?」
また別の場所。
カウンセリング団体。
そこでは。
昨日の生配信の映像が流れていた。
『その人が、どうしてそこまで追い詰められたのか』
『何に苦しんでいたのか』
『それを知ることまで、諦めたくないです』
職員たちは黙って映像を見ていた。
「……こういうことを」
一人の職員が呟く。
「雄英の生徒が、ここまで公の場で言ってくれるとはな」
「しかも」
別の職員が続ける。
「個性に悩んでいる人間のことを考えている」
静かな沈黙。
そして。
「ヴィランから更生した人の感謝の声も多いらしいですよ」
「風当たりが、少し変わったと」
職員達は小さく笑う。
「凄い子だな」
「……」
カウンセリングという仕事は。
華やかな世界ではない。
それでも。
誰かの人生を立て直すために必要な仕事だ。
そこへ。
一人のヒーロー志望の少女が、光を当ててくれた。
「業界全体が恩恵を受けている……」
「私たちが」
「この機会を逃してはいけないな」
そして。
サポートアイテムメーカー。
研究室。
大型モニターには、体育祭の映像が映っている。
無個性の少女。
映像の中。
出久が個性持ちの生徒と渡り合っている。
「……」
「眩しいな」
「ええ」
研究員達が呟く。
「ヒーローになりたかった」
「でも」
「無理だと諦めてしまった」
「……」
「それでも」
「出来ることがある筈だと」
「この道を選んだ」
研究員が画面を見る。
「こんなにも」
「誰かの為に技術を発揮したいと思ったのは初めてです」
「同感だな」
「……」
「上に掛け合ってみよう」
「ここで動かなければ」
「一生後悔する」
四つの場所。
それぞれ違う世界。
それぞれ違う仕事。
それぞれ違う理由。
けれど。
見ていたものは同じだった。
無個性でありながら。
懸命にヒーローを目指す少女。
そんな。
「緑谷出久に貢献したい」
そんな思いが。
少しずつ。
確かに動き始めていた。
そのことを。
当の本人は、まだ知らない。
雄英高校。
夕方。
出久と勝己と帰り道を歩いていた。
「……インターン」
出久が呟く。
「どうしようかな」
勝己は前を向いたまま答えない。
しばらく歩く。
やがて。
「出久」
勝己が口を開く。
「何を伸ばしたい……」
出久は足を止める。
「……できること」
「全部かな」
勝己も足を止める。
「だったら遠慮するな」
「周りに合わせる必要なんてねぇ」
出久は勝己を見る。
そして。
少しだけ笑った。
「……ありがとう」