雄英高校。
職員室へ続く廊下を、相澤は歩いていた。
「顔合わせは済んだのかい?」
雄英高校の校長である根津が声をかける。
「ええ」
相澤は短く答えた。
「今は応接室で話し合ってますよ」
「ここから先は、緑谷に任せます」
「緑谷自身の職場体験ですから」
「そうだねぇ」
根津は小さく笑う。
そして。
「いや、しかし」
「ヒーロー事務所以外から、あれだけ熱烈なオファーが来るとはね」
「警察、消防、カウンセリング団体、サポートアイテムメーカー、ですか」
「うん」
根津は尻尾を揺らす。
「生徒の自主性を損なわないように、最初は断ろうと思ったんだよ」
「大人が余計なバイアスをかけるべきじゃないからね」
「だけど、話を聞いてみれば内容には筋が通っている」
「何より……」
根津は楽しそうに笑った。
「とにかく熱意が凄かったんだ」
相澤も思い返す。
四つの業界。
それぞれ立場も役割も違う。
それでも、緑谷出久という一人の生徒に対して貢献したいという意思は共通していた。
「だから、緑谷にも伝えました」
「そうして、緑谷さんが興味を持ったんだね」
「ええ」
「今回の対応は、変だと思うかい?」
「ヒーロー事務所以外に行くことですか」
「うん」
相澤は少し考える。
「異例ではあります」
「ですが、問題はないでしょう」
「緑谷には、無個性という事情がある」
「職場体験を単なる就職活動と捉えているのであれば問題ですが」
相澤は職員室の窓から外を見る。
「自分の力量と向き合った上で出した答えなら、俺たちは応援してやるだけですよ」
「そうだねぇ」
根津は満足そうに頷いた。
「それに……」
「緑谷さんが何を見て、何を学ぶのか」
「僕も楽しみになってきたよ」
雄英高校。
応接室。
その中央に、四人の人物が並んでいた。
警察から来たのは、綾小路理人。
三十代。
整えられた身なりと落ち着いた物腰。
言葉を選びながら話す姿には、現場よりも組織運営に携わってきた人間らしい雰囲気がある。
消防から来たのは、火神田剛。
五十代。
長く現場を経験し、消防司令長も務めた経歴を持つ。
現在は教育訓練部門に携わっている。
カウンセリング団体からは、心野真琴。
四十代。
穏やかな笑みを浮かべながらも、人の言葉を聞き逃さない。
そして。
サポートアイテムメーカーからは、道具寺創。
二十代後半。
技術者らしい好奇心を隠しきれない青年だった。
その四人と向かい合うように、出久が座っている。
「改めまして」
綾小路が口を開く。
「本日は時間をいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございます」
出久は頭を下げた。
「私のことを見つけてくださったことも」
「声をかけていただいたことも、本当に嬉しいです」
「こっちが勝手に興味を持っただけだからな」
火神田が笑う。
「そういう意味では、礼を言うのはこちらかもしれん」
「消防としては、体育祭での動きが非常に興味深かった」
「特にロープブリッジ渡過だ」
出久の表情が少し変わる。
「あれですか?」
「ああ」
火神田は頷いた。
「足場の安定しない場所で、自分の身体をどう扱うか」
「どうすれば余計な動きを減らせるか」
「お前さんは、そこを感覚的にやってのけた」
「現場では、それが重要になる」
「救助活動では、自分自身が安全に動けなければ人を助けられんからな」
出久は真剣に聞いていた。
「警察としては」
綾小路が続ける。
「格闘術に注目しました」
「特に、相手との距離の取り方です」
「個性を持つ相手と対峙した際、相手の個性そのものではなく、身体の向きや足の位置、重心をしっかり見ている」
「格闘術を学ぶ上では、非常に重要なことです」
「警察には、個性を前提としない技術があります」
「逮捕術などが、その代表ですね」
出久は小さく頷いた。
「はい」
「そういう技術を、もっと知りたいです」
「それなら、こちらとしても教え甲斐がありますね」
綾小路が微笑む。
心野は、少し違った角度から出久を見る。
「私たちは、先日の配信を見ていました」
「ヴィランの更生について話してくれましたよね」
「はい」
「その言葉に、救われた人がいるんです」
出久は目を瞬かせた。
「私の言葉にですか?」
「ええ」
「もちろん、すべての人が同じように感じたわけではありません」
「でも、少なくとも」
心野は静かに続ける。
「カウンセリングに携わる人間としては大きな意味があります」
「だから」
「もし緑谷さんが望むなら、私たちが何をしているのかを知ってほしい」
「カウンセリングが、実際にはどういう仕事なのか」
「どんな人が、どんな悩みを抱えてやって来るのか」
出久は少し考えた。
「……知りたいです」
「自分が知らないことを、知らないままにはしたくないので」
心野は微笑んだ。
「その言葉が聞けて良かったです」
最後に。
道具寺が身を乗り出す。
「そして、僕たちはもっと単純です」
「単純?」
「ええ」
道具寺は少し照れたように笑う。
「無個性で、個性持ちと渡り合ってる人間がいる」
「しかも、ヒーローを目指している」
「だったら」
「どんな装備なら、もっと力を引き出せるのか」
「技術者として、気になるじゃないですか」
出久の目が輝いた。
「サポートアイテム……」
「はい」
「市販品を渡して終わり、という話ではありません」
「緑谷さんの身体能力や戦い方、救助活動を見ながら、ヒーローとして必要なものを考えたい」
「専属的に技術提供をすることも考えています」
「専属……」
「もちろん、雄英との話し合いが前提ですけどね」
道具寺は笑った。
「僕たちは、緑谷さんの力を見てみたい」
「そして、その力をもっと引き出せるものを作ってみたい」
出久は四人を見る。
警察。
消防。
カウンセリング団体。
サポートアイテムメーカー。
どれも。
これまで自分が考えていた「ヒーロー」という道とは、少し違う。
だからこそ。
「ありがとうございます」
出久は深く頭を下げた。
「私も」
「皆さんから、いろいろなことを学びたいです」
四人の表情が、それぞれに和らいだ。
しばらく話が続いたあと。
綾小路が資料を閉じた。
「では」
「そろそろ、本題に入りましょうか」
「本題?」
出久が首を傾げる。
「緑谷さん」
綾小路が尋ねる。
「職場体験は、こちらへ来ていただけるのでしょうか」
「もちろんです」
出久は即答した。
「ぜひ学ばせてもらいたいと思っています」
綾小路が続ける。
「大手のヒーロー事務所とは違いますが」
「よろしいですか」
「はい」
出久は頷く。
「構いません」
そして。
少しだけ言葉を選んだ。
「でも……」
「一つ、お願いがあります」
四人が出久を見る。
「職場体験は一週間ですよね」
「はい」
「だったら」
「一週間だけでは、学べることも限られていると思うんです」
「ですから」
出久は少しだけ申し訳なさそうに笑った。
「職場体験が終わったあとも」
「継続的に、皆さんのところで学ばせてもらえないでしょうか」
一瞬。
沈黙が落ちた。
「……」
出久は慌てて付け加える。
「すみません」
「厚かましいお願いだとは思うんですけど」
「いえ」
心野が笑った。
「それは、こちらとしては願ってもないことです」
「むしろ」
火神田が豪快に笑う。
「こっちから頼みたいくらいだ」
「我々としても異論はありません」
綾小路も頷く。
道具寺は、さらに嬉しそうな顔をしている。
「ぜひお願いします」
「本当に?」
「ええ」
「我々の業界は」
心野が微笑む。
「緑谷さんを首を長くして待っていますから」
「……ありがとうございます」
出久は嬉しそうに笑った。
「では」
綾小路が資料を一枚取り出す。
「職場体験中のカリキュラムは、今から調整するとして」
「職場体験以降のカリキュラムについては、4者で調整させてもらってもよろしいでしょうか」
「はい」
「問題ありません」
「例えば、今度の土曜日」
綾小路が言う。
「警察の合同訓練があるとします」
「緑谷さんの都合が良ければ、参加していただきたいという前提で」
「消防やカウンセリング団体の予定と重ならないか、こちらで確認します」
「問題なければ、雄英高校を通して緑谷さんにお伝えします」
「仮にも学生である緑谷さんと、直接やり取りするのは時期尚早だと思いますので」
火神田が頷く。
「消防側も同じようにしよう」
「カウンセリング側もそうさせてもらいます」
心野が答える。
道具寺が手を挙げるようにして口を開いた。
「可能でしたら」
「訓練には同行させていただきたいです」
綾小路が少し驚く。
「サポートアイテムメーカーが、ですか?」
「はい」
道具寺は出久を見る。
「緑谷さんが実際に動いているところを見させてほしいんです」
「何か課題が見つかるかもしれません」
「その課題が分かれば、こちらで何か作れるかもしれませんから」
「なるほど」
「理にかなってますね」
綾小路は少し考えたあと、頷いた。
「分かりました」
「こちらも協力しよう」
火神田も答える。
「ありがとうございます」
道具寺が頭を下げる。
そして。
職場体験の予定が、少しずつ形になっていった。
月曜日。
消防。
基礎体力や身体能力の測定。
警察も、その様子を見学する。
今後のカリキュラムの参考にするためだ。
サポートアイテムメーカーは、訓練に関する全日程に同行することが決まった。
こちらは、出久向けのサポートアイテム作りを目的としている。
火曜日。
消防。
午前は救助訓練。
午後からは避難誘導に関する座学とケーススタディ。
水曜日。
警察。
午前は格闘術。
午後からは、逮捕術を中心に実際の制圧方法を学ぶ。
木曜日。
警察。
午前は強行突入に関する座学とケーススタディ。
午後からは、警察、消防、サポートアイテムメーカーの三者を交え、装備についてのディスカッション。
そして。
金曜日。
カウンセリング団体。
午前はカウンセリングに関する座学。
午後からは、実際に現場で働く人たちから話を聞く。
どんな人達と、向き合ってきたのか。
どんなことに苦労したのか。
どうして、この仕事を選んだのか。
それを知る。
それだけでも。
出久にとっては、今まで知らなかった世界と触れることとなる。
「まるで」
出久が予定表を眺めながら呟く。
「塾に通うみたいですね」
「ははは」
火神田が笑う。
「まあ、似たようなもんかもしれんな」
「ただし」
綾小路が人差し指を立てる。
「本業は学生です」
「はい」
「ですから、職場体験以降については、学業に支障が出ない範囲で調整します」
「うむ」
「それが真っ当だな」
火神田が答える。
「ありがとうございます」
出久は頷いた。
「こちらこそ」
心野が笑う。
「私たちの業界を頼っていただけるだけで嬉しいですよ」
出久はもう一度、四人を見る。
自分がこれから何を学ぶのか。
まだ、すべては分からない。
けれど。
少なくとも。
自分が進みたい方向は、少しずつ見えてきた。
ヒーローになるために。
ヒーローだけを見ている必要はない。
人を助けるための方法は。
きっと、一つではないのだから。
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その日の夕方。
職員室。
扉が開いた。
「相澤先生……」
「ん?」
相澤が顔を上げる。
そこには、爆豪が立っていた。
「どうした」
「……職場体験のことで」
「ああ」
相澤は椅子にもたれた。
「爆豪は、まだ決まってなかったな」
「……」
勝己は黙ったまま、立っている。
「まあ座れ」
相澤が椅子を指す。
「話を聞こうか」
勝己はゆっくりと椅子に腰を下ろした。
そして。
「俺は……」
拳を握る。
「もっと強くなりてぇ」
短い言葉だった。
相澤は黙って聞いている。
「だから」
「俺と似た戦い方ができて」
「それでいて、俺より強ぇ奴」
「そういう奴んとこで学びてぇ」
「でも」
「俺には、それがどこなのか分からねぇ」
「だから」
「……」
勝己は、相澤の目をしっかりと見る。
「紹介してほしい」
相澤はしばらく黙っていた。
やがて。
「……なるほどな」
「お前が俺のところに来るってことは」
「自分の中では調べきったが」
「それでも見つからなかった」
「そういうことだろ」
「……」
「ああ」
勝己は呟く。
「少し待ってろ」
相澤は、既にとある人物を思い浮かべていた。
平和の象徴。
オールマイト。
その根幹に関わる人物を。
この時の勝己は。
まだ知らなかった。