無個性の私と、幼馴染のかっちゃん   作:千遇万歩

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第五章 はじめての秘密

 

朝。

 

いつものように、双葉幼稚園の園庭へ駆け込んできた出久は、大きく手を振った。

 

「かっちゃん!」

 

その声に、勝己が振り返る。

 

「おう。」

 

昨日のケンカが嘘だったみたいに、二人は自然と並んで歩き始める。

 

出久は少し嬉しそうに笑った。

 

「今日はケンカしないね。」

 

勝己は少し照れくさそうに鼻を鳴らす。

 

「毎日ケンカするやつなんかいねぇよ。」

 

「えへへ。」

 

その一言だけで、出久は安心したように笑った。

 

昨日まで胸につかえていたものが、春風と一緒にどこかへ飛んでいくようだった。

 

「今日はどこ行く?」

 

出久が尋ねる。

 

勝己は園庭の奥を指差した。

 

「もっと向こう。」

 

「昨日の先。」

 

「まだ行ったことねぇ。」

 

「探検だ。」

 

「たんけん!」

 

出久の目がきらりと輝く。

 

二人は木立のさらに奥へ進んでいく。

 

落ち葉を踏むたび、かさり、と優しい音がした。

 

やがて、小さな茂みを抜けると、そこにはぽっかりと開けた場所があった。

 

一本の大きな木。

 

足元いっぱいに咲く白い小さな花。

 

木漏れ日が葉っぱの隙間から降り注ぎ、まるで別の世界のようだった。

 

「わぁ……。」

 

 

 

出久は思わず声を漏らす。

 

「きれい。」

 

勝己も辺りを見回す。

 

「こんなとこあったんだ。」

 

その時だった。

 

葉っぱの上を、一匹のテントウムシがゆっくり歩いていく。

 

「あ!」

 

出久はしゃがみ込む。

 

「またいた!」

 

勝己も隣にしゃがむ。

 

今度は手を伸ばさない。

 

ただ、二人で静かに見つめる。

 

テントウムシは羽を少し開き、小さく飛び立った。

 

「あっ。」

 

出久が空を見上げる。

 

「お空いっちゃった。」

 

「また来る。」

 

勝己がぽつりと言う。

 

「ここなら。」

 

その言葉に、出久は辺りを見回した。

 

他の園児の姿は見えない。

 

先生の声も遠い。

 

聞こえるのは、小鳥のさえずりと葉っぱの揺れる音だけだった。

 

「……。」

 

出久は小さな声で言う。

 

「ここ。」

 

「すき。」

 

勝己も静かにうなずいた。

 

「俺も。」

 

二人は木の幹にもたれながら、しばらく何も話さなかった。

 

でも、不思議と退屈じゃない。

 

ただ同じ景色を見ているだけで、十分楽しかった。

 

午後。

 

自由遊びの時間。

 

二人は、午前中に見つけた大きな木のところへ、もう一度やって来ていた。

 

「まだいたかな。」

 

出久が辺りを見回す。

 

勝己は落ち葉をそっとめくる。

 

「あ。」

 

「いた。」

 

木の根元では、小さなダンゴムシがゆっくりと歩いていた。

 

少し離れた葉っぱには、さっきとは違うテントウムシも止まっている。

 

「ここ、いっぱいだね。」

 

出久は嬉しそうに笑う。

 

「うん。」

 

勝己も自然とうなずいた。

 

そのときだった。

 

遠くから子どもたちの声が聞こえてきた。

 

「こっちまで探検しようぜー!」

 

数人の園児がこちらへ向かって歩いてくる。

 

出久は思わず立ち上がった。

 

「かっちゃん。」

 

「みんな来ちゃう。」

 

勝己もそちらを見る。

 

せっかく見つけた場所。

 

みんなが走り回ったら、虫たちはどこかへ行ってしまうかもしれない。

 

出久は少しだけ考えてから、小さな声で言った。

 

「……ないしょにしない?」

 

勝己は首をかしげる。

 

「秘密?」

 

「うん。」

 

「虫さんたちが安心して暮らせるように。」

 

勝己はしばらく黙っていた。

 

それから、にやっと笑う。

 

「いいな、それ。」

 

「じゃあ。」

 

「俺たちだけの場所。」

 

出久の顔がぱっと明るくなる。

 

「うん!」

 

「二人だけ!」

 

ちょうどそのとき、園児たちが近くまでやって来た。

 

「勝己ー!」

 

「何してるー?」

 

勝己は何でもないという顔で振り返る

 

「別に。」

 

「なんもねぇ。」

 

出久も慌ててうなずく。

 

「う、うん!」

 

園児たちは辺りを少し見回したが、

 

「何もないじゃん。」

 

と言って、すぐに鬼ごっこの方へ戻っていった。

 

二人はほっと息をつく。

 

「ばれなかった。」

 

出久が小さく笑う。

 

勝己も得意そうに笑った。

 

「当たり前。」

 

そして、大きな木の幹をぽんと軽く叩く。

 

「ここ。」

 

「俺たちの秘密基地な。」

 

「ひみつきち?」

 

出久は初めて聞く言葉に目を輝かせた。

 

「うん!」

 

「ひみつきち!」

 

二人は顔を見合わせて笑う。

 

それから、木の幹にそっと手を当てた。

 

誰にも言わない。

 

二人だけが知っている、小さな宝物。

 

夕方。

 

帰る時間。

 

園庭を出る前、出久は小さな声で確認する。

 

「今日のこと。」

 

「だれにも言わないね。」

 

勝己は力強くうなずいた。

 

「おう。」

 

「秘密だからな。」

 

「うん!」

 

出久も笑顔でうなずく。

 

二人は並んで幼稚園の門を出る。

 

振り返ると、大きな木が夕日に照らされていた。

 

そこには今日も、小さな虫たちが静かに暮らしている。

 

その場所は、誰も知らない。

 

二人だけの、大切な秘密。

 

約束は、未来を信じる言葉だった。

 

そして秘密は、

 

二人だけが知る、かけがえのない宝物になった。

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