無個性の私と、幼馴染のかっちゃん   作:千遇万歩

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第八章 キッカケ

 

職場体験初日。

 

消防施設。

 

広い訓練場では、朝から様々な訓練が行われていた。

 

その一角。

 

出久は、消防隊員たちに混じって基礎体力と身体能力の測定を受けていた。

 

「次、持久走!」

 

「はい!」

 

合図と共に、出久が走り出す。

 

一定の速度を保ちながら、黙々と走り続ける。

 

隣を走る若手消防隊員たちも、負けじと速度を上げていく。

 

しかし。

 

時間が経つほど、その差は少しずつ現れていった。

 

出久の呼吸も乱れている。

 

それでも。

 

足は止まらない。

 

一定のリズムを崩すことなく、前へ進み続けている。

 

やがて測定が終わった。

 

出久は息を整えながら、その場に立っていた。

 

「……なるほどな」

 

少し離れた場所から、火神田剛が様子を見ていた。

 

その隣には警察側の見学人、綾小路理人。

 

そして、サポートアイテムメーカーの道具寺創がいる。

 

「火神田さんから見て、どうですか?」

 

綾小路が尋ねる。

 

火神田は腕を組んだ。

 

「持久的な体力は、かなり高い」

 

「やはり、そうですか」

 

「うちの若い連中と比べても、上澄みの方だ」

 

「特に、長時間動き続ける能力は目を見張るものがある」

 

道具寺が手元のタブレットへ何かを書き込んでいく。

 

「持久力……かなり高い、と」

 

「ただな」

 

火神田が続ける。

 

「重量物を扱う種目になると、少し話が変わる」

 

「周りより、劣りますか」

 

綾小路が確認する。

 

「ああ」

 

「もちろん、一般的な高校生と比べりゃ十分だ」

 

「だが、消防隊員として見るなら、まだまだ伸ばさないといけない」

 

「なるほど」

 

道具寺が顔を上げる。

 

「専用の設備が必要になる領域ですね」

 

「そうだな」

 

「これまで鍛えてきたとしても、そこまで手を回すのは難しかったでしょう」

 

「学生ということを考えれば、なおさらだな」

 

火神田は出久を見る。

 

「それに」

 

「単純に重量物を持ち上げればいいだけじゃない」

 

「現場はジムではないからな」

 

「握りやすいバーベルを、持ち上げるのとは訳が違う」

 

「身体の使い方が伴わないといけない」

 

「なるほど……」

 

道具寺は楽しそうに再びタブレットへ視線を落とした。

 

「だったら、単純に出力を補助するだけじゃ駄目ですね」

 

「動きを阻害するものであってはならない」

 

「そうしてくれ」

 

火神田が笑う。

 

「しかし、持久力が高いというのは好ましい結果だ」

 

「いくら力が強くてもな」

 

「すぐにバテるようじゃ、現場では役に立たん」

 

「救助活動は、短距離走じゃないからな」

 

「納得です」

 

綾小路も頷く。

 

「緑谷さんの場合、戦闘だけを前提に身体能力を見る必要はない」

 

「救助、避難誘導、長時間の活動」

 

「そういった場面でも、この持久力は大きな武器になりそうですね」

 

「その通りだ」

 

火神田は、再び訓練場へ視線を戻す。

 

「さて」

 

「ここから、どう伸ばすかだな」

 

道具寺が笑った。

 

「楽しそうですね」

 

「楽しいさ」

 

火神田も笑った。

 

---

 

同じ頃。

 

グラントリノの事務所から、少し離れた建物。

 

外からは何の音も聞こえない。

 

しかし。

 

その内部では。

 

二人の男が、激しい攻防を繰り広げていた。

 

「どうした!」

 

グラントリノが叫ぶ。

 

「まだ一発も入ってねぇぞ!」

 

「チッ!」

 

勝己が舌打ちする。

 

「元気な爺さんだな……!」

 

グラントリノが壁を蹴った。

 

そのまま、身体が宙を舞う。

 

壁。

 

天井。

 

床。

 

あらゆる場所を足場にして、縦横無尽に空間を駆け抜けていく。

 

「そこか!」

 

勝己の手から爆破が起こる。

 

身体が一気に加速する。

 

追う。

 

追いつく。

 

しかし。

 

「甘い!」

 

グラントリノの姿が消える。

 

「ッ!」

 

勝己が振り向く。

 

すでに別の方向へ移動している。

 

勝己も爆破で身体を飛ばす。

 

地面に足をつけない。

 

爆破によって身体を加速させ。

 

方向を変え。

 

また爆破する。

 

二人の戦闘は、長い時間続いていた。

 

これまでの勝己の戦闘とは違う。

 

前。

 

後。

 

右。

 

左。

 

それだけではない。

 

上。

 

下。

 

空間そのものを使った戦い。

 

三次元の戦闘。

 

そこでは。

 

圧倒的にグラントリノの方が上だった。

 

経験値が違う。

 

身体の動かし方。

 

視線。

 

判断。

 

次の一手を読む速度。

 

何もかもが一枚上手だった。

 

そして。

 

「チッ……!」

 

勝己は、もう一度爆破する。

 

腕が熱い。

 

呼吸も荒い。

 

爆破を出し続けることによる消耗が、確実に身体へ蓄積している。

 

それでも。

 

勝己の口元には。

 

笑みが浮かんでいた。

 

――楽しい。

 

こんなに消耗したのは、いつ以来だ。

 

今までの訓練なら。

 

どこかで余裕を残していた。

 

余裕を残して、決着をつけられた。

 

だが。

 

目の前の老人には。

 

まだ届かない。

 

「……!」

 

勝己が爆破する。

 

グラントリノを追う。

 

その瞬間。

 

グラントリノの目が細くなった。

 

(こいつ……)

 

勝己の動きを見る。

 

(いい顔してやがる)

 

追いつけない。

 

それでも。

 

諦めるどころか。

 

楽しんでいる。

 

この手合わせに。

 

意味を見出している。

 

(センスもいい)

 

勝己が再び爆破する。

 

(こいつは、化けるぜ)

 

グラントリノは、ニヤリと笑った。

 

(間違いねぇ)

 

(ダイヤモンドの原石)

 

(磨けば、とんでもないものになる)

 

老いぼれが、こんな後進を育てるというのも。

 

悪くねぇ。

 

そう思った。

 

「どうした!」

 

グラントリノが叫ぶ。

 

「もう終わりか、小僧!」

 

「誰が!」

 

勝己が爆破する。

 

しかし。

 

次の瞬間。

 

「……!」

 

勝己の爆破が途絶えた。

 

「クソッ……!」

 

推力を失った身体が宙に浮く。

 

その一瞬。

 

勝己の身体は、無防備になった。

 

「隙だらけだぜ!」

 

「ぐッ!!」

 

グラントリノの一撃が、勝己の身体へ叩き込まれる。

 

「ぐあっ!」

 

勝己の身体が吹き飛ぶ。

 

壁に叩きつけられ。

 

そのまま床へ落ちた。

 

「……」

 

勝己は息を整えながら、ゆっくり身体を起こす。

 

グラントリノが歩いてくる。

 

「最初にしちゃ、悪くねぇな」

 

「ウス……」

 

勝己は立ち上がる。

 

「ありがとうございます……先生」

 

「俺は先生じゃねぇ!」

 

「……」

 

勝己が少し考える。

 

「師匠……」

 

「お前は弟子にした覚えはねぇ!」

 

「チッ……」

 

「……」

 

「爺……」

 

「口の聞き方が分かってねぇなあ!」

 

グラントリノが呆れたようにキレる。

 

しかし。

 

すぐに表情を緩めた。

 

「まあいい」

 

「『勝己』」

 

「昼飯食ったら続きやるぞ」

 

「奢ってやるから、ついてこい」

 

そう言って。

 

グラントリノは勝己に背を向ける。

 

「……ウス」

 

勝己はゆっくりと立ち上がった。

 

そして。

 

その背中を追う。

 

昼食を挟み。

 

午後も訓練は続いた。

 

そして。

 

気がつけば、外は夕暮れになっていた。

 

職場体験初日。

 

長い一日が終わる。

 

---

 

グラントリノの事務所。

 

「勝己」

 

「今日はどうだった?」

 

グラントリノが尋ねる。

 

勝己は少し考えてから答えた。

 

「俺は手を使わなきゃ飛べねぇ」

 

「だから、態勢を立て直してる間に」

 

「一手、二手と先をいかれる」

 

「……そんな感じだった」

 

グラントリノが笑う。

 

「ほう」

 

「明日はそうはいかねぇ」

 

「はん!」

 

「生意気だな!」

 

グラントリノは楽しそうに笑った。

 

そして。

 

ふと。

 

勝己を見る。

 

「勝己」

 

「ん?」

 

「お前の個性は何だ?」

 

「言ってみろ」

 

「個性……?」

 

勝己は少し眉を寄せる。

 

「手から出た汗を爆破できる……だ」

 

「それだ!」

 

グラントリノが指を突きつける。

 

「俺は身体の構造上、足の裏からしか飛べねぇ」

 

「だが、お前は『汗』なんだろ?」

 

「……」

 

「何で手だけに限定してる?」

 

「……!」

 

勝己の目が変わった。

 

「考えてもみろ」

 

グラントリノは続ける。

 

「個性なんてのは、最初に診断した医者が勝手に名前をつけてるだけだ」

 

「小さい頃は、そうだったかもしれねぇ」

 

「だがな」

 

「本人が縮こまってどうする!」

 

「原点を考えろ!」

 

「原点を!」

 

「……」

 

勝己は、自分の手を見る。

 

爆破。

 

手。

 

汗。

 

自分の個性。

 

これまで当たり前だと思っていたこと。

 

それを。

 

初めて違う角度から考える。

 

「個性の……原点……」

 

グラントリノは、そんな勝己を見ていた。

 

(流石だな)

 

(何か掴んだ顔してやがる)

 

(ちょっとふっかけてみたつもりが……)

 

(大当たりだったな)

 

グラントリノは、それを口には出さなかった。

 

ただ。

 

口元だけを、少し吊り上げる。

 

「……爺」

 

「ん?」

 

勝己が顔を上げる。

 

「ありがとう」

 

「爺は余計だっつーの!」

 

「クソガキ!」

 

勝己は、ほんの少しだけ笑った。

 

その日の訓練で。

 

勝己は、まだ知らなかった。

 

この一言が。

 

自分の個性と向き合う上で。

 

大きなキッカケになることを。

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