職場体験初日。
消防施設。
広い訓練場では、朝から様々な訓練が行われていた。
その一角。
出久は、消防隊員たちに混じって基礎体力と身体能力の測定を受けていた。
「次、持久走!」
「はい!」
合図と共に、出久が走り出す。
一定の速度を保ちながら、黙々と走り続ける。
隣を走る若手消防隊員たちも、負けじと速度を上げていく。
しかし。
時間が経つほど、その差は少しずつ現れていった。
出久の呼吸も乱れている。
それでも。
足は止まらない。
一定のリズムを崩すことなく、前へ進み続けている。
やがて測定が終わった。
出久は息を整えながら、その場に立っていた。
「……なるほどな」
少し離れた場所から、火神田剛が様子を見ていた。
その隣には警察側の見学人、綾小路理人。
そして、サポートアイテムメーカーの道具寺創がいる。
「火神田さんから見て、どうですか?」
綾小路が尋ねる。
火神田は腕を組んだ。
「持久的な体力は、かなり高い」
「やはり、そうですか」
「うちの若い連中と比べても、上澄みの方だ」
「特に、長時間動き続ける能力は目を見張るものがある」
道具寺が手元のタブレットへ何かを書き込んでいく。
「持久力……かなり高い、と」
「ただな」
火神田が続ける。
「重量物を扱う種目になると、少し話が変わる」
「周りより、劣りますか」
綾小路が確認する。
「ああ」
「もちろん、一般的な高校生と比べりゃ十分だ」
「だが、消防隊員として見るなら、まだまだ伸ばさないといけない」
「なるほど」
道具寺が顔を上げる。
「専用の設備が必要になる領域ですね」
「そうだな」
「これまで鍛えてきたとしても、そこまで手を回すのは難しかったでしょう」
「学生ということを考えれば、なおさらだな」
火神田は出久を見る。
「それに」
「単純に重量物を持ち上げればいいだけじゃない」
「現場はジムではないからな」
「握りやすいバーベルを、持ち上げるのとは訳が違う」
「身体の使い方が伴わないといけない」
「なるほど……」
道具寺は楽しそうに再びタブレットへ視線を落とした。
「だったら、単純に出力を補助するだけじゃ駄目ですね」
「動きを阻害するものであってはならない」
「そうしてくれ」
火神田が笑う。
「しかし、持久力が高いというのは好ましい結果だ」
「いくら力が強くてもな」
「すぐにバテるようじゃ、現場では役に立たん」
「救助活動は、短距離走じゃないからな」
「納得です」
綾小路も頷く。
「緑谷さんの場合、戦闘だけを前提に身体能力を見る必要はない」
「救助、避難誘導、長時間の活動」
「そういった場面でも、この持久力は大きな武器になりそうですね」
「その通りだ」
火神田は、再び訓練場へ視線を戻す。
「さて」
「ここから、どう伸ばすかだな」
道具寺が笑った。
「楽しそうですね」
「楽しいさ」
火神田も笑った。
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同じ頃。
グラントリノの事務所から、少し離れた建物。
外からは何の音も聞こえない。
しかし。
その内部では。
二人の男が、激しい攻防を繰り広げていた。
「どうした!」
グラントリノが叫ぶ。
「まだ一発も入ってねぇぞ!」
「チッ!」
勝己が舌打ちする。
「元気な爺さんだな……!」
グラントリノが壁を蹴った。
そのまま、身体が宙を舞う。
壁。
天井。
床。
あらゆる場所を足場にして、縦横無尽に空間を駆け抜けていく。
「そこか!」
勝己の手から爆破が起こる。
身体が一気に加速する。
追う。
追いつく。
しかし。
「甘い!」
グラントリノの姿が消える。
「ッ!」
勝己が振り向く。
すでに別の方向へ移動している。
勝己も爆破で身体を飛ばす。
地面に足をつけない。
爆破によって身体を加速させ。
方向を変え。
また爆破する。
二人の戦闘は、長い時間続いていた。
これまでの勝己の戦闘とは違う。
前。
後。
右。
左。
それだけではない。
上。
下。
空間そのものを使った戦い。
三次元の戦闘。
そこでは。
圧倒的にグラントリノの方が上だった。
経験値が違う。
身体の動かし方。
視線。
判断。
次の一手を読む速度。
何もかもが一枚上手だった。
そして。
「チッ……!」
勝己は、もう一度爆破する。
腕が熱い。
呼吸も荒い。
爆破を出し続けることによる消耗が、確実に身体へ蓄積している。
それでも。
勝己の口元には。
笑みが浮かんでいた。
――楽しい。
こんなに消耗したのは、いつ以来だ。
今までの訓練なら。
どこかで余裕を残していた。
余裕を残して、決着をつけられた。
だが。
目の前の老人には。
まだ届かない。
「……!」
勝己が爆破する。
グラントリノを追う。
その瞬間。
グラントリノの目が細くなった。
(こいつ……)
勝己の動きを見る。
(いい顔してやがる)
追いつけない。
それでも。
諦めるどころか。
楽しんでいる。
この手合わせに。
意味を見出している。
(センスもいい)
勝己が再び爆破する。
(こいつは、化けるぜ)
グラントリノは、ニヤリと笑った。
(間違いねぇ)
(ダイヤモンドの原石)
(磨けば、とんでもないものになる)
老いぼれが、こんな後進を育てるというのも。
悪くねぇ。
そう思った。
「どうした!」
グラントリノが叫ぶ。
「もう終わりか、小僧!」
「誰が!」
勝己が爆破する。
しかし。
次の瞬間。
「……!」
勝己の爆破が途絶えた。
「クソッ……!」
推力を失った身体が宙に浮く。
その一瞬。
勝己の身体は、無防備になった。
「隙だらけだぜ!」
「ぐッ!!」
グラントリノの一撃が、勝己の身体へ叩き込まれる。
「ぐあっ!」
勝己の身体が吹き飛ぶ。
壁に叩きつけられ。
そのまま床へ落ちた。
「……」
勝己は息を整えながら、ゆっくり身体を起こす。
グラントリノが歩いてくる。
「最初にしちゃ、悪くねぇな」
「ウス……」
勝己は立ち上がる。
「ありがとうございます……先生」
「俺は先生じゃねぇ!」
「……」
勝己が少し考える。
「師匠……」
「お前は弟子にした覚えはねぇ!」
「チッ……」
「……」
「爺……」
「口の聞き方が分かってねぇなあ!」
グラントリノが呆れたようにキレる。
しかし。
すぐに表情を緩めた。
「まあいい」
「『勝己』」
「昼飯食ったら続きやるぞ」
「奢ってやるから、ついてこい」
そう言って。
グラントリノは勝己に背を向ける。
「……ウス」
勝己はゆっくりと立ち上がった。
そして。
その背中を追う。
昼食を挟み。
午後も訓練は続いた。
そして。
気がつけば、外は夕暮れになっていた。
職場体験初日。
長い一日が終わる。
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グラントリノの事務所。
「勝己」
「今日はどうだった?」
グラントリノが尋ねる。
勝己は少し考えてから答えた。
「俺は手を使わなきゃ飛べねぇ」
「だから、態勢を立て直してる間に」
「一手、二手と先をいかれる」
「……そんな感じだった」
グラントリノが笑う。
「ほう」
「明日はそうはいかねぇ」
「はん!」
「生意気だな!」
グラントリノは楽しそうに笑った。
そして。
ふと。
勝己を見る。
「勝己」
「ん?」
「お前の個性は何だ?」
「言ってみろ」
「個性……?」
勝己は少し眉を寄せる。
「手から出た汗を爆破できる……だ」
「それだ!」
グラントリノが指を突きつける。
「俺は身体の構造上、足の裏からしか飛べねぇ」
「だが、お前は『汗』なんだろ?」
「……」
「何で手だけに限定してる?」
「……!」
勝己の目が変わった。
「考えてもみろ」
グラントリノは続ける。
「個性なんてのは、最初に診断した医者が勝手に名前をつけてるだけだ」
「小さい頃は、そうだったかもしれねぇ」
「だがな」
「本人が縮こまってどうする!」
「原点を考えろ!」
「原点を!」
「……」
勝己は、自分の手を見る。
爆破。
手。
汗。
自分の個性。
これまで当たり前だと思っていたこと。
それを。
初めて違う角度から考える。
「個性の……原点……」
グラントリノは、そんな勝己を見ていた。
(流石だな)
(何か掴んだ顔してやがる)
(ちょっとふっかけてみたつもりが……)
(大当たりだったな)
グラントリノは、それを口には出さなかった。
ただ。
口元だけを、少し吊り上げる。
「……爺」
「ん?」
勝己が顔を上げる。
「ありがとう」
「爺は余計だっつーの!」
「クソガキ!」
勝己は、ほんの少しだけ笑った。
その日の訓練で。
勝己は、まだ知らなかった。
この一言が。
自分の個性と向き合う上で。
大きなキッカケになることを。