グラントリノ事務所。
朝。
「おはよう」
「ん?」
「……いい匂いだな」
台所に立っていた勝己が、手を止める。
「爺……」
勝己が振り返る。
「爺は余計だっつー……!?」
「飯、作った」
「食うか?」
「勝己、お前……」
グラントリノが台所を見る。
「飯作れるのか?」
「簡単なもんならな」
「冷蔵庫、勝手に使ったぞ」
「ああ」
「構わねえ」
勝己が、グラントリノを見る。
「……」
しばらくして。
「爺、もうコスチューム着てるのか」
「はん」
グラントリノは鼻を鳴らす。
「当たり前だろ!」
「常在戦場だ!」
「……なるほどな」
「爺」
「ん?」
「飯、これくらいでいいか?」
勝己がお椀をグラントリノ見せる。
「ああ」
「それくらいでいい」
「ありがとよ」
「……おう」
二人はテーブルについた。
黙々と朝食が進む。
食後、勝己はスマホを手に取っていた。
グラントリノが少しだけ目を細める。
「彼女か?」
「ちげぇ」
勝己は即答する。
「幼馴染だ」
「弁当作ってくれた」
「ああ」
グラントリノは思い出したように頷く。
「あれは美味かったな」
「そうか」
「言っとく」
「今度、俺の分も作ってくれってな!」
「ああ」
「作ってくれると思うぞ」
「……」
グラントリノが勝己を見る。
「その子は、どこのヒーロー事務所に行ってんだ?」
「ヒーロー事務所には行ってねえ」
「雄英の生徒じゃねえのか?」
「雄英だよ」
「……」
グラントリノの動きが止まる。
「何か訳ありか?」
「無個性なんだよ」
「……!」
グラントリノの目が見開かれる。
「だから」
勝己はスマホをテーブルへ置く。
「警察とか消防とかに、今は行ってる」
「……カウンセリングの所もだな」
「……」
グラントリノは黙った。
「何だよ、爺」
「急に黙って」
「いや……」
グラントリノは少し考える。
「体育祭、出てた子だろ」
「ああ」
「体育祭を見ててな」
「まあ」
「俺にも思うところがあるんだよ」
「そうか……あの子か」
グラントリノは、もう一度考えるように目を伏せた。
「警察や消防か」
「……悪くねぇ選択だ」
「伸びるな、きっと」
「当たり前だろ」
勝己が即答する。
「お前が言うな!」
二人の間に笑い声が響く。
しばらくして。
グラントリノが、ふと真面目な顔になる。
「まあ」
「余計なお世話かもしれねぇがな」
「これから、お前達には適材適所」
「得意な分野と、不得意な分野がくっきり出てくるだろう」
勝己は黙って聞いている。
「勝己は、勝己の得意な分野を伸ばせ」
「分かったか?」
「……分かってるよ」
勝己は短く答えた。
---
消防施設。
同じ頃。
「次、三連はしご!」
「はい!」
訓練場に声が響く。
出久は消防隊員たちと共に、救助訓練へ参加していた。
昨日行われた基礎体力と身体能力の測定とは違う。
今日は。
実際に現場で使われる道具を扱う。
「まずはロープ!」
隊員の指示に従い、出久がロープを手に取る。
「結び方を覚えるだけじゃないぞ!」
「固定する場所」
「荷重がどう掛かるか」
「それを考えろ!」
「はい!」
出久は真剣な表情でロープを扱っていく。
続いて。
カラビナ。
滑車。
簡易担架。
次々と道具を扱っていく。
これまで。
出久が独学で身につけてきた技術とは、濃さがまるで違う。
人を助けるために研鑽され、受け継がれた技術。
複数の人間が連携し。
安全を確保し。
要救助者を救い出す。
「よし!」
「次!」
出久は再び動き出す。
その様子を。
少し離れた場所から二人が見ていた。
火神田剛。
そして。
道具寺創。
「昨日とは、違った顔をしていますね」
道具寺が言う。
「そうだな」
火神田が腕を組む。
「昨日は自分の身体能力を測る日だった」
「今日は、その身体をどう使うかを学ぶ日だ」
道具寺がタブレットへ記録していく。
「道具を使った動作になると、やはり興味深いですね」
「何がだ?」
「緑谷さんは、初めて触る道具でも、いきなり力任せに使おうとしない」
「観察してから動いている」
火神田が頷く。
「現場向きだな」
「消防の仕事は、腕力だけじゃない」
「状況を見る」
「周りを見る」
「道具を選ぶ」
「そして、仲間と合わせる」
綾小路が出久を見る。
「戦闘能力だけでは測れない部分ですね」
「ああ」
「むしろ」
火神田は笑った。
「こういうところに、緑谷の強みが出るかもしれんな」
「強み……ですか?」
「無個性だからこそ」
火神田は出久を見る。
「自分一人で何でも解決しようとはしない」
「道具を使う」
「人の力を借りる」
「周りと合わせる」
「そういう発想を、最初から持っている」
道具寺が興味深そうに頷く。
「なるほど」
「それなら、サポートアイテムとの相性も良さそうですね」
「だろうな」
火神田は笑う。
「ただし」
「まだまだ覚えることは山ほどあるがな」
二人の視線の先で。
出久は、再びロープを手に取っていた。
昼を挟み。
午後。
消防施設内の教室。
「午前中にやった救助活動は」
火神田がホワイトボードの前に立つ。
「一人で完結するものじゃない」
「要救助者がいる」
「救助する隊員がいる」
「周囲の安全を確認する隊員もいる」
「だからこそ」
火神田はホワイトボードへ図を書いていく。
「避難誘導が重要になる」
「例えば」
「火災が発生した建物から、大勢の人間を避難させる」
「その時」
「ただ出口を指示すればいいと思うか?」
「……違います」
出久が答える。
「人の流れが集中すれば、逆に危険になります」
「その通りだ」
火神田が頷く。
「では、出口が一つ塞がれた場合は?」
出久は図を見る。
「別の避難経路を確保します」
「だが、その経路に煙が流れていたら?」
「……」
出久は考える。
「避難経路そのものを変更する必要があります」
「そうだ」
火神田が頷く。
「正解を覚えるんじゃない」
「その場で考えるんだ」
「現場は、教科書通りにはいかんからな」
出久は真剣にメモを取る。
その様子を。
道具寺は黙って見ていた。
そして。
タブレットへ、新たな項目を書き込む。
---
その頃。
グラントリノの事務所から、少し離れた建物。
「どうした!」
グラントリノが叫ぶ。
「まだ一発も入ってねぇぞ!」
「チッ!」
勝己が爆破する。
身体が一気に跳ね上がった。
昨日とは違う。
明らかに。
動きが速い。
三次元の戦闘への適応が見える。
「ほう!」
グラントリノが笑う。
壁を蹴る。
勝己も追う。
昨日覚えたばかりの動きを。
すぐに自分のものへ変えていく。
右。
左。
上。
下。
爆破によって身体の向きを変える。
グラントリノが進路を変える。
勝己も追随する。
「そこだ!」
拳を振る。
だが。
「甘い!」
グラントリノが消える。
「ッ!」
勝己が振り返る。
背後。
「遅い!」
「チッ!」
勝己が爆破。
身体が跳ねる。
間一髪。
拳をかわす。
「昨日よりはマシになったな!」
「うるせぇ!」
勝己が再び爆破する。
追う。
追う。
追う。
だが。
届かない。
昨日よりも動けている。
昨日よりも、長く戦えている。
それでも。
老人は、そのさらに先にいる。
「どうした!」
「もう終わりか!」
「クソッ!」
勝己は歯を食いしばる。
腕が痛い。
肩が重い。
手のひらが熱い。
それでも。
止まらない。
グラントリノは、そんな勝己を見ていた。
(昨日より動けてる)
(飲み込みも早ぇ)
(だが)
グラントリノは、あえて速度を落とさない。
むしろ。
少しずつ。
少しずつ。
勝己を限界へ近づけていく。
「ほら!」
勝己が避ける。
「甘ぇな!」
グラントリノの蹴りが迫る。
勝己が爆破。
身体を捻る。
避ける。
着地。
その瞬間。
「まだだ!」
「ッ!」
再びグラントリノが迫る。
「クソッ!」
爆破。
しかし。
「遅ぇ!」
勝己の身体が吹き飛ばされる。
「ぐッ!」
床を転がる。
勝己はすぐに起き上がる。
「……まだだ」
グラントリノは何も言わない。
ただ。
勝己を見ている。
(お前みたいな奴は)
(簡単に諦めねぇのを)
(俺は知ってる)
「どうした!」
「まだ一発も入ってねぇぞ!」
勝己が顔を上げる。
「……分かってる!」
爆破。
再び飛ぶ。
グラントリノの口元が僅かに上がった。
(見せてみろ)
(お前の、その先を)
勝己は。
必死に食らいついていた。
昨日。
初めて味わった三次元の戦闘。
そして。
今日。
その動きを、自分なりに取り込んだ。
だが。
それでも届かない。
「クソッ!」
爆破。
身体を飛ばす。
グラントリノが避ける。
勝己も方向を変える。
しかし。
「甘いぞ!」
「……!」
また読まれた。
「ぐっ!」
床へ叩き落とされる。
息が苦しい。
腕が上がらない。
それでも。
立つ。
「……まだだ」
グラントリノが見ている。
勝己も、その目を見た。
分かっている。
この老人は。
自分が限界を越えるために。
そのための場所を作ってくれている。
攻撃を避ける。
追い込む。
逃げ道を塞ぐ。
そして。
最後の一歩を。
自分で踏み出させようとしている。
「……」
有り難い。
そう思った。
同時に。
腹が立った。
こんなにも手を尽くしてもらって。
それでも。
届かない自分に。
「クソが……!」
あと少し。
あと少し飛べれば。
届く距離。
「こんな所で……」
勝己は拳を握る。
「俺は……」
身体が震える。
「止まってられねぇェェ!!」
その瞬間。
「……!」
何かが。
身体の内側で爆ぜた。
爆破とは違う。
けれど。
確かに。
爆発に似た感覚。
身体の奥。
もっと深い場所から。
力が湧き上がる。
「今なら……!」
勝己が踏み込む。
手から。
爆破の連続。
勝己は飛ぶ。
グラントリノに接近する。
交差する二人。
勝己の猛攻が。
グラントリノを襲う。
それでも。
グラントリノの判断力に衰えはない。
一手一手、確実に。
捌き、いなし、反撃を加える。
またしても。
勝己は届かない。
勝己の高度が落ちる。
推力が届かない。
しかし。
「クソォぉぉ!!」
「届けェェぇぇ!!」
――ドンッ!!
勝己の脚から。
爆炎が噴き出した。
「なっ!」
グラントリノの目が見開かれる。
一瞬。
勝己の身体が、今までとは比べものにならない
速度で飛ぶ。
「グッ!」
拳が。
グラントリノの身体を捉えた。
「――!」
衝撃。
グラントリノの身体が吹き飛ぶ。
しかし。
空中で姿勢を整える。
そして。
そのまま着地。
グラントリノが勝己を見る。
勝己は。
力なく落ち。
床に叩きつけられる。
勝己の脚からは、煙が上がっていた。
「勝己!」
グラントリノが駆け寄る。
「大丈夫か!」
「……」
勝己は答えない。
ゆっくりと顔を上げる。
「爺……」
「あん?」
「……ありがとうございました」
グラントリノは。
一瞬だけ目を細めた。
そして。
「はん!」
鼻を鳴らす。
「一発入れたくらいで、調子に乗るんじゃねぇよ!」
「チッ……」
勝己は悔しそうに舌打ちする。
だが。
その口元には。
ほんの僅かに笑みがあった。
グラントリノもまた。
勝己には見えないところで。
僅かに笑っていた。
(やるじゃねぇか)
(勝己)
昨日。
初めて与えられたキッカケ。
今日。
勝己は、それを自分の力へ変えた。
まだ。
ほんの一歩。
それでも。
確かに。
昨日までの自分にはなかった一歩だった。