無個性の私と、幼馴染のかっちゃん   作:千遇万歩

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第十一章 本物

 

建物の影。

 

出久は、足を止めていた。

 

「……」

 

先ほど感じた気配。

 

確かに。

 

この辺りからだった。

 

出久は周囲を見渡す。

 

人通りのある大通りから、一本外れた道。

 

建物と建物の間。

 

その奥に。

 

僅かに赤いものが見えた。

 

「……血?」

 

出久は目を細める。

 

近づいてみる。

 

やはり。

 

血痕だった。

 

まだ乾ききっていない。

 

「……」

 

出久は、小さく息を吐いた。

 

そして。

 

一歩。

 

足を踏み入れる。

 

細い路地を進む。

 

建物の隙間。

 

薄暗い。

 

人の気配はない。

 

けれど。

 

血痕だけが続いている。

 

「……」

 

出久は警戒しながら歩く。

 

そして。

 

路地を抜けた先。

 

開けた場所に。

 

一人の男がいた。

 

無数の刃物を身につけ。

 

身体には生々しい傷。

 

その場に立っているだけで、普通の人間ではないことが分かる。

 

出久は足を止めた。

 

男も。

 

こちらを見る。

 

視線がぶつかる。

 

「……」

 

出久は、相手から目を逸らさなかった。

 

「ヴィランですね?」

 

男は僅かに目を細める。

 

「……ああ」

 

即答だった。

 

出久は鞄を下ろす。

 

そして。

 

中を探り始める。

 

男の視線が鋭くなる。

 

「……何をしている」

 

「救急用品です」

 

出久は顔を上げる。

 

「その傷を手当てします」

 

「……何故だ?」

 

男の声が低くなる。

 

「……お前はヒーロー側なんだろ?ハァ……」

 

「はい」

 

「……ならば、俺を放っておけばいい」

 

「意味が分かりません」

 

「それが手当てをしない理由には、ならないですよね」

 

男の目が僅かに見開かれる。

 

出久は救急用品を取り出す。

 

「いいから、黙って手当てされて下さい」

 

「面白い」

 

男が笑う。

 

「俺がその時、お前を殺すかもしれないぞ」

 

「……」

 

二人の目が合う。

 

出久は。

 

一歩も引かなかった。

 

男も。

 

目を逸らさない。

 

しばらく。

 

沈黙が続く。

 

やがて。

 

男が呟いた。

 

「……本物か」

 

「何がです?」

 

出久は首を傾げる。

 

そして。

 

そのまま男へ近づいた。

 

「ごちゃごちゃ煩いですね」

 

「思想犯って奴ですか?」

 

「……」

 

出久は傷を確認する。

 

「まあ、何でもいいです」

 

「とにかく、手当てしますから」

 

男は出久を見下ろす。

 

「俺を知らないのか?」

 

「ええ」

 

出久は即答した。

 

「さっぱり」

 

「……」

 

男の目が細くなる。

 

出久は傷の手当てを始めた。

 

「……」

 

「……」

 

しばらく。

 

静かな時間が流れる。

 

やがて。

 

男が口を開いた。

 

「さっきの救助とは、ずいぶん口調が違うな」

 

出久の手が止まる。

 

そして。

 

ゆっくり顔を上げた。

 

「……やっぱり」

 

「見てたのは、あなただったんですね」

 

男は答えない。

 

出久は、再び手当てを続ける。

 

「残念でしたね」

 

「……何がだ」

 

「あいにく」

 

出久は傷口を確認しながら言う。

 

「ヴィランに引くほど弱くはないので」

 

「……」

 

男の目が細くなる。

 

「俺は、お前を知っているぞ」

 

「緑谷出久だろ」

 

「体育祭で見た口ですか?」

 

「……ああ」

 

「なるほど」

 

出久は納得したように頷く。

 

「……お前は」

 

男が問う。

 

「この世界を、どう思う?」

 

「……?」

 

「偽物が蔓延る、この社会を」

 

出久は少し考える。

 

「何言ってるか分かりませんね」

 

「……何?」

 

「偽物って、何を指してるんですか?」

 

男は目を細める。

 

そして。

 

ゆっくりと口を開いた。

 

「本来、英雄とは」

 

「己の身を顧みず、他者を救う者」

 

「名声や金のためではない」

 

「己の利益のためでもない」

 

「だが、この社会には」

 

「ただ人気を得るため」

 

「金を稼ぐため」

 

「己の欲を満たすため」

 

「そんな者達が、英雄を名乗っている」

 

「本来の意味を失った英雄」

 

「それが、偽物だ。ハァ……」

 

男の声には。

 

明確な怒りがあった。

 

「……なるほど」

 

出久は手当てを続ける。

 

男が問う。

 

「では、どう思う?」

 

「この社会を」

 

「偽物が蔓延る、この世界を」

 

出久は少しだけ考えた。

 

「……改めて考えてましたけど」

 

「心底どうでもいいです」

 

「……何?」

 

男の眉間に皺が寄る。

 

「黙って聞きなさい」

 

出久も男を睨み返す。

 

「あなたが何を言いたいのかは分かりました」

 

「偽物が増えて」

 

「英雄というものの意味が薄れている」

 

「そういうことですよね?」

 

男は黙っている。

 

「その考え方は、理解できます」

 

「でも」

 

出久は。

 

真っ直ぐ男を見る。

 

「共感はできません」

 

男の目が細くなる。

 

「無個性の私からしたら」

 

「本物も偽物も、みんな舞台に上がれた人達です」

 

「舞台に上がれた人達に対して」

 

「本物だ、偽物だって言っている」

 

「そんなこと、勝手にやればいいと思います」

 

男は黙っている。

 

出久は続ける。

 

「それよりも」

 

「舞台に上がれず」

 

「諦めてしまった人」

 

「途中で折れてしまった人」

 

「自分には無理だって」

 

「最初から諦めてしまった人」

 

出久の手が止まる。

 

「そういう人達に、私は手を差し伸べたい」

 

男の目が僅かに動く。

 

二人の目が合う。

 

出久は一歩も引かない。

 

男も目を逸らさない。

 

「本物だとか」

 

「偽物だとか」

 

出久は続ける。

 

「そんなことより」

 

「今、誰に手を差し伸べるべきなのか」

 

「私には、そっちの方が大事です」

 

長い沈黙。

 

やがて。

 

男が呟いた。

 

「……理解はする」

 

「……だが」

 

「俺の考えには共感しないということか……ハァ……」

 

「ええ」

 

出久は即答した。

 

「でも」

 

「あなたが何を嫌っているのかは、分かりました」

 

「それと」

 

出久は救急用品を片付ける。

 

「あなたの考えを、否定するつもりはありません」

 

男は。

 

しばらく出久を見つめていた。

 

そして。

 

「……それがお前の在り方か」

 

出久は頷く。

 

「はい」

 

「手当て、終わりました」

 

「……」

 

「今から、警察呼びますから」

 

「大人しくして下さいね」

 

男が僅かに笑った。

 

「俺が黙ってそうすると、思ったのか?ハァ……」

 

出久は立ち上がる。

 

「なら」

 

鞄に手を伸ばす。

 

取り出したのは、携帯用の警棒。

 

カチッ。

 

伸縮式の警棒が、鋭い音を立てて伸びる。

 

出久はそれを握り締めた。

 

「私も黙ってませんよ」

 

その瞬間。

 

「みーつけたァ」

 

「……!」

 

別の声が響いた。

 

出久が、素早く振り向く。

 

そこに立っていたのは――

 

顔を覆うように、人の手を模したマスクを付けた男。

 

「……死柄木弔!」

 

出久の表情が変わる。

 

USJで遭遇した男。

 

その姿を、見間違えるはずがない。

 

死柄木は、嬉しそうに笑った。

 

そして――その視線が、出久の横にいる男へと向けられる。

 

「やっと見つけた」

 

死柄木の口元が、大きく歪む。

 

「ヒーロー殺し――ステイン」

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