「出久に近づくんじゃねぇェェェェェェ!!」
空から突っ込んできた勝己の拳が、死柄木の顔面を捉えた。
「――ぐっ!!」
身体が宙を舞う。
そのまま地面へ叩きつけられ、死柄木は何度も転がった。
「死柄木弔!」
黒霧が叫ぶ。
倒れた死柄木へ駆け寄る。
「死柄木弔!しっかりしてください!」
「……」
返事がない。
起き上がる様子もない。
黒霧は死柄木の身体を確認する。
致命傷ではない。
だが、これ以上の戦闘は不可能だった。
今回の裏の目的。
それは、死柄木を成長させること。
今の破壊衝動だけでは足りないもの。
それを自覚させるために、あえて考えさせる。
それが『先生』の意向だった。
だが。
「先生……」
黒霧が呟く。
「もう限界です」
「……先生?」
出久の目が僅かに動いた。
そして。
黒い霧が死柄木を包み始める。
――戦力的撤退。
しかし。
「逃がすと思うか?」
男の声に、黒霧が振り返る。
その瞬間。
巨大な炎が、空を赤く染めた。
「――!?」
黒霧が目を見開く。
炎の中から、人影が現れる。
「エンデヴァー!?」
黒霧の声が響く。
「そんな……まさか!何故、ここに!」
「まったく、タイミングが悪い奴らだ」
炎を纏ったエンデヴァーが歩み寄る。
「まぁ、俺からしてみれば運がいいがなァ!フン!」
真っ赤に燃える火炎が、黒霧へと襲い掛かった。
「アアアァァアアアァァ!!」
黒霧の叫び声が響く。
炎が街を照らす。
そして。
叫び声が消えた時。
炎の中に、二人の姿はなかった。
「チッ……逃げたか」
エンデヴァーが吐き捨てる。
遠くから。
パトカーと救急車の音が聞こえてきた。
---
―――
――
―
「良かった!」
出久が目を開けたステインを見つめる。
目元には涙が浮かんでいる。
「目が覚めた!」
「……」
ステインは何も言わない。
出久は安堵したように息を吐いた。
「守ってくれて、ありがとうございました」
「これから病院に搬送されます」
「その後は警察に移送されますけど……」
少しだけ言葉を止める。
「私は、あなたのことを忘れませんから」
ステインは何も言わない。
ただ。
二人の目が合った。
しばらくして。
「そろそろ搬送しますので」
救急隊員が声を掛ける。
出久がステインから離れようとした。
その時。
「……緑谷出久」
低い声が響く。
出久が振り返る。
再び。
二人の目が合った。
「何を成し遂げるにも……」
ステインが静かに口を開く。
「信念……想いが要る」
「……」
「無い者。弱い者が淘汰される」
ステインの目は、出久を真っ直ぐ見ていた。
「それを忘れるな……」
そして。
「お前は俺とは違う」
僅かに目を細める。
「だが」
「お前の芽吹きを、俺は楽しみにしている」
出久は何も言わなかった。
ただ。
静かにステインへ向かって頭を下げる。
「……」
しばらくして。
「緑谷さん」
誰かが出久を呼ぶ。
振り向くと、綾小路だった。
「彼のことは、お任せ下さい」
「綾小路さんも乗るんですか?」
「ええ」
綾小路は救急車へ向かう。
「万が一のこともありますから」
「……分かりました」
救急車の後部ハッチが閉まる。
サイレンが鳴る。
一台の救急車が、その場から走り去っていった。
「行っちまったか……」
出久が振り返る。
そこには勝己がいた。
「勝己……」
出久は、そのまま勝己に抱きついた。
「おい」
勝己が僅かに身体を固くする。
「周りに人がいるだろ」
「……おい」
「勝己……」
「来てくれて、ありがとう……」
出久の身体が震えていた。
勝己は何も言わなかった。
ただ。
そっと、出久を抱きしめた。
「……どうして、こんなに早く来れたの?」
出久が尋ねる。
「新幹線で移動中に巻き込まれた」
「ここいることも、知ってたから」
「気にしてた」
勝己が答える。
「かっちゃん……」
「ん?」
「大好き」
「…………俺もだ」
しばらく。
二人とも何も言わない。
やがて。
出久がゆっくりと顔を上げた。
勝己の方を向く。
目が合う。
近い。
いつもなら、気にも留めない距離。
けれど。
今は違った。
勝己の視線が、出久の顔へ落ちる。
戦っている時とは違う。
力の抜けた表情。
少し赤くなった目元。
そして。
少女の唇。
それが艶やかに濡れて見える。
勝己の呼吸が、僅かに止まった。
出久もまた。
何も言わない。
少しずつ。
少しずつ。
二人の距離が近づいていく。
出久が、そっと目を閉じる。
そのまま。
身を委ねるように。
あと少し。
もう少しで――。
「オイオイ、若いねぇ」
「「――!?」」
二人が慌てて離れる。
「……」
勝己がゆっくり振り返る。
そこには。
グラントリノがいた。
「こんな所でギューするとはな」
「ワハハ、ん?どうした?」
「……」
出久は言葉が出ない。
顔が真っ赤になっている。
勝己も、しばらく何も言わない。
「出久……」
「俺の職場体験先の人」
「グラントリノ……まぁ、俺の師匠だ」
グラントリノがニヤリと笑う。
出久が慌てて頭を下げる。
「初めまして、緑谷出久です!」
「おう。よろしくな!」
「しかし、隅に置けんな、勝己も」
「うるせえな、爺!」
「ハッハッハ!」
三人の間に笑い声が響いた。
---
走る救急車。
車内には、ステインと綾小路。
しばらく、静寂が続いていた。
やがて。
「……ヒーロー殺し」
綾小路が口を開く。
「緑谷さんを守ってくれて、ありがとうございました」
「……」
ステインが横目で見る。
「警察がそんなこと言っていいのか」
「犯罪者だぞ」
「……警察としてではありませんよ」
綾小路は静かに答える。
「ただ、個人的に」
「警察官という立場を押してでも、礼を伝えておきたかっただけです」
「……そうか」
再び。
静寂。
しばらくして。
ステインが口を開く。
「芽吹きを……潰させる訳にはいかないな」
「……?」
「犯罪者は粛清対象だ……」
綾小路がステインを見る。
「何を言っているのです?」
ステインが、綾小路へ視線を向ける。
そして。
「俺の知ってる奴等の情報を教えてやる」
綾小路の目が僅かに細くなった。
---
―――
――
―
雄英高校。
その日の夜。
「……なんと、そんなことが」
オールマイトが呟く。
「うん。僕もビックリしたさ」
根津が楽しそうに笑う。
「まさか、ヒーロー殺しのステインが口を割るとは思いもしなかった」
「しかし」
相澤が口を挟む。
「まだフェイク。もしくは、こちらを誘き寄せる為の罠という可能性もあります」
「その通りだね」
根津が頷く。
「その為にも、今回は半端じゃないヒーロー達で臨むという訳さ」
机の上には、今回の作戦に参加するヒーロー達の資料。
「オールマイトに、エンデヴァー」
相澤が資料を眺める。
「他にも沢山。選り取り見取りですね」
「うん」
根津が頷く。
「そういえば」
相澤が口を開く。
「死柄木が言っていたという『先生』という言葉も気になりますね」
「……」
一瞬。
空気が止まった。
オールマイトと根津の表情が僅かに強張る。
相澤は二人を見る。
「何か?」
「いや」
根津が笑う。
いつもの笑顔。
けれど。
「少し、気になる名前だと思ってね」
オールマイトも。
「……同感です」
短く答えた。
二人は、その言葉の意味を知っている。
『先生』と呼ばれる、その先にいる存在を。
「じゃあ、そろそろ準備といこうか」
根津が言う。
「今日で、ヴィラン連合を壊滅させるよ」