幕間① 最終日
警察施設の応接室。
「心野さん、先日はカリキュラムを変更していただき、ありがとうございました」
綾小路が頭を下げる。
「いえいえ、こちらこそ。おかげで貴重な機会を設けることができましたから」
心野は笑顔で答え、隣に座る出久へ視線を向けた。
「ねっ、出久ちゃん」
「はい。その通りです」
出久も微笑んで頷く。
「ほう。何か良いことがあったのか?」
火神田が興味深そうに尋ねた。
「水山先生とお話しする機会をいただいたんです」
「水山先生!?」
火神田が思わず声を上げる。
「あの『夜回り先生』か!」
「ええ。最近は体調も良かったそうで。ちょうど出久ちゃんのことを話していたところに、木曜日と金曜日のカリキュラム変更のお話があったんです」
「水山先生も、とても喜んでいらっしゃいました」
「はい」
出久と心野は顔を見合わせ、穏やかに笑った。
「それで、どうだったんだ? 水山先生と会って」
火神田が尋ねる。
「正直なところ……」
出久は少し考えてから、ゆっくり口を開いた。
「水山先生のお話を聞いて、ヒーロー活動と並行してカウンセリングを行うのは、簡単ではないんだなと思いました」
人と向き合うこと。
相手の言葉に耳を傾け、その気持ちを理解しようとすること。
そして、相手が抱えているものに、どこまで踏み込むべきなのか。
考えれば考えるほど、自分が思っていた以上に難しいことなのだと実感した。
「人の心を救うって、簡単に言えることじゃないんですね」
「なるほど……」
綾小路が静かに呟く。
「まあ、畑が違うから何とも言えんが、人の心を救うのが難しいことだけは間違いないだろうな」
火神田も腕を組んで頷いた。
「でも、ヒーローだからこそ、お手伝いできることもあるって言っていただけたんです」
出久は顔を上げた。
「だから、今すぐ何かを決めるんじゃなくて、これからいろいろ経験して、自分なりに考えていこうと思っています」
「……出久ちゃんに、ひとつ補足するとね」
心野が口を挟んだ。
「あの後、水山先生も反省していたんですよ。少し思いを強く伝えすぎたって。『年寄りはこれだからいけない』なんて仰っていました」
「それは、分からんでもないな」
火神田が苦笑する。
「教育に熱が入ると、指導にも力が入りすぎる。そういうことは珍しくないからな。指導する機会が、次にいつあるか分からないと尚更だ」
そして、ふと思い出したように心野を見る。
「それより、いつから出久ちゃん呼びになったんだ?そっちの方が驚いたぞ」
「真琴さんには、色々相談させてもらったので」
出久が言う。
「女子にはいろいろあるんですよ」
心野がニヤリと笑う。
「……そういうものなのか?」
「そういうものです」
心野は火神田の疑問をあっさり押し切った。
「皆さん、そろそろ道具寺さんが到着するようですよ」
綾小路がスマートフォンを確認しながら言った。
「では、装備のお話ですね!」
出久の表情が明るくなる。
その直後。
「すみませーん!大変、遅くなりました!」
応接室の扉が開き、道具寺が息を切らしながら入ってきた。
「全然大丈夫ですよ!」
出久が笑顔で迎える。
「どうしようもない交通渋滞だったんだろ?気にしなさんな」
火神田も気さくに声を掛けた。
「ありがとうございます」
「それでは」
道具寺は息を整え、手にした資料を抱え直した。
「早速、始めさせてください!」
その目が、きらりと輝く。
「緑谷さんの装備についてのプレゼンを!」
「……今さらだけど、私がここにいていいのかしら?」
心野が小さく呟いた。
「皆さんみたいに、役に立てそうにないんだけど」
「いやいやいや!心野さん、それは違います!」
道具寺が勢いよく振り返った。
「開発側の僕としては、そういう方にいていただいた方がありがたいんです!専門家だけで話を進めると、どうしても視点が偏りますから!専門外の方からの率直な意見こそ、開発には必要なんですよ!」
「そ、そう……?」
道具寺の勢いに、心野はたじろいだ。
「……それでは、始めましょうか」
綾小路が場を取り仕切る。
「道具寺さん、説明をお願いします」
「はい!」
道具寺は資料をテーブルに並べ、タブレットの画面にも映しながら説明を始めた。
「今回の職場体験では、警察と消防、それぞれの現場で緑谷さんの活動を見させていただきました。さらに、保須市での一件も踏まえ、今後必要になる装備を検討しました」
「まずはこちら。頭部を保護するバンダナです」
画面には、頭に巻くタイプの布が映し出された。
「普段は柔軟性を保ち、動きを妨げない素材ですが、衝撃を検知すると瞬間的に硬質化する仕様となっています。頭部への衝撃を軽減しつつ、ヒーローとしての顔を隠さないのが目的です」
「なるほど……」
出久は画面を見つめながら頷いた。
「次に、片目用のアイパッチです」
今度は、片目を覆う小型の装備が表示される。
「こちらにはAIを搭載し、周囲の状況を把握する補助機能を持たせる予定です。映像や各種センサーから得た情報を整理し、必要に応じて緑谷さんへ提示する。将来的には、ほかの装備との連動も視野に入れています」
「AI……」
出久の目が輝く。
「また、AIからの音声案内は、スピーカーだけでなく骨伝導にも対応してますので、やりとりが外部に漏れるリスク対策も図っています」
「すごいですね……!」
「そして、今回の中心となる装備がこちらです!」
道具寺が画面を切り替えた。
表示されたのは、全身を覆うタイプのスーツだった。
「全身型のマッスルスーツです。緑谷さんは日頃から身体を鍛えていますが、個性による身体能力の強化はありません。そのため、筋力や身体への負担を補助する装備が必要だと考えました」
道具寺は画面を指し示しながら続ける。
「身体の動きに合わせて補助力を調整し、持ち上げ動作や歩行、救助活動などを支援します。戦闘だけでなく、人命救助の場面でも役立つはずです」
続いて、背負うタイプのバックパックが表示された。
「こちらは、各種装備や救助器具を持ち運ぶためのバックパックです。AIと連動させることで、装備の運用や器具の取り出しを効率化できます」
「そして、バックパックに搭載するセンサーです!」
道具寺の声に、さらに熱がこもる。
「アイパッチのAIに情報を共有し、緑谷さん自身の目で確認できない範囲の情報も、補助的に把握できるようになります!」
そこまで説明すると、道具寺はようやく一息ついた。
「……以上が、現段階で考えている装備案です」
恐る恐る一同を見回す。
「いかがでしょうか?」
「専門的なことは分からんが……」
火神田が資料を眺めながら口を開いた。
「なんというか、『伝説の傭兵』とか『伝説の配達人』って印象だな」
出久も思わず頷いた。
「そ、そうですか?」
道具寺は照れくさそうに頭を掻いた。
「もちろん、まだ構想段階のものも多いんですが……」
「道具寺さん」
綾小路が資料から顔を上げた。
「今のプレゼンでは、武器に関する提案がありませんでしたが、その点については何か検討されていますか?」
「!」
道具寺の目が、再び輝いた。
「実はですね!」
待っていたと言わんばかりに、別の資料を取り出す。
「スタンガンとナイフの機能を兼ね備えたスタンナイフ、それからハンドガン型の麻酔銃の携帯や特殊弾を運用する為の中折式ショットガンを視野に入れているんですが……」
「ですが?」
綾小路が続きを促す。
「そういった武器の携帯について、警察や公安から許可をいただくことは可能でしょうか?」
「…………」
綾小路は黙り込んだ。
道具寺の視線が、期待を込めて注がれる。
しばらく考えた後、綾小路は静かに口を開いた。
「なるほど。そういうことですね」
「は、はい……!」
「……本来であれば、ヒーロー活動の実績が最低限必要となりますが」
「……緑谷さんに対しては、警察や公安内でも好意的な印象を持つ人達が多数います。贔屓目を露見する様で、お恥ずかしい話ですが」
「用途や運用方法、携帯する状況などを明確にし、必要な手続きを踏むのであれば、許可が下りる余地はあると思います」
「本当ですか!?」
道具寺の目が、これまで以上に輝いた。
「ありがとうございます!」
「……おいおい、まだ許可が下りたわけじゃないぞ」
火神田が苦笑する。
「分かっています! 分かっていますとも!」
道具寺は勢いよく頷いた。
「ですが、可能性があるというだけでも大きな前進です!」
「……まあ、いい感じなのは分かった」
火神田は資料にひと通り目を通し、出久へ視線を向けた。
「だが、本人の意見も大事だ。お前さんは、今の話を聞いてどう思う?」
その言葉をきっかけに、全員の視線が出久へ集まった。
出久は資料を見渡し、背筋を伸ばした。
「いろいろご検討くださって、本当にありがとうございました。この装備を是非使いたいです」
出久は堂々と頭を下げる。
「い、いえ! そんな!」
道具寺が慌てて手を振る。
「僕としても、緑谷さんのような方の装備を考えるのは、とても勉強になりますから!」
「それで……」
出久は少し言いにくそうに、スーツの資料へ目を向けた。
「気になる点があるとすれば、その……装備の色味が資料では全て黒系なので、威圧的というか、ヒーローとして認識されにくいような気がしました」
「なるほど……!」
道具寺が勢いよくメモを取る。
「見た目の印象も、活動のしやすさに関わるわけですね!」
「それなら。マッスルスーツの色味を白系にするのはどうかしら?」
心野が発言する。
「白系ですか?」
「ええ。昔の絵画でも、天使や神様のように人々を救う存在は、白い服で描かれることが多いでしょう?」
「白には『善』や『正義』といったイメージを抱く人もいるわ。もちろん、誰もがそう感じるわけではないけれどね」
「なるほど」
「ということは、私のことを知らない人が見ても、ヒーローだと認識してもらいやすくなる……そういうことですよね」
「それは取り入れるべきな気がします」
出久は真剣な表情で頷いた。
―――
――
―
こうして、出久の新たな装備開発は、少しずつ動き始めたのだった。
幕間② 勝己 × 道具寺
とある喫茶店。
窓際の席に、二人の姿があった。
出久と勝己が、横並びに座っている。
待ち合わせの時間には、まだ少し早い。
「……なあ、出久」
「ん?なあに」
「本当に、その人で大丈夫なんだろうな」
「ふふっ。大丈夫だよ」
出久は楽しそうに微笑んだ。
「むしろ、勝己こそ覚悟しておいた方がいいかも」
「はぁ?」
勝己が眉をひそめた、その時だった。
カラン、コロン。
喫茶店の扉が開いた。
「すみませーん!お待たせしました!」
肩で息をしながら、道具寺が店内へと入ってくる。
「いやー、今日は遅刻しないようにと張り切ってきたんですが……さすがは緑谷さん!もう来ていらっしゃいましたか!」
「いえいえ、そんな大したことないですよ」
出久は笑顔で手を振った。
「それで、道具寺さん。こちらが……」
紹介しようとした出久より先に、勝己が立ち上がった。
「爆豪勝己です。お休みのところ、わざわざありがとうございます」
そう言って、丁寧に頭を下げる。
続いて、出久も頭を下げた。
「いやいやいや! お二人とも、そんなことしないでください!」
道具寺は慌てて両手を振った。
「呼んでいただけて嬉しいのはこちらですから!それより、まずは座りましょう!今日は会社の経費ですので、好きなものを頼んで下さいね!」
「では、お言葉に甘えて」
三人は席に着き、飲み物と軽食を注文した。
しばらくして、テーブルの上に注文した品が並ぶ。
コーヒーを一口飲んだ道具寺が、改めて勝己へと向き直った。
「それで、爆豪さん」
「はい」
「個性については、体育祭の映像などを拝見しております。非常に強力な爆破能力をお持ちですよね。ですが、今回はどのようなご依頼でしょうか?」
「実は……」
勝己は一度、隣の出久へ視線を向けた。
そして。
「職場体験で、脚からも爆破できるようになったんです」
「脚からも?」
道具寺の眉がぴくりと動いた。
「ええ。これまでは手からの爆破だけを使っていましたが、脚でも爆破を起こせるようになりました。それに伴って、今のコスチュームを見直した方がいいと思いまして」
勝己は言葉を選びながら続けた。
「それで、出久との関係に甘えるようで申し訳ないんですが……。一度、道具寺さんにご相談できないかと思ったんです」
勝己が一通り説明を終えた、その時だった。
「…………」
道具寺が、黙り込んでいた。
「……道具寺さん?」
返事がない。
道具寺は微動だにしなかった。
いや、よく見ると、どこにも焦点が合っていない。
「……出久」
勝己が小声で出久に尋ねる。
「この人、どうしたんだ?」
出久は道具寺の様子を眺めながら、口元を緩めた。
「ふふっ」
「出久!」
「……だから、勝己に会わせたかったの」
出久は声を潜めた。
「今から、すごいことが起こるよ」
「……は?」
次の瞬間だった。
「なっ、なっ、なんですってぇぇぇぇぇ!!?」
喫茶店に、道具寺の大声が響き渡った。
「……っ!」
正面に座っていた出久は、慣れた手つきで両耳を塞いだ。
一方の勝己は、あまりの声量に思わず肩を跳ねさせる。
「手からという概念に縛られることなく、別の部位からも個性を発揮する!?いや、待てよ……!そもそも、個性の運用というものを、僕は狭く考えすぎていたんじゃないのか……!?」
道具寺はぶつぶつと呟き始めた。
「…………」
勝己は呆気に取られていた。
つい先ほどまで、普通に話をしていたはずなのだが。
「このお店ね」
出久が、勝己の耳元で囁いた。
「こういうの許してくれるから、道具寺さんの行きつけなんだって」
出久はくすくすと笑った。
「でもね、勝己」
その声が、ほんの少し真剣になる。
「道具寺さんって、本当にすごいんだよ。装備のことだけじゃなくて、個性の本質まで考えてくれるから」
「どういうこ……」
勝己が尋ねようとした、その瞬間。
「ということは!ということはですよ、爆豪さん!」
道具寺が、勢いよく勝己へ振り返った。
「肘から爆破を起こして、パンチ力を向上させる!あるいは、拳が対象に接触した瞬間、接触面の爆破口から追加の衝撃を発生させる!そういう機構もコスチュームに組み込む必要があるということですね!!」
「……は?」
「脚部も同じくです!蹴りのインパクトに爆破を加えるなら、足の甲にも対応する機構が必要になる!しかし、ただ爆破口を増やすだけでは駄目だ!出力と方向を制御しなければ、せっかくの攻撃が無駄になってしまう!」
道具寺は持参した資料に、猛烈な勢いで書き込み始めた。
「いや、待て……。蹴りの速度を上げるなら、踵からの爆破が有効か?いや、腰からの推進力も必要だ!肩や背中からも爆破を発生させれば、空中での挙動制御が大幅に向上するんじゃないのか!?」
「…………」
勝己は、完全に置いていかれていた。
「なんてことだ……!全身に姿勢制御用の補助機構を組み込めるというのに、基本設計から考え直す必要があるじゃないか!」
道具寺は頭を抱えた。
「爆豪さん、本当に申し訳ありません!僕は、あなたの個性の可能性を、まだまだ狭く捉えていたようです!」
「いや、あの……」
急に謝られても困る。
勝己は、どう返事をすればいいのか分からなかった。
そんな彼の横で、出久がそっと手を伸ばした。
テーブルの下。
指先が、勝己の手の甲に触れる。
勝己が視線を向けると、出久は何も言わず、柔らかく微笑んでいた。
指が触れ合い、ゆっくりと絡み合う。
やがて、二人の手は自然と恋人繋ぎになった。
「……おい」
勝己が小声で呼ぶ。
「かっちゃん、もう少し待ってて」
出久も小声で答えた。
「じきに落ち着くから、お話を聞くのはその後の方がいいよ」
「……そういうもんか」
「そういうもの」
出久は、繋いだ手にほんの少し力を込めた。
勝己は小さく息を吐くと、目の前のコーヒーに口をつけた。
道具寺の思考は、まだ続いている。
その間も、二人の手は繋がれたままだった。
―――
――
―
「道具寺さん」
「…………」
「道具寺さん?」
「…………」
「道具寺さん!!」
出久が少し声を張ると、ようやく道具寺が顔を上げた。
「はっ!?あっ、すみません!また考え込んでしまいました!」
「大丈夫ですよ」
出久は笑顔で答えた。
「それより、勝己に教えてあげてください。道具寺さんが考えたこと」
「……そうですね」
道具寺は、少し恥ずかしそうに咳払いをした。
そして、改めて勝己へ向き直る。
「では、簡潔に説明します」
「お願いします」
勝己は背筋を伸ばした。
「まず、爆豪さんの個性は、まだ成長する余地があると思います。いえ、そうであってほしいと、僕は考えています」
「成長……」
「はい。今回のお話を聞く限り、爆破を発生させられる部位は、今後さらに増える可能性があります。そのため、新しいコスチュームには、爆破が有効だと考えられる箇所に、あらかじめ対応する開口部を設けておくべきでしょう」
勝己の目が、細くなった。
「……爆破できるのは、手や脚だけじゃない。そういうことですか?」
「現時点では、可能性の話です。しかし、僕はそう考えています」
道具寺は頷いた。
「もちろん、身体のどこからでも自由に爆破できると断言することはできません。ただ、今の段階で設計の可能性を閉ざすべきではないと思うんです」
「なるほど……」
勝己は、静かに考え込んだ。
「それから、個性の運用についても、いくつか考えられることがあります」
道具寺は指を一本立てた。
「一つ目は、爆破そのものの光を利用した閃光です。相手の視界を一時的に奪うことができれば、攻撃だけでなく、救助や離脱の際にも役立つでしょう」
勝己の目が、カッと見開かれた。
「二つ目は、爆破の方向性を制御することです。身体の各部位から発生させる爆破を組み合わせれば、錐揉み回転を伴う突進など、より複雑な機動と攻撃を両立できるかもしれません」
道具寺は、さらに指を一本立てた。
「そして三つ目。爆破の面積を絞り、エネルギーを集中させる運用です。爆破を広く拡散させるのではなく、狭い範囲に集中させることで、貫通力を高められる可能性があります」
「……っ!」
勝己は、思わず身を乗り出した。
「道具寺さん、少し待ってください!」
慌てて鞄からノートとペンを取り出す。
「今の話、もう一度お願いします!」
「ええ、もちろんです!」
道具寺の顔が、ぱっと明るくなった。
そこから先は、二人による議論だった。
勝己が自分の感覚を伝え、道具寺がそれを別の視点から捉え直す。
最初こそ圧倒されていた勝己も、いつしか真剣な表情でノートを埋めていた。
隣でその様子を見守る出久は、微笑ましそうに目を細める。
こういう時間も、悪くないな。
そう思いながら、彼女は冷めかけた紅茶を口に運んだ。
―――
――
―
窓の外が、すっかり暗くなった頃。
「……以上が、現時点で僕の考えている構想です」
道具寺が、ようやく話を締めくくった。
「もちろん、可能性の話も多く含まれています。実際に装備へ組み込むには、検証が必要ですが……」
「いえ」
勝己はノートを閉じ、深く頭を下げた。
「とても参考になりました。ありがとうございます」
「いえいえ!こちらこそ、貴重な依頼を頂けて、ありがとうございました!」
道具寺は嬉しそうに笑った。
「それでは、そろそろお会計としましょうか。すっかり遅くなってしまって、申し訳ありません」
席を立ち、伝票を手に取る。
その時だった。
「道具寺さん」
勝己が呼び止めた。
「はい?」
道具寺が振り返る。
勝己は、ほんの少し迷うように視線を落としたあと、改めて相手を見据えた。
「……道具寺さんから見て、爆破って何ですか?」
道具寺は、すぐには答えなかった。
少し考え、言葉を選ぶようにして口を開く。
「そうですね……」
そして、静かに告げた。
「エネルギーです」
勝己の目が、わずかに動いた。
「爆破とはエネルギー。それが本質だと思います」
「…………」
勝己は、何も言わなかった。
ただ、その言葉を噛みしめるように、道具寺を見つめていた。
爆破。
それは、自分にとって生まれた時から当たり前に存在していた個性だ。
強力な攻撃手段であり、移動のための力でもある。
だが、それをエネルギーとして捉えたことは、今まであっただろうか。
拳から放つ。
掌から爆発させる。
その力で敵を倒し、空を駆ける。
けれど、もし。
もし、そのエネルギーを、もっと違う形で使えるとしたら。
「……ありがとうございます」
勝己は、静かに頭を下げた。
「こちらこそ!また何かあれば、いつでも相談してください!コスチュームは出来上がり次第、雄英にお届けします!」
道具寺は笑顔で応じ、レジへと向かった。
その背中を見送りながら、出久は隣の勝己を見上げる。
「……勝己」
「……ああ」
勝己は、手元のノートに視線を落としたまま答えた。
「すげえ人だな」
「でしょう?」
出久は、嬉しそうに微笑んだ。
「だから、会わせたかったんだよ」
---
帰り道。
街灯が、二人の影を足元に落としていた。
昼間の喧騒が嘘のように、街は穏やかな静けさに包まれている。
家までは、もう少し。
出久が、隣を歩く勝己を見上げた。
勝己は、まだ考え込んでいるようだった。
「なんだかな……」
勝己が呟く。
「爺の時もそうだったけどよ。自分の個性のこと、何も分かっちゃいねえんだなって思い知らされるよ」
「ふふっ」
出久は、楽しそうに笑った。
「勝己がそんなこと言うの、珍しいね」
「うるせえ」
「でも、いいことだと思うよ。自分の知らない可能性に気づけたんだから」
「……まあな」
短い返事。
けれど、その声には、いつもとは違う熱があった。
出久はそんな勝己を、そっと横目で見つめた。
真剣に考え込む横顔。
少しだけ寄った眉。
歩きながらも、何かを試すように指先を動かしている。
昔から知っている顔なのに、時折、知らない一面を見せてくれる。
そんなところも、出久は好きだった。
「……今日、付き合わせて悪かったな」
ふいに、勝己が口を開いた。
「俺は良かったけどよ。出久、疲れただろ」
「うーん……」
出久は、わざと考え込むように首を傾げた。
「そうかも」
「だろ」
「だから、怒ってるよ」
「……は?」
勝己が足を止めた。
出久は、少し先まで歩いてから振り返る。
街灯の光が、彼女の髪を柔らかく照らしていた。
出久は答えず、ただ彼を見つめていた。
そして、ゆっくりと微笑む。
「この前の続き……してくれるなら、許してあげてもいいよ?」
勝己の動きが止まった。
「…………」
「……かっちゃん?」
出久は、いたずらっぽく首を傾げた。
勝己は一度、周囲を見回した。
人通りは少ない。
けれど、街灯は明るく、決して人目がないわけでもない。
「……こんなところでいいのか?」
「うん?」
「ムードも何もありゃしねえぞ」
出久は、くすりと笑った。
「いいよ」
そして、一歩、彼に近づく。
「ヒーロー活動は、いつだって危険と隣り合わせでしょう?」
もう一歩。
二人の距離が、ゆっくりと縮まっていく。
「だから、後悔しないように生きないとね」
出久は、少しだけ顔を傾けた。
「……違う?」
「……違わねえな」
勝己が、小さく息を吐く。
その声には、呆れと照れくささが混じっていた。
出久は、そんな彼の表情をじっと見つめる。
普段は強気な勝己。
けれど、こういう時には、誰よりも不器用で優しい。
自分を大切にしてくれていることを、出久は知っていた。
だからこそ、時には自分から一歩踏み出したくなる。
彼が迷っているなら、その背中をそっと押してあげたい。
それに――。
好きな人が、自分のために照れてくれる。
その姿を見るのが、少しだけ嬉しかった。
「……ねえ、かっちゃん」
出久は、そっと両腕を伸ばした。
そして、勝己の首に腕を回す。
勝己の身体が、ぴくりと反応した。
「私から、しちゃおうか?」
耳元で囁く。
甘く、柔らかな声だった。
勝己は、しばらく彼女を見つめていた。
やがて、照れ隠しのように小さく舌打ちする。
「……馬鹿野郎」
「ふふっ」
「そういうのは、俺の役目だ」
勝己は、出久の腰に手を回した。
逃がさないように、けれど、大切なものを扱うような手つきだった。
出久は目を細め、そっと顔を上げる。
二人の視線が重なる。
勝己の赤い瞳が、すぐ目の前にあった。
出久は、ゆっくりとまぶたを閉じる。
その唇には、穏やかな微笑みが浮かんでいた。
やがて、二人の影がひとつに重なる。
触れた唇から、温もりが伝わってきた。
ほんの一瞬。
それだけで終わるはずだった。
けれど、出久は離れようとしなかった。
勝己の服を、きゅっと握る。
もう少しだけ。
そう伝えるように、彼の胸元へ身を寄せた。
勝己は小さく息を呑む。
そして、彼女の気持ちに応えるように、もう一度、唇を重ねた。
「……っ、出久」
唇が離れたあと、勝己が囁く。
「……舌」
出久は、目を開けた。
頬が、ほんのりと赤く染まっている。
けれど、その表情には恥ずかしさだけではない、どこか艶やかな余裕があった。
「……ふふっ」
彼女は、勝己の胸元に額を寄せた。
「嫌だった?」
「……いや」
勝己は、視線を逸らしながら答えた。
「悪くねぇよ」
「そっか」
出久は嬉しそうに微笑む。
そして、もう一度、彼の唇に口づけをした。
「……大好きだよ、かっちゃん」
「……俺もだ」
短い言葉。
けれど、それだけで十分だった。
出久は勝己の手を取る。
今度は、最初から指を絡めるように。
二人は、再び歩き始めた。
街灯の下、寄り添う二つの影が、ゆっくりと遠ざかっていく。
家に帰るのが、少しだけ遅くなった。
幕間③ 闇のブローカー
とある事務所。
薄暗い室内に、携帯電話の着信音が響いた。
男は机の上に置かれた携帯を手に取る。
「もしもし」
「おう。久しぶりだな」
「どうもこうもねえよ。商売あがったりで最悪だぜ」
男は椅子の背もたれに身体を預け、深く息を吐いた。
「なんだ、知らねえのか?」
男は呆れたように笑う。
「ヒーローどもがヴィラン連合のアジトを急襲したんだよ。主要な幹部は軒並み逮捕。死柄木たちは逃げおおせたと思うが……まあ、しばらくは大人しくするしかねえだろうな」
「それだけじゃねえ。あの動画のこともある」
「……おいおい、そっちも知らねえのかよ」
男は呆れたように頭を掻いた。
「巷じゃ、ヒーロー殺し――ステインとヴィラン連合がやり合ってる時の動画が流れまくってるんだ」
「ああ。しかも、動画の中じゃステインが一人の少女を庇いながら戦ってる」
男は、机の上に置かれた端末へ視線を落とした。
画面には、街中で撮影された動画が表示されている。
「問題なのは、少女の方さ」
「死柄木は、その少女にボコボコにされてるってわけだ」
「そうだよ。驚くだろ」
男は鼻で笑った。
「それで、死柄木がやられてる映像が、ヴィラン連合全体のイメージを下げちまってる。組織の頭が少女にいいようにやられてるんだ。わざわざ、そんな連中の下につきたい奴がいると思うか?」
「……ん」
「……たしかにな。暴れたいだけの奴なら、来るかもしれん」
「だが、そういう連中を集めたところで、組織としてまとまるかは別の話だ」
男は肩をすくめた。
「だったら、その少女を見せしめに始末すりゃいいって話にもなるんだが……」
「そう簡単な話でもねえんだよ」
男は声を少し落とした。
「ステインは、あれでも裏の世界じゃ妙に信奉者が多い存在だった。そのステインが、命懸けで守った少女だ」
「そう。そいつが緑谷出久なのさ」
「お前でも知ってるだろ。体育祭で話題になった、無個性の雄英生だよ」
男は指先で机を軽く叩いた。
「ステインが守ったってことで、緑谷出久には手を出すな――そんな空気が、裏の世界じゃ広がり始めてる。あの子自体に、裏の世界じゃファンも多かったが。今回の件で、よりブランド化された感があるな」
「妙な話だな。ヒーローの卵が、ヴィランに守られたせいで、裏の世界でVIP扱いになるなんてな」
男は苦笑した。
「今、あいつに手を出すとしたら……腹を立ててるであろう死柄木くらいじゃねえか。まあ、これは俺の勘だがな」
しばらく、電話の向こうが黙り込む。
男は椅子を軋ませながら、天井を見上げた。
「本当なら、逆になってほしかったんだがな」
「ステインが捕まって、その思想に共感していた連中がヴィラン連合に集まる。そうなりゃ、俺としても商売のしがいがあったんだが……」
男は鼻を鳴らした。
「世の中、そう上手くはいかねえみたいだ」
「幹部を失ったうえに、評判まで落ちてる。少なくとも、すぐに勢力を広げるのは難しいだろうぜ」
男は携帯を耳から少し離した。
「ま、何にせよ、しばらくは様子見だ。こっちも無理に動く気はねえよ」
「んじゃ、またな」
「ああ……そうだ」
「義爛がよろしく言ってたと伝えといてくれ」
「じゃあな、あばよ」
通話が切れる。
男は携帯を机に置き、端末の画面をもう一度見つめた。
そこには、ヴィランを前にして一歩も退かない少女の姿が映っていた。
無個性の少女。
ヒーロー殺しが庇った少女。
そして、ヴィラン連合の首領を打ち負かした少女。
「……とんでもねえのが出てきたもんだ」
男は呟き、端末の画面を消した。
薄暗い事務所に、再び静寂が戻った。
ここまでお読み下さり、誠にありがとうございました。
急で申し訳ございませんが、ストックがとうとう尽きました。
これを機会としまして、全体の手直し(台詞の読みやすさ等)に努め、ストックがある程度溜まり次第再開とさせていただこうと思います。
再開の目安としては、最低でも年明けまで時間をいただけたらと思っております。よろしくお願いいたします。
では、また後ほど。