無個性の私と、幼馴染のかっちゃん   作:千遇万歩

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第六章 はじめての勇気

 

朝。

 

双葉幼稚園には、今日も子どもたちの元気な笑い声が響いていた。

 

「かっちゃん!」

 

園門をくぐるなり、出久はいつものように手を振る。

 

「おう。」

 

勝己も軽く手を上げる。

 

二人は自然と並んで歩き出した。

 

「今日は何して遊ぶ?」

 

出久が楽しそうに尋ねる。

 

勝己は少し考え、

 

「秘密基地。」

 

と短く答えた。

 

「テントウムシ、また来てるかもしれねぇ。」

 

「ほんとだ!」

 

出久の顔がぱっと明るくなる。

 

「行こう!」

 

二人は園庭の奥へ向かって駆け出した。

 

木漏れ日の差す秘密基地。

 

昨日と変わらず、大きな木は静かに二人を迎えてくれる。

 

「おはよう。」

 

出久は木の幹にそっと触れ、小さく笑った。

 

勝己も照れくさそうに木を軽く叩く。

 

「今日も秘密な。」

 

「うん!」

 

そのときだった。

 

園庭の方から、慌てたような泣き声が聞こえてきた。

 

「うわぁぁん!」

 

二人は同時に顔を上げる。

 

「……。」

 

勝己が音のした方を見る。

 

出久はもう走り出していた。

 

「かっちゃん!」

 

「行こう!」

 

その声には迷いがなかった。

 

勝己もすぐに後を追う。

 

園庭では、小さな男の子がジャングルジムの途中で立ちすくみ、大粒の涙を流していた。

 

高いところまで登ったものの、怖くなって降りられなくなったらしい。

 

周りには何人もの園児が集まっていた。

 

「どうしよう。」

 

「先生呼ぶ?」

 

「落ちちゃうよぉ。」

 

誰も近づけない。

 

みんな不安そうに見上げているだけだった。

 

その輪を抜けるように、出久が駆け寄る。

 

「だいじょうぶ!?」

 

男の子は泣きながら首を横に振る。

 

「おりられない……!」

 

その震える声を聞いた瞬間、出久は一歩前へ出た。

 

助けなきゃ。

 

その気持ちだけが、胸いっぱいに広がっていた。

 

ちょうどそこへ勝己も追いつく。

 

ジャングルジムを一目見た勝己の表情が変わる。

 

男の子は、足場の狭い場所で身体を強ばらせている。

 

少しでも慌てれば、本当に落ちてしまうかもしれない。

 

勝己は息を吸い込み、大きな声で叫んだ。

 

「動くな!!」

 

その声に、男の子だけでなく周りの園児たちも動きを止める。

 

男の子はびくっと肩を震わせたものの、言われた通り、その場でじっと立ち止まった。

 

出久もはっと顔を上げる。

 

勝己の視線の意味を、一瞬で理解した。

 

今、一番危ないのは、無理に動くことだ。

 

出久はすぐに大きくうなずいた。

 

「先生呼んでくる!」

 

そう言うと、くるりと踵を返し、全力で園舎へ向かって走り出した。

 

小さな足が、園庭を力いっぱい駆け抜けていく。

 

胸の中にあるのは一つだけ。

 

――早く。

 

早く先生を呼ばなきゃ。

 

その一心だった。

 

「先生!」

 

「先生ぇ!!」

 

園舎へ向かって、出久は夢中で走った。

 

小さな足で、転びそうになりながらも懸命に駆ける。

 

「先生!」

 

先生が驚いて振り返る。

 

「どうしたの、出久ちゃん!?」

 

出久は息を切らしながら叫んだ。

 

「おともだちが……!」

 

「ジャングルジムで、おりられないの!」

 

「はやく!」

 

先生の表情が変わる。

 

「分かった!」

 

すぐに近くにいた先生へ声をかける。

 

「お願い!」

 

二人の先生は、出久と一緒に園庭へ駆け出した。

 

---

 

その頃。

 

勝己はジャングルジムの下で、男の子を見上げていた。

 

「そのままでいい。」

 

「動くな。」

 

男の子は泣きながらうなずく。

 

「こわい……。」

 

「大丈夫だ。」

 

勝己は短く答える。

 

「先生が来る。」

 

「だから動くな。」

 

その声は幼いながらも、不思議と落ち着いていた。

 

周りの園児たちも、いつの間にか騒ぐのをやめていた。

 

みんな、勝己の言葉を信じるように静かに見守っている。

 

やがて、

 

「みんな、離れてね!」

 

先生たちが駆けつけた。

 

慎重にジャングルジムへ登り、男の子へ優しく声をかける。

 

「大丈夫。」

 

「先生と一緒に降りよう。」

 

男の子は何度もうなずきながら、ゆっくりと降りてくる。

 

そして地面へ足をつけた瞬間。

 

「うわぁぁん!」

 

安心したように泣き出した。

 

先生は優しく抱きしめる。

 

「よく頑張ったね。」

 

その様子を見ていた出久は、大きく息をついた。

 

「……よかったぁ。」

 

胸をなで下ろす。

 

勝己も小さく息を吐いた。

 

「これでいい。」

 

そうつぶやく。

 

先生は二人の前へ歩いてきた。

 

「出久ちゃん。」

 

「すぐ先生を呼びに来てくれてありがとう。」

 

出久は少し照れながら笑う。

 

「うん。」

 

続いて先生は勝己を見る。

 

「勝己くんも。」

 

「動かないように声をかけてくれたから、安全に助けることができたよ。」

 

勝己は少しだけ照れくさそうに顔をそらした。

 

「……別に。」

 

その返事に、先生は思わず笑う。

 

「二人とも、とっても立派だったよ。」

 

その言葉に、出久は少しだけくすぐったそうに笑った。

 

---

 

夕方。

 

帰り道。

 

いつものように二人は並んで歩いていた。

 

春風が優しく吹き抜ける。

 

しばらく無言が続いたあと、勝己がぽつりと口を開いた。

 

「いずく。」

 

「ん?」

 

出久が顔を上げる。

 

「今日。」

 

「お前の方が先だったな。」

 

出久はきょとんとする。

 

「え?」

 

「何が?」

 

勝己は少しだけ笑う。

 

「別に。」

 

それ以上は何も言わなかった。

 

出久も理由は分からなかったけれど、なんだか嬉しくなって笑った。

 

「えへへ。」

 

その笑顔を見て、勝己も小さく口元を緩める。

 

春の空には、白い雲がゆっくりと流れていた。

 

誰かが困っているとき。

 

勇気とは、強い人だけが持つものじゃない。

 

小さな一歩でもいい。

 

その一歩が、誰かを笑顔にできることもある。

 

幼い二人は、まだその意味を知らない。

 

けれど、この日の出来事は、二人の心に静かに刻まれていた。

 

未来で、多くの人を救うヒーローへと続く。

――

 

その、小さな第一歩だった

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