無個性の私と、幼馴染のかっちゃん   作:千遇万歩

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第七章 はじめての夢

 

朝。

 

柔らかな春の陽射しが、双葉幼稚園の教室いっぱいに差し込んでいた。

 

園児たちは自分の席へ座り、先生のお話が始まるのを楽しそうに待っている。

 

「みんな、おはよう!」

 

「おはようございまーす!」

 

元気いっぱいの返事が教室に響く。

 

先生はにっこり笑うと、一枚の画用紙を取り出した。

 

「今日はね、みんなに絵を描いてもらおうと思います。」

 

「えー、なになに?」

 

子どもたちが目を輝かせる。

 

先生は優しく教室を見渡した。

 

「みんなも少しずつ、お兄さん、お姉さんになってきたね。」

 

教室が少しだけ静かになる。

 

先生は微笑みながら続けた。

 

「だから今日は――」

 

「『大きくなったら何になりたいか』を描いてみよう。」

 

「ゆめ!」

 

「ぼく、でんしゃのうんてんしゅ!」

 

「わたし、おはなやさん!」

 

「あたしはケーキやさん!」

 

教室中が一気に賑やかになった。

 

先生はその様子を微笑ましく見つめる。

 

「ゆっくり考えていいからね。」

 

「みんなの夢を先生に教えてね。」

 

---

 

自由時間。

 

園児たちは思い思いに画用紙へ向かっていた。

 

出久はクレヨンを握ったまま、小さく首をかしげる。

 

「ゆめ……。」

 

何になりたいんだろう。

 

ケーキ屋さん。

 

お花屋さん。

 

消防士さん。

 

どれも素敵だと思う。

 

でも、胸の中には何か違う気持ちがあった。

 

「かっちゃん。」

 

隣を見ると、勝己は迷うことなくクレヨンを走らせている。

 

「もう描いてるの?」

 

「あぁ。」

 

勝己はうなずく。

 

画用紙には、大きく笑う一人のヒーローが描かれていた。

 

赤いマント。

 

力強く伸ばした拳。

 

まだ幼い絵なのに、その姿はどこか堂々としている。

 

「かっちゃん。」

 

「ヒーローになりたいの?」

 

勝己は迷わず答えた。

 

「おう。」

 

「どうして?」

 

出久が尋ねる。

 

勝己は少しだけ考えてから言った。

 

「助けるし。」

 

そして、少し得意そうに笑う。

 

「強ぇだろ。」

 

その言葉に、出久は小さくうなずく。

 

「助けるし。」

 

その一言が、胸の中で何度も繰り返された。

 

頭の中に浮かんだのは、あの日のことだった。

 

ジャングルジムで泣いていた男の子。

 

「先生呼んでくる!」

 

夢中で園庭を走った自分。

 

そして、男の子が無事に助かって――

 

「……よかったぁ。」

 

安心して笑えた、あの瞬間。

 

出久は胸へそっと手を当てる。

 

「あのとき……。」

 

自然と、言葉がこぼれた。

 

「わたし……。」

 

「助けたい。」

 

その声は、とても小さかった。

 

けれど、勝己にはちゃんと聞こえていた。

 

「ん?」

 

出久は少し照れくさそうに笑う。

 

「困ってる人がいたら……。」

 

「助けたい。」

 

勝己はきょとんとした顔をする。

 

それから、当たり前のように言った。

 

「それ。」

 

「ヒーローじゃねぇか。」

 

出久は目を丸くした。

 

「あ……。」

 

そうか。

 

助けたい。

 

その気持ちが、

 

ヒーローなんだ。

 

胸の中が、ぽっと温かくなる。

 

出久は嬉しそうに笑った。

 

「ほんとだ。」

 

「わたしも……。」

 

「ヒーローになりたい。」

 

その笑顔を見て、勝己も小さく笑う。

 

「じゃあ。」

 

「一緒だな。」

 

教室の窓から春風が吹き込み、二人の画用紙を優しく揺らした。

 

まだ幼い夢。

 

けれど、その夢は確かに二人の心へ芽生え始めていた。

 

「みんな、描けたかな?」

 

先生の優しい声が教室に響く。

 

画用紙いっぱいに描かれた夢。

 

お花屋さん。

 

ケーキ屋さん。

 

でんしゃのうんてんしゅ。

 

動物のお医者さん。

 

どの画用紙にも、子どもたちの「なりたい」が詰まっていた。

 

「じゃあ、一人ずつ先生に教えてくれるかな?」

 

元気よく手が挙がる。

 

「はい!」

 

「ぼく、でんしゃのうんてんしゅ!」

 

先生はにっこり笑う。

 

「そうなんだ。」

 

「どうしてなりたいの?」

 

男の子は嬉しそうに答える。

 

「でんしゃがだいすきだから!」

 

教室から、

 

「ぼくものる!」

 

「しんかんせんすき!」

 

と元気な声が上がる。

 

先生は思わず笑顔になった。

 

「みんな、電車が大好きなんだね。」

 

続いて、小さな女の子が立ち上がる。

 

「わたし、おはなやさん!」

 

「お花が大好きだから!」

 

「あたしはケーキやさん!」

 

「いっぱいケーキを作りたい!」

 

教室は温かな笑顔に包まれていた。

 

やがて先生は、二人の方へ目を向ける。

 

「勝己くんは、何になりたいの?」

 

勝己は少しも迷わなかった。

 

「ヒーロー。」

 

教室の子どもたちが、

 

「おおー!」

 

と声を上げる。

 

先生は優しく微笑んだ。

 

「どうしてヒーローになりたいの?」

 

勝己は胸を張る。

 

「助けるし。」

 

一呼吸置いて、少し得意そうに笑う。

 

「強ぇだろ。」

 

その答えに、教室から小さな笑い声がこぼれた。

 

先生も思わず笑う。

 

「ふふっ。」

 

「勝己くんらしいね。」

 

勝己は少し照れくさそうに鼻を鳴らした。

 

「次は、出久ちゃん。」

 

先生に名前を呼ばれ、出久は少しだけ緊張したように立ち上がる。

 

教室のみんなの視線が集まる。

 

胸がどきどきする。

 

でも、不思議と怖くはなかった。

 

隣には、かっちゃんがいる。

 

出久は画用紙をぎゅっと抱きしめ、小さく息を吸った。

 

「わたしも……。」

 

教室が静かになる。

 

「ヒーローになりたい。」

 

先生は優しくうなずいた。

 

「そうなんだ。」

 

「どうして?」

 

出久は少しだけ考え、それからゆっくりと答えた。

 

「こまってる人がいたら……。」

 

「助けたいから。」

 

教室は静かだった。

 

その言葉は、とても優しく、まっすぐだった。

 

先生は目を細め、嬉しそうに微笑む。

 

「素敵な夢だね。」

 

教室いっぱいに、自然と拍手が広がった。

 

出久は照れくさそうに笑いながら席へ戻る。

 

勝己は小さくうなずく。

 

「いいじゃん。」

 

その一言が、出久はたまらなく嬉しかった。

 

---

 

帰り道。

 

二人はいつものように並んで歩いていた。

 

桜の花びらが風に乗って、ゆっくりと舞い落ちる。

 

「かっちゃん。」

 

「ん?」

 

出久は空を見上げながら言った。

 

「ヒーローになれるかな。」

 

勝己は少しだけ笑う。

 

「なれる。」

 

その返事には迷いがなかった。

 

「だって。」

 

「約束しただろ。」

 

出久も嬉しそうに笑う。

 

「うん。」

 

「約束した。」

 

少し歩いたところで、勝己が立ち止まる。

 

「いずく。」

 

「なあに?」

 

勝己は少し照れくさそうに目をそらした。

 

「一緒になろうぜ。」

 

「ヒーロー。」

 

出久の顔いっぱいに笑顔が広がる。

 

「うん!」

 

「一緒になろうね!」

 

二人は小さく指を絡める。

 

幼い約束。

 

けれど、それは誰よりも本気の約束だった。

 

春風が二人の間を優しく吹き抜ける。

 

園庭では、先生たちが卒園式へ向けた飾りつけの準備を始めていた。

 

少しずつ近づいてくる、新しい春。

 

二人はまだ知らない。

 

これから嬉しいことも、悲しいことも、たくさん待っていることを。

 

それでも今は、同じ夢を見つけた喜びだけで十分だった。

 

その夢は、いつか多くの人を笑顔にする未来へと続いていく。

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