艶のある悲鳴でしたよ、私の貴方

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若年の声2(全年齢版)

 ヤキが回ったか。今日は一段と血の匂いが濃い。狭間の地はどこも似たようなものだが、単なる戦場跡のものとは違う。血の混じった土に咲くという深紅の薔薇の香りが混じった独特のものだ。

 似たような体験は前にもあった。そう、あれはリムグレイブの曇り川で襲われたときのこと。あのときの襲撃者はネリウスと言ったか。自分と同じ褪せ人だった。今回もそうだ。ただ、より殺意が強い。

 そいつはフード付きの黒装束という出で立ちで、一見して二本指の教会に仕える修道女のそれに見える。だがその内には、フードやマントと同色の黒い革鎧が隠されている。円卓の戦士ならば、この装いの意味はよく知っていよう。教会の密使、円卓の始末屋。弁明、告解、命乞い――それらを聞いた上で標的を始末する冷徹さから、聴罪司祭の隠語でも呼ばれる連中だ。

 その密使が、二本指の導きのまま王たるを目指す自分を殺しに来ている。導きが壊れているとは誰の言であったか。だがその言葉が真実味を帯びていることが、今ではありありとわかる。円卓から、二本指の教会から刺客を差し向けられるような心当たりは無いのだ。

 

 いざ剣を交え、鍔迫り合いの間合いになると、刺客の顔が見えた。修道女に扮した密使だと思ってはいたが、フードから覗く顔立ちは幼く、あどけない少女のものだった。恐らくはまだ恋も知らぬであろう。そんな少女が、教会の刃という恐るべき仕事をしているとは、なんと残酷なことであろうか。彼女はきっと、二本指の教えと殺しの技以外の何物をも知らず育ったに違いない。

 

 だがそのような同情心は、刃を曇らせる。あるいはだからこそ、彼女は恐るべき刺客たりうるのだろう。

 そして私は、密使が聴罪司祭と揶揄される冷酷さを甘く見ていたのを後悔した。名うての暗殺者である彼らにも、獲物に無用な苦痛を与えぬ程度の慈悲くらいはあろう。そう思っていた。

 だが彼女の得物はどうだ? その赤い刃は、そんな情け深いものではなかった。明らかに金属ではない、有機的な質感の刃からは、犠牲者の体を内から腐らせる、恐ろしい朱い毒が滴っている。それに気付いたときには、既に手遅れだった。死は確実で、その道程には長い苦痛がある。

 恐ろしいことだ。ある意味において無垢な少女であったのが、殺しの快感を知っていた。体を腐敗で蝕まれ力尽きた私を見下ろす彼女の顔には、侮蔑でも嘲笑でもない、ただ恍惚の笑みがあった。

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ、私の貴方。最後の試しを、終えたのですね」

 こんな小娘が、デミゴッドを弑し、血の指として何人もの英雄を葬り、最後の試しをも終えたというのか。ある意味において無垢であった二本指の修道女が、導きを見限り、血に染まったのだ。

「これで貴方は、我々の正式な一員。血の君主、モーグ様と共に、新しい王朝を築く騎士です。さあ、指を出してください。永遠の証として、貴い血を宿すのです。貴方自身に」 

「ホアー!」

 手首を強く掴まれると、彼女は悲鳴を上げた。ヴァレーの手には、もはや離すまいという力強さがあった。

「ほよよ!」

 体の中に異物の流れ込んでくる感覚に蹂躙されるのに、時間はかからなかった。

「ふぉぉぉぉうおあああぁぁ〜……」

「まあ情けない。しっかり我慢してくださいね」

「うおああああああぁぁあ!?」

 圧を持った咆哮。 つんざくその悲鳴は、しかし彼女の声帯が出しているものだ。彼女の内に、いったい何者が潜むのだろうか。

「しっかり……」

「ヴァアアアアアアァァアア!!」

「しっかり我慢してくださいね!!!」

「ホアッ、ウッ、ウーン……」

 一際甲高い呻き声を上げると、それきりぐったりと脱力し、彼女の身体は動かなくなった。

「……」

 死んだか。デミゴッドを殺し、最後の試しを終える程の勇者とて、貴き血に選ばれし者ではなかったのか。そういう見込み違いもあろう。ヴァレーも時折、過去を思い起こすことはある。自分と同じ従軍医師たちが、血の君主の貴き血を受け入れ、耐えられず死んでいった。拐われてきた者たちのうち、ただヴァレーだけが生き残ったのだ。自分が選ばれし者だと理解したのも、そのときだった。

 だがしばらくして、彼女は再び動き出した。上目遣いで続きを促してくる彼女の目と、紅潮した頬には、その幼い顔立ちに似合わぬ艶があった。

 それでこそ自分が見込んだ通りの騎士だ。ヴァレーは再び彼女の手を握った。儀式を続ける。

「……しっかり我慢してくださいね」

「うおああああああぁぁあ!?」

「しっかり……」

「ヴァアアアアアアァァアア!!」

「しっかり我慢してくださいね!!!」

「フゥゥーフゥフゥ……ヴァー」

 彼女の悲鳴は、ヴァレーが自ら血炎の技で焼き殺した犠牲者のそれと似ていた。火で焼かれる苦痛は特別なもので、悲鳴もまた普通とは違うのを、彼は知っている。そして再び動かなくなった。

 今度こそ仕留めたか。血の君主の血は血炎と呼ばれ、その名のとおり炎を纏うという。そんなものを直接、身体に受け入れたらどうなるか。ヴァレーはつい昨日のことのように思い出していた。内側から全身を焼かれるような感覚。それが段々と慣れて快楽となるあの感触も、貴き血を受け入れられずに死んだかつての同胞にとっては、単なる苦痛であったに違いない。であれば、今の彼女のような悲鳴を上げるのも無理からぬ話だ。

 

 しかし一呼吸すると、やはり彼女は再び動き出した。ただ、今一度、上目遣いでヴァレーを見上げるその瞳には、明確な変化が見られた。かつて黄金色だった瞳が、今や血の赤を示している。それは新王朝が黄金の秩序にとって代わる、血と美に彩られた新たな時代の到来を予感させる、吉兆のようにも思われた。

 儀式は終わったが、もう少しこの生き物の動きを見てみよう。ヴァレーも医者だ。この変わった生き物の生態には興味がある。

「うお……うお……うお……」

 ヴァレーは彼女の柔らかな手のひらを、人差し指で押して弄んだ。彼女も機を伺っている。さながらパリィを狙って盾を振り回すが如く。

「ホアー!」

「しっかり我慢してくださいね」

 思ったほどのダメージは無かった。

「……艶のある悲鳴でしたよ。私の貴方」

 気の済んだヴァレーは手を離した。そして新妻のように寄りかかった。

「うお……うおああああああぁぁあ!!!??? ヴァアアアアアアァァアア!!!!! ウオォッ!? オオッ……オォン……」

 目の前の男のあまりの気持ち悪さに、今まで以上の圧のある悲鳴を上げた。それは単なる拒絶ではない。より強い、黄金の怒りの祈祷にも似ていた。

 そして呻きののち、また彼女は動かなくなった。文字通り死ぬほど嫌だったのだろう。葦の地の剣豪曰く、怖気づくと人は死ぬという。

「し……しっかり我慢してくださいね」

 ヴァレーは少しショックを受けた様子である。おお、私の貴方。そんなにも私がお嫌いですか。しかしヴァレーほどの手練れには、拒絶や黄金の怒りは致命傷になり得ない。何はともあれ、彼女はもはや自分たちの同胞なのだ。

「……ああ、そうでした。貴方には、これを渡しておきます」

「……」

 その褒章を受け取った彼女は、高く掲げてまじまじと見た。そして次の瞬間、

「ワァーッ!」

「アッ!」

 歓喜のあまり、トロルのような雄叫びを上げると、バラ教会の周辺に屯していたしろがね人たちが、衝撃波で木の葉のように吹き飛ばされた。もちろん、至近距離にいたヴァレーにも、まるで全身が砕け散るかのような衝撃が走る。

「そ……それは、新しい王朝、モーグウィンの勲章。モーグ様に謁見の叶う、特別な褒章です。私の貴方に、特別な計らいというわけですよ」

 ヴァレーはよろよろと起き上がりつつ、褒章についての説明をする。

「ただ、今はまだ、それを使うことは……」

 ヴァレーが言うが早いか、彼女は褒章をただちに眼前に掲げた。新王朝のシンボルたる三又槍の幻影が浮かび上がる。慌てて花束で殴打した。

「今はまだ、それを使うことは許されません!!!! しっかり我慢してくださいね!!!!!!」

「へい」


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