地上最強の因習村を見たいかーーーーッ!

ワシもじゃ!ワシもじゃみんな!!

土地に生まれたからには、誰でも一生の内一度は夢見る「地上最強の因習村」

今日も何処が最も因習村に相応しいかをかけ、熾烈な戦いが繰り広げられる。

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【劇場版】アメリカン因習村vs.ジャパニーズ因習村

「異議あり」

 

 カウンターの端で男が手を挙げた。体格のよい男であった。だが、人並み以上の洞察力があれば、その奇怪な風貌を見落とすことはなかったかもしれない。

 

 脂ぎったざんばら髪から覗く頭部は、奇妙なことに、さながらトウモロコシのような質感を思わせた。黄色く、ところどころ白くつぶつぶした肌。

 顔から目を離せば鞣しが半端な革のエプロンに安全靴。四つ足の鉈が眠たげに身を寄せて男の脚に寄り添っていた。

 

「異議は議事に入ってからにしてくれないかい」

 

「入る前に片づけたい。オレんとこは四つとも満点だ。土地は腐るほどある。隣家まで六マイル。携帯電波は圏外。ガソリンスタンドで経済は回る。文化もある。バーベキューと銃と教会だ」

 

「その割に、あんたのとこは毎度毎度家族じゃないかい」

 

 濁り酒の椀を置いてそう遮ったのは、白い能面の老女であった。

 白い和装に、白い肌、帯も白く、酒も白く、吐く息も白い。 随分と年忌が入っているが、若き日の美貌を想起させるには十分な姿であった。

 一方で足元に目を向ければ、土に塗れた傷だらけの素足が見える。

 

「村じゃないねぇ。世帯だよ。因習村じゃなくて因習世帯」

 

「二世代、続いてる!」

 

「二世代」老女は鼻で笑った。

 

「二世代は因習と言わないねぇ。それじゃアンタただの家風だよ」

 

 三軒でようやく集落、あんたのは一軒で打ち止め。そう、老女は続け、一息ついて酒を煽った。

 

「時間が足りねえのは認める。だがな、婆さん。因習ってのは時間が大事じゃねえ、火力の問題だ!予算が許す限りありったけ血糊をぶち込む!」

 

「2時間が限度じゃないかい。大体予算が足りないから毎度毎度画面が真っ暗なんだろうさ」

 

ぐぬぬと、トウモロコシ男は返す言葉を探しているようだった。

 

「因習ってのはね」老女は椀に息を吹きかけた。

 

「土から生えるもんさね。それを一度焼いちまうんだから勿体ないことをしたねぇ……今のも、灰から生えた雑草としてはまあ、たいしたもんだと思うがね」

 

 バウバウ!主人のフラストレーションを体現するように、起き上がった鉈が吠え、老女に襲いかかった!その間を縫って盆を運んでいた給仕は猛鉈にとびかかられ、あわれ物言わぬ肉片と相成った。

 

「お勘定に付けときます」

 

 女将が言った。

 

「……あんたんとこ、人がいねえだろ」

 

 トウモロコシ男は鉈をなんとか宥め終わると、老女に向き直ってそう言った。

 

「因習ってのはビジネスだぜ。資本と労働者が必要だ。カルチャー運営ってのはとにかく手間と暇がかかる。あんたんとこ、全員八十過ぎてるじゃねえか」

 

 老女が杯を握る指が、わずかに強張ったように見えた。まさしく、その通りであった。

 土を蹴り、穴を掘り続ける。爪は剥げ、マメは潰れ、若者は嫌気がさして去っていく……。

 

「……みんな膝が悪くてねぇ」

 

「労働力がねえんだよ。今じゃシルバー人材サービスに山狩り頼んだら余所者がやらかすより早い時間帯に来るって聞いたぞ」

 

 老女は反論しなかった。事実である。

 しかし、それをテクノロジーの進まぬ田舎と割り切ってしまうのはあまりにも早計だろう。

 電動グラインダーで石仏を掘れるか?チェーンソーで木像を整えられるか?

 確かに出来るだろう、トウモロコシ取れる土地で、ならば。

 

「それにな」トウモロコシ男は身を乗り出した。

 

「オレは前から思ってたんだが、あんたらの因習村ってのは、そもそも実在するのか?」

 

「どういう意味だい」

 

「そのイメージ、全部ミステリーから来てねえか。旧家、当主、遺言、血筋、離れの座敷……だがな、婆さん。現実の田舎の名家ってのは——オレは調べたんだが——因習なんか作ってねぇじゃねぇか。あいつら、健全に発展してやがるぜ」

 

「……」

 

「酒屋はブランディングして海外に輸出してる。地主は土地を貸して駐車場にしてる。当主は市議会議員で、防災無線と光ファイバー引いてくる。おかっぱ娘は東京の大学に行って戻ってこねぇ。ハイカラ息子は家業を継いで法人化。蔵に人閉じ込める前に補助金の申請書を書いてる」

 

 ソコまで一息にまくし立て、トウモロコシ男はようやく息をついた。

 

「因習の最大の敵はな、婆さん。まともな経営感覚だよ」

 

「あんたさっきビジネスだって言ってたじゃないかい」

 

だからよ!トウモロコシ男は今度は意を得たりと言う感じでニンマリと言い切った

 

「ビジネスだからこそ、モチベーションが大事なのよ。因習に育てるにはなぁ!時代はカルトだぜ!だからオレぁハッパキメて————」

 

「————ちょっといい?」

  

 また扉が開いた。一瞬だけ。一瞬だけ開いた扉から刺す光で、目を開けていられないほどまぶしい日光が差し込んでいた。太陽光線に刺され、2人目の給仕が焼き肉となった。

 

 ここは常夜である。

 

 ギャアと鉈が驚き、床の上で頭をこすりつけて体をバタつかせる奇行を見せた後、腹を見せて仰向けにひっくり返って動かなくなった。

 

「うちの村、全部揃ってるよ。孤立してるし、伝統は千年もの、共同体も強固、熊もいるよ」

 

 入ってきたのは花冠をかぶった小柄な女——男かもしれない——で、亜麻布の服、枝を折った首飾りに、花を摘んだ冠。

 どうにも銀幕に写すには、パステルな、異様な色合いであった。

 

「因習名乗るには眩しすぎるだろ、なんだこりゃ」

 

「うーん、この時期は白夜なんだよね、でも熊もいるよ」

 

 全員が顔を見合わせた。白夜、白夜か。熊もいる、白夜か。

 想像がつかない、というのが正直なところである。

 

「怖くはある」老女が慎重に言った。

「でも、それは新しいってだけだねぇ」

 

「新しいってのは強いよ、熊もいるし」

 

「一回きりだねぇ。二回目からは『またあの明るいやつか』になる。それにね、明るいと、逃げ道が見えちまうんだ。因習ってのは、逃げ道があるようでないものさね。」

 

 老女は諭すように突っぱねる。それを聞いて花冠の少女の頬が少し膨れた。

 

「いい?おばあちゃん。因習ってね、意志なんだよ。こんなグロいことをずっとやってる、やらされてる、逃げなきゃ!道が見えてる!でも使えない、使わない。そっちの方が怖くない?」

 

 意志とは鎖であり、おかっぱ童を座敷牢に繋ぐものであり、拉致した女性を地下室に繋ぐものであり、バカ学生を納屋に繋いでおくものである。

 そして、それは運営側にも言える事である。なぜそのようにするのか、しなくてはならないのか?伝統?なぜ伝統を継ぐ必要がある……しかし続いていることで……。

 伝統が伝統を呼び、形式が形式を呼び、形骸が形骸となる。さながら、ブラック企業のようだ。

 

「見えてるところを歩かされるのは、恐怖じゃなくて羞恥だね」

 

「ノウハウなくて暗いもんね画面」

 

 老女の握る杯が握力で割れた。

 修繕費は後で払うだろう。

 

「でもよ、それは逆にアレだろ。ずっと画面明るめで行くなら誤魔化しがきかないしショボくなるんじゃねぇか、演出」

 

「逆転の発想だよ!ちゃんとインクをぶちまければ、コントラストが高いからちょっとショボい演出でもちゃんとグロいの!」

 

 誤魔化しのために暗くするのではない。明るくすることで、却ってより多くの効果が見込める。なるほど、それもまた、真。

 

「熊動かす必要があるんだろう?」

 

 CGにしろ動かすなら相応の予算が必要じゃないのか。

 CGを使うなら画面が明るいと辛いのではないか。

 わかるわかるそのジレンマ、俺んところずっとそうだから。

 

 トウモロコシ男の顔がそう物語っていた。

 

「……いや、その……あんまり動かないんだよね、熊」

 

「ダメじゃん」

 

 熊はいる……確かにいる……天災としてではなく、剥製として、ラグマットとして、トロフィーとして。

 エントランスに置かれた木彫の熊と、何が違うというのか。

 

「…………熊はうちにもいるけど、ありゃ乱暴は出来ても雰囲気を損なうからダメだね」

 

「お婆ちゃんの熊はヘッタクソなCGの奴じゃん!しかもなんか山から降りてきて終わりの奴!消化不良!」

 

 そうさね、今度は老女がゆっくりと微笑んだ。

 

「アレは山に婆を捨てる『因習』の話だからね、その後に熊が麓に降りようとどうでもいい話さね」

 

 してやったり。という顔である。

 花冠の少女の膨れっ面がさらに膨れた。

 

「熊はうちにもいるけどなぁ……この間は山で活動家食ってた」

 

 つーかさ、そのままトウモロコシ男は続けた。

 

「嬢ちゃんとこ、隔離できてねえだろ。市民満足度高げで行政サービスが行き届いてるらしいじゃん。因習は根づかねぇよ。」

 

「若者はデスメタルやらなきゃ自殺するくらい陰鬱だもん!」

 

「デスメタル鳴り響く因習村はねェ〜だろ」

 

 過ぎたるはなお、及ばざるが如し。デスメタりて笑いあり。コントラスト強き装いで爆音量を棚引かせて旅人を狩る、それは、確かにフルチ良き雰囲気と言えるかもしれない。だが、今、時代が求めているものだろうか?

 

「……あと、人口も、正直言うと、」

 

「言わなくていい」

 

「二百人くらい」

 

「言わなくていいって言ったろ!」

 

 乾いた風が吹く。

 いつからかその隣で、砂が椅子に座っていた。

 

「予は五千年だ」

 

 そう漏らすのは裾から砂をこぼす男である。

 全身は包帯に覆われ、わずかに見える肌は萎びたレーズンのように黒い艶を見せる。よく見れば、もぞもぞと動くそれは肌ではない、瘡蓋のように全身に張り付く甲虫である。

 

「儀式も、掟も、供物の作法も、王の手順も、全部書いて残っている。人口も経済もある。」

 

「長ぇよ」

 

「湿気がないねぇ」

 

「今時古くない?」

 

 ムッとして手を翳した先の花冠が一瞬で枯れる。少女が怒って手製の石器で殴り掛かり、目の前を通りがかった給仕の額が割れ、ザクロめいた血肉になった。

 包帯の間から飛び出す虫がそれに飛び移り、一瞬で床の汚れはすべて取り除かれる。

 

「因習には湿度が要るんだよ。畳の下の黴、井戸の底の苔。髪の毛が抜けて水を吸って重くなる。あれが無いと、人の心はきちんと腐らない」

 

「てかよ、歴史がありすぎる。五千年前の呪いはな、呪いじゃなくて浪漫だ。学者が来て、番号を振って、館に並べて、子供が夏休みに見に行っちゃうだろそれは」

 

「そもそもさ!因習、因習っていうけど、つまり外の世界と違うことが大事なんじゃん?つまり人が外から来るのが大前提ってコト。おっさんのところに来るのはアクション出来るトレジャーハンターじゃん!80年代?」

 

 三者三様の指摘に包帯男は押し黙った。臓腑なき体なれど業腹である、しかし、指摘の内容自体は真っ当に思えた。

 なにか反論の余地はないか。

 

「ウム、現実に起こったぞ、盗掘者への呪いが」

 

「だからそれ因習ってか古代ホラー!アクションの文脈なんだって!」

 

 確かに、実在性とは武器であり、魅力になりうるだろう。

 このようなヤバイ村が、一家が、コミュニティが、どこかに存在しているのかもしれないのですと、かの大賢者ヤコペッティは著書にそう記していた。

 

「メガネとヤッピーだらけなのにアクションとはならんだろうアクションとは」

 

 しかしこの場合、既に滅んだと見なされている文化についてであった。

 確かに存在はしているだろう、何十世紀も前に。

 長すぎる時間は、恐れを憧れに変化せしめる。

 

「確かに怖い……だけどこれ因習とかそういう方向の怖さかな。いや怖いけど……ん?……あれ?コレ怖いのか?どっちかというと異能バトル的な方面のワクワク感に近いんじゃない?」

 

「土地が広すぎるのも考え物だねぇ。大体、どこもかしこも砂だらけで景色が変わらないじゃないか」

 

「いや、そう思うのは婆さんの実家が狭すぎるからだな。ま……面積弱者にはわからねぇか、このレベルの話は」

 

 ここぞとばかりに口を突っ込んだのはトウモロコシ男である。

 見渡す限りの同じ景色、逃げど進めど変わらぬ景色、どれだけ逃げたか、逃げられているのか、その感覚すら曖昧になっていく恐怖。それは、彼もよく火を通すものだ。

 田舎道も、一面の砂も同じである。

 同じである。この場合は、同じであっては、いけないのではないか?

 

「文化圏は川辺だ、砂だけがある限りではない」

 

「でもさ、地域色を生かしたいならやっぱり砂だらけになっちゃわない?」

 

「分からぬか、砂の、渇きの恐怖が。人を埋め、絞り、捨て置かれる恐怖が」

 

 なるほど。花冠の少女は素直に感心した。

 確かに、地元にはないものである。

 過酷さ故に、一人では生きていけない環境。故に、助け合いが前提になる。

 前提になるならば、その断絶とは恐怖になりうるだろう。人と人の関りではなく、環境が作り出した因習。

 

「確かに怖いかも……」

 

 その時、再び戸が開いた。しかし今度は太陽光が刺したわけではない。

 戸の隙間からはわずかに湿気を帯びた熱き風が吹き込んでいた。風が、砂が、動物が。

 

「ヨー、何してんだ」

 

 客たちはいっせいにそちらを見た。

 色彩豊かな洒脱なスーツに帽子、凡そこの場には似つかわしくないハイソサエティな装い。

 スーツには蜘蛛の巣めいた刺繍。御洒落、圧倒的、御洒落。

 

「俺んところは現役だぜ?現役。まだコミュニティでいがみ合ってるし、最近撒かれた火種もあるしヨ」

 

 誰も何も言わなかった。

 この男の故郷にそこまで詳しくないからである。

 いや、詳しくないわけではない。ここにいる1人は、ある程度詳しいが、発言権がない。少なくとも自認はそうだ。

 

「呪いもガチ、文化もガチ、ガチガチに未知が一杯でミッチミチ。負い目も一杯、場外に満載、勝手にビビって後悔してくれて望外」

 

「なんだその喋り方は」

 

「ンンン、文化はリズム。文字で残すと盗まれる、ちょうどアンタの実家みたいに」

 

 グヌヌ、包帯男はまたも黙った。

 

「土地はどうなんだい、ちゃんと隔離されてるのかい」

 

 白い肌の老女が二杯目の盃を手に、キャラメル色の男へ言った。

 一杯目は粉砕されている。

 

「問題ねぇぜ鉄道は不通、王道に自家用車が普通、ガソスタ無くて困難な補給」

 

 普段の行き来が少し心配になったが、まぁ、当人が言うならばそうなのだろう。

 

「伝統は?私あんまり詳しくないけど」

 

「いつまでたっても呪いが現役、奴隷も貿易、民族で争ってる戦績、歴史に刻まれたメッセージ」

 

「へー」

 

 包帯男が問う。間から見える甲虫は満腹になり金色の発光を始めていた。

 

「人と経済はどうなんだ?」

 

「あるぜ人口、高騰目指して輸出は超ドープ。実はあったぜ黄金王国」

 

「お前も黄金を知るものか……」

 

 歯と歯の間にカミソリが刺さっているかのように、言いにくそうに切り出したのはトウモロコシ男であった。

 彼はどうにも、この状態が耐えがたいように思えた。

 

「……じゃあ、次回はお前んところ開催ってことで」

 

 給仕は死なず、私を含め、誰も異議を唱えなかった。

 結局、会は淡々と終わり、酒だけが残った。

 

 窓から見える位置に、村がひとつあった。

 家は七軒。うち五軒は空き家で、屋根が抜けている。残る二軒のうち一軒から、その朝、最後の住人が担架で運び出されていくところだった。

 施設に入るのだという。

 

 祭りは十二年前に途絶えている。山の道は木で塞がり、井戸には蓋がされ、蓋の上には物置が建てられ、その物置ももう傾いている。

 あの村には文化も、経済も、隔離もあった。無いのは人だ。因習が実在する前に、村のほうが先に終わったのだ。

 人がいなければ、意志は繋がらない。

 

 国際団体Under The Same Sunの調査によると、アフリカにおけるアルビニズムを動機にした殺人未遂、傷害、性暴力、遺体盗掘、人身売買、行方不明の総数は、年間100件以上に及んでいるという。


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