コレン奮闘記 ―― 秘密多き魔法使いの少年 作:mogatoku
※用語解説
○アクロマンチュラ
禁じられた森に住む大型の人喰い蜘蛛。コロニーを作っているんじゃないかと思うくらい、森の奥地にウジャウジャいる。
――
10月10日の誕生日が過ぎて、僕は12歳になっていた。
そしてハロウィンの夕方――
クィレル教授が駆け込んできたよ!
(映画と同じだ!)
教授が「トロールがダンジョンに!」と叫んだ後に気絶するという見事な演技を披露した。
映画では、このトロール騒ぎは“ラスボスの生き霊”に取り憑かれた教授の自作自演だ。
(これもそうなんだろうな)
見事な気絶振りを見せられた後、校長先生の指示で、生徒達はすぐさま部屋で待機ってことになった。
「トロールはどうなると思う?」
リックことリチャード・カーティアスが不安気だ。足取りもなんだかビクビクしていて及び腰だ。
「誰かが対処してくれるよ」
映画第一作の主要イベントの一つだ。
(だから何の心配もないよ)
けど時々ハッと後ろを振り返るリックの姿を見てると、そのたびになんだか下の方からズシンと響いてくるような気がしてくるから不思議だ。
「クィレル教授はてんで役に立たないね」
ガッカリだよ、とばかりにリックの声に失望が混じる。
防衛術の教授なのに、と。
「もともとはマグル学の教授だったらしいよ」
「なんで防衛術の教授になったんだ?」
向いてないじゃないかという口ぶりだ。
そう言えば何でだろうか?
映画ではその辺りの事情は特には出てなかった。
「分からない。クィレル教授は優秀な魔法使いだと思うんだけど」
映画では杖なしで魔法を使っていた。
そんな魔法使いは今まで見たことがない。
「あの頼りない教授が優秀だって? あり得ないよ」
何を言ってるんだ? という目を向けられる。
あれはラスボスのせいだよ、と話すことはもちろんできない。
「人には得意分野ってモノがあるんだよ」
「それはそうだろうけど…」
納得できないという声だ。
少し歩くと、ボクは列からこっそり離れるタイミングを見計らうために、辺りを見回す。
「どこに行くんだよ」
ボクの行動にすっかり慣れたリックが尋ねる。
「校舎内の探索だよ。まだし足りないんだ」
「まだ終わってないのかい?」
呆れた声。
「うん、広すぎるんだよね。一度見ただけでは覚えられないから最低でも3回は回らないと」
必要の部屋を探すだけじゃない。
校舎の構造を把握しておけば、いざという時に“ここへ逃げるよう”“あそこへ運ぼう”という判断ができる。
「僕もついていっていい?」
そんなに怯えていたらムリだよ。
「いや、今は寮にいないとマズいよ。トロールには会わずに済むと思うけど、教授達に見つかるのはマズい」
「でも君は行くんだろ?」
「うん。近づいちゃいけないという部屋には近づかないから大丈夫なはず」
僕にはサナがいる。教授はもちろん、いたずらビープズだって接近すれば知らせてくれる。
だから問題なく回避できるんだ。
浮遊魔法が使えるから、窓から安全に跳び降りることもできるし。
「でもトロールはどうするの?」
「トロールは今ごろ誰かが退治しているよ」
「どうしてわかる?」
映画ではロンが倒したし、場所は女子トイレだし、僕の探索にはまったく問題ないはずだ。
仮にロンが手こずったとしても、すぐに教授達が駆けつけるはずだ。
「教授たちはとても強いんだよ」
僕は断言してみせた。
――でも問題は翌早朝にやって来た。
僕はいつものように、朝練を始めようとしていた。
“コレンや! 一大事なり!”
サナの声が耳に響いた。
サナは姿が見えない。ただ気配がするだけだ。
《一大事とは? クモ?》
“馬の傷つきて倒れたるあり!”
《馬? なぜ馬が禁断の森に?》
“知らぬ。尊き馬ぞ。早う助けよ”
《分かった。どこにいる?》
まだ薄暗い中、サナの案内で森の中をどんどんと進んでいくと、確かに何かが倒れていた。近づくと白い馬が倒れて腹をこちらに見せていた。
腹が灰色、いや銀色の液体にまみれていた。
「銀色の血…?」
食い破られて血まみれの肉が見えている。
白い毛に銀色の血がべったりとついて、薄闇の中で淡く光っている。
森全体も息を呑んで見守ってるみたいに静かだ。
「クモに襲われたのかな」
血が止まらないようだ。
僕はすぐに鞄を開けてジャーキーを呼んだ。
「おはようございやす、だんな。それでこれはどうしたんです?」
元気に挨拶したハウスエルフがすぐに倒れている馬に気付く。
「どうしたのかはわからないけど、ケガしてるから助けてやりたいんだ。どのくらいのケガなのかジャーキーにも診て欲しいんだ」
「わかりやした」
ジャーキーがそっと近づく。
手を置いてなにかを探っているようだ。
「これはユニコーンでやすね。倒されて腹に食いつかれたようでやすやね。かなり弱っていやす。出血が多いでやすね。血が失われすぎるとどんな魔法で治しても助からないかもしれやせんぜ」
「やっぱりユニコーンか!」
(そうかなとは感じてたけど)
まさか今の時期にユニコーンが倒れているなんて!
立ち上がって頭に目を向けると、確かに角らしきものが向こう側に突き出ているのが見える。
(腹のケガに気を取られてたから、ちょっと気付かなかったよ)
目は開いていて意識はあるようだ。苦しそうな呼吸音が森の静寂の中に響いている。
「あっしの魔法では外側の傷を癒やせても、食いちぎられた内臓までは治せやせんし、血も補えやせん」
ユニコーンということは――
(やっぱラスボスの仕業かな…)
昨晩のトロール騒ぎは、映画のとおりなら“魔法使いの石”を盗み出すための陽動だ。
それが失敗して“命の水”が手に入らなかったので、おそらく次善の策としてユニコーンの血を飲んだんだ。
(ラスボスがまだうろついてたりして)
満足して部屋に戻ってるといいんだけど……
「まず僕の治療魔法を使おう!」
「できるんでやすか?」
ジャーキーが僕を心配そうに見上げる。
「僕は小さなケガしか治したことはないけど、この治療魔法は本来、切り落とされた腕を生やすような大きな治療をするものなんだ」
そのかわり時間が掛かるんだ。
体が持つ記憶を元に、“あるべき形”に戻す魔法だから、欠損が大きいほど時間が掛かる。
「表面の傷をふさいじゃうと、僕の魔法が内側の食いちぎられた内蔵に届かなくなる。だから先に僕の魔法を使うよ」
「わかりやした」
僕はユニコーンをじっくり見る。
呼吸に合わせて弱々しく動いている胴体が時々小さく震えている。
(苦しそうだな)
「今から治療するからね」
――まずは体内の欠損部と血液の回復だ!
空はほんの少し明るくなってきているけど、まだまだ夜明けは来ていない。
《サナ、君の力を貸してくれ。この馬の体内の傷を癒やし、失った血を補ってくれ》
“わかりぬ”
僕は右手をかざす。
すると右手から光がゆっくりと伸びてユニコーンの腹を包んだ。
《サナ、このままジャーキーに表面の傷をふさいでもらうけど、いいかい?》
“いまふさがば、内なる傷をえ癒やさず”
《分かった。やめておく》
僕はサナに、つまり精霊さん達に直接頼んで治療を始めてもらったけど、この“直接言葉で頼む”というダイレクトな方法は、精霊さんと盟約を結んだ 当事者の特権みたいなモノなんだ。
普通はもっと回りくどいプロセスが必要なんだ。
(内臓の損傷を治療できたら、ジャーキーに治療魔法を掛けてもらおう)
でも先に表面をふさいだら内臓の損傷の治療はできないかもしれない。
杖の魔法には“エピスキー”という治療魔法があるけど、軽い傷しか治せないんだ。
僕はそのまま30分ほど手をかざし続けた。
――時間が掛かる。
さすがの僕もじれてくるよ。
右手をいつまでもかざしていないといけない。
(うう、なんだか腕が重くなってきた)
――ん?
今日は僕がサナより先に気付いたよ。
(アレが来る!)
「ジャーキー! クモが来る! ユニコーンを連れて鞄に入って!」
サナもは、治療に集中してるのか。
「わかりやした」
ジャーキーが指を鳴らすと、銀色の血だらけユニコーンともに鞄の中に吸い込まれていった。
来た!
クモだ!
「浮遊!」
鞄を抱えて空中に浮かび上がる。
アクロマンチュラが跳びかかる。
「ステューピファイ!」
僕の放った麻痺魔法の光弾は、クモをはじき飛ばす。
クモは地面に仰向けになり、そのまま動かなくなった。
(ふう。片付いた…)
「ケンに食べさせてあげたいところだけど…」
朝練に出る前、ケンに手紙の運送を頼んだから、今はいないんだ。
――ん? 次が近づいてくる!
(まったく! こんな時に!)
――ん? 木に上から…?
空中をさらに上昇すると、僕の視界に予想外の光景が入ってきた。
(うわっ! 何だあれは! 一匹どころじゃない!)
大群だよ!
向こうの地面をアクロマンチュラの大群が覆って波打ってる。
「あわわわわ…」
ザザザザと響き渡る足音に、僕の背筋は凍った。
「じょ、上昇!」
僕はあわてて上昇を始める。
(これはマズい! マズすぎる!)
「あわわわ、なんでこんなに来るんだよ!」
いつもより森に入りすぎたのか?
それとも血の匂いに誘われているのか?
だいたい――
「クモのくせに群れるなよ!」
クモならクモらしく一匹でたくましく生きろ!
「アリかよ!」
オマエらは!
僕は恐怖をごまかすために、どうでもいい悪態を心と口で付きまくった。
このクモどもがとにかく速い。
映画でも自動車並みの速度があったから当然だ。
僕の浮遊魔法の上昇速度はまだ時速5キロくらいなんだ。少しずつ速くはなってるんだけど。鳥のように跳び回る練習はもっと体力をつけてからの予定なんだ。
(このままじゃ、すぐに追いつれちゃうよ……どうしよう…)
僕は上昇しながら、というより後退しながら必死に考える。
地上のクモまでが木を上り始めた。
もともと枝を渡り歩いてるクモも、どんどんと上りながら近づいてくる
――そうだ! 使ったことないけど、試してみよう!
僕は左手で杖を構えて、この辺かなと幅広く狙いを定める。
「アラーニア・エクスーマイ・マキシマム!(蜘蛛よ去れ!)」
青白い光が杖の先から放射状に広がりはじめた。
すぐに目の前まで来ていたクモの群れを包み込む。
視界が青白い光に覆われ、見えなくなる。
リーマスから教わったクモ除けの呪文だ。
映画の記憶でも見た。
やがて青白い光が消えると、クモの一群が一斉に退却するところが遠くに見えた。
――成功だ!
でも光に包まれなかった連中が立ち止まって、こちらを伺っている。
(何だよ! あっち行けよ!)
こいつら、まだ僕を追いかけたそうなそぶりだ。
(でも止まっている!)
近づいてくる様子はない!
――なら、今のうちだ!
クモがひるんでいるうちに浮遊魔法でとにかく上昇し続けた。
やがて木の枝の層を抜けると、朝の空が視界に広がった。
森の向こうに見える城は、ホグワーツの校舎だ。
(こんなに森の奥に入り込んじゃってたのか!)
「ふう。危なかった」
(ここまで来れば大丈夫だ)
杖の魔法は出力が大きいので、魔力の消耗が激しい。
でも僕はまだ余力があった。
森の外に降り立ち、鞄を開ける。
「ジャーキー! 外に!」
するとジャーキーが出てきた。
「出血が止まらないっす。あっしの魔法で治療した方が良いっすよ」
声が切羽詰まっている。
「皮膚の傷をふさぐと内臓の治療が難しくなるんだよ」
内臓の欠損を補わないと死んじゃうよ。
「なら途中までふさぐのはどうでやすか?」
なるほど。傷を少し残して残りをふさげば良いのか。
「それは良い! じゃあ少しだけ傷を残して、残りをふさいで」
「合点でやす」
ジャーキーが威勢良く返事をして、鞄に戻る。
「ジャーキー、終わったら外に連れ出して」
すると地面に死んだように横たわるユニコーンが現れた。
まぶたがひくひく震えている。呼吸も浅く、弱い。脚もぐったりとして動いていない。
胸の奥が締め付けられる。
――これは手遅れかもしれない。
(でも、見捨てるなんてできない)
僕はすぐに傷口を確認し、手をかざした。
次回の更新は明日の予定です。