「では、ルインさんはジュラの森にある町の主様なのですか?」
「正確には、その片割れだ。理解が早くて助かるよ、オーガの姫様」
ヒョウガに乗ったオーガの姫とルインは、修行場へ戻りながら情報交換をしていた。
ルイン自身の事情や、彼女の故郷である“オーガの里”で起きた出来事など、互いのことを話していく。
「風の噂には聞いたことがありましたが、まさか本当に町を作っていたなんて……」
「もう片方の主の正体を知ったら、もっと驚くと思うよ」
「私は、貴方様が魔神ということが、未だに信じられません……。今のお姿は人間と変わりありませんし、私達が見た魔人とは違いすぎて……」
「魔力は基本的に限界まで押さえ込んでいるからな。実際、さっきのオーク達にも人間だと認識されていたし」
どうやら、オーガの姫も最初はルインを人間だと思っていたらしい。
だが、ルインが魔力を解放したことで、その認識は覆された。魔物特有の気配を感じれば、信じるしかなかったのだろう。
「辺りが暗くなってきたから、町に戻るのは明日にしよう。それで構わないか?」
「はい、大丈夫です」
「よし。少し飛ばすから、しっかり掴まっていてくれ。ヒョウガ」
「承知!」
ルインは、オーガの姫を助けに向かう前に、修行場の仮拠点に火を着けていた。
そのため、超嗅覚のおかげで暗闇の中でも拠点を見つけ出すのに、それほど手間はかからなかった。
ヒョウガとともに、二人は修行場へと戻ってくる。
「流石に今日は遅いから、ここで野宿することになる。不便かもしれないが、我慢してくれ」
「は、はい」
「それよりも、お腹は空いていないか?」
「え、え~と……」
ク~……。
その瞬間、姫のお腹から可愛らしい音が鳴った。
「…………」
「あぅ……」
恥ずかしいのか、お腹を押さえて顔を赤くする彼女。
そんな姫の姿を見たルインは、思わず笑みを浮かべた。
「はは。準備するから、座って待っていて」
「は、はい」
姫は設置された椅子に腰を掛ける。
その間にルインは少し離れた場所で調理道具を用意し、何を作るか考え込んだ。
「(今の彼女の状態を考えると、肉を出すのはまずダメだ。パンもあったから……軽くスープでも作るか)」
作る物を決めると、ルインは早速作業に取り掛かった。
必要な具材を次元収納から取り出して火を着け、温度が上がるまでの間に下準備を始める。
「(リムル、聞こえるか?)」
『(んん? どうしたんだルイン、こんな夜遅くに……)』
ルインは器用に手を動かしながら、『魂之絆』による脳内会話でリムルに話しかける。
この会話は思念伝達とは異なり、どんな場所にいても会話ができ、二人以外には聞こえない。
「(実はこっちで問題が起こってな。今、オーガのお姫様を保護している)」
『(は? ちょっと待って、詳しく聞かせてくれ……)』
ルインは、姫から聞いた話をそのままリムルへ伝えた。
内容を聞いたリムルは、考え込むように黙り込む。
『(オークがオーガの里を、ね……。大賢者、それってあり得るのか?)』
《本来ならば、あり得ません。オークとオーガの実力差は歴然です》
「(姫様の話によると、鎧を身につけた大軍が攻めてきた時点で異常事態だそうだ。姫様が言っていた魔人のこともあるが、オークの裏で……誰かが糸を引いている可能性も考えておかないとな……)」
『(今後の対策が必要だな……。とりあえず、明日お前が戻ってきたら会議をする。今後の方針も考えないといけないしな)』
「(分かった。そっちも何かあったら、すぐ知らせてくれ。直行で戻ってくる)」
『(分かった。そんじゃあ気をつけろよな……親友)』
「(了解、相棒)」
リムルとの会話を終えてから数分後。
完成した食事を持って、ルインは姫のもとへ戻った。
「お待たせ」
「わあ、美味しそう」
「出来は少し不細工だが、味は保証するよ……」
「ありがとう……ございます。いただきま……」
姫は、突如として身体を震わせた。
おそらく、まだオーガの里で起きた出来事が頭から離れないのだろう。
もしルインが来なければ、確実にオーク達に殺され、その身を喰われていた。
「…………無理して、食べる必要はない」
「い、いえ、無理なんて……」
「里のことを、思い出したんだろ?」
「…………はい」
彼女の精神は、かなり追い込まれている。
生き延びた同族の仲間達の生死は不明。
唯一残っていた血縁者の兄とは逸れてしまい、護衛を務めていた側近も、彼女を守るためにオークの猛追を受けて命を落とした。
一人になった今、頼れる者もいない。
「…………」
ルインは姫を見つめる。
どこか、必死に何かを我慢しているように見えた。
ルインは姫の頭に手を置き、安心させるように優しく撫で始める。
「……? ルインさん」
「我慢しなくてもいい。泣きたい時は、泣いてもいい」
「我慢なんて……していません! 私はオーガの姫です。泣くことなんて……!」
「………強いんだな、君は」
ルインは少しだけ視線を落とす。
「俺には、意思を託していった大切な人がいた。その人は、最後まで大切な人達のことを思って亡くなった。俺も、その時は不思議と泣いたよ。涙を流したのは、いつ以来だろうと思うくらいに……」
「ルインさん……」
姫が見るルインの表情は、悲しそうだった。
「オーガのお姫様。今いるのは……君と俺だけだ。今は俺達以外、誰もいない。我慢する必要もないんじゃないか?」
「……!」
彼女はハッとなった。
そんな彼女に、ルインは優しく微笑む。
「誰にも言わないと約束する。だから、もう堪えなくてもいい。泣きたい時は、泣いてくれ……」
「………うっ……っ……ううっ……」
“少女”はルインの胸に顔を埋めてきた。
ルインは、その小さな身体をできるだけ優しく受け止める。
気がつけば、オーガの少女は泣いていた。
涙を流し、嗚咽を漏らして――。
「うわぁぁぁぁん!!!!!」
少女の泣き声が、月が照らす夜の森に響き渡った。
「…………」
少女は十分に泣いたのか、今はルインが作ったスープとパンを黙々と食べている。
ルインもまだ食事を済ませていなかったため、今は二人で食事をしていた。
無言の時間が続く中、姫がふと手を止める。
「も、申し訳ありません。服を、汚してしまって……」
「気にしなくてもいい。それよりも、味の方は……」
「……とても、美味しいです。こんな温かい物を食べたのは、久しぶりです」
「よかった。おかわりもあるから、たくさん食べてくれ」
「で、では……」
姫はルインに空になった皿を手渡した。
オークの襲撃から数日間も逃げ続けていたため、まともな食事を取れていなかったのだ。
姫は、用意していたスープを全て飲み干してしまった。
それほどまでに、お腹が空いていたのだろう。
「さてと。食事も済んだことだし、今後のことを話そう」
「はい」
「明日、君を俺の町で保護する。そして、みんなには事情を話して、君以外の大鬼族――オーガの捜索を始める。君の話を聞く限り、お兄さんは生きているはずだ」
「はい。兄がそう簡単にオークに負けるはずがありません!」
「うん。今のところ、俺が見たオーク達を見る限り、個々の力はそこまで強くなさそうに見える。数が多ければ押されるかもしれないが、仮に君のお兄さん以外のオーガが生きているのなら話は別だ」
リムルには連絡して事情を話したが、もう辺りは真っ暗だ。
明日、姫を町へ連れて行き、彼女から直接話を聞いてもらう必要がある。
いきなりルインから「オーガの里がオークによって壊滅させられた」と伝えれば、流石に疑問に思うかもしれない。
もちろん、事前に伝えておくに越したことはないとは思うが。
「正直、このことで俺の町も安全とは言い切れない。いつオーク達が来るか分からない状況だからな」
「……ごめんなさい。ルインさんを巻き込んでしまって……」
「大丈夫。この事態を早く知れたのは、不幸中の幸いだ。もし知らずにいたままだったら、いきなり攻め込まれて町は終わっていたかもしれない。おかげで、これからの対策もできる」
二人はしばらく話し合い、翌朝一番に町へ出発することを決めた。
その後、就寝の準備を始める。
「姫様はテントを使ってくれ。俺は外で寝る」
「え? で、ですが、それだとルインさんが……」
「平気だよ。外で寝るのは慣れてるから大丈夫だ。それに、オークのこともあるしな」
転生当初、数週間にわたって洞窟の中で寝心地の悪い岩場に横になっていたため、外で寝ることには慣れている。
ルインはキャンプ用の掛け布団を片手に持ち、設置した椅子へ向かおうとした。
その時――服の袖を掴まれる。
「あ、あの………一緒に寝てほしいんですが……ダメですか?」
「……………………は?」
突然の発言に、ルインは素っ頓狂な声を出してしまう。
まさかの発言に、思考が一瞬止まった。
「い、いや、それは大問題だ……! それに、出会って間もないのに、一緒に寝るのは……」
「お願いします。今回だけでいいんです。一人になりたく、ないんです……」
「…………」
少女の手は震えていた。
やはり、まだ一人になることへの恐怖が残っているのだろう。
「お願い…………します」
瞳を潤ませ、ルインを見上げる。流石のルインも何も言えず、しばらく考え込んだ。
そして――。
「…………今回だけだぞ」
空いた片手で顔を押さえ、赤面しながら承諾する。今の状況をリムルに話したら、間違いなく何か言われる。
そう思いながら、ルインは少女に根負けし、同じテントで休むことになった。
眠れないと思っていたが、変身して戦った疲れのせいなのか、ルインは意外にもすぐに眠りにつくことができた。