「ろ、牢屋......!?なんで!?」
「ねぇ!ここどこなのかな!?」
私はエマの声を聞き飛び起きた。
見覚えのある天井、見覚えのある壁。
「何を考えていますの!?わたくしをこんなところに閉じ込めるなんて!」
「ざけんなぶっ殺すぞおらぁ!出せぇ!」
嫌な予感しかしなかった。また始まってしまう...【魔女裁判】が。
私は考えを巡らせた。昨日はいつも通り家のベッドで正しい時間に眠ったはず。
それなのに何故またこの監房にいるのか。
エマはベッドの方を見て驚く。
「──!!」
私はベットから降り、エマの方を見つめた。
「エマ...」
「ヒロちゃん......」
「......あのね、色々あったけど、ヒロちゃんにまた会えてよかった。」
「【また】...?エマ、記憶がなくなっているのか?」
違う、記憶がなくなっているわけではない。また私の【死に戻り】が発動してしまったのか?
しかし魔女因子は全てユキによって回収されたはず...それなのに。
「いいや、説明はあとにしよう。そろそろはじまる。」
私は室内のモニターを指差した。
「あ...もしもし....映像って見えてます......?何せ古くて故障が多いので.....やれやれ。」
「私、ゴクチョーと申します。」
「詳しい説明がしたいのでラウンジに集合してください。」
「監房の鍵をあげますので、看守の後についてきてください。」
「抵抗とかは自由なんですが....【尊厳】とかなくなっちゃうので.....はい.......。」
.....尊厳?
あの時は確か【命】と言っていたはず。
看守の姿もおかしい。持っているものが鎌ではなく鞭になっている。
何故尊厳なのか、何故鞭を持っているのか、そんな事を考えてるうちに監房の扉が開いた。
いつの間にか握られていたエマの手を離すことなく歩き始める。
────
「ぎゃああぁ!触んな化け物ぉ!キモいから!わかった、わかりました、行くから!!」
ココはいつもの通り騒いでいる。
「まってよ!ヒロちゃん!」
「【また】って一体どういうことなの!?ヒロちゃんはここについて何か知ってるの?」
「ヒロちゃん....怒ってるの?」
エマは心配そうな顔で私を見る。
「怒っているわけじゃない、ラウンジに行ってから説明する」
────
ラウンジに入り見慣れた少女たちを観察する。
少女たちの衣装は前の時と変わっていないようだ。
推定黒幕である氷上メルルもいる。
(あまりにも疑問に思うことが多すぎる.......!)
(だが、こういう時こそ冷静でいなければいけない)
シェリーはエマの手をぶんぶん握る。
レイアが自己紹介の提案をする。
私が行動していないからレイアが率先して行動しているのだろう。
少女たちはお互い自己紹介をした。ここの流れも特に変わっていない。
私も前と同じように自己紹介をした。
エマはいつの間にかついた膝の傷をメルルに治してもらっていた。
手を繋いでいたのに転ぶとはどういう転び方をしたのだろうか。
どうやらメルルの魔法も変わっていないようだ。
自己紹介が終わり、ゴクチョーが現れて説明がされる。
「あっ.....人がいっぱい....。えっと改めまして......この屋敷で管理を任されているかわいいフクロウ、ゴクチョーと申します」
「....定時とかもあるので.....さっさと説明をしていきますね......」
「あっと......すごく申し訳にくいんですが.....皆さんは【マゾ】になる因子を持っています。」
「ちょっと待て」
私は思わず口を出してしまった。
「どうしたんですか?二階堂ヒロさん。」
「どうも何も....今何になる因子と言った?」
「えっと.....【マゾ】ですね.....」
「はっ??」
私は思わず火かき棒を手にしようとしてしまった。
マゾになる....それはつまりいじめられる事に快感を覚える、ということだろう。
そんなのは正しくない。
「二階堂ヒロ、マゾになる因子について知っているのかしら?」
珍しくナノカが声を上げる。
おそらく牢屋敷のことについて更に知りたいのだろう。
「それは知らない。私が知っているのは【魔女】になる因子、【魔女因子】の方だ。」
「【魔女因子】、とやらに心当たりは......ありませんね........」
ゴクチョーは首を傾げた。
「ヒロっちふざけてんの?話してる人を遮ってはいけない、って小学生でもわかると思うんだけど〜?」
「くっ.....確かにそうだな......続けてくれ、ゴクチョー。」
(ココの言う通りこの場で正しくないことをしてしまった)
「説明を続けますね。エラい人が決めた話では【マゾ】はこの国にとって厄災をもたらす悪らしいんです。」
「わが国の法に基づいた全国調査によって、皆さんはその因子が大きく検出された存在。」
「この国にとってあまりに危険であると判断され、この牢屋敷の収容が決まったんですね。」
「いずれ【マゾ】になる可能性があるとなると野放しにはできませんので........」
「つまり皆さん、この世界に外をなす悪者ってことで....ご納得ください。」
「あら、私はマゾではなくてサドなんじゃないかしら?」
「私にそんなこと言われましても....皆さんの【マゾ】の因子が大きく検出されたので.....」
「皆さんはこの春から囚人として生活してもらいます。」
「救済がなくもないのですが.....【大マゾ】さえ見つかれば皆さんの呪いを.....」
(ユキが大マゾになっててほしくないな....)
「あ、でも、期待とかさせてもよくないですよね.....忘れてください。」
「シャワーも娯楽室もあるので、ここで余生を楽しく過ごすとか....どうですかね?」
「あっ、ちなみに看守はかつてここに収容されたものがマゾになってしまった姿です」
「【なれはて】、【マゾのなれはて】とも呼ばれています。」
(マゾのなれはてはただの変態なのでは?)
「多くのマゾになった者は処刑されますが、与しやすい者に快楽を与えてマインドコントロールしてます。」
「逆らったら鞭で叩いて縛るように洗脳してしまったので....ほんとすいません、逆らったら叩かれてください。」
「破廉恥ですわ〜〜〜〜!!!」
ハンナが恐怖に怯えたのか叫ぶ。
「あっ、あと何個もすいません。最後に、みなさんに最も大切なことを伝えておきます。」
「マゾになりつつある者は、抑えきれない欲望や妄想に衝かれてしまいます。」
「面倒なことに、いずれ囚人間で傷害事件が起こるんです。」
(傷害事件....?殺人ではないのか??)
「少しいいか?」
「ちょ〜っと待ってください!」
私とシェリーは同時に声を上げた。
「シェリー、先に質問していいぞ」
「わっかりました〜!」
「ゴクチョーさん!傷害事件が起こるのはわかりましたが、殺人事件は起きないんですか?」
私もそこが気になっていた。
殺人事件が起きないのであればサバトの儀式を行うことができる。
ゴクチョーはめんどくさそうに答えた。
「はぁ.....それがですね、ある囚人の方というか何と言うか......そんな方が死なない魔法をかけてしまってですね......」
「昔よりもなれはてになる囚人も少なくなったんですよねぇ.....」
「死体の清掃がなくなって嬉しい反面、後に説明する【マゾ裁判】の頻度が多くなって逆に面倒なんですよね......」
この牢屋敷にいる限りは死なない、そしてなれはてにもなりにくいらしい。
とりあえず一安心した。
「ゴクチョーさん、ありがとうございます!!ヒロさんはどういった質問ですか?」
「いや、私も同じ質問だ」
「ですよね〜!殺人事件!それが起きないって考えても裁判ですよ!!高まっちゃいますね〜!!」
私の安堵の表情を喜びの感情と受け取ったのか、シェリーは気分よく話した。
「話を戻しますね。さすがに痛めつけるのに快楽を感じる危険人物とは一緒に生活できませんよねぇ。」
「というわけで傷害事件が起こり次第、【マゾ裁判】を開廷します。」
「【マゾ】になった囚人は......あの........処刑しますので。」
「詳しくは【マゾ図鑑】をご覧ください。では私はこれで......」
ゴクチョーが飛び立とうとした時、意外な人物が声を上げた。
「うーん....のあ、よくわからないけど、それって【マゾ裁判】じゃなくて【サド裁判】じゃないかな?」
「痛めつけられて喜ぶのが【マゾ】、痛めつけて喜ぶのが【サド】、痛めつけて喜ぶ人を見つけるなら【サド裁判】って言ったほうがいいよねー?」
「......そこの説明もしたほうがいい感じですか?.....やれやれ......」
ゴクチョーは心底めんどくさそうに話し始めた。
「認識的にはそれであっています.....ただ、用語を増やすと何かと面倒じゃないですか.......」
「それに、マゾ因子が強くなると他人を痛めつけたいという感情も強く出てしまうので......はい........」
「頭痛くなってきた.....マジでどういうことかわかんねぇ......」
「では私は.....」
私は飛び立とうとするゴクチョーを呼び止めた。
「最後に1つ、処刑された囚人は....なれはてになるのか?」
「....みなさん、質問が多いですね.....詳しいことはマゾ裁判中に説明したいのですが.......なれはてになるかならないかは個人差があります。こう言えば、満足ですか?」
「ああ、それでいい。」
ゴクチョーは逃げるように飛び立っていき、通気口の中へと姿を消していく。
私はすぐにスマホを取り出し、変わっている部分はないか確認する。
『囚人は強いストレスを受けるとマゾ因子が高まり、マゾ化が進む』
『マゾになった者は堪えきれない殺人衝動で、傷害事件を犯すおそれがある』
(ここは変わらないか...用語以外は)
軽く眺めてみたがルール自体はあまり変化がなかった。
処刑方法について詳しく書かれていなかった。
ゴクチョーが言っていた【個人差がある】とはどういう事だろうか。
「ヒロくん、ちょっといいかい?」
「レイアか....どうしたんだ?」
「先ほどこの牢屋敷について知っているかのような発言があったのでね、気になって質問をしてみようかと。」
「ああ、そのことか....みんな、ちょっと待ってくれないか?」
ラウンジから去ろうとする彼女たちを呼び止めた。
私は自分に起きたこと、私が過ごした牢屋敷のことを軽く説明した。
「飯がマズイなんて嫌ですわ!」
「ヒロさんがいた牢屋敷では殺人事件があったんですか!!私そっちのほうが良かったかもしれません!」
「何をおっしゃっているんですの!?殺人事件なんてないほうが良いに決まってますわ!」
「というか、ヒロさんはそんな場所から生き残ったんですの?それならここでも同じ事をすれば...!」
「魔女がマゾが変わってるから、下手に動いたら取り返しがつかなくなるかもしれないわね?」
「うぐ.....それもそうですわね.....」
少女たちは各々声を上げる。大半はハンナだったが.....
私はエマの方を見た。とても不安そうな顔をしている。
そんなエマの表情を見てるととてもいじめたくなる.....ん?今私何を考えていたんだ?何か正しくない感情が出てきたような気がする。
(これがゴクチョーの言う【マゾ化】...なのか?)
私はすうっと、大きく息を吸い込み、まっすぐ前を見据えた。
得体のしれない、正しくない何かがじわりじわりと胸に染み込んでいくのを感じながら。