昼食後、私は牢屋敷内を歩いていた。
どうしても頭に浮かぶのは、桜羽エマ。マゾ化が進行しているのか、いくら逸らそうとしてもエマが浮かんでしまう。
ダメだ、感情に支配されてはいけない。魔女化の時に学んだだろう。
しかしどうしてもエマが頭を支配してしまう。
もはや狂気と言えるその思考を、私は──
掃除で鎮めることにした <
☠️ 筋トレで鎮めることにした
掃除で鎮めることにした。
────
私はサンルームへ来ていた。
ミリアとあったとき、この部屋のホコリが尋常じゃないほど舞っていた。それにここなら誰かに掃除の邪魔をされることはないだろう。
あの時はよく見ていなかったが、サンルームという名前の通り、陽の光がよく当たって暖かい。
2つの丸テーブルにそれぞれ3つのイスがあり、右側の隅の方に余ったイスが放置されている。
左の方を見るとどうやら本棚があるらしい......内容はどれもフィクスマージ語で読みにくい。
ミリアが入れ替えた花瓶の花は赤いバラとピンクのドライフラワーのようだ。
(私とエマみたいだ......いやいや.......)
そんな事を考えるんじゃない。私は掃除をしに来たんだろう。
私は黙々と掃除をした。
────
1時間以上は経っただろうか。
目に見えるホコリは大体除去できた。
私は少し疲れたので近くにあったイスに座り、体を休める。
すると。
「あら、ヒロちゃん。こんな所でなにをしてるのかしら?」
マーゴは怪しげに微笑みながら私の向かいのイスに座った。
「.......マーゴか。少し掃除をしていた。この部屋はホコリが酷かったからな。」
「そう。それにしてもこの部屋、すごく居心地がいいわね。私の場所にしていいかしら。」
「いや、そもそもこの牢屋敷はみんなの場所だ。勝手に私物化するのは正しくない。」
「あら、硬いのね♡」
「そういえばヒロちゃん、さっきココちゃんがヒロちゃんの事を探していたわ。」
「ココが?一体なぜ?」
「みんな配信を一度は見てるのにヒロちゃんは見てないから騒いでいるのよ。」
確かにココの配信はこの牢屋敷に来てから見ていない。
内容を知っている上にココは牢屋敷の秘密を知らなそうだったのでスルーしていたが、【千里眼】の魔法を持っている以上、見るべきだった。
「そういえばそうだったな......通知を切っていたから気づかなかった。」
もちろん嘘だ。
「.......【嘘】ね。」
「当然、嘘だ。それもとてもつまらない嘘。」
「あなたは他の牢屋敷の記憶を持っていて、配信の内容はすべて知っている......そんなところかしら?」
「ああ、その通りだ。」
「ココには次の配信からはしっかり見ると伝えておいてくれ。」
「あなたから伝えたほうがいいんじゃないかしら?」
「私は夜に少し予定が入っている...だから伝えられそうにない。」
「そう、わかったわ。」
マーゴは席を立ち、去り際に一言。
「儀式の本の返却は早めにね?」
「わかっている、明日返す。」
そう言ってマーゴは離れていった。
────
夕食とシャワーを終え、私はサンルームへと向かう。
月明かりに照らされたサンルームはまるでスポットライトが照らされているかのように明るかった。
私は電気をつけ、監房でやるのと同じように翻訳作業をしていた。
「私....する......牢獄.....女......」
(理屈自体は簡単なのだが、実際にやるとなかなか難しいものだな)
私は食堂から持ってきた紅茶を飲み、本の翻訳に勤しむ。
「ヒロちゃん、こんな所にいたんだ。」
「ヒロっちやっほ〜」
ミリアとココがやってきた。
「ヒロっち何やってんの?解読?」
「ああ、本の翻訳だ。」
ココが翻訳した文を覗き込む。
「うぇ......よくこんな意味わかんない文を翻訳できんね.......あてぃしパスで。」
ココはサンルームから去ろうとする。
「こ、ココちゃん!これを翻訳できたら牢屋敷から出られるかもしれないよ!」
「えっ!?マジ?あてぃしもやるやる!」
ココはダッシュで戻ってくる。
それから私たち3人はサバトの儀式の翻訳を行った。
「う....やっぱムズイ、無理かも......」
ココが早々に音を上げていた。
「ココ、諦めるのが早すぎるぞ。30分しか経っていない。」
「牢屋敷から出たいけどこれもやりたくない〜!」
「あはは......」
「はぁ.......ココ、もう一回説明が必要か?」
「け、結構ですッ!!」
よほど説明を聞きたくないようだ。ココはスマホに耳を当て、【推し】と話している。
「【推し】は元気か?」
「......聞こえてないみたいだね。」
「仕方ないか......」
そうして翻訳をしていると、自由時間終わりの連絡が来たので私たちは監獄へと戻った。
────
監獄へ戻ったあと、私はいつものように日記を書く準備を始めた。
しかし、突然エマが話しかけてきた。
「ごめんねヒロちゃん、少し相談したいことがあって......」
「ボク、ずっと考えてたんだ。この牢屋敷に来て、脱出の提案をして、でも上手くいかない。」
「ボク......足手まといになってないよね........?」
私はため息をつき、一呼吸おいて話し出す。
「何を言っているんだ、エマ。君は人の為に、みんなの為に牢屋敷から脱出する方法を探っている。」
「中には正しくない行動を取るときもあるが。」
「うっ......それはごめん。」
「......それは今どうでもよくて。」
「それでも、君がみんなを【救いたい】と思って行動しているから、足手まといなわけがないだろう。」
私はふと思いついた質問をエマに投げかけた。
もっとも、エマの答えることは予想がつくが。
「エマ、君に1つ質問をしよう。」
「君は数人の少女たちと、誰かを犠牲にしないと脱出できない場所に閉じ込められたとしよう。」
「もしそんなことが起きたら、どうする?」
エマは考えることなく答えた。
「......もちろん、まずは誰かを犠牲にしない方法を探すよ。」
「それでも見つけられなかったら.......ボクが犠牲になる。」
「.......自己犠牲は正しくないな。でも.......」
エマらしい、いい答えだ。
と私は思った。
「..........ボクは誰も傷つけたくない。傷ついてほしくない。」
「みんな無事に、一緒にこの牢屋敷から出たいんだ!」
エマが力強く言い放った。
その言葉は私の心にすっと入ったような気がした。
「ありがとう、ヒロちゃん。おかげで少し楽になったよ。」
「絶対、みんな無事にここから出ようね。そしてヒロちゃんと【3人】で.....」
「......あれ?【3人】って.......誰のこと?」
「エマ、君は疲れてる。休んだほうがいい。」
「う、うん、そうだよね。」
私はエマを寝かしつけた。
危なかった......ミリアが少し違う魔法だからといって、エマの魔法が違うとも限らない。エマが魔女......いや、マゾになってしまったら終わりだ。
私は日記を書き、ベッドに横になる。
『みんな無事に、一緒にこの牢屋敷から出たいんだ!』
エマのその言葉がずっと頭に流れるまま、私は眠りに落ちた。
────
私は目を覚ました。今日も正しく生きようか。
しかし、何かがおかしい......私は嫌な予感を感じつつベッドから降りる。
そして、二段ベッドの下を見る。
エマがいなかった。
それ自体は何らおかしいことではない。
問題なのは、そのベッドの上に【血痕のついた蓮見レイアの服】が置いてあるところだった。
私は青ざめ、その写真を撮りエマを探す。
(エマ、エマ......エマッ.....!)
(どこだ!どこにいる!!)
そうして探して、レイアとミリアの監房を覗いたとき【それ】は見えた。
虚ろな目をした、左足のない少女......桜羽エマだった。