フェア・クラネルの嫁作り 作:パーンダ
続きは週末にでも。
都市北方。
遥か昔に築かれた巨大市壁の上。そこから見渡す街の景色は壮観だ。南に見える白亜の巨塔バベル。冒険者通り、八基の塔からなる大派閥の
さらに遠くに目を凝らすと、欲と喧騒が入り乱れる繁華街方面。夜を彩る魔石等の光は、他の地区に比べて規模が広いように見えた。
「神々が降臨する前、この場所は冥府への入口だった。いや、冥府そのものだったのかもしれないね。それを考えると、千年で随分変わったものだ。なんだか感慨深くなってしまうね」
【ロキ・ファミリア】団長、フィン・ディムナはしみじみとした顔で前傾した。
『遠征』前日、夜。
場所はオラリオを守る円形巨大市壁の上、北側である。大切な遠征の直前に何をしているのだろうか。さっさと帰りなさいよ、とフェアは思った。
「そりゃあ変わるでしょう。その冥府時代から千年以上も経ってるんだから。今から更に千年後には、船が空を飛んでるかもしれませんね。それくらいの発展があっても何ら不思議じゃない」
「空飛ぶ船か。それは是非とも体験してみたいものだね。バベルのさらに上からオラリオを見渡すことができたら、さぞかし気持ちがいいだろう」
少年顔の
「ところでフィンさん、俺はなんでここにいるんでしょう?」
「君を街で見かけて、親指が疼いてね。だから連れてきたのさ。後は言わなくてもわかるだろう?」
「俺達は心の友ではないんで、言葉にしてもらわないとわかりません。ていうか、言わなくても伝わるとか幻想ですよ。たとえ親しい男女の間であったとしても、お互いに全部察するなんて無理なんですから」
「なるほど。君の言葉には
一時間ほど前、フェアは街で二人に会った。知り合いが作っている
フィンに『話があったんだ。折角だからどうだい?』と言われたので、少しならとお付き合いさせてもらった次第である。
「俺、なんで連れてこられたんですか?」
「ンー、少し昔話がしたくなってね。ああ、アイズは君の弟について聞きたいそうだよ」
アイズの方に視線を送ると、コクコクコクと高速頷きを繰り出していた。
この二人、というか【ロキ・ファミリア】の主神と幹部は、フェアとベルの関係について知っている。
昔からだ。ベルがオラリオに来る前から。そのことはフレイヤも把握していて、両者の間では
「昔話って、千年前の話ってことですか? その、冥府だった時はどんなモンスターがいたとか、どんな神聖美人なお姉さんがいたとか」
「そんなわけがないだろう。さっきのは単なる雑談だよ。あと、隙あらば美女の話を始めようとするのはやめるんだ」
「フェア、ベルはどうしてあんなに早く強くなれるの? とてもいい子で努力家なのはわかったけど、他に秘密があったら教えて」
アイズが
「俺が知ってるわけないだろ。派閥違うんだから」
「でも、家族だよね? 血の繋がった兄弟」
血の繋がった兄弟。
仮にそうだとして、それは全てを把握している理由にはならない。フェアは首を横に振った。色素の抜け落ちた白髪が夜風にたゆたう。
「秘密があろうがなかろうが、それはきっとアイズが強くなるヒントにはならない。もちろん、俺が強くなるにあたっても、何の役にも立たない情報だ。──才能があったのは事実で、あいつはこれからも伸びていく。俺は、それがわかってるだけでいいと思ってるよ。爆速で強くなった理由を知りたいとは思わない」
彼は冒険者の才能があった。英雄を目指すにあたって器があることも示した。一番大切なことがわかっているのだから、それでいい。
「二人から見てどうでした? ミノタウロス戦は見てたんでしょう?」
ベルがミノタウロスと再戦した日、【ロキ・ファミリア】の面々はその場に居合わせていた。
その日よりも前。アイズが単独で深層の階層主を撃破し、ランクアップを果たした。仲間の偉業に感化された方々はダンジョンに赴くことにして、暴れ回った帰りだったらしい。フィンも時間があったから同行していたそうだ。
「一言で言うと、奇跡を見た。いい勝負はできていると感じていたけど、火力不足で競り負ける可能性が高いと予想していたんだ。実際、途中までは決め手を欠いているように見えた。でも、驚異的な執念と『技』で乗り越えた。彼は勝ってしまったよ」
「私は……頑張ったねって思った」
なるほど。良い評価を頂いているようで、フェアはちょっぴり嬉しくなった。アイズは言語力不足が
「うん、頑張った。ただ、これからが大変ですね。これで完全に冒険者になっちゃったから。それも、紛れもない英雄候補だ。新時代の」
「英雄候補か。少々気が早いんじゃないか?」
「どこがですか。一ヶ月半でランクアップしたんですよ。その意味は貴方もわかっているでしょう。全世界で史上最速。それも、大手派閥の育成システムとかそういうのはなしで。アイズからの手ほどきはあったとはいえ、大したもんだ。英雄に挑戦する器の証明としては、十分すぎるでしょ」
フィンは頷き、アイズはなぜか自分の剣を睨みつけている。まさかライバル意識でも燃やしているのだろうか。それは流石に大人気ないのではなかろうか。
「まあ、これからもよろしくお願いしますよ。特にアイズは。感じてるとは思うけど、あいつはアイズのことをとても尊敬してるし、命を助けられたことにめちゃくちゃ感謝してるから。これから先もずっと、いい見本であってあげてくれ」
「……? 尊敬、リスペクト……なるほど。そういうことなら、任せて」
アイズは一瞬ぽかんとした。まさか敬われている自覚がなかったのだろうか。そういえばこの子も天然だったなと、フェアは苦笑いを浮かべる。
天然同士でお似合いかもしれないとも思った。
ベルも大概な天然である。主に女性関係でクソボケ野郎にならないことを祈る。
「ところで、フィンさんの昔話っていうのは? まだ聞いてないんですけど」
「ああ。四年前のことさ」
「四年前……」
「ああ、そうだ」
フィンに話を振ると、彼はぐっと安酒をあおった。
小さな喉仏が僅かに沈み込んで、元あった位置に戻ってくる。黄金色の瞳に夜のオラリオを映し、なんてことのない口調で話し始めた。
「悪かった──って言うべきなんだと思うけど、その一方で、僕は自分の判断が正しかったと思っている。なんて打ち明けるのは卑怯かな?」
どうだろうか、と尋ねられて、どうでしょうねと返事をした。
四年前の27階層での惨劇の際、フィンはダンジョン方面を
実に鮮やかな手並みだったらしい。闇派閥の残党達の主神の位置を割り出し、迅速に送還してのけた。彼らしい、実に合理的な判断だったと言えるだろう。
しかし、切り捨てられた側としては、なんて言っていいやら反応に困る。困った。だから、ここは思ったことをそのまま口に出すことにする。
「ええ、卑怯ですね。でも、それがオラリオの【勇者】だ。あそこで情に流されるような人なら、貴方は【
自分でも驚いてしまうほど、スラスラと言葉が出てきた。そして、全て本音だった。
当時はやり場のない怒りが収まらなくて、恨んだこともあったけれど、誰かを恨み続けるのはしんどいことだ。
それも憧れを憎むとなると、かなり疲れる。
フェアはしんどいことや疲れることが嫌いだ。ただでさえ疲弊を強いられる世界の中で、この人を恨んで自分は疲れて、なんてことは不毛だと思う。そう思えるくらいにはなった。
「……在り続ける、ね。それはそのつもりだけど、君から言われると重みが違うな」
「プレッシャーかけてますから。お願いしますよほんと。ちゃんと、【フレイヤ・ファミリア】についていってもらわないと。はっきり言って差を開けられてると思います。頑張ってくださいマジで。二大派閥は拮抗しておいてくれないと困ります」
「はは、手厳しいな。だ、そうだから、頑張るとしようか、アイズ」
「それなら、あの人と勝負……場所はダンジョンでも、向こうの
「彼女のことか? いや、理由もなしに直接対決は許可できないよ。抗争を始めるつもりかい、君は……」
ベルは【ロキ・ファミリア】と──【剣姫】と縁を繋げた。オラリオに来たはいいが、途方にくれていた頃が嘘のよう。彼は彼の力で周囲を惹き付け、彼だけの縁が増えていく。
ハーレムを目指すかどうかは自由にすればいいが、いずれにしても英雄を目指して頑張って欲しい。かつて義母と居候の中年男に話していたように、本当に英雄になれる可能性がある。夢を叶えられるかもしれないのだから。
「そうだ。既にフレイヤ様からお達しがあったかもしれませんが、ベルと俺の関係はオフレコでお願いしますね。もしかしたら契約書にも書いてあるかもですけど、念のために伝えときます」
「ああ、聞いているし、契約書にも記載があるよ。
フィンが言っているのは、四年前に【ロキ・ファミリア】──【フレイヤ・ファミリア】間で結ばれた秘密契約についてのことだ。
両者の間で抗争が発生した場合、フェアとフィルヴィスの関与は禁止。両派閥が二人を移籍加入させることも禁止。【ディオニュソス・ファミリア】が消滅した際、どちらが引き取るか揉めに揉めたことがあって、最終的にはそのような形となった。
どちらにもつかないというのを条件に、二人は今の派閥に加わった。穏健派でありながら発言力があり、
「明日から……【ロキ・ファミリア】は未到達領域に
「そちらは50階層で【
「アイズもよろしく」
「? うん。もちろん、ベルには強くなって欲しいから、色々教えてあげるつもりだよ」
よろしく、と念押しして、フェアは弟に幸あれと願う。初恋って一生記憶に残ると思うから、酷い振られ方とかしませんようにと。
「そういえば、ベルはお父さんのことは知らないって言ってたよ。名前もわからないって」
「そうか。あんなに時間はあったのに、話してなかったんだなあの人達。まあ、話す必要はないって思ってたのかもなぁ」
「フェアも知らないの?」
「うん。知らない。父親については全く見当がつかないな。昔は気になったこともあったけど、今となってはどうでもいいよ。アイズとは違って、俺には思い出とかはないからさ」
フィンに買って貰った安酒を飲み干し、ゆっくりと腰を上げる。傍らに口を開けている薄闇、下り階段に向かって歩き出した。
間もなくフィンとアイズが追いついてきて、市壁から出たところで別れる。そうして、珍しいメンバーでの『交流』は幕を下ろしたのだった。
◆
「フェアさんの結界は磐石。貴方の体の状態も安定しています。ですが、
「ああ。いつも悪いな【
フィルヴィスは肌着の位置を直し、
閉院後の【ディアンケヒト・ファミリア】
体に埋め込まれている魔石について、フィルヴィスは彼女の治療を受けている。今のところ根本治療には至っていないが、事が事なだけに文句は言えない。ここまでの
「いえ、私は当然のことをしているまでです。医師としても貴方がたの友人としても」
「そうか。本当にお前は聖女だな。聖人だ」
「大層なことではないと思うのですが……大袈裟かと」
何とかしようとしてくれているだけ有り難い。
そう思っているフィルヴィスではあるが、聖女の聖女ぶりは理解不能であった。この女は色々と複雑な気持ちとかないのかと思う。まあ、あったとしても態度に出していないだけかもしれないが。
(しかし、こんな儚げな女にあんなもの……大丈夫なのか? 嫁扱いされている私が気遣うのは……狂っていると我ながら思うが……思わず心配になってしまうな)
グツグツとした気持ちになったこともあったが、というか今もなるが、ジタバタするのは随分前に諦め済みだ。彼がいなければ自分はただの怪人になってしまい、もはや生きてはいけないのだ。普段はツンケンしつつも、そのことは常に頭の片隅にある。
「……この魔石を埋め込んだ化け物は、【フレイヤ・ファミリア】に討たれたはずだ。しかし、やはりいるのだな。本体が」
「ええ。結界がなければ語りかけてくる、というのがその証左でしょう。ですから、出来ればダンジョンには近づかせたくないところですが……」
「それは無理な相談だ。怯えて引きこもっていては何も解決しない。お前にもこうして迷惑をかけているんだ。私自身も努力しないといけない」
その気持ちは間違っているのかもしれない、とたまに思う。パーティを危険に晒す可能性など、色々と考えると自信がなくなるのだ。
しかし、冒険者が冒険することをやめたらお終いだ。着いてきていいとも言われているし、それなら出来る範囲で冒険を続ける。このお節介共は、こんな風になっても人だと言ってくれる。それなら怪人として引きこもるのではなく、人として冒険を続けていきたいのだ。
「わかっております。そのためにも、私も微力ながら力添えをさせて頂きます。ですから、今回も無事に戻ってきてくださいね」
「ああ、勿論だ」
それに、こんな言葉がある。
虎穴に入らずんば虎子を得ず──。冒険の中でなにか打開策になるような手がかりが、ほんの小さなものでも良いから手に入ればいい。
そう思えるようになったのは、きっと前進なのだろう。
◆
そこにあったのは迷宮へと繋がる
神々の遣いたる精霊達は人類に力を貸してはいたが、世界に光をもたらすには至らず。
英雄達と共に穴の奥の別世界に挑み、帰ってこなかった精霊は数多い。
穴の中に広がる『未知』に取り憑かれた命知らずな探索者達も、その多くが命を落とした。
人類はやはり怪物には勝てない。人々は長らく嘆いていたが、やがて決定的な転機がやって来る。
神々の降臨である。
暇を持て余した神々が地上に降りてきたことで、人々は神の恩恵という力を授かり、本格的な反攻作戦に打って出る。
『──ここから先は我々と神が共に歩む新たな時代。
英雄の器にあった戦士達が怪物達を抑え込み、
その時に攻略の足がかりとされたのが、巨大な塔と要塞である。今日のオラリオの原型だ。
現代における世界の中心、迷宮都市オラリオ。
富も、名声も、女も、心躍る未知も、オラリオで上手くやればどんなものでも手に入る。
だから、神も人もこの地に集う。そうして、多くの者の思惑と、数多の物語が交わっていくのである。
「うわ、見物人が沢山いますよ……すごいなぁ」
よく晴れた春の朝。
まだ肌寒い時間帯にあって、多くの人が
「カッコイイ……やっぱり【ロキ・ファミリア】ってすごい!」
白髪の少年ベル・クラネルは、憧れの人を一目でも見ようとここに来た。好機があれば行ってらっしゃいを言いたかったのだが、アイズの周りには人が沢山いるから無理そうだ。
怖い
エルフと英雄が大好きなベルは、見ているだけで興奮してしまった。
「あの、早く買い出しの続きに行きませんか。【ロキ・ファミリア】の皆さんはオラリオ在住なんですから、いつだって見れるじゃないですか〜」
と、呆れているのは酒場の娘、シル・フローヴァである。ベルはダンジョンについて色々と教えてもらったお礼に、彼女の買い出しを手伝わされることになっていた。
「もうちょっとだけ……それにほら、兄さんにも会えてないですし」
「まだ来ないと思いますよ? ぴったり後ろをついていくわけじゃないみたいですし、時間を空けて行くって言ってたじゃないですか」
そんなことはわかっているが、とりあえずもう少し妖精さん達を見ていたいのだ。
なんて素敵な集団なのだろうか。シルそっちのけで、ここは天国なのかと感動していると、不意に背中に痛みが走る。先程購入したニンジンで突き刺し攻撃をされたのだ。ニンジンは折れた。
「うっ……結構痛い」
「はぁ……あまり目移りばかりしていると、そのうち誰かに刺されるかもしれませんよ。ニンジンではなく剣か何かで」
「それは……困ります」
「そうですよね。でしたら、あっちこっちエルフのお尻をおいかけるのはやめましょう。【アストレア・ファミリア】の団長さんのことも気になってるんですよね? ちょっと節操がなさすぎると思いますよ〜」
たしかに反省すべきなのかもしれない。
ベルは肩を落としてごめんなさいをした。この一瞬だけで新たに可愛い人を見つけてしまったし、この調子だとあれも可愛いこれも可憐だになってしまう。
兄のように複数の女性と付き合う自信はないので、アイズ・ヴァレンシュタイン一筋でいくことを心に誓う。
「えーっと、今のオラリオで一番強いのが【フレイヤ・ファミリア】で……」
ベルは踵を返して、市場の方に歩き始める。兄には会いたいからまた後で来るとして、今はシルの買い出しを完了させなければならない。
道中は会話しなければいけないので、オラリオの【ファミリア】事情について話を振ってみることにした。なぜ喋らなければならないのかというと、女性を退屈させてはいけないからだ。
「なんですか藪から棒に……そうですよ。一番強いのが【フレイヤ・ファミリア】です。第一級冒険者が九人もいて、うち四人がLv.6、Lv.7も一人いますからね。対して【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者は七人ですし、その他の団員の練度で言っても【ロキ・ファミリア】は劣ります」
シルは胡乱な顔をしつつも、スラスラと【ファミリア】事情について述べていく。
組織力という点においては【ロキ・ファミリア】の方が上だが、単純な力勝負になれば【フレイヤ・ファミリア】は絶対に負けない。
「ロキ様は忸怩たる思いを抱いているようですが、こればかりは仕方ありませんね。以前はここまで差は開いていませんでしたが、【アストレア・ファミリア】の団長さんが移籍してきたのが決定的でしたね。物の見事に化けて、Lv.6が一人増えちゃいましたし」
移籍というのは中々あることではないそうで、それが幹部クラスともなれば超レアケース。
円満移籍だったと聞いているが、受け入れた【フレイヤ・ファミリア】側は
「二大派閥と、後は【イシュタル・ファミリア】も強いんですよね?」
「その前に、【アストレア・ファミリア】と【ガネーシャ・ファミリア】ですかねー。探索系ではありませんが【ヘファイストス・ファミリア】も大手ですし、派閥の等級も高いです。中堅どころで言えば【アホロン・ファミリア】なんかもありますけど、戦争したら【ハトホル・ファミリア】の方が強いですね」
「そうなんですか…………アホロン?」
今のは聞き間違えだろうか。アポロンをアホ呼ばわりした気がしたから、念のために確認してみると
「ベルさんは酷いですね。仮にも神様ですよ。アホとか言っちゃダメだと思います」
「仮にもっていうか、完全な神様ですよね……」
半目で窘められてしまった。
やはり空耳だったようである。
「ところでニンジン食べません? 折れちゃったんで処理しないと……」
「いらないです」
「えぇ……兎なのに?」
「僕、ヒューマンなんでいらないです」
その後、ニンジンを生で食べさせられそうになったので、全力で拒否した。
シルは唐突に対応が雑、というか酷くなる時があるのだが、もしかして二重人格なのだろうか。
よくはわからないが、聞いたら怒られたので口に出すのはやめておいた。【ステイタス】の話など他にも引っかかることはあるものの、今のところは根掘り葉掘り聞こうとは思っていない。
なんにしたって、良き友人であることに変わりなんてないのだから。
◆
「ウラノス、【ロキ・ファミリア】が出発するようだ」
青白い松明の炎が弾ける空間、ギルド本部内に存在する祈祷の間。
ダンジョンに祈りを捧げ続けている老神ウラノスは、目の前の影に「そうか」と呟く。皺だらけの顔はにこりともせず、影のような人物を見下ろした。
「彼等は彼等の目的を果たすだろう。今はそれでいい」
「未到達領域の攻略か。59階層。いよいよ、ゼウス達がいた時代に近づいてきた。それが肌で感じられて、私は嬉しいよウラノス。まあ、私に肌はなく、残っているのは骨だけだがね」
黒衣で全身を覆っている人物は、男とも女ともしれぬ声で「はは」と笑う。愉快そうに肩を揺らしていた。
「……コホン。【ガネーシャ・ファミリア】のハシャーナ・ドルリアも本日出発の予定だ。38階層で例の宝玉を回収し、18階層で【ヘルメス・ファミリア】の運び屋に中継する手筈になっている。地上まで来たら、私が取りに向かうつもりだ」
ばちばちっと青い松明の炎がはじける。
一転、黒衣の人物は声のトーンを落とした。ウラノスの眉がひくりと動く。
「
「手紙に書かれていた情報だけでは、残念ながら全ては憶測の域を出ない。まずは現物を確認してみなければ。──事前に話にあった通り、ハシャーナに加えて団長のシャクティも同行する。50階層を目指すという『彼女の忘れ形見』のパーティに加わる予定だ」
ウラノスは小さな呼気音を発した。相変わらず表情は少しも変わらない。
「彼は勘がいい。実力も確かだが、我々の側につくとは断言できない。あの白い妖精ともども、扱いにはくれぐれも気をつけろ」
「わかっているよ。四年前の惨劇はギルドに内通者がいたことが原因だった。彼はあれから、こちら側とは露骨に距離を取っているからね」
黒衣の人物は肩をすくめ、老神は静かに瞑目する。
彼らはダンジョン含めた迷宮都市の管理機構。ギルドの長と、それに付き従っている
◆
豪雨が凍りつく。
かと思えば一瞬で溶けて、亜熱帯と化していく森の中。地中から煮えたぎる溶岩が吹き出す中、どこからか津波が押し寄せてきて怪物達が飲み込まれた。
そんな、普段よりも
「たまには貴方も働いたらどうだ。夫という立ち位置に溺れ、腑抜けたわけではあるまいな?」
「黙っていろオリヴァス。まだ、俺の出る幕ではない。今回はお前達がなんとかしろ」
顔に傷のある大男がぶっきらぼうに言い放つ。
彼は背中の大剣に手を伸ばして触れると、握ることなく腕を下げた。歴戦の戦士の太い腕が、行き場をなくしたようにぶらんと揺れる。
「俺をあてにするな。今の【ロキ・ファミリア】程度、俺抜きで何とかできないようでは話にならん。ゆえに上手くやって証明してみろ。貴様らにも毛ほどの価値はあるのだと」
「相変わらず辛辣なことだ。かつての私なら逆上していたかもしれない、とんでもなく無礼な言い草だ。しかし許そう。我々は同志だ。新たな世界を前にして仲間割れなど不要だろう」
オリヴァスは唇を三日月の形に吊り上げ、傷だらけの右手を差し出した。
「そんなに喋りたいなら、壁にでも話しかけていろ。俺はお前のことは好かん。お前のような小物、彼女からしてもさしたる興味はないだろう」
しかし握手が交わされることはなく、更なる無礼な言葉が飛ばされた。
立ち去っていく男の背中を、オリヴァスは黙って見つめる。病的なほど白い顔の横には、青紫の筋が生まれていた。
「……黙れ、私は以前の私ではない。舐めるな、覇者」
左手に握り締めている極彩色の宝玉が、ミシミシと小さな悲鳴を上げた。
◆
昼前。
フェアは
中央広場でフィルヴィス以外のパーティメンバーと合流し、いざダンジョンへと。
中層の
「キエエエエエッッ! 朽ち果てよゴブリン!」
フェアは今、半裸の男と女の話をしながら歩いている。現在地、ダンジョン2階層。
「お前なぁ、出発前に主神とディープキスとか舐めてるだろう。舐めたのかよハトホル様のおっぱい」
「いやそこまでは。それは帰ってきたらにしますよ、ハシャーナさん」
「ふざけんなよ……お前っ、あのバブみを司る女神様とそんなプレイとか、男神達が血の涙を流して憤死すんぞ!」
悔しそうに地団駄を踏んでいる男の名は、ハシャーナ・ドルリア。女好きで有名な【ガネーシャ・ファミリア】のLv.4で、二つ名は【
「はぁー……世の中は不公平だ。ったくよぉ、なんでお前みたいなヤリチンにハトホル様は……クソッ」
「……シャクティさん。ハシャーナさんが卑猥な言葉を喋ってます。調教してもらえませんか?」
その要請を受けて、前を歩く麗人が振り返る。
長槍を装備した女性冒険者。シャクティ・ヴァルマ、Lv.5。ハシャーナが所属している【ガネーシャ・ファミリア】の団長で、二つ名は【
「キエエエエエエ────エェィッ!」
超爺ちゃんの勢いはとどまるところを知らず、細剣を片手に奇声を連発。雑魚相手に勝ち誇った顔を浮かべており、そんな超爺さんを見るシャクティの顔は煤けている。
「……どいつもこいつも、大丈夫かこのパーティは」
「なにをいまさら。頼りになるメンバーじゃないですか」
「フェア、お前はそう言うがな……まともな感性を持っているのは私とフィルヴィスくらいだ。今から思いやられる。我々の心労が」
シャクティはちらりと後方を見やる。フェアも同じように右後ろに視線を送ると、幼顔の女冒険者、リディスがゴブリンを生け捕りにしていた。持ち上げてフェアの顔に近づけてくる。
「お兄ちゃん……私じゃなくて、これ、たべて?」
「リディスさん。なんで股間がもげているんですかコイツは……おい近づけるなそんなトコ!」
「おしゃぶりして……?」
「可愛いけどキモい! 捨てろそんなもん!」
リディス・カヴェルナは妹にも姉にも魔女にもなれる器用な女だ。救国の聖女の真似もできるし、本物の役者顔負けの演技力を持っている。
ちなみに探索ではすっごい役に立つ。錬成の魔法で回復薬やら飲料水やら作ることができるほか、魔法の絨毯で空中移動も可能。猫のようなくりっとした瞳と
「……フィルヴィス、頼んだぞ。私とお前だけだ、まともなのは」
「【
「お前……アレがまともだとでも言うつもりか。アレンは早速消えてしまったぞ。18階層あたりで待っていてくれればいいが、これではパーティメンバーとは言えん。始まった直後に独断専行して、姿を消してしまったのだからな」
【フレイヤ・ファミリア】からの参加、アレン・フローメルはもういない。『馴れ合うつもりはない』とか言って爆速で走っていってしまった。
フェアからすれば想定内。道中のモンスターは減っているはずなので、いないよりはいてくれた方が有り難い。
フレイヤの目的は様子見だ。
死んだはずの【ヘラ・ファミリア】の冒険者の件と合わせて、フェアとフィルヴィスの動向も観察しておきたい。そんなところだろうとは思うが、これじゃお役目果たせていないのでは? まあ、後で怒られようがフェアには関係ないから別にいいが。
「……チッ。なぜ私がサポーターなど……おい貴様ら! 少しは荷物を持て! 特にそこの【
「荷物持ちが荷物持つのは当然でしょ? 私はゴブリンを持つので忙しいから、文句言わずにテキパキ運んじゃってね〜」
最後尾で怒りに震えている美青年は、なんとヒュアキントス・クリオである。なんとなく連れていくことにしてアポロンに話をしたところ、友情は素晴らしいとか言って派遣してくれた。
役割は皆の荷物持ち。つまりサポーターだ。主神命令で同行するよう言われているので、彼は投げ出すこともできず悔しさに震えている。
「くそっ、私を誰だと思っている! 私はヒュアキン」
「ヒュアキン? そんな人はしらないなぁ〜! 私の目の前にいるのは【よわよわアポロ】っていう謎の冒険者だよ〜? アナキンってだぁれ〜? あっ間違ったヒュアぽんだったね〜! てか口答えするならぶっ飛ばしちゃうからね〜アハハ! おら、さっさと運べおらぁ!」
リディス姉さんは魔女モードに入ったようだ。ヒュアキントスは悔しそうに顔を歪めているが、同時に青ざめてもいる。以前、尊厳を破壊された時のことがトラウマになっているようだ。
「……フィルヴィス、頼むぞ。お前だけが救いだ」
「あ、ああ……頑張るから、そう落ち込むな【
ともあれ、【ロキ・ファミリア】の出発から二時間遅れで遠征開始。
パーティメンバーは八名。
フェア、リディス、フィルヴィス、シャクティ、ハシャーナ、ノアール、ヒュアキントス。そして既にいなくなってしまった猫、メンバー表には『にゃーお』とだけ書かれているアレン・フローメル。ちなみに書いたのはフィルヴィスだ。
全員が第二級冒険者以上、うち六名が第一級冒険者という超豪華なパーティである。
「ッッ、リディス・カヴェルナ! やはり我慢ならん! 貴様のことは断じて許せん! 以前踏みにじられたことに加え、今回はこんな恥辱を──」
「──フェア、やっぱりうるさいよこいつ。39階層あたりに捨てていこうよ。みんな、それでいいかな。弱いくせに偉そうなアポロはダンジョンにポイッ」
「貴様ァ! ──ブギャッ」
ヒュアキントスは荷物を地面に叩きつけ、リディスに殴りかかって吹っ飛んだ。華麗な回し蹴りで腹を撃ち抜かれたのだ。ドゴッッ、と惨い音をたてて迷宮壁にめり込む。
ぱらぱらと砂塵が床に落ちる中、フェアは残念なものを見る顔をヒュアキントスに向けた。
「……そろそろ学習しましょうよ。リディス姉さんには勝てませんって。ただでさえ相性悪いのに、【ステイタス】でも惨敗してるんですから」
「フィルヴィス、お前だけが頼りだ……」
「あ、ああ。頼られるのは構わないが、私にも限界というものはある。あまり期待はしないでくれ。特に人間関係は無理だ。場を和ませるとか無理だからな。焼き払ってリセットすることはできるが、和ませるとなると厳しい」
シャクティはゆらりと天井を仰いだ。
既に疲労が溜まってきている様子であった。