フェア・クラネルの嫁作り   作:パーンダ

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もうひとつの方は徐々に感想返していきます。
続きは週末にでも。


3ways,Day by Day

 都市北方。

 遥か昔に築かれた巨大市壁の上。そこから見渡す街の景色は壮観だ。南に見える白亜の巨塔バベル。冒険者通り、八基の塔からなる大派閥の本拠(ホーム)

 さらに遠くに目を凝らすと、欲と喧騒が入り乱れる繁華街方面。夜を彩る魔石等の光は、他の地区に比べて規模が広いように見えた。

 

「神々が降臨する前、この場所は冥府への入口だった。いや、冥府そのものだったのかもしれないね。それを考えると、千年で随分変わったものだ。なんだか感慨深くなってしまうね」

 

【ロキ・ファミリア】団長、フィン・ディムナはしみじみとした顔で前傾した。

『遠征』前日、夜。

 場所はオラリオを守る円形巨大市壁の上、北側である。大切な遠征の直前に何をしているのだろうか。さっさと帰りなさいよ、とフェアは思った。

 

「そりゃあ変わるでしょう。その冥府時代から千年以上も経ってるんだから。今から更に千年後には、船が空を飛んでるかもしれませんね。それくらいの発展があっても何ら不思議じゃない」

「空飛ぶ船か。それは是非とも体験してみたいものだね。バベルのさらに上からオラリオを見渡すことができたら、さぞかし気持ちがいいだろう」

 

 少年顔の小人族(パルゥム)は、愉快そうな様子で安酒を口に流し込む。彼の隣には金髪金眼の女剣士が座っているが、絶対に酒は飲ませてはいけない。匂いだけでも危ないから気をつけて欲しい。ほんとにマジで。アイズ・ヴァレンシュタインは酒気を帯びると切り裂き魔と化す。ヒックヒック言いながら襲いかかってくるのだ。極めて悪質な酒乱である。

 

「ところでフィンさん、俺はなんでここにいるんでしょう?」

「君を街で見かけて、親指が疼いてね。だから連れてきたのさ。後は言わなくてもわかるだろう?」

「俺達は心の友ではないんで、言葉にしてもらわないとわかりません。ていうか、言わなくても伝わるとか幻想ですよ。たとえ親しい男女の間であったとしても、お互いに全部察するなんて無理なんですから」

「なるほど。君の言葉には含蓄(がんちく)があるね。覚えておくとしよう」

 

 一時間ほど前、フェアは街で二人に会った。知り合いが作っている葡萄酒(ワイン)を買いに行って、その帰りだったのだが、なぜかこんなところに連れてこられてしまった。

 フィンに『話があったんだ。折角だからどうだい?』と言われたので、少しならとお付き合いさせてもらった次第である。

 

「俺、なんで連れてこられたんですか?」

「ンー、少し昔話がしたくなってね。ああ、アイズは君の弟について聞きたいそうだよ」

 

 アイズの方に視線を送ると、コクコクコクと高速頷きを繰り出していた。

 この二人、というか【ロキ・ファミリア】の主神と幹部は、フェアとベルの関係について知っている。

 昔からだ。ベルがオラリオに来る前から。そのことはフレイヤも把握していて、両者の間では()()()()()()()契約が結ばれている。

 

「昔話って、千年前の話ってことですか? その、冥府だった時はどんなモンスターがいたとか、どんな神聖美人なお姉さんがいたとか」

「そんなわけがないだろう。さっきのは単なる雑談だよ。あと、隙あらば美女の話を始めようとするのはやめるんだ」

「フェア、ベルはどうしてあんなに早く強くなれるの? とてもいい子で努力家なのはわかったけど、他に秘密があったら教えて」

 

 アイズが真剣(ガチ)な顔で見つめてきた。少し前までベルに指南してくれていたそうだが、本人には聞かなかったのだろうか?

 

「俺が知ってるわけないだろ。派閥違うんだから」

「でも、家族だよね? 血の繋がった兄弟」

 

 血の繋がった兄弟。 

 仮にそうだとして、それは全てを把握している理由にはならない。フェアは首を横に振った。色素の抜け落ちた白髪が夜風にたゆたう。

 

「秘密があろうがなかろうが、それはきっとアイズが強くなるヒントにはならない。もちろん、俺が強くなるにあたっても、何の役にも立たない情報だ。──才能があったのは事実で、あいつはこれからも伸びていく。俺は、それがわかってるだけでいいと思ってるよ。爆速で強くなった理由を知りたいとは思わない」

 

 彼は冒険者の才能があった。英雄を目指すにあたって器があることも示した。一番大切なことがわかっているのだから、それでいい。

 

「二人から見てどうでした? ミノタウロス戦は見てたんでしょう?」

 

 ベルがミノタウロスと再戦した日、【ロキ・ファミリア】の面々はその場に居合わせていた。 

 その日よりも前。アイズが単独で深層の階層主を撃破し、ランクアップを果たした。仲間の偉業に感化された方々はダンジョンに赴くことにして、暴れ回った帰りだったらしい。フィンも時間があったから同行していたそうだ。

 

「一言で言うと、奇跡を見た。いい勝負はできていると感じていたけど、火力不足で競り負ける可能性が高いと予想していたんだ。実際、途中までは決め手を欠いているように見えた。でも、驚異的な執念と『技』で乗り越えた。彼は勝ってしまったよ」

「私は……頑張ったねって思った」

 

 なるほど。良い評価を頂いているようで、フェアはちょっぴり嬉しくなった。アイズは言語力不足が(はなは)だしいが、喜ばしく感じてくれているようだから何も言うまい。

 

「うん、頑張った。ただ、これからが大変ですね。これで完全に冒険者になっちゃったから。それも、紛れもない英雄候補だ。新時代の」

「英雄候補か。少々気が早いんじゃないか?」

「どこがですか。一ヶ月半でランクアップしたんですよ。その意味は貴方もわかっているでしょう。全世界で史上最速。それも、大手派閥の育成システムとかそういうのはなしで。アイズからの手ほどきはあったとはいえ、大したもんだ。英雄に挑戦する器の証明としては、十分すぎるでしょ」

 

 フィンは頷き、アイズはなぜか自分の剣を睨みつけている。まさかライバル意識でも燃やしているのだろうか。それは流石に大人気ないのではなかろうか。

 

「まあ、これからもよろしくお願いしますよ。特にアイズは。感じてるとは思うけど、あいつはアイズのことをとても尊敬してるし、命を助けられたことにめちゃくちゃ感謝してるから。これから先もずっと、いい見本であってあげてくれ」

「……? 尊敬、リスペクト……なるほど。そういうことなら、任せて」

 

 アイズは一瞬ぽかんとした。まさか敬われている自覚がなかったのだろうか。そういえばこの子も天然だったなと、フェアは苦笑いを浮かべる。

 天然同士でお似合いかもしれないとも思った。

 ベルも大概な天然である。主に女性関係でクソボケ野郎にならないことを祈る。

 

「ところで、フィンさんの昔話っていうのは? まだ聞いてないんですけど」

「ああ。四年前のことさ」

「四年前……」

「ああ、そうだ」

 

 フィンに話を振ると、彼はぐっと安酒をあおった。

 小さな喉仏が僅かに沈み込んで、元あった位置に戻ってくる。黄金色の瞳に夜のオラリオを映し、なんてことのない口調で話し始めた。

 

「悪かった──って言うべきなんだと思うけど、その一方で、僕は自分の判断が正しかったと思っている。なんて打ち明けるのは卑怯かな?」

 

 どうだろうか、と尋ねられて、どうでしょうねと返事をした。

 四年前の27階層での惨劇の際、フィンはダンジョン方面を()()した。罠であることに気づいた時には既に遅く、間に合わないと切り捨てた上で、地上に残っていた邪神達の首を取りに行った。

 実に鮮やかな手並みだったらしい。闇派閥の残党達の主神の位置を割り出し、迅速に送還してのけた。彼らしい、実に合理的な判断だったと言えるだろう。

 しかし、切り捨てられた側としては、なんて言っていいやら反応に困る。困った。だから、ここは思ったことをそのまま口に出すことにする。

 

「ええ、卑怯ですね。でも、それがオラリオの【勇者】だ。あそこで情に流されるような人なら、貴方は【勇者(ブレイバー)】にはなっていない。卑怯でもいいじゃないですか。これから先も、みんなにとっての【勇者】で在り続けてくれるのなら」

 

 自分でも驚いてしまうほど、スラスラと言葉が出てきた。そして、全て本音だった。

 当時はやり場のない怒りが収まらなくて、恨んだこともあったけれど、誰かを恨み続けるのはしんどいことだ。

 それも憧れを憎むとなると、かなり疲れる。

 フェアはしんどいことや疲れることが嫌いだ。ただでさえ疲弊を強いられる世界の中で、この人を恨んで自分は疲れて、なんてことは不毛だと思う。そう思えるくらいにはなった。

 

「……在り続ける、ね。それはそのつもりだけど、君から言われると重みが違うな」

「プレッシャーかけてますから。お願いしますよほんと。ちゃんと、【フレイヤ・ファミリア】についていってもらわないと。はっきり言って差を開けられてると思います。頑張ってくださいマジで。二大派閥は拮抗しておいてくれないと困ります」

「はは、手厳しいな。だ、そうだから、頑張るとしようか、アイズ」

「それなら、あの人と勝負……場所はダンジョンでも、向こうの本拠(ホーム)でも、どっちでもいい」

「彼女のことか? いや、理由もなしに直接対決は許可できないよ。抗争を始めるつもりかい、君は……」

 

 ベルは【ロキ・ファミリア】と──【剣姫】と縁を繋げた。オラリオに来たはいいが、途方にくれていた頃が嘘のよう。彼は彼の力で周囲を惹き付け、彼だけの縁が増えていく。

 ハーレムを目指すかどうかは自由にすればいいが、いずれにしても英雄を目指して頑張って欲しい。かつて義母と居候の中年男に話していたように、本当に英雄になれる可能性がある。夢を叶えられるかもしれないのだから。

 

「そうだ。既にフレイヤ様からお達しがあったかもしれませんが、ベルと俺の関係はオフレコでお願いしますね。もしかしたら契約書にも書いてあるかもですけど、念のために伝えときます」

「ああ、聞いているし、契約書にも記載があるよ。()()()()()()()()の中立的立場を約束した契約、あれは本当に厄介だね。おかげで好機があったとしても、二人を迎え入れることは不可能だ。まあ、神フレイヤの方も条件は同じだけど」

 

 フィンが言っているのは、四年前に【ロキ・ファミリア】──【フレイヤ・ファミリア】間で結ばれた秘密契約についてのことだ。

 両者の間で抗争が発生した場合、フェアとフィルヴィスの関与は禁止。両派閥が二人を移籍加入させることも禁止。【ディオニュソス・ファミリア】が消滅した際、どちらが引き取るか揉めに揉めたことがあって、最終的にはそのような形となった。

 どちらにもつかないというのを条件に、二人は今の派閥に加わった。穏健派でありながら発言力があり、大神(ゼウス)女王(ヘラ)とも対等に話ができる凄い女神、ハトホルの庇護下に入ったのだ。

 

 

「明日から……【ロキ・ファミリア】は未到達領域に挑戦(アタック)ですか。また今度、土産話を聞かせてくださいね。アイズはベルに聞かせてあげてくれ」

「そちらは50階層で【流転光姫(るてんこうき)】の手がかりを探す……か。君が彼女にこだわる理由は、もしかして」

「アイズもよろしく」

「? うん。もちろん、ベルには強くなって欲しいから、色々教えてあげるつもりだよ」

 

 よろしく、と念押しして、フェアは弟に幸あれと願う。初恋って一生記憶に残ると思うから、酷い振られ方とかしませんようにと。

 

「そういえば、ベルはお父さんのことは知らないって言ってたよ。名前もわからないって」

「そうか。あんなに時間はあったのに、話してなかったんだなあの人達。まあ、話す必要はないって思ってたのかもなぁ」

「フェアも知らないの?」

「うん。知らない。父親については全く見当がつかないな。昔は気になったこともあったけど、今となってはどうでもいいよ。アイズとは違って、俺には思い出とかはないからさ」

 

 フィンに買って貰った安酒を飲み干し、ゆっくりと腰を上げる。傍らに口を開けている薄闇、下り階段に向かって歩き出した。

 間もなくフィンとアイズが追いついてきて、市壁から出たところで別れる。そうして、珍しいメンバーでの『交流』は幕を下ろしたのだった。

 

 

 

 

「フェアさんの結界は磐石。貴方の体の状態も安定しています。ですが、(くだん)の精霊に近づいた場合、どんな変化が起こるかわかりません。くれぐれも、用心されますよう」

「ああ。いつも悪いな【戦場の聖女(デア・セイント)】。助かる」

 

 フィルヴィスは肌着の位置を直し、戦闘衣(バトル・クロス)に袖を通した。

 閉院後の【ディアンケヒト・ファミリア】本拠(ホーム)の治療院。銀の髪の聖女、アミッド・テアサナーレに礼を述べて立ち上がる。

 体に埋め込まれている魔石について、フィルヴィスは彼女の治療を受けている。今のところ根本治療には至っていないが、事が事なだけに文句は言えない。ここまでの状態異常(イレギュラー)ともなれば、いかに都市最高峰の治療師(ヒーラー)といえど簡単にはいかないだろう。

 

「いえ、私は当然のことをしているまでです。医師としても貴方がたの友人としても」

「そうか。本当にお前は聖女だな。聖人だ」

「大層なことではないと思うのですが……大袈裟かと」

 

 何とかしようとしてくれているだけ有り難い。

 そう思っているフィルヴィスではあるが、聖女の聖女ぶりは理解不能であった。この女は色々と複雑な気持ちとかないのかと思う。まあ、あったとしても態度に出していないだけかもしれないが。

 

(しかし、こんな儚げな女にあんなもの……大丈夫なのか? 嫁扱いされている私が気遣うのは……狂っていると我ながら思うが……思わず心配になってしまうな)

 

 グツグツとした気持ちになったこともあったが、というか今もなるが、ジタバタするのは随分前に諦め済みだ。彼がいなければ自分はただの怪人になってしまい、もはや生きてはいけないのだ。普段はツンケンしつつも、そのことは常に頭の片隅にある。

 

「……この魔石を埋め込んだ化け物は、【フレイヤ・ファミリア】に討たれたはずだ。しかし、やはりいるのだな。本体が」

「ええ。結界がなければ語りかけてくる、というのがその証左でしょう。ですから、出来ればダンジョンには近づかせたくないところですが……」

「それは無理な相談だ。怯えて引きこもっていては何も解決しない。お前にもこうして迷惑をかけているんだ。私自身も努力しないといけない」

 

 その気持ちは間違っているのかもしれない、とたまに思う。パーティを危険に晒す可能性など、色々と考えると自信がなくなるのだ。

 しかし、冒険者が冒険することをやめたらお終いだ。着いてきていいとも言われているし、それなら出来る範囲で冒険を続ける。このお節介共は、こんな風になっても人だと言ってくれる。それなら怪人として引きこもるのではなく、人として冒険を続けていきたいのだ。

 

「わかっております。そのためにも、私も微力ながら力添えをさせて頂きます。ですから、今回も無事に戻ってきてくださいね」

「ああ、勿論だ」

 

 それに、こんな言葉がある。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず──。冒険の中でなにか打開策になるような手がかりが、ほんの小さなものでも良いから手に入ればいい。

 そう思えるようになったのは、きっと前進なのだろう。

 

 

 

 小人族(パルゥム)の【勇者(ブレイバー)】、フィン・ディムナが語ったように、かつてオラリオは冥府だった。千年前の時点ではオラリオとは呼ばれておらず、街もなかった。人も住んでいなかった。

 そこにあったのは迷宮へと繋がる()()()()()入口。怪物達の地上進出を阻む手段はなく、世界は長らくモンスター達のものだった。

 

 

 神々の遣いたる精霊達は人類に力を貸してはいたが、世界に光をもたらすには至らず。

 英雄達と共に穴の奥の別世界に挑み、帰ってこなかった精霊は数多い。

 穴の中に広がる『未知』に取り憑かれた命知らずな探索者達も、その多くが命を落とした。

 人類はやはり怪物には勝てない。人々は長らく嘆いていたが、やがて決定的な転機がやって来る。

 

 

 神々の降臨である。

 暇を持て余した神々が地上に降りてきたことで、人々は神の恩恵という力を授かり、本格的な反攻作戦に打って出る。

 

『──ここから先は我々と神が共に歩む新たな時代。神時代(しんじだい)! さあ、夜明けの景色を見に行こう! まずはこの邪悪な迷宮をどうにかして、地上の覇権を取り戻さなければいけない!』

 

 英雄の器にあった戦士達が怪物達を抑え込み、老神(ろうじん)ウラノスが祈祷をもってダンジョンを鎮めた。

 その時に攻略の足がかりとされたのが、巨大な塔と要塞である。今日のオラリオの原型だ。

 現代における世界の中心、迷宮都市オラリオ。

 富も、名声も、女も、心躍る未知も、オラリオで上手くやればどんなものでも手に入る。

 だから、神も人もこの地に集う。そうして、多くの者の思惑と、数多の物語が交わっていくのである。

 

 

 

「うわ、見物人が沢山いますよ……すごいなぁ」

 

 よく晴れた春の朝。

 まだ肌寒い時間帯にあって、多くの人が中央広場(セントラルパーク)に集まっている。

 

「カッコイイ……やっぱり【ロキ・ファミリア】ってすごい!」

 

 白髪の少年ベル・クラネルは、憧れの人を一目でも見ようとここに来た。好機があれば行ってらっしゃいを言いたかったのだが、アイズの周りには人が沢山いるから無理そうだ。

 怖い狼人(ウェアウルフ)もいるから、チャンスは完全にゼロと言えるだろう。現実はかくも厳しいものである。他に目を引くのは山吹色の髪の妖精とか、超有名なハイエルフの女性とか、その王族妖精(ハイエルフ)を敬う見た目麗しい妖精達とか。後は健康的なアマゾネスの姉妹も気になったし、【重傑(エルガルム)】の名で知られるドワーフもカッコイイ。

 エルフと英雄が大好きなベルは、見ているだけで興奮してしまった。

 

「あの、早く買い出しの続きに行きませんか。【ロキ・ファミリア】の皆さんはオラリオ在住なんですから、いつだって見れるじゃないですか〜」

 

 と、呆れているのは酒場の娘、シル・フローヴァである。ベルはダンジョンについて色々と教えてもらったお礼に、彼女の買い出しを手伝わされることになっていた。

 

「もうちょっとだけ……それにほら、兄さんにも会えてないですし」

「まだ来ないと思いますよ? ぴったり後ろをついていくわけじゃないみたいですし、時間を空けて行くって言ってたじゃないですか」

 

 そんなことはわかっているが、とりあえずもう少し妖精さん達を見ていたいのだ。

 なんて素敵な集団なのだろうか。シルそっちのけで、ここは天国なのかと感動していると、不意に背中に痛みが走る。先程購入したニンジンで突き刺し攻撃をされたのだ。ニンジンは折れた。

 

「うっ……結構痛い」

「はぁ……あまり目移りばかりしていると、そのうち誰かに刺されるかもしれませんよ。ニンジンではなく剣か何かで」

「それは……困ります」

「そうですよね。でしたら、あっちこっちエルフのお尻をおいかけるのはやめましょう。【アストレア・ファミリア】の団長さんのことも気になってるんですよね? ちょっと節操がなさすぎると思いますよ〜」

 

 たしかに反省すべきなのかもしれない。

 ベルは肩を落としてごめんなさいをした。この一瞬だけで新たに可愛い人を見つけてしまったし、この調子だとあれも可愛いこれも可憐だになってしまう。

 兄のように複数の女性と付き合う自信はないので、アイズ・ヴァレンシュタイン一筋でいくことを心に誓う。

 

「えーっと、今のオラリオで一番強いのが【フレイヤ・ファミリア】で……」

 

 ベルは踵を返して、市場の方に歩き始める。兄には会いたいからまた後で来るとして、今はシルの買い出しを完了させなければならない。

 道中は会話しなければいけないので、オラリオの【ファミリア】事情について話を振ってみることにした。なぜ喋らなければならないのかというと、女性を退屈させてはいけないからだ。

 

「なんですか藪から棒に……そうですよ。一番強いのが【フレイヤ・ファミリア】です。第一級冒険者が九人もいて、うち四人がLv.6、Lv.7も一人いますからね。対して【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者は七人ですし、その他の団員の練度で言っても【ロキ・ファミリア】は劣ります」

 

 シルは胡乱な顔をしつつも、スラスラと【ファミリア】事情について述べていく。

 組織力という点においては【ロキ・ファミリア】の方が上だが、単純な力勝負になれば【フレイヤ・ファミリア】は絶対に負けない。

 

「ロキ様は忸怩たる思いを抱いているようですが、こればかりは仕方ありませんね。以前はここまで差は開いていませんでしたが、【アストレア・ファミリア】の団長さんが移籍してきたのが決定的でしたね。物の見事に化けて、Lv.6が一人増えちゃいましたし」

 

 移籍というのは中々あることではないそうで、それが幹部クラスともなれば超レアケース。

 円満移籍だったと聞いているが、受け入れた【フレイヤ・ファミリア】側は()()()大変だったと聞いている。何がどう大変なのか、事情はよく分からないベルだったが、【フレイヤ・ファミリア】が凄い戦力を手に入れたということは理解していた。

 

「二大派閥と、後は【イシュタル・ファミリア】も強いんですよね?」

「その前に、【アストレア・ファミリア】と【ガネーシャ・ファミリア】ですかねー。探索系ではありませんが【ヘファイストス・ファミリア】も大手ですし、派閥の等級も高いです。中堅どころで言えば【アホロン・ファミリア】なんかもありますけど、戦争したら【ハトホル・ファミリア】の方が強いですね」

「そうなんですか…………アホロン?」

 

 今のは聞き間違えだろうか。アポロンをアホ呼ばわりした気がしたから、念のために確認してみると

 

「ベルさんは酷いですね。仮にも神様ですよ。アホとか言っちゃダメだと思います」

「仮にもっていうか、完全な神様ですよね……」

 

 半目で窘められてしまった。

 やはり空耳だったようである。

 

「ところでニンジン食べません? 折れちゃったんで処理しないと……」

「いらないです」

「えぇ……兎なのに?」

「僕、ヒューマンなんでいらないです」

 

 その後、ニンジンを生で食べさせられそうになったので、全力で拒否した。

 シルは唐突に対応が雑、というか酷くなる時があるのだが、もしかして二重人格なのだろうか。

 よくはわからないが、聞いたら怒られたので口に出すのはやめておいた。【ステイタス】の話など他にも引っかかることはあるものの、今のところは根掘り葉掘り聞こうとは思っていない。

 なんにしたって、良き友人であることに変わりなんてないのだから。

 

 

 

 

「ウラノス、【ロキ・ファミリア】が出発するようだ」

 

 青白い松明の炎が弾ける空間、ギルド本部内に存在する祈祷の間。

 ダンジョンに祈りを捧げ続けている老神ウラノスは、目の前の影に「そうか」と呟く。皺だらけの顔はにこりともせず、影のような人物を見下ろした。

 

「彼等は彼等の目的を果たすだろう。今はそれでいい」

「未到達領域の攻略か。59階層。いよいよ、ゼウス達がいた時代に近づいてきた。それが肌で感じられて、私は嬉しいよウラノス。まあ、私に肌はなく、残っているのは骨だけだがね」

 

 黒衣で全身を覆っている人物は、男とも女ともしれぬ声で「はは」と笑う。愉快そうに肩を揺らしていた。

 

「……コホン。【ガネーシャ・ファミリア】のハシャーナ・ドルリアも本日出発の予定だ。38階層で例の宝玉を回収し、18階層で【ヘルメス・ファミリア】の運び屋に中継する手筈になっている。地上まで来たら、私が取りに向かうつもりだ」

  

 ばちばちっと青い松明の炎がはじける。

 一転、黒衣の人物は声のトーンを落とした。ウラノスの眉がひくりと動く。

 

異端児(ゼノス)達が発見したという『宝玉』か。なんらかの()に見えるという話だったが……」

「手紙に書かれていた情報だけでは、残念ながら全ては憶測の域を出ない。まずは現物を確認してみなければ。──事前に話にあった通り、ハシャーナに加えて団長のシャクティも同行する。50階層を目指すという『彼女の忘れ形見』のパーティに加わる予定だ」

 

 ウラノスは小さな呼気音を発した。相変わらず表情は少しも変わらない。

 

「彼は勘がいい。実力も確かだが、我々の側につくとは断言できない。あの白い妖精ともども、扱いにはくれぐれも気をつけろ」

「わかっているよ。四年前の惨劇はギルドに内通者がいたことが原因だった。彼はあれから、こちら側とは露骨に距離を取っているからね」

 

 黒衣の人物は肩をすくめ、老神は静かに瞑目する。

 彼らはダンジョン含めた迷宮都市の管理機構。ギルドの長と、それに付き従っている()()()()()()()魔導士(メイジ)である。

 

 

 

 

 豪雨が凍りつく。

 かと思えば一瞬で溶けて、亜熱帯と化していく森の中。地中から煮えたぎる溶岩が吹き出す中、どこからか津波が押し寄せてきて怪物達が飲み込まれた。

 そんな、普段よりも出鱈目(でたらめ)な変動を続ける環境の中、白髪の大男が妖しく笑う。

 

「たまには貴方も働いたらどうだ。夫という立ち位置に溺れ、腑抜けたわけではあるまいな?」

「黙っていろオリヴァス。まだ、俺の出る幕ではない。今回はお前達がなんとかしろ」

 

 顔に傷のある大男がぶっきらぼうに言い放つ。

 彼は背中の大剣に手を伸ばして触れると、握ることなく腕を下げた。歴戦の戦士の太い腕が、行き場をなくしたようにぶらんと揺れる。

 

「俺をあてにするな。今の【ロキ・ファミリア】程度、俺抜きで何とかできないようでは話にならん。ゆえに上手くやって証明してみろ。貴様らにも毛ほどの価値はあるのだと」

「相変わらず辛辣なことだ。かつての私なら逆上していたかもしれない、とんでもなく無礼な言い草だ。しかし許そう。我々は同志だ。新たな世界を前にして仲間割れなど不要だろう」

 

 オリヴァスは唇を三日月の形に吊り上げ、傷だらけの右手を差し出した。

 

「そんなに喋りたいなら、壁にでも話しかけていろ。俺はお前のことは好かん。お前のような小物、彼女からしてもさしたる興味はないだろう」 

 

 しかし握手が交わされることはなく、更なる無礼な言葉が飛ばされた。

 立ち去っていく男の背中を、オリヴァスは黙って見つめる。病的なほど白い顔の横には、青紫の筋が生まれていた。

 

「……黙れ、私は以前の私ではない。舐めるな、覇者」

 

 左手に握り締めている極彩色の宝玉が、ミシミシと小さな悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 昼前。

 フェアは主神(ハトホル)としばしの別れを一時間半ほど惜しんだ後、カチッと気持ちを切り替えた。

 中央広場でフィルヴィス以外のパーティメンバーと合流し、いざダンジョンへと。

 中層の階層主(ゴライアス)は先を行く【ロキ・ファミリア】に任せて、自分達はのんびり快適に進ませてもらう。同行者達が頼りになることもあって、前回のアンフィスバエナ戦に比べて少し気持ちが軽かった。

 

「キエエエエエッッ! 朽ち果てよゴブリン!」

 

 (スーパー)爺さんが張り切って雑魚を追いかけ回し、久しぶりのダンジョンを堪能する中。

 フェアは今、半裸の男と女の話をしながら歩いている。現在地、ダンジョン2階層。

 

「お前なぁ、出発前に主神とディープキスとか舐めてるだろう。舐めたのかよハトホル様のおっぱい」

「いやそこまでは。それは帰ってきたらにしますよ、ハシャーナさん」

「ふざけんなよ……お前っ、あのバブみを司る女神様とそんなプレイとか、男神達が血の涙を流して憤死すんぞ!」

 

 悔しそうに地団駄を踏んでいる男の名は、ハシャーナ・ドルリア。女好きで有名な【ガネーシャ・ファミリア】のLv.4で、二つ名は【剛拳闘士(ごうけんとうし)】。フェアとはそこそこ仲が良い。たまに夜のお店に誘われることがあるが、相手には困ってないので全てお断りさせてもらっている。

 

「はぁー……世の中は不公平だ。ったくよぉ、なんでお前みたいなヤリチンにハトホル様は……クソッ」

「……シャクティさん。ハシャーナさんが卑猥な言葉を喋ってます。調教してもらえませんか?」

 

 その要請を受けて、前を歩く麗人が振り返る。

 長槍を装備した女性冒険者。シャクティ・ヴァルマ、Lv.5。ハシャーナが所属している【ガネーシャ・ファミリア】の団長で、二つ名は【象神の杖(アンクーシャ)】。

 

「キエエエエエエ────エェィッ!」

 

 超爺ちゃんの勢いはとどまるところを知らず、細剣を片手に奇声を連発。雑魚相手に勝ち誇った顔を浮かべており、そんな超爺さんを見るシャクティの顔は煤けている。

 

「……どいつもこいつも、大丈夫かこのパーティは」

「なにをいまさら。頼りになるメンバーじゃないですか」

「フェア、お前はそう言うがな……まともな感性を持っているのは私とフィルヴィスくらいだ。今から思いやられる。我々の心労が」

 

 シャクティはちらりと後方を見やる。フェアも同じように右後ろに視線を送ると、幼顔の女冒険者、リディスがゴブリンを生け捕りにしていた。持ち上げてフェアの顔に近づけてくる。

 

「お兄ちゃん……私じゃなくて、これ、たべて?」

「リディスさん。なんで股間がもげているんですかコイツは……おい近づけるなそんなトコ!」

「おしゃぶりして……?」

「可愛いけどキモい! 捨てろそんなもん!」

 

 リディス・カヴェルナは妹にも姉にも魔女にもなれる器用な女だ。救国の聖女の真似もできるし、本物の役者顔負けの演技力を持っている。

 ちなみに探索ではすっごい役に立つ。錬成の魔法で回復薬やら飲料水やら作ることができるほか、魔法の絨毯で空中移動も可能。猫のようなくりっとした瞳と幼顔(ロリフェイス)が愛らしく、それでいて十歳以上年上のお姉さんだ。手を出すと破滅させられそうな気がするから、本気で口説いたことはない。

 

「……フィルヴィス、頼んだぞ。私とお前だけだ、まともなのは」

「【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】もいるだろう」

「お前……アレがまともだとでも言うつもりか。アレンは早速消えてしまったぞ。18階層あたりで待っていてくれればいいが、これではパーティメンバーとは言えん。始まった直後に独断専行して、姿を消してしまったのだからな」

 

【フレイヤ・ファミリア】からの参加、アレン・フローメルはもういない。『馴れ合うつもりはない』とか言って爆速で走っていってしまった。

 フェアからすれば想定内。道中のモンスターは減っているはずなので、いないよりはいてくれた方が有り難い。

 フレイヤの目的は様子見だ。

 死んだはずの【ヘラ・ファミリア】の冒険者の件と合わせて、フェアとフィルヴィスの動向も観察しておきたい。そんなところだろうとは思うが、これじゃお役目果たせていないのでは? まあ、後で怒られようがフェアには関係ないから別にいいが。

 

「……チッ。なぜ私がサポーターなど……おい貴様ら! 少しは荷物を持て! 特にそこの【虚術師(きょじゅつし)】」

「荷物持ちが荷物持つのは当然でしょ? 私はゴブリンを持つので忙しいから、文句言わずにテキパキ運んじゃってね〜」

 

 最後尾で怒りに震えている美青年は、なんとヒュアキントス・クリオである。なんとなく連れていくことにしてアポロンに話をしたところ、友情は素晴らしいとか言って派遣してくれた。

 役割は皆の荷物持ち。つまりサポーターだ。主神命令で同行するよう言われているので、彼は投げ出すこともできず悔しさに震えている。

 

「くそっ、私を誰だと思っている! 私はヒュアキン」

「ヒュアキン? そんな人はしらないなぁ〜! 私の目の前にいるのは【よわよわアポロ】っていう謎の冒険者だよ〜? アナキンってだぁれ〜? あっ間違ったヒュアぽんだったね〜! てか口答えするならぶっ飛ばしちゃうからね〜アハハ! おら、さっさと運べおらぁ!」

 

 リディス姉さんは魔女モードに入ったようだ。ヒュアキントスは悔しそうに顔を歪めているが、同時に青ざめてもいる。以前、尊厳を破壊された時のことがトラウマになっているようだ。

 

「……フィルヴィス、頼むぞ。お前だけが救いだ」

「あ、ああ……頑張るから、そう落ち込むな【象神の杖(アンクーシャ)】。先はまだ長いぞ。今からそんなでは、疲れてしまうからな、うん」

 

 ともあれ、【ロキ・ファミリア】の出発から二時間遅れで遠征開始。

 パーティメンバーは八名。

 フェア、リディス、フィルヴィス、シャクティ、ハシャーナ、ノアール、ヒュアキントス。そして既にいなくなってしまった猫、メンバー表には『にゃーお』とだけ書かれているアレン・フローメル。ちなみに書いたのはフィルヴィスだ。

 全員が第二級冒険者以上、うち六名が第一級冒険者という超豪華なパーティである。

 

「ッッ、リディス・カヴェルナ! やはり我慢ならん! 貴様のことは断じて許せん! 以前踏みにじられたことに加え、今回はこんな恥辱を──」

「──フェア、やっぱりうるさいよこいつ。39階層あたりに捨てていこうよ。みんな、それでいいかな。弱いくせに偉そうなアポロはダンジョンにポイッ」

「貴様ァ! ──ブギャッ」

 

 ヒュアキントスは荷物を地面に叩きつけ、リディスに殴りかかって吹っ飛んだ。華麗な回し蹴りで腹を撃ち抜かれたのだ。ドゴッッ、と惨い音をたてて迷宮壁にめり込む。

 ぱらぱらと砂塵が床に落ちる中、フェアは残念なものを見る顔をヒュアキントスに向けた。

 

「……そろそろ学習しましょうよ。リディス姉さんには勝てませんって。ただでさえ相性悪いのに、【ステイタス】でも惨敗してるんですから」

「フィルヴィス、お前だけが頼りだ……」

「あ、ああ。頼られるのは構わないが、私にも限界というものはある。あまり期待はしないでくれ。特に人間関係は無理だ。場を和ませるとか無理だからな。焼き払ってリセットすることはできるが、和ませるとなると厳しい」

 

 シャクティはゆらりと天井を仰いだ。

 既に疲労が溜まってきている様子であった。

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