37階層で猫を見つけた。
凶暴そうな猫。二足歩行する猫。【フレイヤ・ファミリア】副団長の
遠征出発時点から全く姿を見せなかった彼だが、ここにきて真打ち登場ということだろうか。「チッ……」とか言っていて態度は相変わらず最悪だが、心強い限りである。
『ォオオオオオオオオオオ……』
「アレンさん、なにあれ? なんか気持ち悪い女体が溶けてるんだけど」
「知らねえよ。俺に聞くな。俺はただ轢き殺しただけだ。邪魔だったからな」
「そうなんだ。たしかに邪魔ですよね。デカいし。通路
俺達がアレンさんを見つけた時、彼はモンスターを倒した直後だった。
見上げるほど巨大な女体型のモンスター。四年前見たくヴェールはつけてないし、腕が四本あったりして見た目も異なるけど、アレ精霊じゃね?
下半身はグチャグチャになってて、上も半分くらい挽き肉になってるけど、精霊じゃね?
「フィルヴィスさん」
「すまない。気分が悪い。少し沈黙を貫かせてくれ」
「ちょっとこの人とキスするから、リディスさん達は周囲を警戒しててくれる?」
「おい、やめろ何をするつもり──!?」
やはり精霊のようだ。
フィルヴィスさんは精霊の気配に敏感で、近づくと体調に異変をきたすことがある。そういう時は回復薬とか意味ないから、エロい事するしかない。
それで治る時もあれば治らない時もあるが、今回は前者だったようだ。
「──ッ!?」
「──ふぅ。ごちそうさま。ばっちり充電できたし先に進むとしましょうか」
有無を言わさず舌ねじ込んで、公衆の面前で羞恥プレイを数秒間。俺のエルフ嫁は顔を真っ赤にしてプルプルしているが、殴りかかってくることはなかった。
焼き払われることもなかったから、どうやら満足して貰えたようだ。この人をこうやって癒せるのって俺だけだし、やっぱ簡単には死ねないよなぁ。
ちなみに、フィルヴィスさんは華奢に見えて非常に肉付きが良い。それも俺の死ねない理由のひとつである。まだまだ触っていたいし、他の男に触らせるとか許されないし。
「チッ……テメェ、ここをどこだと思ってやがる」
「すみません。でもねアレンさん。今のは必要なことなんです」
「フェアさぁ、今のってマーキングのつもり? 俺のメスだって見せつけたとか?」
「リディスさん、それもある」
「ヤクザなのはベッドの上だけにしときなよ。ベッドの上ならいつもみたいに乱暴でいいからさ」
「いつもそんなことしてませんよね。リディスさんにはしてないです。誤解を生むようなことを言うのはクソ女ですよ、クソ女!」
「あはははは! クズに言われたくないなぁ〜。すぐパイタッ」
「引っぱたきますよ合法邪ロリ」
リディスさんがやかましいが、それはともかくようやくアレンさんと合流できた。
ここからは楽に進むことができそうだ。
高難易度の難所、ホワイトパレスも終盤まで来ることができたし、大きな事故なく50階層まで進めるといいな。
「アレンさん、ここからは一緒に行動してくださいね。流石にまずいでしょ。フレイヤ様の指示なのに、最初から最後まで遠く離れてるのは」
「……ふん。だから待っててやったんだ。全く、どうして俺がテメェらなんかと」
「ホワイトパレスで待ってるとか理解に苦しむ……もっと他にいい場所があったでしょ。しかも謎の女体型を轢き殺してるし──あっ灰になった」
俺がぶつくさ言っている間に、女体型の精霊は完全に灰になってしまった。
フィルヴィスさんは難しい表情のままだ。
それはそうだろうな。なんで今、ここに穢れた精霊が現れたのか。不穏である。怪物化した精霊については、四年前のあの日から一度も姿を見ていなかった。
ギルドへの目撃報告もなし。ほいほい徘徊しているなんてことはなく、次はいつお目にかかれるのかと首をかしげていたところだった。会いたくはないけど、会ってなにかわかるなら会わなきゃいけない。
そう思っていたんだけど、まさかこんな形でご対面することになるとは……ていうかアレンさん、明らかに普通のモンスターじゃないんですが、なんでそんな飄々としてらっしゃるんでしょうか?
「アレンさん、今のモンスターについて気にはならないんですか……どう見てもおかしいでしょ」
「戻ったらフレイヤ様に報告する。大した脅威ではなかったとな」
「ああ……そうですか」
あんまり興味はなさそうだ。
まあ、アレンさんって感情の全てを不機嫌として出力してるタイプの人だし、頭の中では色々と考えているのかもしれない。
「──さっさと進むぞ。言っとくが、テメェらのペースには合わせねえからな。ついて来れないようなら置いてくまでだ」
「ははは。モンスターは倒してくださいね、スルーはなしで。俺達の負担が増える」
「なんで俺がテメェらを助けなきゃならねえんだ」
「手伝うってフレイヤ様が仰ってたからですよ。やる気なくて居てもいなくても変わりませんでしたって、そんな感じで報告しときますか?」
「……チッ」
チッ、じゃないんですよアレンさん。
俺は大袈裟に肩を
背後を見やると、ヒュアキントスさんの顔色があまり良くない。段々とキツくなってきたようだ。完全に後衛として動いてもらってるけど、この先もそれは変えずにいこう。
歯を食いしばってついてくるだけでも価値がある。
ハシャーナさんはまだ余裕そうだが、彼もLv.4だから無理はさせないように。
「──そんじゃ、行きましょう。目指せ50階層。皆さんよろしくお願いします」
「儂は腰が痛い。曲がってきたぞ、ほれ」
「爺さん、あんたの腰は元々美しい曲線美だから。出発の時から変わってないから」
超爺さんには引き続き頑張ってもらう。
戦力的にもそうだが、精神的な意味でノアールさんはとても頼りになる。なんか、安心するんだよな。年が離れてて、強い大人っていうのは。
◆
白濁色の迷宮を進んでいく。
ホワイトパレス。『白宮殿』と呼ばれる大迷宮はべらぼうに広い。これまでの階層とは比べ物にならないほど広大で、天井の高さも段違いだ。
判明している
そうでなくても危ない場所には違いないわけだが、迷子になると危険度は増し増し。過去には【フレイヤ・ファミリア】の冒険者ですら帰らぬ人となっており、一瞬たりとも気が抜けない場所なのだ、この深層というところは。
「大地震があった? それ、いつです? 俺達は気づきませんでしたけど……」
「半日くらい前だ。何があったのかは知らねえが、何かあったのなら【ロキ・ファミリア】が対処してるだろう」
それはごもっとも。
見えてきた連絡通路に歩みを進めながら、アレンさんの横顔を盗み見る。
変わらず仏頂面だ。ミノたん大行進とダンジョン神侵入の話も共有したが、舌打ちを繰り返すばかりで話題は全く広がらない。
この人は大体いつもこうだ。妹の話で弄ると殺しにかかってくるが、それ以外の話題で興味があるのはフレイヤ様関連くらいのもの。
いつか屈託のない笑顔とか見てみたいもんだが、ノアールさんくらいの年齢にならないと無理かもなぁ。
それか、人類の悲願──黒竜の討伐を成し遂げるとか。いつのことになるのやら。黒竜が倒された後の世界は俺も見てみたいから、どうにか死なずに頑張っていきたいものである。
◆
『ベルがランクアップしたそうだ。メーテリアの子だ。覚えているか?』
ザルドは懐かしそうに瞳を細めた。
隣に佇んでいる女に顔を向けると、『どうだ?』と言葉を続ける。
『ええ。メーテリア。懐かしいわ。彼女のことを思い出すと悲しくなる。私がいれば
服装も肌の色も、白い女だった。
身につけているのは修道着。腰の下まで伸ばした髪は紅の光を放っており、その出で立ちは神々しい。
両手で抱えているのは琥珀色の
『……俺達の息子は今、どの辺りだ?』
『ホワイトパレスを通過しようとしている。もうすぐここまで来るから、私達はおいとまするとしましょうか。
その方がきっとあの子のためになる、と女は唇を優しく持ち上げた。
『そういうわけだから、
そして、闇に紛れていた
上下黒の服装に身を包んだ、軽薄そうな男神だ。
彼はわざとらしく手を広げ、「おっかない人だ」とおどけてみせる。
「餌というなら、今まさに餌にされかけているんだが……冒険者達の前に出るのはいいが、ちゃんと手引きはしてくれよ? 逃げおおせなかったらアウトだからな。ここはダンジョンだ」
『もちろん。護衛はつけるわよ。旧二大派閥の残滓を一名ずつ。猫さんが邪魔だから、うまく引き付けてね。先に進ませるのは私達の息子と、後は誰でもいい』
男神は二人の協力者であった。
後は、ここにはいない魔導士の女、アルフィアとも協力関係にある。
目的は
白い女の掲げている理想に、男神エレボスは全面的な協力を約束している。
「了解だ、
『ふふふ。呼び名が増えすぎるとややこしいから、これ以上は増やさないで貰えるかしら?』
「別にいいじゃないか。
『わたくしは神ではなくてよ?』
「そうかもしれないが、人類史上最も神に近づいたのは君だよ。ルキナ。君の癒しの力は下界の法則をねじ曲げている。ザルドとアルフィアが今も生きているのがその証左だ」
男神エレボスはうっとりと女を見る。
「その目隠し、一度でいいから取ってみてくれないか? 君の素顔が見てみたい」
『ダメよ。そんなことをしたら、神様あなた、
女は唇を吊り上げた。
その柔らかな美貌は数多の男を引き付けてきたが、真に
濁った血を連想させる赤の瞳は、目が合うだけで相手を狂わせてしまうのだという。神々ですら恐れる特級の
最凶にして最恐と言われた女王ヘラの眷族。
それに相応しい力を持つ、彼女の名はルキナ・ルージュ。黒竜討伐戦の前にダンジョン深層で姿を消し、死亡扱いとされている人類史上
『
女は右手の指を鳴らした。何かを唱える。
エレボスはふと、右を、左を順番に見た。
何も無かった場所。闇の中に人の形の光が生まれ、間もなく実体化する。
妙齢の女と帽子を被った優男。
エレボスは二人に見覚えがあった。【ヘラ・ファミリア】と【ゼウス・ファミリア】の構成員だ。
「相変わらず凄いなぁ。記憶から死者を再現出来る、その魔法」
『あくまで模倣品だから、生前そのままとはいかないけどね。二体同時召喚だと能力は落ちるし。今の二人はせいぜいLv.6くらいだから、過度な期待はしないようにね』
十分すぎるだろう────。
エレボスは乾いた笑いを漏らした。
ルキナ・ルージュの魔法のひとつ、【ミステリアム】。自身の記憶を元に死者の模倣体を召喚することが可能で、同時召喚は二体まで。
あくまで模倣体だから、本当の意味で死者と会話することは不可能。しかし、能力は限りなく生前のそれに近い。二体同時召喚だと多少弱くなってしまうらしいが、それでもLv.6を二人も召喚できるのは出鱈目すぎる魔法と言えた。
『それじゃ、よろしく。やり方は任せるから、あの子のパーティを分断して。
「ああ、任された」
女とザルドは
夫婦らしく寄り添いながら。今はまだ邂逅の時ではないと、闇の中に消えていくのであった。
◆
37階層最後の分岐。
下り階段前の三叉路の手前で、俺達は足を止めた。
何かいる。
俺は空気で確信した。恐らく、アレンさんも。彼は猫耳を逆立て、警戒心を剥き出しにしていた。
神とみられる黒づくめの左右には、男と女。ヒューマンに見えるが、なにかおかしい。二人の周囲はぐにゃりぐにゃりと歪んでいるように見えた。錯覚か、あるいは本当に空間に異常が起こっているのか。
「──テメェらが言ってた神か。まさかこんな深くまで潜り込んでるとは」
アレンさんは槍を構えた。
その表情は、今日一番険しい。
当然の反応だろう。こんな深くで神威をばら撒かれたりしたら何が起こるかわからない。このメンバーでも対処不能な、超深刻な
神がダンジョンで神威を発散したケースは過去に何度か確認されているが、そのいずれもモンスターの異常体が生まれ落ちた。俺が経験したように階層主が出てきたこともあった。
仮に強化版
「おいおい、いきなりご挨拶だな。神に槍を向けるとはどういう了見だ?」
「ご挨拶はそちらでしょう。こんな深くまで入り込んで、一体どういうつもりだ。大災害でも引き起こそうって魂胆ですか? だとしたら、とんだ邪神だ」
俺は声を飛ばしつつも、両側に立っているヒューマン達を観察する。
左側がシルクハットの優男。右側が銀の魔導杖を持った
「邪神か。ま、そういうことになるか。そうだね。俺はこれから
「全くもってイカれておるな。フェアよ、どうする。状況はかなり深刻だぞ」
超爺さんの額から脂汗が流れ落ちた。
シャクティさん達は言葉を失い、各々が武器を握り締めて固まっている。
迂闊に攻撃するのは危険だ。
かといって放置するわけにもいかないが、仕掛けた瞬間に神威をばら撒かれたら大惨事。敵の狙いはわからないが、愉快犯だとしたらどうしようもない。そんな相手に交渉しても、ほぼほぼ無駄だ。
「フェア、やるしかない。恐らく、話し合いなど無意味だ」
「フィルヴィスさん、わかってるよ。アレンさん、シャクティさん達も。いいですか?」
シャクティさん達が頷き、アレンさんは乱暴に槍を一閃した。
全員で突っ込んで、拘束する。
この場合はそうするしかない。たとえ妙な真似をされようとも、みすみす逃がすのだけはナシだ。
「神様、拘束させてもらいます。そこの二人は戦うつもりならご自由に。オラリオの第一級冒険者パーティが相手をするよ」
愛刀を引き抜き、構える。
これ以上は時間の無駄。
体に力を込めて、開戦準備。先にアレンさんが飛び出し、すかさず俺も地面を蹴った。
「──ならば逃げの一手だ。ついてこい、冒険者共!」
神の体が中に浮かぶ。
シルクハットの男が男神を抱え、三叉路の右側に走り出した。妙齢の女も後を追う。俺達は全員で追跡するべく速度を上げた
「おいおい、いいのか? その階段の先で
「は……?」
しかし、男神の言葉に、俺はぴたりと立ち止まる。
まさか、いや、やはり【ロキ・ファミリア】に何かあったのか? 闇の先の景色は見通せないが、今、ほんの少しだが揺れた。震源地は恐らく直下だ。
「【ロキ・ファミリア】は分断されてしまったようだぞ? その階段の先で、何人かは虫の息だ。しかし、助けに行けば俺を捕まえることはできない。さあ、どうする? フェア・ルージュ」
「!」
俺は肩を揺らした。今のは二つ名を呼ばれたのだろうか──どうでもいい疑問はすぐに投げ捨て、歯ぎしりしながら神を見た。
「あの雑魚共……おいフェア! テメェは下に向かえ! こいつらは俺が轢き殺す!」
「アレンさん! ──わかった! 頼みます!」
少し立ち止まってしまった隙に、彼我の距離は大きく開いていた。走り続けていたアレンさんに言われるがままに、俺は下り階段の闇を見る。
フィルヴィスさんはアレンさんのすぐ後ろ。シャクティさん達もだ。
「フェア、仕方ない! 先に下に向かえ! 私達はあの悪趣味な神を何とかする!」
「敵戦力はわからないが、心配するな! アレンもいる、そう簡単にやられはしない!」
「……わかった! フィルヴィスさん、シャクティさん達も気をつけて!」
神の向かった方向に背を向け、下り階段へと飛び込む。せめてあと一人は連れていきたかったが、仕方ない──そう唇を噛み締めていると
「私もこっちでいい! 一人で行かないの! 危なっかしいんだから、もう!」
リディスさんが踵を返して疾走し、程なくして俺の横に到着を果たす。
人を食った彼女にしては珍しく、泡を食ったような表情。すぐに苦笑いに変わったが、流れ出した汗は止まらず。ぽとぽとと顎から滴り落ちた。
「フィルヴィス! ちょっと隣借りるよ! ちゃんと返すから心配しないで!」
「──助かる!」
最後に上から聞こえたのはフィルヴィスさんの声。
何が助かるのかはわからなかったが、後で聞けばいいだけの話だ。聞くことができるように死なないようにしなきゃいけない。リディスさんを殺してしまわないようにも、しなきゃいけない。
一気にパーティメンバーが二人に減ってしまった。
正直、かなり不安だが仕方ない。不幸中の幸いは相手がこの人だったことか。あのメンバーの中で俺より強い三人の中の一人。数少ない背中を預けることのできる相手だ。
「『水雷の丘』の状況はわからないけど、救出よりもこっちの命を第一に! 帰ったらハーレム・プレイしてあげるから、頑張って生き残ること。おっけー?」
「オッケー……じゃない! ハーレム・プレイってなんだよ。何するつもりだこの痴女!」
「うふふ。フィルヴィスには私から頼むから、大丈夫ダイジョーブ」
「状況を考えてくれ。緊張感を持ってくれ……頼むよリディス姉さん」
「いや、ホワイトパレスでべろちゅー星人に言われたくないわ」
会話の内容はともかく、俺達は全力で階段を駆け下りていった。
考えたくもないが、【ロキ・ファミリア】全滅とかやめてくれよ、ほんと。
そんなことになったら下界の命運がやばい。
ハトホルさまいわく、二大派閥のどっちかが仮に全滅した場合、世界が滅びる可能性が爆上がりするんだってさ。だからリディスさん、エロい話してる場合じゃないんだ。そういうのは帰ってからにして欲しい。