フェア・クラネルの嫁作り 作:パーンダ
「親指が
「だから再度遠征を行って、俺もそれに同行しろってことですか? 嫌ですよ【ロキ・ファミリア】は気まずいですし」
オラリオの巨大市壁を朝日が照らす。澄み切った蒼穹の下、心地の良い風が吹いていた。窓を覆っている薄い緑のカーテンが、ふわふわと揺れる。
俺は喫茶店に来ていた。オラリオ北通りに存在する小さな店。名前は『喫茶店』。投げやりにもほどがある適当な店名だ。
「わかるだろう。親指が疼いているんだ」
「それがなんだって言うんです。体の部位なら俺もしょっちゅう疼いてる。特に珍しいことでもないでしょ、フィンさん」
目的は情報交換である。
オラリオ二大派閥の片翼を担う【ロキ・ファミリア】。その団長様から呼び出しを受けた。
黄金色の髪のショタジジ……若々しくて綺麗な顔に定評のあるフィン・ディムナだ。Lv.6。二つ名は【
ちなみに俺の二つ名は【
悪ノリした神々に片っ端から噛みつきを食らわせ、そこそこまともな二つ名をゲットしてくれたのだ。本当に、本当にありがとうございました!
「フェア。君がいてくれると助かるんだけど、ダメかな? 立場的には中立のはずだろう? いや、どちらかと言えばこちら寄りのはずだ。神フレイヤの眷族達とはあまり馬が合わないみたいだし」
フィンさんの黄金色の瞳がキラリと光る。顔に浮かんでいるのは小憎らしい笑みだ。
「そうですね。
「君はアリシア目当てだろう? レフィーヤがとても警戒していたから、同行してもらうにしても色恋沙汰は禁止だよ。禁止せざる得ない」
「じゃあダメだ。って、冗談で言っただけですから。どっちみち俺は同行しません。苦手なんですよ、大人数での遠征って」
アリシアというのはエルフにしては肉々しい体つきのお姉さんだ。もし俺がランクアップして、嫁の枠が広がったら候補の上の方に来る。
レフィーヤというのは山吹色の髪の魔力馬鹿で、Lv.3だが将来の英雄候補だ。俺は憎悪されているので近寄りたくない。下手したら問答無用で焼いてくるからあの子。
「そうなのかい? むしろ得意そうだと思っていたのは、僕の勘違いかな? 集団行動している時の君は楽しそうに見えるよ」
過去に何度かお誘いを受けたことがあった。フィンさんはその時のことを言っているのだろう。しかし、結構殺伐としていたぞ?
「にしても、前回の遠征からそんなに経ってないでしょう。まだ一ヶ月とちょっとですよね。何がそんなに疼くっていうんです?」
フィンさんは特殊体質な人で、何か起こりそうな時に親指が疼いて教えてくれる。カッコイイから俺も疼いてみたいところだが、残念ながら疼くのはいつも別の箇所である。
「前回の遠征では何もなかったんですよね。50階層と51階層の連絡路が崩落していて、やむなく引き返したとは聞きましたけど、
およそ一ヶ月前、【ロキ・ファミリア】は未到達階層を更新するべく深層に出発。普段よりも順調な速度で50階層へと到達するも、次の階層への連絡路が埋まってしまって進行不可に。
立ち往生していたところモンスターの大群が現れ、何名かの団員が劇毒を貰ってしまったことで、やむなく引き返すことになったらしい。
「ああ、君の言う通りよくあることだ。進行不可が判明したタイミングでの
「その言い方、他になにかあったんですか?」
俺の指摘に、フィンさんは「これだよ」、と一枚の
「これを拾ったと? 50階層で?」
「そうだ。砕けた岩の中から出てきたんだが、調べてみたら面白いことがわかってね」
砕けた岩の中から出てきたって、その時点で十分面白いわ。どうやったらそんなことになるんだよ。不穏な予感しかしないぞ。
「これを書いたのは【ヘラ・ファミリア】の聖騎士だ。見てみるといい、裏面に署名がある」
「!」
言われるがままに
「……ダンジョン深層で亡くなったっていう、旧二大派閥最強の盾ですか」
いわく聖騎士。いわく千の癒し手。いわく数多の死を拒絶する者。前線で戦えるLv.7でありながら、埒外の治療魔法の使い手であったとされる。
その魔法は
「黒竜討伐戦を前に彼女を失ったのは、当時のオラリオにとって大きすぎる損失だっただろうね。──恐らく、僕の親指の疼きの原因はこれだ」
フィンさんは
そこには『待っている』と書かれていた。
さらには、
「三年前ですか。亡霊の仕業ですかね?」
「さあ、どうだろうね。そこはわからないけど、君の興味を引くことはできたようだ」
「どうしてそう思うんです? 俺、旧二大派閥とは何の関係もないんですが」
「君は以前、聖騎士のことを執拗に調べていたじゃないか。君と聖騎士の関係は分からないけど、興味があるのは事実だろう?」
俺は首を縦に振って肯定した。五年以上も前の話だが、古株の冒険者達に聞き回っていたとがある。それは事実だ。否定のしようがない。
「聖騎士フェチなんですよ。違う。セイント・フェチです」
「知っているよ。君がそういう、崇高であったり神聖であったり、そういう女性が好みなのは」
マジかよ。いつの間にか好みを把握されている。流石は【ロキ・ファミリア】の団長。やはり侮れない情報収集能力をお持ちのようだ。
「さて、遠征に同行してくれるかな? 【
俺は黄金色の瞳をじっと見つめた。
有益な情報を恵んでくれて感謝する。個人的にはあなたにはとても憧れているから、良好な関係を築いていきたいとも思っている。
「──すみません。どうせ行くなら、気心の知れた人たちを誘うんで。混ざるのはやめときます」
「そうか。それなら仕方ないな。無理強いはできないし諦めるよ」
その上で、やっぱりお断りさせてもらった。
大集団で動くのは疲れるし、俺を焼こうとするエルフがいるのは怖いし。ベートさんは罵倒してくるし、俺としては精神的負担が大きい。
それに、【ロキ・ファミリア】の野営の中でおっぱじめるわけにもいかんし。気を抜けない中でフィルヴィスさんにサクッと癒してもらうのは、ダンジョン探索の醍醐味なんだよ。別にフィルヴィスさん限定じゃないけど、回数は間違いなく一番多い。ご褒美がなくなるのは困るから、遠征隊に加わるのはナシ。距離を開けて後ろをついて行こうと思う。
◆
フェア・クラネルの家名を知っている者は多くない。情報通な女神フレイヤでさえ知ったのは先日で、フェアはこれまでただのフェアとして生きてきた。
自分の印象に弟が引っ張られることのないように、兄としてのささやかな配慮であった。
「ネルティ、お願いがあるんだ。50階層くらいまで行きたいから魔導士としてパーティに」
「私、ライブがあるからっ!」
籍を置いている【ファミリア】の者にしても、知っているのはひと握り。今はもう隠すつもりはないが、自分から発表しようとも思わない。
そんな中で一応やんごとなき身分の
「私の本職は地下アイドルなの! 冒険者は副業だから深層とか無理なの! 物騒なことに巻き込まないで! じゃあ私、いくから!」
ネルナッティは全力疾走で立ち去った。
お仕置きする暇もなかった。見事な逃走であった。
ネルナッティは命を大事にするエルフである。そして命を大事にするにはダンジョンに潜らないことが重要だ。とかなんとか豪語しているのを見た時、フェアはコイツはダメだと思った。
長らくLv.4に甘んじていることもあって、ネルティは段々と堕落してきている。そのうち地下アイドル専業にすると言い出しかねないヘタレっぷりだ。
なお、団長。ネルティは派閥の団長である。最近は地下アイドル活動ばかりしているので、存在感が薄れていく一方であった。
「さぁて、パーティ候補が一人減った。次はリディスさんでも誘いに行くかね」
ネルナッティはロリババアである。年齢はフェアの倍以上だ。そして、【ヘルメス・ファミリア】のリディスという女は合法ロリだ。とっくに大人のお姉さんだが、妹キャラを演じてもイケる女。Lv.6の実力が魅力的なのはもちろん、図抜けた観察眼と頭の良さも非常に頼りになる。
彼女はとてもノリがいい女でもあるので、誘えばきっと来てくれるだろう。
「おーい。廊下で突っ立って何してるのー」
人選を考えていると、間延びした声で女が話しかけてきた。牛の仮面を着用した超超スレンダーな女神だ。身につけているのは、踊り子のようなヒラヒラ衣装。少しめくると淡い膨らみが見える、けしからん格好の女である。
「私の恩恵あるんだからさー、神出鬼没やめろよー、いつ帰ってきたんだよー」
小さい拳でポコポコ背中を叩いてくる、愛くるしい様子の主神。彼女はハトホル。こう見えてアストレアを凌駕するバブみを持つ女神だ。
オラリオの中では有名な穏健派で、どんな神を相手にしてもフラットに会話できる。しかも、多くの神から一目置かれている凄い方だ。地味ではあるが神望はかなり厚い。
「ところでフィルヴィスはどこいったー」
「ちょっと買い出しに。海鮮料理が食べたいみたいで朝市に行ったんですけど戻ってきません」
「マジかよー、私も食べたい腹減ったー」
ムギュっと抱きつき戯れてくる主神に、フェアはしばし大人しくムギュられていた。後ろからムギュられるのは幸せな気持ちになる。しかし、いつまでも廊下でムギュられているわけにはいかないので、ややあって振り返ると
「よし。それなら、食べる前に運動しましょっか。はいお面外してー」
「ストップ。素顔はダメ。素顔は」
手首をぐいっと掴み上げて、主神の寝室に直行。
中に入るなり跪かせるという超不敬な行動に出ると、お面を引っぺがして頭をワシャワシャ。長い黒髪を指でかきわけながら、なんかやかましいので口を塞いだ。
「だからぁ、素顔はぁ」
「たしかにやばいな……これは見せられない」
ハトホルの素顔は清純かつ貞淑な美少女であり、素顔は男を狂わせる。だから、外に出る時はお面が必須なのである。
◆
「ダンジョンに行くなら、58階層までだ。この前も思ったが、その先は嫌な感じがする」
「大丈夫。待機しといてもらうつもりなんで」
失神してしまった主神に毛布をかけて退散した後、俺はフィルヴィスさんの合流した。
帰ってこないから探しに行ったら、なんか猫追いかけてたわ。猫探しの依頼を受けたからやむなく、って言ってたけど本当だよな? 猫と戯れてて時間を忘れてたわけじゃないよな?
「まあ、ダンジョンについては了解した。人員を揃えてから向かおう。日程は【ロキ・ファミリア】と被せるんだな?」
「そのつもりです。じゃあ方針も決まったところで、日課をクリアしときましょう」
「おい、日課ってなんだ……んぅ」
もう午後の三時なんだが。
随分と待ちぼうけさせられてしまったから、埋め合わせをしてもらおう。俺は彼氏気分でフィルヴィスさんの脇に手を回した──差し込んだ。
「思ったんですけど、エルフ嫁って響きエロくないですか? 気持ちが高ぶりません?」
「妙なことを言うなっ、お前っ、これではまるで私が所有物みたいな……この格好はやめろっ」
「いつも思ってますけど、とても綺麗ですよフィルヴィスさん。最高の女だ、貴方は」
「だからそういうのはやめっ、おい耳は……っ! ひっ、ひぅ……」
ゴソゴソとお互いに動いて、服が何度も擦れる。
俺は木の葉の形の耳に口付けた。最近、神経質なくらいに耳を綺麗にしてるのバレてるからな。ほんと可愛い人だよ。